対談 6

施設から住まいへ──半パブリック空間のトイレ考

仲俊治(建築家、仲建築設計スタジオ) × 金野千恵(建築家、teco)
司会:浅子佳英

《地域ケアよしかわ》(t e c o、2014)

金野

埼玉県にある吉川団地の一画に高齢者の訪問介護のための事業所を開くということで改修を頼まれたのですが、当時(2014)は福祉と聞くと、設備が重くなるとか利用者への配慮が難しいなど、先入観でハードルが高いと思っていました。しかし、この事業者さんはとても視野が広く、「地域ケア」という看板で地域を耕す拠点としていろいろな場所に連鎖させていきたいと話されていて、最初に安心した記憶があります。高齢者の福祉事業というのは、介護スタッフだけですべてのケアをしようとしても手が回らず、地域の方の手を借りないと破綻する。だから自分たちが地域をケアしていくと同時に、地域からも助けてもらうというコンセプトでした。

街の訪問介護事業所は、ふつうスモークのフィルムが貼られて中を覗けない空間が多いんです。理由は利用者のプライバシーの問題でしょうが、そうなると周りの人も覗いてはいけないと感じてしまう。でも、この事業者さんは「そういう配慮よりも、まず地域の人が集まれる楽しい場所にしてください」と。近くにバス停があって、くの字に曲がった商店街のアーケードが帰路につく人の流れを受け止める、団地のエントランスにあたる場で、奥行きは10mほど、60㎡弱の小さなスペースです。その真ん中にキッチンを兼ねた大きなテーブルをつくり、奥の3分の1を事業所のワークスペース、手前の3分の2を地域に開放するというプランになっています。

金野千恵氏

金野千恵氏

《地域ケアよしかわ》
《地域ケアよしかわ》
《地域ケアよしかわ》

《地域ケアよしかわ》(提供=t e c o)

ここでキーになったのは、キッチンテーブルとトイレの配置でした。まずデスクや収納を置ける最低限のワークスペースを奥に確保し、その手前まで人が入ってくる動線をつくろうと考えました。そこで、空間の真ん中にトイレをもってきて、そこまでは誰でも入れるようにしました。冒頭のお話のように、いまは商業施設のトイレが公衆トイレのように利用されますが、なかにはお金を払わないと使いづらい施設もあります。《地域ケアよしかわ》はそういう心理的な壁もなく、誰でも入れる場所にしたいとのことだったので、トイレの位置は重要でした。

そのとき、街なかで車イスやオストメイト利用の方が安心して使えるトイレが限られているので、街のトイレマップをつくりたい、《地域ケアよしかわ》をそのひとつにしたいと事業者が話していました。同時に、事務所のパートナーのアリソン理恵がちょうど子育て中で、街でおむつが替えられたり、授乳できる場所をアプリなどでチェックしていたんです。そういう街のインフラを自分の生活の一部に取り込んでいる人がいるときに、小さなスペースでも都市に開く機能を持つことができる可能性を感じ、思い切ってトイレを真ん中に据えました。

同、平面

同、平面(提供=t e c o)[クリックで拡大]

同、断面

同、断面(提供=t e c o)[クリックで拡大]

もうひとつ記憶に残る議論は電気のコンセントを外に設けるか否かでした。負担する電気代なんて知れたものなので、それで人が居場所としてくれるならいいだろうし、もしかしたらその人がスタッフを助けてくれる人材になるかもしれないと。そこで外のベンチにコンセントを設けたところ、毎日子どもたちが集まってきて、みんなでゲームをしている。訪問介護の事業所なので、当初は高齢者サロンみたいになることを想定していましたが、蓋を開けたら子どもたちの溜まり場になっていた(笑)。やはりトイレ、電気といった生活に不可欠なインフラは居場所を規定するんだと再認識しました。

そうして集まった子どものなかに、夜までそこにいて、カップラーメンやお菓子を食べている子がいて、聞くと両親が共働きでお金を渡され「どこかで食べてきなさい」と言われたと。それを聞いた元民生委員のおばあちゃんが「ご飯をつくってあげたい」と立ち上がり、この事業者が場所を提供するかたちで、いまでは子ども食堂が開かれています。

そのうちに子連れのお母さんなども来るようになり、おむつ替えのスペースがほしいと相談を受けました。当初は予算の都合で断念したおむつ交換台でしたが、スペースを確保し下地を入れておいたので、すぐに2期の改修で導入しました。すると今度はそのお母さんがママ友を引き連れてきたり、近くにある障がい者向けのデイサービスの利用者も食べに来たりと、どんどん口コミで広がりました。いまも週3回無料でご飯を出し、多いときは40~50人が来ると聞いています。

浅子

子ども食堂は最初から決まっていたわけではなくて、後から始まったんですね。

金野

そうです。その前に「おやつの日」というのがあって、それは不登校の中学生が小学生の子を相手におやつをつくってあげるというところから始まったようです。前日になるとその子がやって来てレシピを確認して、当日は早めに来て準備をしておやつを提供する。地域に差し出すスペースをつくったことで、それまで見えなかったニーズをあぶり出すことになったのです。

いまのお話を聞くと、もはや家の一部になっているという感じを受けます。その不登校の中学生にとっては、喜んでくれる小学生を見ることで自分を確かめられる、そういう大切な居場所になっているわけですね。しかも「あれがあったらいいのに」「じゃあつくろうか」というノリで、その居場所をみんなでつくっている感じがある。そうした使いながらつくっていくというような状況は、まさに家そのものという気がします。

浅子佳英氏

浅子佳英氏

浅子

そこにいる全員が自分の場所として主体的に関わっている感じがありますね。おむつ交換台の下地だけつくっていたという話にしても子ども食堂の件にしても、全部つくり込むのではなくて、ある程度欠けている状態で始めたものが、みんなが関わることで徐々に完成していく。そういう幸せな使われ方をしている。実際に見学に行ってみると、なんの建物かよくわからないんですよね(笑)。お店に見えなくもないけれどなにかを売っているわけではないし、オフィスというには人が働いている様子もない。しかも外にベンチがあって、ガラスを隔てて中の反対側にも同じようなベンチがあるというつくりになっていて、内と外の関係も曖昧になっている。だから外のベンチに座っているだけで、なんとなく関わっている感じが出るんですよね。

金野

外がアーケードの屋根になっていることも、独特のゆるい空間になっている一因かもしれません。

建物のほうは天井を仕上げていないのに(笑)、外のアーケードには立派な天井があるというのも不思議な感じがありますね。

金野

そうなんです。そのせいで、集まってくる子どもには「これ、いつ完成するの?」と問い詰められたりしました(笑)。竣工してからもリクエストをいただいて、度々関わっていて、大学の研究室でベンチをつくり、子どもたちや認知症のおばあちゃんも含めてここへ集まってくる人たちと一緒に塗装をするなど、街の人と協働することもあります。すると、改修工事でつくったベンチには子どもたちも靴のまま上がるのだけど、自分たちが塗装したベンチはすごく大事に使うわけです。つくるプロセスに関わるのは、その空間やモノの維持にも影響するなと感じた場面でした。

浅子

トイレの位置がキーになっているとのことですが、たしかにこれがもっと奥にあったら、だいぶ違っていたでしょうね。

金野

最初の半年くらいは、子どもたちと空間を共有することへのストレスがあるという話をスタッフの方から聞きました。トイレを奥にしていたら、もっと大変だったと思います。奥のワークスペースにはプライバシーに関わる資料などもありますから、トイレを真ん中に置き、ワークスペースと地域のスペースの照明の色を変えることで、領域を曖昧ながらも分けて、奥には立ち入ってはいけないと周知しました。

浅子

手前がオープンスペースで奥がプライベートな空間というのは、仲さんの《食堂付きアパート》の部屋と図式としては同じですが、真ん中のトイレがオープンスペースになっていて、みんなで共有するという点が違いますね。それは《地域ケアよしかわ》の場合は奥が事務所で、プライバシーといってもパジャマでうろつくわけではないということもあるかもしれません。

キッチンはさらに手前にありますね。そのおかげで誰でも使える感じがより出ている。トイレを基点に考えると、プランが読み解けるというのもおもしろいですね。

浅子

トイレというのは、基本的には隠すスペースですからね。先ほどのアプリの話ではありませんが、公共空間に開いていこうとするときに、トイレというのはキーになる施設というか機能なのだけれど、同時に最もプライベートな空間でもあるというのがおもしろいところです。

仲さんの《食堂付きアパート》の共用トイレの場合、公衆トイレのようでありながらも、誰でも入ることができる場所かといわれるとそれは微妙な、いうなれば「半パブリック」なトイレでした。《地域ケアよしかわ》のトイレも同じで、誰でも入ってこれるといえばそうなのだけれど、公衆トイレとは明らかに違います。利用する際には人と会うし、顔が見えるときれいに使おうという意識も自然と出てくる。そう考えると、公衆トイレも完全に開かれた公共空間だけではなくて、もっと半開きの空間に設置していくというのもひとつの方法かもしれません。そもそも、もはや誰もが使えるという意味での公共のあり方は徐々に難しくなってきています。公衆トイレには汚れ放題のトイレも少なくないですし、メンテナンスを誰がやるのかという問題もある。そのときに、自分のものだと思えるくらいの小さな規模の公共スペースをたくさんつくることが、次の公共空間を考えるうえでキーになってくるのではないか。そのある種の実践が、お二人のやられていることなのではないかと思います。

なるほど、顔が見えるというのは重要ですね。コンビニやカフェでも誰が何時に掃除したというチェックリストが貼ってあるだけでも、きれいに使おうと思いますから。顔が見えて、言葉を交わす関係であれば、なおさらですよね。

浅子

それはありますね。《上総喜望の郷 おむかいさん》の駐車場の話にしてもそうで、効率だけを考えれば大きな駐車場ひとつあれば十分なのかもしれないけれど、そこで暮らす人の生活のことまでを考えたら、それぞれの部屋にガレージがあったほうが絶対にいいわけです。そういう意味では、一つひとつのユニットを小さくして、そこで完結するシステムを考えたほうが、全体としてもうまくいくのではないでしょうか。よくテクノロジーが未来をどう変えるかという話になると、全部がIT化された図を想像しがちですが、そうではなくて小さなユニットをつなぐインフラのほうだけがITで、物理的な空間は小さく家化していくというほうが、未来のあるべき方向なのかなということを考えさせられます。