対談 4

福祉の現場から考える ── 多様性を包摂する空間

乾久美子(建築家)+家成俊勝(建築家)
司会:浅子佳英

福祉、LGBTsにおけるトイレのあり方

浅子佳英

これからのパブリック・トイレについて考えるうえで、福祉は欠かすことのできないテーマだと考えてきました。そこで今回は福祉関連のプロジェクトに携わった経験をお持ちの建築家、乾久美子さんと家成俊勝さんからお話を伺いたいと思います。

現在、日本のコンビニやニューヨークのスターバックスのトイレに代表されるように、一部の商業施設は一種のパブリックな役割を担いつつあります。これは公共施設が「公共サービス」の浸透によって商業施設の差異がなくなりつつあるのとパラレルな状況といえます。この流れは当分止まらないでしょう。

その一方で、商業施設の有料トイレを気軽に使えない人たちのためのトイレについて考える必要もあります。たとえば最近、ポートランド(オレゴン州、アメリカ)に行ってきたのですが、包摂的で寛容な街という評判に違わず、夜は街なかでテントを張って寝ている人がたくさんいました。そのときに気になったのが、仮にいわゆるパブリック・トイレが街中から完全に消え、商業施設のトイレしかなくなったとき、彼らのような人々はどこで用を足せばよいのかということでした。金銭的な事情のほか、身体的・精神的な理由から商業施設のトイレを利用することが困難な人もいます。そのような観点からも福祉は今後の未来を考えるうえで重要なテーマになると考えています。

乾久美子

福祉の問題は近年、多方面から大きく取り沙汰されているテーマだといえます。背景には政治の問題もあると思うのですが、それだけではなくデザインやアートの分野からも関心が寄せられ、義務として取り組むべき課題という以上に、健常者の生活をも変えうる契機として福祉が捉え直されつつあります。建築界でもさまざまな次元から福祉の実践が進められています。浅子さんから紹介があったように、現在私も重度な方も含めた障害者福祉施設のプロジェクトに取り組んでいるのですが、そう簡単に語れる世界ではないと実感しています。福祉というと「インクルージブデザイン」という言葉を思い浮かべる方もいらっしゃると思いますし、また、インクルージブデザインというと参加型デザインと直結したものだと考える方も多いと思います。しかし、実際の福祉の現場ではインクルージブとはいっても、意思疎通が難しい利用者の方にヒアリングすることが難しい状況があります。重度の方への対応は、これまで構築されてきた方法を尊重すべきことが多く、表面的な提案などほとんど意味がないのではないかという世界になります。なかでもトイレは日々最も激しいトラブルが起きる現場です。複数人でサポートしないと用を足せないケースもあり、ふつうのトイレよりも面積を大きくとり、場合によっては病院のオペ室に近いものになったりします。こうした状況を想像力を働かせながら丁寧に観察していくことが、大切になってくると思います。

それとはまた別に、今日パブリック・トイレのあり方を考えるうえで挙げておきたいのがLGBTs(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、その他)の問題で、産業界ではこの課題に取り組む機運が現在高まりつつあります。トイレが男女別に区分けされているような従来の公共トイレのタイポロジーではもはや対応できないことの現われとして、この問題は生じていると思います。ここで挙げた2つの問題はいずれも、これからのトイレのあり方を考えるきっかけになるのではないでしょうか。

家成俊勝

数年前、デザイン研究者の水野大二郎さんとともに奈良県にある福祉施設「たんぽぽの家」における「尊厳のためのデザインリサーチプロジェクト」に参加しました。また、われわれdot architectsが大阪市北加賀屋につくったお店に来てくれるようになりつつあるのが地域の年配の方々で、これも広義の高齢者福祉にあたる建築だと思っています。
このうち前者は「インクルーシブデザイン」の実践に取り組む機会でもありました。ユーザーを包摂する参加型のデザインプロセスについて考えるプロジェクトで、今回のテーマにリンクするような議論もなされています。とはいえ乾さんがおっしゃられたような重度障害者の福祉施設の場合、「参加」を実施するのはかなりの困難を伴うのが実情です。参加型デザインの議論が果たす役割は大きいものですが、そこに単純に回帰するのではなく、そのような困難を前提としたうえで新しいケースを考えていく姿勢も今後は求められていくのではないかと思います。

家成、浅子、乾

家成俊勝(いえなり・としかつ)(左)
1974年生まれ。建築家。京都造形芸術大学准教授。2004年赤代武志とともにdot Architectsを共同設立。設計のほか、施工、リサーチ、アート制作などを行なう。主な作品=《NO.00》(2011)、《Umaki camp》(2013)、《美井戸神社》(2014)、《THE BLEND STUDIO》(2017)など。

浅子佳英(あさこ・よしひで)(中)
1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。

乾久美子(いぬい・くみこ)(右)
1969年生まれ。建築家。乾久美子建築設計事務所主宰。横浜国立大学大学院Y-GSA教授。主な作品=《フラワーショップH》(2009)、《共愛学園前橋国際大学4号館》(2011)、《みずのき美術館》(2012)など。2012年、第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館「ここに、建築は、可能か」(伊東豊雄、藤本壮介、平田晃久、畠山直哉と協働)にて金獅子賞受賞。主な著書=『建築をそっとおいてみると』(LIXIL出版、2008)、乾久美子+東京藝術大学乾久美子研究室『小さな風景からの学び』(TOTO出版、2014)ほか。

浅子

LGBTsのトイレのひとつの解答として即座に想定されるのは、男女の区分や小便器を廃止してみんなで同じトイレを使用することなのだと思います。そうした解答がある一方で、それだけでは重度障害者の問題は解決されないという現実が他方にはある。LGBTsについての議論をしていると、まるでこの問題を解決することがあらゆる人々を包摂することにつながるという風に錯覚してしまいがちですが、当然、それだけでは取りこぼされてしまう問題が依然としてあるわけです。このように、どこまでいっても一般解では解決しえない特殊な状況をどうすべきかについて考えることが、これからの福祉を議論する際には最も重要になるのかなと思います。

家成

乾さんにお聞きしたいのですが、重度障害者施設のトイレの設計は基本的に機能に基づいて決められていくのでしょうか。

まずさまざまな方法論があり、障害の種類に応じての設計になります。基本的にはトイレ内は既製のパーツを組み合わせ、職員の方の動きなども考えながらレイアウトしていきます。ストレッチャーに近いタイプの車椅子で職員と一緒に入ることを想定してかなり広い面積を確保するなどのケースもでてきます。

浅子

便器も既製のものですか。

そうですね。障害者対応製品を組み合わせながら、既製品でもうまくいくように設計しています。

浅子

重度障害者専用の便器はあったほうがよいと思いますか。

お風呂は、医療や福祉専用のものでかなり複雑なタイプのものが導入されているケースが多いです。ですがトイレは現状、専用の便器というものはあまりないようです。その背景には、障害の方向性が多様を極めるため、一般化が簡単にはできないという事情があります。障害者福祉施設は地域に根ざした存在なのですが、とある地域における利用者の障害の方向性や多様性は毎年変化していきますから、ある障害に対する専用の便器を導入しても翌年には使えなくなってしまうことも想定されるわけです。そういうこともあり、一般的なタイプの便器を使用して、施設の職員が個々別に対応していくのが現状です。
そうした現場を観察して強く感じたのは、施設利用者は職員からの「無償の愛」に支えられているということです。頻繁にトイレでトラブルが起こるなかで、職員の方々はプロとして粛々と障害者のケアに従事するという世界があります。

品川区立障害児者施設、5階プラン

「品川区立障害児者施設」5階プラン[クリックで拡大]


LIXIL パブリック向けタンク式便器
LIXIL バリアフリー対応便器

LIXIL パブリック向けタンク式便器(ハイパーキラミック一般地/ロータンク/BC-P20S)(左)(引用出典=http://www.lixil.co.jp/lineup/toilet/public)と、LIXIL バリアフリー対応便器(ハイパーキラミック一般地/自動フラッシュバルブ/C-35K)(引用出典=http://www.lixil.co.jp/lineup/equipment/barrier_free/)(ともに提供=LIXIL)

逃げ場的な場所の重要性

家成俊勝氏

家成俊勝氏

家成

職員にはかなり大きな負担がかかるということでもありますね。じつは先述の「尊厳のためのデザインリサーチプロジェクト」では、福祉の現場で職員がどのような困難を抱えているかについてのリサーチをしました。「カルチュラル・プローブ(文化的探索機)」と呼ばれる手法のもと、職員に日記を渡して一日のタイムテーブルや動線を書き込んでもらったり、フローリングワイパーを使って施設内を掃除しながらいろいろなことをつぶやく様子をビデオカメラでセルフ録画してもらったり、メガネ型のカメラをつけて仕事をしてもらうことで彼らの行動を把握していきました。調査を進めていくうちに休憩時間の過ごし方も調べようということで、メールで休憩中の状況をこちらに伝えてもらうようにしました。「きょうは朝からすごく大変だったので、いまは車のなかで自分の好きな音楽を聴きながら休憩しています」とか、「休憩が10分しかとれていませんが、次の現場に向かいます」といった休憩の情報が上がってくるなかで気づいたのは、彼らが施設の裏側にある菜園や非公式の喫煙所をうまく使って休憩していたことです。やはりつねに人と顔を合わせている状態が続くとストレスが溜まるため、そういった些細な場所がある種の「逃げ場」として機能していたともいえます。

最終的にこのプロジェクトでは、そのような切り替えを補助するための小さなベンチなどのデザインの提案もしたのですが、彼ら/彼女らのストレスを少しでも低減させられるデザインができれば、施設や社会の空気をよりよくする糸口になりうるのではないかと、そのときは考えていました。

職員による行動の記録
行動を記録するためのツール

「尊厳のためのデザインリサーチプロジェクト」
職員による行動の記録(上)、行動を記録するためのツール(下)(いずれも提供=dot architects)

興味深いリサーチですね。いまの話を聞いて、確かに職員の方のケアも大切だと思いました。現在計画中の施設にもそのような職員の逃げ場というか、隠れ処的な場所をいまからでも盛り込んだほうがいいですね……。しっかり考えてみます。