海外トイレ取材 1

ヨーロッパの美術館のトイレについて

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

海外トイレ取材の第1弾は、ヨーロッパの美術館のトイレを取り上げる。今回の「パブリック・トイレのゆくえ」では、日本でいわゆる「公衆トイレ」と呼ばれるものだけではなく、広く商業施設や駅のトイレなども含め、最小のパブリック・スペースとしてのトイレを扱っていることに加え、公共的な役割の一翼を担う美術館の空間的機能が近年変容しつつあり、そうした現状を視察したかったというのが、もうひとつの大きな理由である。

美術館は、博物館と同様に、国際博物館会議(ICOM:International Council of Museums)により、公共財を保存管理活用する公共機関だと規定されている。その一方で美術館は、ほかの公共施設と比べてもいち早く観光地化し、世界中の人々が訪れる場所にもなった。最多の入館者数を誇るフランスのルーブル美術館で年間約860万人。主に近現代を扱うイギリスのテート・モダンでも年間約470万人の人々が訪れる(ともに2015年の数字)。そうであれば当然、美術館としての機能の前に、防災・安全、バリアフリーなど、公共的な場所としての役割がより強く求められることになる。そして、そのひとつには、車椅子対応やおむつ換えスペースなどトイレ設備の充実も含まれるだろう。

さらには近年、リレーショナルアートなど、絵画や彫刻といった従来の枠に縛られない美術作品が増えていることなどを背景に、従来型の白く四角い箱、いわゆるホワイトキューブだけではない建築を模索する美術館が次々にオープンしている。それらの美術館では、トイレもその館の思想を反映したものとなっていた。というわけで、この数年にオープンした美術館を中心に、美術館の紹介も兼ねて、それらの施設内のトイレをレポートしたい。

フォンダシオン・プラダ(Fondazione Prada/ミラノ、2015)

特徴的な新旧の建物が並ぶ中庭。

特徴的な新旧の建物が並ぶ中庭。ホーンテッドハウス(金色の建物)の奥がエントランス。

OMAが古い蒸留所だった建物をリノベーションした、プラダのアート施設。古い建物をそのまま残すだけではなく、新たな建物を適宜挿入することで、新旧の対比や素材の違いを利用し、多様な場所を生み出しているのが特徴だ。例えば、カフェバーの内装は映画監督のウェス・アンダーソンによるもので、いわばひとつの作品となっている。中庭やチケットカウンターも館全体の付属物という扱いではなく、それぞれ特別な場所としてデザインされており、トイレもそのひとつとして個別にデザインされている。
クロークの奥にあるトイレでは、普段は側溝の蓋など部分的にしか使用されることのないグレーチングが床、壁、天井の全面に使用されており、この素材が独特の雰囲気をつくっている。床には樹脂を流し込んで透明な床としたり、サインはグレーチングの奥に取り付けて不思議な奥行きをもたらしたり、一部を蛍光グリーンに塗装して近未来的な雰囲気を醸し出している。ここではいわば、素材をひとつに限定することで、逆に新たなデザインを生み出していた。

全面にグレーチングを使用したトイレ。

全面にグレーチングを使用したトイレ。ステンレス製の長い流しと蛍光グリーンの壁が近未来的な雰囲気を醸し出している。

サインはグレーチングの奥に取り付けられている。

向かって左側が男性用、右側が女性とベビー用。サインはグレーチングの奥に取り付けられている。

車椅子対応のトイレ。

車椅子対応のトイレ。手摺は壁面に格納されるとほぼ見えなくなる。

もうひとつは、床と天井を白と黒のモザイクタイル張り、ドアにはいかにも高そうな突板を練りつけたクラシックな雰囲気のトイレで、上階にあるウェス・アンダーソンによるカフェバーともリンクしていた。また、ここは男性用のトイレのなかにも大便器のブースがあるだけで、小便器は1台もない。

トイレへのアプローチ。

トイレへのアプローチ。それぞれ特別な場所としてデザインされている。

ドアを閉めると木の壁が現われる。

ドアを閉めると木の壁が現われる。

ハンガー・ビコッカ(Hangar Bicocca/ミラノ、2004)

キーファーによる常設の巨大インスタレーション。

キーファーによる常設の巨大インスタレーション。いまにも倒れそうな巨大なコンクリートの塔が7本並ぶ。

現代美術家アンゼルム・キーファーによる巨大インスタレーション作品《The Seven Heavenly Palaces》(2004)が常設で展示されていることで有名な現代美術館。工場をリノベーションした内部空間はきわめて巨大で、天井高は最も高い部分で約30m。そのなかに、いまにも倒れそうなコンクリートのタワーが7本、ゆらゆらと歩くように立っている。
同じリノベーションでも、それぞれの場所で特徴のある場所を生み出していたフォンダシオン・プラダとは違い、工場跡地であるということを半ばそのまま引き受け、全体的にざっくりとした開放的な雰囲気となっている。それはトイレも同様で、ブースはステンレスのヘアライン。手洗いには、実験や洗浄作業ができるほどの大きな流しがボンボンと無造作に置かれている。質実剛健な雰囲気はこの美術館にとても合っていた。タフな素材でつくることはパブリック・トイレでは重要な要素だが、ともすると使用者の側に汚してもいい場所という印象を与えてしまいかねない。ハンガー・ビコッカでは、空間の質に転換して、きちんと特別な場所としているところが印象的であった。

2人が同時に使用できる巨大な流し。

2人が同時に使用できる巨大な流し。水洗金物も実験用のようなものが使用されている。

ブースはステンレスのヘアライン仕上げ。

ブースはステンレスのヘアライン仕上げ。ブースの脚も太く無骨なステンレスパイプが支えている。

フォンダシオン・ルイ・ヴィトン(Foundation Louis Vuitton/パリ、2014)

蝉の羽根を張り合わせたような、不思議な物質感を持った外観。

蝉の羽根を張り合わせたような、不思議な物質感を持った外観。

フランク・ゲーリー設計による、ルイ・ヴィトンのアート施設。外部は蝉の羽のような半透明のガラスの屋根が全面を覆い、その下に展示室が積み木のように積まれ、そのランダムに積まれた積み木の上を半屋外のテラスとした構成だ。展示室自体は基本的にホワイトキューブだが、さまざまな形状の展示室を用意し、それらを広大な屋上テラスで立体的に繋ぎ、建物全体を回遊できるようになっている。ただ、内部だけでも回れるようになっており、建物のほぼ中央をエスカレーターが最上階まで貫いているので、ここだけを見れば商品の代わりに美術品が並んだ、アートのためのショッピングモールのようでもある。
トイレも、間接照明やベージュの石を使用したショッピングモールのような雰囲気である。いまやショッピングモールは、大量の人々を捌く際に、世界中で使用することのできる有効な言語のひとつであるように思う。

建物中央を貫くエスカレーター。

美術館の中央を貫くエスカレーター。

ショッピングモールかホテルのようなトイレ。

ショッピングモールかホテルのトイレを想起させるデザイン。

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