対談 6

施設から住まいへ──半パブリック空間のトイレ考

仲俊治(建築家、仲建築設計スタジオ) × 金野千恵(建築家、teco)
司会:浅子佳英

《幼・老・食の堂》(t e c o、2017)

金野

次に紹介するのが先月、東京都品川区に竣工した《幼・老・食の堂》(2017)という施設です。デイサービス、訪問、宿泊という3つのサービスを組み合わせてプランして提供する、小規模多機能型居宅介護施設、略して「カンタキ」と呼ばれる施設が国内各所に増えています。《幼・老・食の堂》は「カンタキ」なのですが、さらに看護士も付いて、ある程度の専門的な医療処置もできる施設です。

《幼・老・食の堂》

《幼・老・食の堂》(撮影=太田拓実)

同、1階

同、1階(撮影=太田拓実)

同、2階

同、2階(撮影=太田拓実)

この施設でも、高齢者とスタッフの関係だけで介護を考えると硬直化してしまうので、多世代が混じった、それこそ昔の大家族の家のような場所にしてほしいと最初から言われていました。そもそも現代の福祉施設というのは病院施設から派生して規模が小さくなったものという認識で計画がなされてきたと感じていますが、本当にそういう前提でいいのか、もういちど生活の空間、「家」というところから捉え直したいという問いかけから始まったプロジェクトです。利用者が在宅で地域に住むことを前提に、病院から家に戻る前の生活演習の場として利用する方も結構いらっしゃいます。その意味でも、「家らしく」という点は重要な条件でした。

1階はデイサービスの施設が半分ほど占めていて、2階には宿泊室、3階には建物全体の機能を司る事務室があります。そうした高齢者向け施設に加えて、1階と2階にそれぞれ2歳と0~1歳児向けの保育室を設け、さらに1階にはまちの食堂と呼ぶ地域に開放したスペースをつくりました。

こういう施設ではトイレなどの水まわりが集約されがちですが、この建物では介護、保育、地域とプログラムが分かれているので、領域ごとに分散して配置しています。それとは別に、職員の方が落ち着いて使えるトイレがほしいとのことで、スタッフ用のトイレを利用者が入りにくい階段室の途中に設けました。2階には真ん中にトイレがあります。話を聞くと、5分に1回トイレに立つような人がいたり、トイレまで行くのに10分かかる人もいる、そうなると生活のなかでの重要度は格段に高くなります。そこで、必ずしも端っこのほうに追いやらずに、いろいろな部屋からアクセスしやすいような配置としました。それとは別に、トイレの頻度は多いけれど自分で行けるという人のためのトイレ付き宿泊室も設けました。福祉施設なのでどうしても水まわりのエリアが大きくなりますが、全部同じつくりではなく、ここにはおむつ交換台がある、ここはオストメイトがあるというように、それぞれに違いを持たせることで、選んで使えるようにしています。

同、平面

同、平面(提供=t e c o)[クリックで拡大]

同、断面

同、断面(提供=t e c o)[クリックで拡大]

複合施設の場合、階ごとに用途を分けるのが一般的ですが、この建物は同一フロアに複数のプログラムが混ざりあっているところがユニークですね。だからこそ、ふつうは1カ所にかたまりがちなトイレを分散させることができ、その結果、それぞれの場所とトイレの結びつきが近くて濃密なものになっている印象を受けます。それがトイレを生活の一部としてポジティブに捉えることにもつながっているのだろうと思いました。

金野

最初、お施主さんの構想を聞いたときも、1階が高齢者の施設で、2階が保育所、3階が事務所となっていました。しかし、いろいろと施設を見に行くと、複数の用途を併設していても、フロアで分けた途端に分断され、関係がつくりづらくなってしまうことに気づきました。昔の大家族の家では、子どもが寝ていたらお年寄りも静かに過ごしたり、それを見て子どものほうでもなにかを感じ取ったりしていたわけで、ここでは「一緒に暮らすとはどういうことなのか」を考えていく施設にしたいということだったんです。そのために、それぞれの領域を思い切ってぶつけようと思って計画しました。

これだけいろいろなタイプのトイレがあるとふつうはサインに頼るほかないのだけれど、散らばっているせいで場所とともに記憶されそうですね。かえってどこになにがあるのか覚えやすそうなので、そういう意味でむしろユーザー・フレンドリーだと感じました。

金野

半身麻痺の方は使うときの向きも決まっているので特定のトイレを使うことになるとか、手すりの位置などもそれぞれ好みがあったりするんですよね。もちろんすべての希望に応えることはできないのですが、何種類かあるだけで安心できるという面はあるようです。これはほかの高齢者向け施設の話ですが、「大きすぎるトイレは困る」と言われることもあります。2m×2mの多機能トイレばかりつくると、認知症の方のなかには広すぎてトイレと認識できない方がいると。さらに、転倒を防ぐためにも、壁にもたれて手で踏ん張れるくらいの通常の住宅サイズのトイレも混ぜて計画しています。つくづく画一的に処理できないと感じます。

施設を「大きな家」として捉えるにしても、大きくなりすぎると家ではなくなるわけですね。いろいろなことを1カ所で賄おうとするとどうしてもトイレやお風呂は大きくなりがちですが、かえってそれらが家らしさを損なわせる。プランを見ていて思ったのは、もしかしたらこの施設の場合、トイレまでの距離の近さこそが家のスケール感を与え、家らしさを感じさせる要因になっているのではということです。

同、子ども用トイレ

同、子ども用トイレ(撮影=太田拓実)

金野

なるほど、それはあるかもしれません。病院などでは、トイレのサインは見えるけど、なかなかたどりつかないということもありますからね。

浅子

1階には「カンタキ」と保育所と地域のためのオープンスペースがあって、それらに囲われるようにして真ん中にダイニングやキッチンがあります。ここは地域に開放するスペースとして使うのでしょうか。

金野

行政の補助金上のゾーニングではキッチンは「カンタキ」に含まれ、まちの食堂は保育所に含まれるのですが、私たちが当初から想定していたのは、真ん中のスペースは地域へ開放するというものです。実際、ここでも子ども食堂をやろうという動きがあります。《地域ケアよしかわ》では近くの農家の方がベンチに野菜を置いていってくださるらしいのですが、ここは品川という地域柄、コンビニの消費期限前の食材が多く余っているということで、コンビニと提携し子ども食堂にそうした食材を使いたいと、お施主さんが話しています。

浅子

それは面白い試みですね。高齢者施設と保育所が隣接したこの場所で子ども食堂をやったら、すごいことになりそうですね。

金野

いい意味でカオスだと思います(笑)。じつはお施主さんはすぐ近所に住んでいるんです。おばあちゃんの代からこの場所に木賃アパートを建てて家政婦紹介所をしていて、家政婦さんたちも住み込みだったので一緒に時間を過ごしていたというのです。それで自分も子どもを持つようになってどう育ってほしいか考えたときに、自分たちだけで教えられることはわずかで、街とつながっていろんな人の知恵をもらいたいと。だからここに地域の多世代と子どもたちが関わるような、子ども食堂を開きたいとおっしゃっていて、すごく説得力があると思いました。

全体としては混在やつながりを意識した空間になっている一方で、落ち着いて静かに過ごしたいという人のための場所も用意されていますね。

金野

やはりこれだけ関係がつながると、ひとりになりたい、きょうは気分がすぐれないという人がいたときに、居場所の選択肢がないと致命的なので、ところどころ静かに過ごせる居場所を設けています。エレベーターを使えば屋上に上がることもできます。そういう多様な居場所の集合体をつくろうと考えました。

福祉施設がある種の家性を獲得していくときに、そしてそもそも家とはなにかということがあらためて問われます。家族でご飯を食べることもあれば、ひとりでなにかに集中したいときもあるわけで、多様な居場所が求められる。そのように家性を捉えると、《幼・老・食の堂》におけるトイレまでの距離の近さや適度に分散されてあることが、やはり「家らしさ」をつくるうえで大きなキーになっているように思いました。

水まわりプログラムの更新を──「パブリック・キッチン」のゆくえ

金野

きょう話していておもしろいと思ったのは、仲さんのプロジェクトも私が紹介したプロジェクトも、複数のプログラムが衝突したときに、プログラムの組み方と水まわりとが連動して、全体の建築の枠組み自体を考え直すきっかけになっているという点です。その一手をどう打つかで人の流れもまったく変わってくるし、街からの見え方も変わってくる。プログラムの組み立てから関わっているからこそできる、水まわりの可能性というものが見えてきたように思います。逆に水まわりの位置づけから考えてみると、既存のプログラムをもっと解体できるかもしれない。きょうはそういう可能性をあらためて考えることができました。

浅子

今回あらためてプランを見比べて思ったのは、《食堂付きアパート》と《幼・老・食の堂》は期せずしてそのコンセプトが似ているということでした。ミクストユース(複合利用)するときに、長い廊下に部屋を並べるというのが一番簡単な解き方なのだけれど、両方とも広場の集合で解いている。どちらも小さな広場が立体的に積まれていて、テラスから内部に入れるかたちになっています(《幼・老・食の堂》のほうは内部にも階段があり、より複雑になっていますが)。さらにいえば、平面から立体の解き方も変わっていて、それがミクストユースするときのひとつの答えになっているという点が興味深い。

もうひとつ、これは僕がいつも不満に感じていたことなのですが、シェアハウスやシェアオフィスが一時注目されましたが、そのときにプランニングの更新みたいなことがあまり起こらなかったように思うのです。それはなぜかと考えてみると、トイレのプランニングが月並みだったからではないか。《食堂付きアパート》にしても《幼・老・食の堂》にしても、トイレがいままでにあまりないやり方で解かれていて、その結果、少し変なものになっている。そういうところで新しいことをやらないと、本当の意味でのプランニングの更新は起こらないのではないか。逆に言えば、それさえできれば、いままでにないような住宅のプランニングも可能になるのではないかと思いました。

また今回は湿式・乾式の問題についても考えさせられました。「パブリック・トイレ=湿式」という図式がかなり強い制約条件になっていますが、老若男女すべての人を対象にしなければいけないというパブリック・トイレのそもそもの前提を疑ってみると、途端にその図式もあやしくなってきます。トイレによってうまく使い分けできるのであれば、部分的には乾式でいいかもしれない。そのほうが汚れにくかったり、メンテナンスしやすかったり、コスト的にも適っていたりするわけで、そこはもっと見直されていいと思いました。

最後にきょうのお話を聞いていて、パブリック・トイレの問題はたしかに重要なのだけれど、一方で仲さんの《食堂付きアパート》もそうですし、金野さんの《地域ケアよしかわ》もそうですが、キッチンをパブリックなものとして考えるというのも非常に面白いテーマになるのではないでしょうか。「パブリック・キッチン」というのはいまひとつ聞き慣れない言葉ですが、少子高齢化する社会で、両親が共働きの子どもやひとり暮らしの高齢者がどうご飯を食べていくかというときに、コンビニや宅配ですべて賄うというのもつらいものがあります。そのときに、施設のなかに子ども食堂をつくるというのもひとつの答えですが、住宅のキッチンをパブリックに開くとどうなるかということは、これからの課題になっていくのではないでしょうか。そういう意味ではトイレだけでなく、「パブリック・キッチンのゆくえ」も考えていきたいと、きょうのお話を伺っていて思いました。

2018年1月11日、タカバンスタジオにて