建築家メール・アンケート 3

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生活者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

都市部の「パブリック・トイレ」は、公共インフラに不可欠なものです。それらのおかげで、人々はトイレ休憩のために民間や商業の事業に頼ることなく、街の中を自由に移動することができます。私(フロリアン・アイデンバーグ)はオランダで育ちました。歴史的に「パブリック・トイレ」は、そこでの生活の一部であり続けていますが、それはたぶん、ついトイレの代わりに運河で用を足したくなってしまうからかもしれません。毎年、多くの観光客が運河のなかで命を落としています──少し飲みすぎたあと運河で用を足している時に。公共の路地やその他の場所を、小用をする場所として使う問題を防ぐための、ありとあらゆるデザイン要素の一覧ができたほどです。

運河ではダメ!

運河ではダメ! © FaceMePLS

地元オランダの新聞には「昔ながらのオランダ式公共小便器を女性が使う可能性」についての討論が載っていたこともあります(Als vrouw plassen in urinoir? 'Dan ziet iedereen je kukeleku')。
このことから、男女兼用で使用しないときは地下に潜っているトイレのデザインが生まれました。

設計者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

建築家としての私の意見は、ひとりの生活者としての考え方に非常に近いと思います。というのは、建築家は社会について柔軟に考え対応すべきだと確信しているからです。さらに、これまで「パブリック・トイレ」が建築的な意欲や意志を持って設計されることはほとんどなかったにもかかわらず、それらは歴史的に見て都市や建築物の中でより強い存在感を発していました。
建築物の中のトイレについて議論するならば、最も優れた設計は、フィリップ・ジョンソンが設計した《フォー・シーズンズ・レストラン》のトイレでしょう。美しい大理石でできており、とても綿密に設計されています。この場所は最近、改装のために閉鎖されてしまいました。

生活者として、また設計者として、ジェンダーの問題や経済的格差の広がり、人種の多様化など、公共の概念が変化するなかで、これからの「パブリック・トイレ」はどのようなスペースであるべきとお考えでしょうか。

ジェンダーの境界は変化しつつあり、すべての多様なジェンダー意識を持つ人々を受け入れる、ひとりになれるパブリックな場所を提供することは、とくに重要になるでしょう。つねに安全と清潔を維持するということが「パブリック・トイレ」の課題です。

パリ市内、セーヌ川沿い「マザス広場」の再開発に関わっていらっしゃいますね。リサーチの際、パリ市内の公共物、とくにトイレについてなにか発見はありましたか。あったとすればどのようなものだったか、具体的に教えてください。

パリのトイレは、どちらかというと部屋のようです。アメリカのトイレと比べると、よりプライバシーが保たれています。中の人の足も見えません。そして、ほとんどのトイレは防音室として設計されています。

SO-IL《Place Mazas》
SO-IL《Place Mazas》

SO-IL「マザス広場」© SO-IL

ミュージアムの設計を手がけられていますが、ミュージアムという空間でのトイレの存在をどのように捉えていますか。とくに《Jan Shrem and Maria Manetti Shrem Museum of Art》は誰でも立ち入ることのできる半透明の屋根の存在が大きな特徴です。公共に開かれたミュージアムにとって、トイレはどのような存在であるべきでしょうか。

全体として、ミュージアムは「変わることのないオブジェクトの殿堂」から「つねに変化し続ける事象を誘発する文化的インフラ」へ変化していると、私たちは捉えています。こういった進化により、ミュージアムはアクセスしやすい集いの中心地、そして社会的な節点になっていきます。《Jan Shrem and Maria Manetti Shrem Museum of Art》のトイレを含めた建築は、これらの「オープンネス(openness)」という考えのもとに設計されています。これらの機関の社会の発展や向上に対する一貫した取り組みは、ジェンダー・ニュートラルな、あるいは男女共用のトイレで体現できるのではないかと考えています。

SO-IL《the manetti shrem museum》
SO-IL《the manetti shrem museum》

SO-IL《Jan Shrem and Maria Manetti Shrem Museum of Art》© SO-IL

SANAAで勤務されるなど、日本でも設計活動をされていましたが、そのなかで感じた、ご自身のバックグラウンドと日本におけるパブリックに対する考え方、とくにトイレに対する意識の違いがあれば教えてください。

日本では「パブリック・トイレ」はとても存在感があり、インフラ的なものだと思います。あちこちにありますが、あまり興味深いデザインではありません。しかし非常に機能的ですし、それで十分だと思います。

ニューヨーク、ブルックリンを拠点として活動され、事務所自体も多様な人種が集まる場所になっているように感じます。多国籍の事務所を運営されるなかで感じるトイレの問題や認識の違いから生まれる面白さなどを教えてください。
また、拠点とされているブルックリンで見受けられる興味深い事例があれば教えてください。

一般的に、ニューヨーカーはとても寛容ですし、あるいはそういうことをあまり気にしないとも言えるでしょう。
スタンダード・ホテル(街の眺望が楽しめる透明なトイレ)などが話題になりました。

「海外トイレ取材2 消えたパブリック・トイレのゆくえ」では、9.11以降、地下鉄駅内などにあったトイレが撤去され、パブリック・トイレと呼べるようなものは、スターバックスなど商業施設内のトイレだけになりつつあるとありました。これについてどのようにお考えになりますか。また、トイレに限らず、以前と比べパブリックに対する考え方は変化してきていると思いますか。

私たちの生活環境を再考する必要性はさらに高まっていると感じています。私たちの事務所はブルックリンのダウンタウンにあり、「パブリック・トイレ」がほとんどない交差点に面しています。最もパブリック・トイレを必要としているのに、使うことができないホームレスの人たちも多いです。商業施設のトイレを使うためにお金を払える人たちにとってさえ、好ましい状況ではありません。このことは社会的・政治的な課題であり、一筋縄ではいきません。私たちは建築家として、どちらかといえば自分たちが改善できることに集中する傾向があります。パブリックのためにより多くの空間を獲得するよりも、むしろ与えられた空間での生活を再構築することに取り組んでいます。健康増進のために、より良い循環をもたらすことができるか? あるいはその空間をよりよく活かすことができるか? この考え方は、今までの私たちの仕事の方向性を決めてきたものであり、これからも継続していきたいと思います。

(翻訳=坂本和子)

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建築・デザイン事務所。ニューヨークを拠点に活動を行なう。2008年、フロリアン・アイデンバーグとジン・リウにより設立。2013年よりイリアス・パパジョジエル参画。主な作品=《Kukje Gallery》(ソウル、2012)、《Jan Shrem and Maria Manetti Shrem Museum of Art》(カリフォルニア、2016)、「マザス広場」(パリ、2017)ほか。