対談 6

施設から住まいへ──半パブリック空間のトイレ考

仲俊治(建築家、仲建築設計スタジオ) × 金野千恵(建築家、teco)
司会:浅子佳英

街に開かれた大きな家──複数のプログラムから成る建築とトイレの関係

浅子佳英

昨年5月から続く「パブリック・トイレのゆくえ」というこの企画は、公衆トイレそのものへの関心はもとより、トイレという都市の最小の空間から現在的な「公共」の概念を捉え直すことができないだろうかという発想が出発点にありました。いまや実際のところ、公衆トイレよりも商業施設のトイレのほうが一般的によく利用されている状況があり、そちらのほうが公共性を担っているようにも見えます。しかし、商業施設が完全にパブリックな空間かというとそうとも言いきれず、とくに障がいのある方は利用が著しく制限されたり、排除されてしまうケースもあります。そういう意味で、福祉の問題は避けて通れないだろうということで、前々回の対談では乾久美子さんと家成俊勝さんをお呼びして、福祉施設のトイレの実状についてお話を伺いました(乾久美子×家成俊勝「福祉の現場から考える──多様性を包摂する空間」[2017.11.29公開])。そのときに乾さんが「いい福祉施設は巨大な家のようにつくられている」とおっしゃっていて、福祉を考えるうえで大きなヒントになると思ったんです。それは施設であってもそこで暮らす人々にとっては家と変わらないということもありますが、施設を家に帰るまでの準備段階と考えると、施設では家と同じトイレやお風呂が求められるわけですね。さらにいえば、福祉施設を家に近づけていく一方で、これからは家を福祉施設のように捉えていく必要もあるのではないか。少子高齢化や社会の多様化によって核家族を前提にしたこれまでの住宅が少しずつ解体されていくなか、家を街に開かれたものとして、他者と暮らしていくような存在として考えてみたい。きょうの議論がそのひとつのきっかけになればと思っています。

対談中の3名の写真

仲俊治(なか・としはる)(右)
1976年生まれ。建築家。仲建築設計スタジオ主宰。共著=『地域社会圏主義』(LIXIL出版、2012)、『脱住宅』(平凡社、2018)など。主な作品=《食堂付きアパート》《写真家のスタジオ付き住宅》《白馬の山荘》《上総喜望の郷 おむかいさん》《五本木の集合住宅》など。2016年、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展出展。

金野千恵(こんの・ちえ)(左)
1981生まれ。建築家。teco共同主宰。2013-16年、日本工業大学生活環境デザイン学科助教。共著=『en[縁]:アート・オブ・ネクサス』(TOTO出版、2016)など。主な作品=《向陽ロッジアハウス》《minowa・座・garden》《地域ケアよしかわ》《幼・老・食の堂》ほか。2016年、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展会場デザイン。

浅子佳英(あさこ・よしひで)(中)
1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

《上総喜望の郷 おむかいさん》(仲建築設計スタジオ、2015)

仲俊治

きょうはよろしくお願いします。いま浅子さんがおっしゃった、福祉施設と家という文脈で紹介するのは、千葉県木更津市で設計した知的障がい者施設《上総喜望の郷 おむかいさん》(2015)です。これは、重度の知的障がいがある方向けのいわゆる入所施設で、一生をここで暮らすことになります。1棟につき6人1組の小さな単位で生活をしており、3棟あって18人が暮らしています。6人の家といっても、動作寸法を考慮していくと、トイレまわりや食事エリアはどうしても広くなります。補助金の関係で廊下の最少幅も決められていますし、食事の安全性など運営上の問題もある。ですから、放っておくと、先ほどの乾さんの引用とは違う意味で大きな家になってしまい、なかなかこぢんまりとした家にならないというのが正直なところです。それでも、施設を施設っぽくしていることがらを一つひとつ洗い出して吟味、検証していくというプロセスをとったので、そういう意味で理想と限界の両方を感じ取ることができたプロジェクトです。

ほかの施設を見学しても、このような少人数での家というのはなかなかありません。だいたい15人前後、多いところだと20人近くで1単位になっている。しかし、個室が15もあるところに、「家らしいイメージ」から切妻の屋根を載せると、巨大な屋根になって、とてもキッチュになる。そんな事例を数多く見てきました。天井裏もものすごく高くなりますから、3階建てかというくらいになってしまう。ですから、《上総喜望の郷 おむかいさん》では巨大な屋根になるのを避けるために屋根を小分けにして、小さな居場所を集積させようと考えました。

仲俊治氏

仲俊治氏

《上総喜望の郷 おむかいさん》

《上総喜望の郷 おむかいさん》(提供=仲建築設計スタジオ)

ここでは「施設から住まいへ」というモットーで職員さんたちと10人くらいのプロジェクトチームをつくりました。住まいらしさとはなにかと考えると、みなさんが住んでいる住宅のトイレには窓が付いていることが多いのではないでしょうか。福祉施設の場合、どうしても1カ所に複数のトイレが集まって並ぶプランになりがちで、そのせいで窓を持たない水まわりが出てきてしまう。そういうところから変えていこうとしました。洗面所は泥だらけになって帰ってきてもすぐに洗えるように、また、庭を眺めるひとつの居場所として、玄関側に出しています。

この設計をやっていた初期の頃に印象深いお話を伺ったのですが、それはトイレ掃除のことでした。この福祉法人がお持ちの他の施設のトイレは、床に水を流して掃除する湿式のタイプだったのですが、それだとどうしても排水溝にゴミや汚物が詰まってにおいが出てしまう。そのときに理事長だったと思いますが、「みなさんのご自宅のトイレの床は水を流して掃除しますか?」と問いかけられて、なるほどと思ったんです。施設の職員さんは施設をきれいにしたいと思っている。その一方で、効率を考えると水を流して洗うのがよい。あるいは、ふつうはそういうものという無意識かもしれない。いずれにせよ、その結果においが出てしまっていたわけですが、そこをモップがけで掃除するような乾式の床にして、さらに自然の風や光を採り入れるかたちに変えていきました。

そういうことを一つひとつ洗い出しながら、「施設から住まいへ」に向けた課題を見つけていったわけです。とても小さいこともあります。ライニングの天端はなぜ木ではいけないのかとか、いつもお使いの便器用洗剤を借りてきて変色しないような木材塗装の実験をしてみたりとか、さまざまなことを洗い出しながらつくっていったのがこの建物で、たくさんのことを勉強させてもらったプロジェクトです。

浅子

6人のユニットに分けるというのはもともとのプログラムだったのでしょうか。それとも仲さんのほうで提案されたのでしょうか。

それは福祉法人で、小舎制を20年以上前から実践されていました。「おむかいさん」の母体となった旧施設は10人で1ユニットでしたが、それは現在においてもすごいことだと言われています。重度の障がいがある方向けの施設であるので、なおさらです。ですから、ここではふつうの福祉法人の倍以上の職員がいらっしゃると聞きました。今回、「おむかいさん」新築にあたっては、10人ではなくさらに小舎制を進めるという大方針があったものの、6人になったのはいろいろな検討の結果でした。それこそ建築家が加わって、1ユニットが5人の場合、6人の場合、8人の場合というように、たくさんの具体的なパターンでボリューム・スタディを繰り返し、庭の雰囲気や空間の大きさを比較していきました。6人だと200㎡弱で、個室が並んでも15mくらい。家っぽい大きさになるギリギリのラインでしょう。さらに、先ほども言ったように場所を小分けにしているプランにしています。この施設の場合、入居者が集まってお喋りを楽しむということはなかなか難しく、基本的にはひとりずつそれぞれの居場所を探してそこに佇むという居住のかたちになります。ですので庭が見える日当りのいい場所とか、テレビを独り占めできる場所とか、いろんなタイプの小さな居場所を集積していったわけです。このようにして、スケールアウトすることを回避していきました。

同、個室

同、個室(提供=仲建築設計スタジオ)

同、キッチン

同、キッチン(提供=仲建築設計スタジオ)

金野千恵

この施設は以前見学させていただいて、敷地にとても穏やかに建物がレイアウトされていたり、外部へ開かれた印象だったり、いろいろな魅力を感じました。いくつかの建物があって、お施主さんが長い時間のなかで継続的な空間のあり方を考えて、それに対して建築家が一緒に歩んでいるのが特徴だと思いました。水まわりに関しても、新築をやる前に、既存のほうで水まわりの改修もされたと聞きましたが、どういったプロセスだったのでしょうか。

はい。同様の改修をつい最近も、敷地内の別の建物でもやりました。1ユニット10人で、6ユニットあるような建物です。そこを改修して家らしくしたいというときに、自分のキッチンやお風呂があるというのは大事だろうという話で、それはそうだなと共感しました。食事は施設の中央にある厨房でつくりますが、ユニットごとにキッチンがあればそこで温めたり、食器を洗ったりすることもできますから。お風呂も同じです。けれども既存の建物にはテクニカルには難しい部分がいろいろあり、RCの3階だったので、水まわりを増やしたり移動したりすることがそもそも難しかった。それでも最終的には実現できました。トイレも、改修前は小便器が並ぶなど公衆便所然としていたものを、それぞれに窓のあるかたちでの個室トイレにしました。さらに、先ほどあったように、湿式床を乾式床に変えました。「そもそも家でこんなことをやらないよな」という気づきがプロジェクトチームのなかに蓄積されていき、新しい施設のあり方を模索していくことにつながったわけです。

「施設から住まいへ」というモットーは最初から決まっていたわけではなく、プロジェクトチームのみんなで見つけた言葉でした。これまで福祉施設をいくつかやってきたなかで感じていたのは、金野さんもたくさん経験がおありなのでわかると思うのですが、スタッフのみなさんは人の生死に関わる仕事を日々されているわけで、そのなかで新しい建物の打ち合わせをしようとしても、なかなか時間が取れません。緊急事態が起こると打ち合わせ自体がキャンセルされることもあります。そうなるとみんなの意識をひとつにまとめていく言葉が必要で、それを基本設計のなかで見つけられればいいと思っていたんです。当初は露天風呂をつくりたいということだったのですが、配置計画をもとに解きほぐしていくと、「小さなお風呂がほしい」「小さなキッチンがほしい」……というように、つまりふつうの家として考えたいというように変わっていき、「施設から住まいへ」ということを、みながそれぞれの表現で言い始めた。このフェーズではボリューム模型がたいへん機能しました。先ほど話したことに重なりますが、何人の家が何棟あるか、それが繋がっているか分散しているかなどによって、つくられる庭の性格が変わる。既存施設との関係も体感的にわかる。そのようにしてプログラムをスケッチしていきました。

「住まい」という明確なコンセプトが共有されてからは、木製サッシはいいねとか、ガレージがほしいとか、どんどん意見が出てくるようになりました。病院へ通うのに車は必須なのですが、離れた駐車場まで歩いて行かなくても、一つひとつの家にガレージがあればより便利だし、そもそもそんな家に私たちは住んでいるじゃないか、と。それは僕の案ではなくて、職員の方のアイデアです。

洗面コーナー
洗面コーナー

同、洗面コーナー。玄関脇、かつ庭を望む位置に設けた(提供=仲建築設計スタジオ)

同、平面詳細

同、平面詳細(提供=仲建築設計スタジオ)[クリックで拡大]

金野

私が見学させていただいたときに伺った話のなかで、入居者が既存から新築のほうに移るときに、長いあいだ住んでいた環境が変わるのでどう受け入れられるか不安だったけれど、最初に入ったときに床に頬ずりをして喜んでもらえたというお話が、すごく印象に残っています。たぶん施設然とした塩ビシートの床ではそういう行動はしないはずで、そこが安心して暮らせる家だと一瞬で体感できたからだと思うんです。

一瞬の出来事でしたが、よく覚えています。そこに入居する方からは直接要望を聞くことができないなか、そうしたふるまいで表現してもらったのはすごく嬉しいことでした。実現できなかったこともあるのですが、施設を施設たらしめている前提を洗い出せたという意味で、少しは家に近づけたのかなという感触もありますね。