海外トイレ事情 12

デンマーク、コペンハーゲン ── パブリック・トイレにおける空間と人々のふるまい

加藤比呂史(建築家)

アマー広場地下のパブリック・トイレ

コペンハーゲン中心地にあるアマー広場地下のパブリック・トイレ。真鍮のパイプが金色に輝く。

コペンハーゲンのパブリック・トイレというと、とても古いものが2つある。両方ともコペンヘーゲン中心地の広場の地下にある。今回紹介するのはそのうちのひとつ、アマー広場(Amagertorv)の地下に1900年に掘られたパブリック・トイレだ。 この広場は、都市計画家ヤン・ゲール(Jan Gehl)が歩行者専用に計画し直したことでも知られる、ストロイエ(Strøget)というコペンハーゲンで一番大きな繁華街中心に位置する。広場の中心には噴水(Stork Fountain)があり、大道芸人たちが観光客や地元の人々の足を止め、いつも賑わっている場所だ。10月の初め、北欧に位置するコペンハーゲンにはすでに冬の香りが漂い始めているが、まだ太陽が暖かく街を照らし、さまざまな装いの人々で賑わっていた。広場脇のマガジン(magazine)という老舗デパートの屋上にあるカフェのテラス席から広場全体を眺めてみると、2つのトイレのエントランスがあまり主張せず自然に存在している。

老舗デパートのマガジン屋上から見たアマー広場

マガジンの屋上から見たアマー広場。

地上に降りて、イタリア人の友人、ジャコモ(Giacommo)をモデルに写真を撮る。彼が自転車を手すりに立てかけるや否や、デンマーク人の誰かが「ここは駐輪禁止だ!」と吠える。デンマーク人は、イタリア人などのいくつかの諸外国からの労働者に厳しい側面もある。同時に、ここのトイレは市民から特別に扱われているような雰囲気も感じられる。

パブリック・トイレ入り口

パブリック・トイレ入り口。

階段を降りて実際に中に入ってみる。すると、一般的なパブリック・トイレのイメージとは大きく異なり、何かロイヤルな雰囲気が漂う。そこを訪れる男たち(ここは男子便所だ)はとてもリラックスしていて、フレンドリーに接してくれる。この写真を撮っている時、男たちは僕の後ろで待機し、カメラのモニターを覗き込んでいた。

アマー広場地下のパブリック・トイレ。正面に小便用トイレ、左右に個室が並ぶ

アマー広場地下のパブリック・トイレ。正面に小便用トイレ、左右に個室が並ぶ。中央に柱を利用した荷物置きがある。

コペンハーゲンに来て7年、建築、パブリック・スペース、ランドスケープの設計に携わっている。その現場でよく使われる言葉に、“resonans”という言葉がある。直訳としては、物理学で使われるように「共振」という訳で、「その空間と人々の間に生まれる心地よい関係」というような意味合いになる。たとえば、教会に一歩足を踏み入れる時に感じる、なんとなく背筋がピンとして、目を見開いてしまいそうな教会と人々の間に生まれる良い緊張感も“resonans”である。
ここはパブリック・トイレ。つまり、見知らぬ他人同士が親密に出会ってしまう。そのプログラム自体が持つなんとも奇妙なコントラストがあり、そこで心地の良い空間と人々の関係を築くのは難しい。多くは、なんとなく異臭で覆われた暗く湿った場所というような、うまくいっていないパブリック・トイレの経験は誰にでもあるだろう。しかし逆に、もはや荘厳とでも言える綺麗に整った空間が、このアマー広場の地下のトイレなのである。うまく期待を裏切るような細かな配慮が積み重ねられた空間に招かれた人々は、そこに気持ちを奪われるという感覚を共有する。そして現にそのトイレはなんとなく雰囲気が良いのだ。男たちは僕らと少し会話を交わした。

同パブリック・トイレ内観

同、パブリック・トイレ内観。

パブリック・トイレこそが、そこの国や地域の人々のふるまいや、“共有する”ことに対する考え方が、そのまま表現される場所になるのかもしれない。日本における、トイレの衛生・機能面のアドバンテージは明らかである。日本のトイレ空間の本質が、どのような新しいアクティビティ、都市空間をつくっていくのだろうかと考えてみたくなる。夜のエントランスもまた荘厳な風情が漂っていた。

地下のパブリック・トイレに降りる階段

地下のパブリック・トイレに降りる階段。(以上、筆者撮影)

加藤比呂史(かとう・ひろし)

1981年東京生まれ。武蔵工業大学(現・東京都市大学)卒業後、藤本壮介建築設計事務所、日建設計を経て、2010年よりデンマーク、コペンハーゲンに渡りCOBE, KATOxVictoriaなどでヨーロッパでの建築設計、公共空間のコンセプト・ディベロップメントに従事。主な作品=《Glass Tea House》(東京、2012)、《BYG DET OP》(デンマーク、スランゲルップ、2013)、《Weaving Between》(京都、2017)ほか。