建築家メール・アンケート 1

モロー・クスノキ・アーキテクツ

生活者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

家の外で、私たちはたくさんの人と場所や空気、光、音、匂いなどを共有していますが、トイレの個室空間というのはそういった外の世界から切り離された場所です。突然ひとりきりになるので、個室に入る時に纏っていた外の世界の要素がさっと消えて、とても冷静になれたり客観的に自分を発見したりできます。その切り替えがドア1枚でできている。個室に入るすぐ前まで外に向いていた意識が、個室に入った途端に内に向いて、気持ちが澄んでいく。トイレにはそうした独立した精神世界が小さいなりにも形成されているところがあるように思います。

公園を散歩したり、美術館に行ってアートと向かい合ったり、ホールで音楽を聴いたりする時、身体は社会的に「共有」された環境に拘束されていながらも、関心をもつ対象については幾通りもの解釈や感動があるように、心や記憶は個々の自由です。パブリック・トイレの面白いところは、「共有」の環境のなかに突然、心身ともに自由な世界が現われてしまうことだと思います。私は個人的に、何かを見たり聞いたりしてそれが自分の何かに引っかかる時、継続的な動きを一旦止めてベンチなどに座って、それが何だったのかをゆっくり考えてみたくなるのですが、そういう行動に期待している効果、つまりあっという間に過ぎ去っていく時間を止めて延長させる効果、より深く味わったりその体験をもっと親密なものにする効果が、トイレに行った時にも図らずして得られている気がします。

設計者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

例えば、ドイツ・ケルンにある《聖コロンバ教会ケルン大司教区美術館》(ピーター・ズントー設計、2008)のトイレは洞窟のように暗く静かで、瞑想空間や教会の懺悔室のような気配を思い起こさせます。水栓金具などの金属の曲面が反射する鈍い光がとても際立ち、神秘的な雰囲気を演出しています。心が休まり、さっき見てきた展示物がつくられた時代について想像してみたりするのを助けてくれる役割を持っていたように感じました。こういった生理的な目的を超えた、穏やかな世界をトイレにつくり出すという挑戦には興味があります。

最も基本的な条件である清潔さや耐久性というのは、パブリック・トイレを産業的にデザインすることで保障されます。一方、設計段階では見えにくい使用者のマナーや衛生感覚、メンテナンスの方法、頻度などがじつはトイレの最終的な雰囲気や印象を大きく左右していると思います。

生活者として、また設計者として、ジェンダーの問題や経済的格差の広がり、人種の多様化など、公共の概念が変化するなかで、これからの「パブリック・トイレ」はどのようなスペースであるべきでしょうか。

都市のインフラにつながっているパブリック・トイレは、トイレという目的以外にも水や電気の補給、情報、ネットワーク環境の提供、休憩スペースなど、数々の公共サービスを提供する窓口として、ますます人の役に立つことができると思います。
パリにおいては、水の補給(飲料水のほかに道の清掃用の水も)はパブリック・トイレ、電気はバス停が担っています。経済格差が広がり、住宅が絶対的に不足しているパリでは住居不特定者(SDF、Sans Domicile Fixe)を多く抱えていて、彼らが体を清潔に保ったり、飲料水を得ることができるスポットにもなっています。

全プロジェクトを通して、木材をはじめ、各プロジェクトで素材と向き合っていらっしゃるように見受けられます。通常は、清潔でメンテナンスに適したタイルなどが選択されることの多いトイレについて、素材の可能性はどのように考えられるでしょうか。

トイレの素材と聞いて、アメリカ・ロングアイランドの《パリッシュ美術館》(ヘルツォーク&ド・ムーロン設計、2013)の木材を使ったトイレのことを思い出しました。素朴でたっぷりとした黒い木の扉で個室が仕切られている。普段使っているようなつるんとした白タイルの世界とはまったく違う暖かいトイレ体験でした。森の中にぽつんとある美術館の佇まいと、あのトイレの空気の感じをよく覚えています。
木を使ったトイレはほかにもたくさんあるのに、どうしてあのような記憶を持ったのか。それはあの土地の気候や風景に合っていたからだと思います。
有機的な素材を使う時、気をつけなくてはいけないのはまず気候です。
洗浄することができない素材を気持ちよく使い続けるには丁寧なメンテナンスが必要かもしれませんが、それでも新しいトイレ空間の経験を発信することは意味があるでしょう。そのなかでの素材の役割はとても大きい。「ものを大事に扱う」という基本マナーはいろいろな素材を触って使ってみてこそ身につくものであり、公共のもの、トイレにおいても同じだと思います。

「Gambetta Plazaコンペ案」(2016)の設計のように不特定多数の人が集まる場所において、パブリック・トイレの存在をどのように考えられているでしょうか。
また、日本ではこうした広場や公園には、公衆トイレが設けられていますが、フランスの事情も教えてください。

Gambetta Plaza

「Gambetta Plazaコンペ案」(2016)
ボルドーは気候的にヤシが育つ。広場の周囲を覆っていたマグノリアの木を、背が高く胴部分に葉がないヤシの木に植え替え、より透明で開けた広場を提案している。(提供=Moreau Kusunoki)

Gambetta Plazaには、もともと周縁の地下にパブリック・トイレがありました。ちなみに、この広場は19世紀末フランス革命期においてギロチンを使った公開処刑場で、広場自体は砂が敷かれた簡素なものでした。20世紀になってから木々が植えられ、ボルドー中心地において数少ない緑地公園のひとつとなりました。21世紀になりボルドーの市街地全体が世界遺産に登録されました。中心部への車の乗り入れは禁止され、歩行者ゾーンを拡大する傾向があるなか、車両乗り入れゾーンの縁に位置するGambetta Plazaではかえって車両数が増加、長閑な公園としての機能が弱まり、パブリック・トイレも閉鎖されたという経緯があります。Gambetta Plazaのコンペ案では、広場外周部にあるカフェのトイレが十分に需要を満たしていたことから、広場の既存トイレは完全封鎖とし、広場内に新規にパブリック・トイレを提案していません。

かつてのGambetta Plaza

CuvillierによるGambetta Plazaを描いた版画。当時はDauphine Plazaと呼ばれていた。(出典=Archives de Bordeaux Métropole)

フランスのパブリック・トイレの初期モデル「Vespasienne」(1834年につくられた男性専用トイレ)は後にその建屋が悪用され犯罪スポット(売買取引、売春など)となってしまったのですが、「Sanisette」(1980年に導入された男女兼用無料トイレ)になってからは、民間の広告代理店JCDecauxが製造とメンテナンスを委託され、パブリック・トイレのイメージが少し改善されました。1850-70年にかけ、セーヌ県知事だったジョルジュ=ウジェーヌ・オースマンがパリを大改造したように、古い骨格を残しているパリ市にとって都市の衛生改善策は、つねに政治的マニフェストの大事な部分です。道や広場に分散するパブリック・トイレというのは都市サービスが改善されていることをアピールする広告塔としての意味を持っているからです。

かつてのGambetta Plaza

Charles MarvilleによるSanisetteの写真。Charles Marville [Public domain], via Wikimedia Commons

Sanicette

自宅の近くのSanisette。飲料水が提供されている。反対側にトイレの入り口がある。

Sanicette

毎朝利用するバスストップでは、USB充電ができるようになっている。(ともに撮影=楠寛子)

上下水道が整備される以前に都市化したパリという都市に建つ建築物の水まわり問題をどう理解し、どのような解決が望ましいと思いますか。

たしかにパリでは古い建物を使いまわしているので、さまざまな水まわり問題が存在しています。例えば、建設当時の生活風景と異なる今日、占有面積の広大なアパートメントよりもコンパクトなアパートメント(スタジオ)の需要が高まっていますが、ひとつの広いアパートメントを数戸に分譲するとおのずと給排水のポイントが不足し、もともと水まわりのなかったところに新たにつくることになります。特にトイレは排水勾配を設けるために床を上げて設置するか、サニブロイヤーというポンプ排水システムで対応しているところが多いようです。天井が幾分低くなってもオースマン様式(オースマンのパリ市改造の際に建設された集合住宅の様式)やそれ以前の建物は天井高がもともと高いものが多いのでそれほど問題になりませんが、ポンプの音や匂いなどのデメリットがあるサニブロイヤーは嫌がる人も多いようです。
根本的に解決するには建物全体で見直す必要があります。それぞれのアパートメントにそれぞれのオーナーがいますので、建物全体を診断する機会はよほどの構造的問題がない限り起こりません。パリ市が条例でファサードの定期的な洗浄を義務化しているように、建物の健全性診断を義務化する条例などができれば改善されるかもしれません。

Moreau Kusunoki Architectes(モロー・クスノキ・アーキテクツ)

2011年、ニコラ・モローと楠寛子によって設立。主な作品=《ボーヴェ新劇場》(2012-)、《パリ高等裁判所広場》(2013-)、《ギアナ文化複合施設》(2013-)、「グッゲンハイム美術館ヘルシンキ」(2015-)など。