特別記事:Reborn-Art Festival 2017「牡鹿ビレッジレストベース」レポート

公共トイレが複数の役割を担い地域を繋げる

(『新建築』2017年10月号 掲載)

荻浜エリア俯瞰。県道の手前に「牡鹿ビレッジ レストベース」が見える。海岸沿いには防潮堤、右手の山の中腹には高台移転した住宅街がつくられている。

2011年の東日本大震災で被災した石巻市の牡鹿半島をメイン会場にした、アート・音楽・食の総合祭「Reborn-Art festival(以下、RAF)2017」が開催された。期間は2017年7月22日〜9月10日の51日間。
RAFに先駆け、石巻から牡鹿半島の金華山まで続く県道の中間地点である荻浜に、公共トイレである「レストベース」、食堂「はまさいさい」、芝生の広場、レストラン「Reborn-Art DINING」から構成される、牡鹿の新しい拠点「牡鹿ビレッジ」が誕生した。設計は藤原徹平氏。RAF全体の会場デザインも担当している。「レストベース」では、裏のない開かれた公共トイレを敷地の顔となる部分に象徴的につくり、手洗いを外部から使いやすい配置とすることで、公共トイレという単独の機能だけでなく、さまざまな使い方を許容できる建物となっている。これからの地方における公共トイレのあり方の新たな可能性を示唆している。
今回藤原氏にはプロジェクトのプロセスや、地方の公共トイレへの考え方をお伺いした。また、RAF事務局の方、実際に現場で運営を行う地元の方、参加アーティストにもインタビューを行った。さらに、東日本大震災を実際に経験されたLIXIL東北支社の方には、これからの公共トイレの災害への備えについてお伺いした。(編)

インタビュー:
複数の役割を果たす公共空間

個の力を連帯の力へ

藤原徹平(建築家)

提供:フジワラテッペイアーキテクツラボ

僕がRAFに関わり始めたのは約2年半前で、今回RAFのアートのキュレーションをされているワタリウム美術館の和多利さんにお声がけいただいたのがきっかけでした。その後、RAFの制作委員長であり、ap bankの代表理事も務められている音楽家の小林武史さんにお会いし、単なる復興のプロジェクトということではなく、ひとりひとりの想いを文化の創造を介して大きな繋がりの力に変えていこうとされていると伺いました。それは、まさに僕たち建築家が思い描いている考えに近いと感じ、ぜひサポートさせてほしいと志願して参画し初期の段階から議論に参加していきました。

地域が自立するための準備の手助け

一般的な芸術祭では先に運営側で展示場所を決めるのですが、RAFでは逆の方法をとっています。つまり、普通は交通のアクセスがよく、公的な所有地で管理のしやすい場所の候補を決め、そこの中からアーティストに選んでもらうところを、RAFではアーティスト自身が現地をフィールドワークし、それぞれが展示したい場所を選び、それに対して土地所有者から探していく、というようなつくり方です。そういう段階から協働をしています。これは新しいタイプの芸術祭や街づくりの在り方なのではないかと思っています。
牡鹿半島は、石巻市内に比べると復興も全然進んでおらず、至るところに傷跡が残っています。また、防潮堤ができることについて賛否両論の議論が起こっていたりする状況も含めて、牡鹿半島で作品を展示したいと希望するアーティストがたくさんいました。それにより、牡鹿半島に観光客が単なる物見遊山的に遊びにくる状態となることも懸念されました。もちろんアートが観光資源となり人が集まるということは必要なのですが、いちばん重要なのは、10〜20年後を考え、地元の被災された人たちが自立し、それぞれの営みをつくっていけることです。私たちに問われているのは、そのために必要となる新しい経済や産業、人の繋がりをつくる準備を手伝うということだと小林さんはいつもおっしゃっていました。そのために、地元の方たちがどんな産業や経済を必要としていて、どんな街をつくりたいと望んでいるのか、意見を聞いてしっかり話し合っていこうということで、何回にも分けて浜の方みなさんと議論を繰り返しました。議論の場には、浜の歴史の話題が多く出てきて、その内容は僕たちや若者はもちろんのこと、浜の人たちでも驚くようなことも多くありました。ワークショップというかたちで、浜のおじいさんやおばあさんたちに牡鹿や浜の歴史について教えていただく機会を何度も設けていただき、どんな場所だったのかということを理解した上でプロジェクトを進めていくようにしました。

「レストベース」は、広場から見た時にその存在感が防潮堤に負けないよう、高くつくられている。

オープンにつくられており、広場のどこからもアクセスしやすい。
荻浜の羽山姫神社のお祭りの様子。海から神輿が戻る際、「レストベース」がひとつの目印になる。

生活のネットワークを繋ぐ拠点

牡鹿半島は入り組んだ地形により外波の影響をあまり受けない天然の良港であり、半島全体には小さな浜がいくつも連なっているのですが、浜同士は文化的に閉じた部分があります。だからといって、それぞれの浜ごとの生活拠点をつくるのは、人口減少の社会状況下では難しい。これから人口が増える場所ではないので、下水道などの整備はないですし、とはいえ、限界集落になって半島全体に人が住まなくなってしまっては、地域のマネジメントができなくなる。そこで必要となるのは、それぞれの浜が日常的にネットワークして、お互いに助け合いながら生きていくことになります。特にこれからは、海に近い低平地に人は住まなくなり高台に移転して住む。どの浜も高いところと低いところ、防潮堤の内側と外側と、分断された生活になっていくので、ネットワークの繋ぎ目が非常に大事になります。その要が交通です。石巻市内と牡鹿半島を繋ぐ県道の中央あたりにこの荻浜があるので、ここを石巻から鮎川、金華山を繋ぐ、生活のネットワークを繋ぐ拠点(ハブ)のひとつにできればよいのではないかと考えました。

「牡鹿ビレッジ」全体配置

オープンにして人の目が届くというセキュリティ

「牡鹿ビレッジ」のコンテンツを考えた時、議論で出てきたのは「トイレ」と「食堂」でした。トイレがいちばんに出てきたのは、被災当時が本当に悲惨な状態だったからです。小林さんが被災後すぐに現地に入られ、そこで目の当たりにした公共トイレの状況に涙が出たとおっしゃっていました。水道・電気・ガスが止まってしまい、水洗トイレが機能できずに便器だけでなく手洗器にまで汚物が山のように積み上がっていたそうです。本当にギリギリの状況だったことをよく示している話だと思いました。新しい未来をつくっていく上でのひとつの復興のシンボルとしてトイレを扱いたいと考えました。
過疎化していく地方で公共トイレをつくる際には、いろいろなことが問題となります。少し極端な例ですが、インドでは何よりもまずセキュリティの設計が重要になります。それは、女性や観光客が無防備になったところを襲われることが多く、公共トイレは街の中でいちばん危ない場所だと言われているからです。インドにおいては、衛生環境の改善のため公共トイレの整備が必要とされている一方で、同時に犯罪の誘発に繋がるという考え方もあるのです。これに対して僕は、オープンにすることがひとつの解決になると考えています。公共トイレはどちらかと言うと街の奥の方につくることが多いと思うのですが、人の目が届かないと犯罪が起こりやすくなります。そこで、人の目が行き届くこと自体をセキュリティとして、この「レストベース」では、敷地の県道側にわざとオープンにつくっています。プランは、目線が抜けてセキュリティを確保できるように、通常入り組ませてつくるところを、路地のような通り抜けを設けました。それにより、工法的にも無駄がなく非常に合理的につくることができています。また、個室は気積を大きくすることで煙突効果による自然換気を促し、臭気がこもらないように工夫しています。塔のようなシルエットのポリカーボネイトの屋根にはトップライトを設け、昼間は屋根から個室に光が落ち、夜は照明が漏れ出し浜を照らす街灯のような役割を担います。

ひとつの建築が複数の役割を果たす

この「レストベース」は、荻浜エリアのランドマークとなることも意識しています。今まで地元の方は海を向いた暮らしをされていたのですが、防潮堤ができてしまって街からは海が隠されてしまったので、これからは海や防潮堤からもう少し手前の「牡鹿ビレッジ」の広場に意識を向けてもらえるよう、防潮堤よりも背が高くて存在感のあるものをつくりたいと考え、あえて少し大げさなふるまいのものをつくりました。
また僕は、地方の街にとって県道沿いをどうつくっていくかというのは非常に重要であると考えています。通常ロードサイドに駐車場がつくられ、広場はそこから奥につくられることが多いのですが、その構造ではダメで、むしろ県道に対して広場を開く必要があると思います。県道を挟んだ向かい側を一体として考え、広場の中を県道が通過するという環境をつくるべきなのです。この「牡鹿ビレッジ」でも、県道を挟んだ向かいには「湾ショップおぎのはま」という復興後にボランティアの方が始めた小さなお店があり、そこへ向けて広場を開くということが重要だと考えました。今後も、小さなお店や場所が、この「牡鹿ビレッジ」の広場に面してつくられていくのではないかと思います。それは、広場と公共トイレがあるからです。下水道の整備されていない地方において新たにトイレを設けるには、浄化槽が必要となり非常にコストがかかってしまうので、この「レストベース」を周辺一帯の公共トイレとして利用できると分かれば、どんどんお店ができ、次第に県道沿いに街が形成されることが期待できます。
また、「レストベース」では手洗い場を、トイレを使用した人からも広場側からもオープンにしています。トイレに入らずとも水場だけを使うことができるので、今ではこの水場を利用して汗を拭ったり、歯磨きをしている人も出てきているみたいです。僕としては、海で遊んで戻ってきてここで体を洗ったってよいと思っています。日常の浜の中心にあるものとして機能する、トイレでもあり、浜のランドマークでもあり、海の家でもあってよいのだと思っています。そういうふうに、ひとつの建築が複数の役割を果たしていかなければ、地方の公共空間はダメになってしまいます。複数の役割を兼ねることで建築の周りの環境も豊かになっていきます。

県道から見る夜景。トップライトから照明が漏れ、この地域の街灯のような役割を担う。
手洗いは、トイレ側からも外側からも使えるよう、円形の洗面器に対して中央に水栓が取り付けられている。
男子便所の廊下から女子トイレを見通す。
女子トイレ個室を見る。個室は気積が大きく、臭気を上部から抜いている。

その街の産業が積み重ねる時間や歴史の色

「レストベース」の材料に木材を選んだのは、木材はメンテナンスが簡単であり、ちゃんとメンテナンスすれば長く使うことができ、愛着を持ってもらえるのではないかと考えたからです。コンクリートの建物はメンテナンスが要らず非常に楽ですが、それではなかなか地元の方に愛されるものにならないのではないかと思いました。
実際たくさんの方に使われていくうちに、外壁の木にも使用感が出てきているので、RAFが終わった段階で、ワークショップを行いペンキ塗りを行うことを考えています。震災後からずっと被災地へのサポートを続けてきた東北大学などの学生に参加してもらい、地域がどのように変化しているかをリアリティとして感じてもらえる機会として年1回くらいのペースでできるとよいかなとも考えています。
ペンキ塗りの色については、カラーハントに行って決めました。その土地特有の土からつくられる瓦の色など、街ごとの色というのが必ずあって、今回の荻浜ではそれがどんな色なのかと考えてみたのですが、建物は震災でなくなってしまい、新築の建物は新建材ばかりが溢れている状況でなかなか簡単には見つからない。森や海の色を採取することや、昔の写真などからかつての集落の色を採取することも考えましたが、僕らが最終的に行き着いたのは、荻浜の牡蠣漁や養殖といった産業の色でした。漁業用の船やブイなどの色です。漁港では素材の風化が早く、あっという間に色が抜けてしまいます。ですから、その色が抜けた状態を採取すると、産業が積み重ねていく時間や歴史を表現した街の色となるのです。昔を振り返るのではなく、未来をつくっていかなくてはいけませんから、そういう時に彼らの重要な産業である漁業をリスペクトできるとよいと思いました。

(2017年8月27日、「牡鹿ビレッジ」にて)

平面
左:カラーハントの様子。漁業で使用するブイの褪せた黒色を採取している。
右:カラーハントの結果。