海外トイレ事情 7

中国、香港 ── 超過密都市におけるパブリック・トイレ

金田泰裕(構造家、yasuhirokaneda STRUCTURE)

香港の街並み

香港の街並み。

香港のパブリック・トイレの歴史

1894年、香港の太平山(Tai Ping Shan)という過密地域で爆発的な疫病が発生し、これにより数千人以上の死者を出した。政府はこの地域の建物をすべて取り壊し、住民は新たに建てられたアパートへ転居、もとの敷地は住居には適さないということで、香港最初のパブリック・パーク Blake Garden となった。

現在の Blake Garden、もの凄い密度で林立する高層ビル群の中に突然現われるこの大きな空隙には違和感がある。
出展=©2017 CNES / Airbus, DigitalGlobe, Map data ©2017 Google

当時、浴室を持っている家庭は一般的ではなく、環境衛生が非常に悪かったことがこの疫病の流行の大きな原因と考えられており、政府は1904年に香港初の公共浴室兼トイレ Pound Lane Public Bath House をこの公園の脇に設置した。

Pound Lane Public Bath House 外観
Pound Lane Public Bath House 外観
Pound Lane Public Bath House 外観

香港初のパブリック・トイレ Pound Lane Public Bath House。階段に沿った斜面に細長く配置されている。

しかし主用途は浴室であり、トイレはその付属であった。そのほかにも同時期に建てられた公共浴室があり、トイレ機能が付いていないものもある。香港にはいまでも浴室がない家庭も多く、各エリアに公共浴室は点在している。

Second Street Public Bath House 外観
Second Street Public Bath House 内観

トイレ機能を持たない公共浴室 Second Street Public Bath House。20世紀初頭に完成。

その後、本格的に政府がパブリック・トイレの設置に取りかかったのは第二次世界大戦後で、ようやくすべての地域の下水道の整備と排水システムが整ったのは、1990年代以降であった。

場当たり的で、似て非なるもの

香港には、ほかの都市で見られるようなどこでも設置可能なパブリック・トイレの雛形が存在せず、敷地の形状、高低差、必要なプログラムに応じて自在にサイズや形を変える。場当たり的で、似て非なるもの。これは、香港のパブリック・トイレの特徴であり、超過密都市ならではの処世術である。また、階数は2階かそれ以上の多層型が多く、機能的にもほかのプログラムと併用したハイブリッドがほとんどで、パブリック・トイレが単独で街に置かれていることは珍しい。
併用の仕方には、いくつか典型的なものがあり、先にも挙げた公共浴室併用型に加え、清掃員室併用型、ごみ収集所併用型、パラサイト型に分類できる。

清掃員室併用型

もっとも多いのがこのタイプで、男女トイレの2階か、その間に清掃員の休憩室が設けられている。通常パブリック・トイレは6時から23時まで使用可能で、その時間内に6回の清掃が入念に行なわれるため、フロアが水浸しの場合が多い。屋上に物干し竿があり、清掃員が洗濯物を干していることも珍しくない。

清掃員室が2階にあるタイプ

清掃員室が2階にあるタイプ。

清掃員室及び公園管理室が男女トイレの間にあるタイプ

清掃員室および公園管理室が男女トイレの間にあるタイプ。

ごみ収集所併用型

香港のパブリック・トイレは、香港政府の食物環境衛生署の管轄に置かれているため、同じ管轄にあるごみ収集所と併用で収められることも少なくない。食物と排泄という人間の生理現象に関連するものを一カ所にまとめると同時に、どちらにおいても良い環境衛生を保つための重要な都市機能である。

右から、ペット用のトイレ、ごみ箱、ごみ収集所併用型トイレ

右から、ペット用のトイレ、ごみ箱、ごみ収集所併用型トイレ。

パラサイト型

これは香港の公共施設のユニークな組み合わせにも関わる話だが、香港にはウェット・マーケットと呼ばれる新鮮な肉、魚、野菜が集まる市場があり、市街地では路上営業は難しいため、ひとつの大きな建物に収められる場合が多い。また、そのなかに公共の図書館や体育館、スイミング・プールまでもが付設されているものもあり、公共建築の柔軟性には驚かされる。
この柔軟性のひとつの理由には、地震のない香港では、建物が重層化しようが、図書館のような積載荷重の重いプログラムが上に積み重なろうが、日本のように地震力がそれによって大きくなるような不利益が発生しないことが挙げられるだろう。このような公共施設にはパブリック・トイレも付設されている。公共施設がまず必要で、そこに取って付けたかのように寄生していることから、パラサイト型と呼ぶことにする。

市場の中に配置

市場の中に配置。

複合公共建築の道路に面して配置

複合公共建築の道路に面して配置。

建物右下の階段途中に配置

建物右下の階段途中に配置。

格差とトイレ

香港のパブリック・トイレが非常に清潔に保たれている理由のひとつに、年間17.7億香港ドル(約250億円、2015年現在)という多額の清掃費を支払えるだけの税収が確保されていることがある。アジアのハブとして機能している香港では、会社を開業するのが簡単で、税率が低いことから、金融系だけでなく、多くの外資系企業が支店をもっている。しかし、それにより物価は上昇し続けており、特に家賃の高騰は目まぐるしく、格差は開くばかりである。それゆえに、香港には低所得者が住む Coffin apartments(棺のようなアパート)やSubdevided units(細分化された部屋)と呼ばれるものが存在する。ベッド、洗面台、トイレのみで構成されており、物理的に最低限の部屋である。

大きな部屋をCoffin apartment に改修

Coffin apartment のプラン例。
(以上、特記なきものは提供=yasuhirokaneda STRUCTURE)

実際のCoffin apartmentの状況

実際の Subdevided units の状況。
写真=Benny Lam and SoCO

このような6㎡に満たない部屋を集めたアパートでさえ、共有トイレは設置せず、トイレを強引に各住戸に配置していることからも、香港人のプライバシー意識の高さと、トイレを所有する生活の重要性が感じられる。しかし、こうした生活を強いられている低所得者の給料のほとんどが、家賃と光熱費などの支払いに消えてしまうのが現実である。そのため、彼らには、街に出て買い物をする余裕も時間もなく、また高齢者や身体が不自由な人が多いことから、閉鎖的なこの部屋で時間を過ごさざるをえないのである。われわれのような感覚で、外へ出て、街を歩き、パブリック・トイレを使用する生活ができるのは、香港では限られた人間なのだと、改めて実感している。

金田泰裕(かねだ・やすひろ)

1984年、埼玉県生まれ。芝浦工業大学建築工学科丸山洋志研究室卒業。A.S.Associates/鈴木啓、Bollinger + Grohmann (Paris Office)を経て、2014年yasuhirokaneda STRUCTURE設立(パリ・東京)。2016年より香港を拠点。主な構造設計の作品=《桜台:建売住宅 HAUS-004》(大室佑介、2015)、《A HOUSE for OISO》(田根剛、2015)