海外トイレ事情 14

スイス、チューリッヒ ── 文化施設のトイレのポートレート

斧澤未知子(チューリッヒ芸術大学在籍)

「デパートの品格はトイレに現れているように思えて、小さい頃からトイレでデパートを判断していた」という友人がいた。なるほど確かにこういった利益にならないが必要とされる場所をどう扱うか、それは品格でありまた態度でもありそしてそれはなにもデパートに限る話ではない。スイスに来てからいくつかの文化施設を訪れたが、トイレによって、豪邸を改装した美術館がじつはポップな性格を持っているのではないかとか、元工場のアートスペースがやはり前衛を志しているなとか、ほんとうのところは知らずとも、否応なく印象を抱いてきた部分も少なくない。ここでは文化度の高さでも名高いチューリッヒに散らばる規模・性格の違う文化施設とそのトイレの顔つきを見ていきたいと思う。

Kunsthaus Zürich

ヨーロッパの名だたる名作を所蔵しスイス出身の芸術家の作品蒐集にも力を入れるスイス最大規模の美術館。増大するコレクションに応じて現在もDavid Chipperfield設計による増築が進む。ここのトイレは一回利用するごとに便座が自動で回って清掃するハイテク仕様との噂を聞きつけ「館の潔癖志向を示唆しているのではないか!」と楽しみに向かったのだが、筆者が到達できる範囲では発見できなかった。だがトイレ自体がとても少なくまた目立たず、穢れから距離を置く伊達な印象であった。

Kunsthaus Zürich

Kunsthaus Zürich

Landesmuseum Zürich

スイスの先史時代から現在までの歴史と文化を知ることができる国立博物館。正面から見ると1898年のGustav Gullによるお城のような建築が可愛らしいが、内部には2016年に完成したChrist & Gantenbeinの増築による現代的な展示空間が広がる。館内サインは独仏伊英の四言語表示で配慮され、この先に見ていくなかで唯一、男性側の入り口にもベビーベッドの表示があり、さすが国立、よりオープンな姿勢を体現しようとしていると感じた。

Landesmuseum Zürich

Landesmuseum Zürich

Schauspielhaus Zürich(the Pfauen)

スイスで最大かつドイツ語文化圏のなかでも大きな存在感のある劇場で、Kunsthaus Zürichのすぐ隣に建つ歴史あるこのthe Pfauenのほかに、元工場地区にある造船所を転用したthe Schiffbauもある。ホワイエでは赤く塗られた壁と金色の照明がドラマチックだが、トイレは白黒タイルであっさりとしている。また、私はここで足で踏む水洗ボタンというワイルドながら現実的な解法を初めて見た。まるで舞台上の華やかさと機能的実際的な舞台裏の対比のようである。

Schauspielhaus Zürich

Schauspielhaus Zürich

Opernhaus Zürich

1834年から続くオペラハウスで、現在の劇場は1890年に一度焼失したのちFellner and Helmerによって新築された。これもドイツ語文化圏で最も重要な劇場のひとつに数えられ、私の常日頃のチューリッヒの印象、平面・理性・整然を覆す豪華な装飾が施された4.5層分の馬蹄形のホールには平日の夜ですらほぼ満員の観客が訪れる。そんな内部からも、またいかにも荘厳な外観からしても、ここのトイレはきっとなにかしら装飾的な……と考え扉を開くとあっさり裏切られ、他の文化施設と変わらないタイルとつやつやとしたパネルで構成された、簡潔で機能的なトイレ空間が広がっている。そこは実際的なのだ。

Opernhaus Zürich

Opernhaus Zürich

Herumhaus

チューリッヒ市が管轄する小さな美術館だが、「タダのものはなにもない」と言われるチューリッヒにおいて、入場料無料で現代アートを楽しむことができる。建物自体もチューリッヒ市の真ん中を流れるリマト川沿いにこぢんまりと建ち、歪なディテールが非権威的で気軽な雰囲気を醸し出しているが、ここのトイレでは白タイルの地に薄い暖色のタイルでパターンを描き出したりしているところが、どこかクールなチューリッヒらしくなく、なんとない温かみを感じさせる。

Herumhaus

Herumhaus

Museum Rietberg

個人のヴィラを転用したヨーロッパ以外の文化を扱う美術館。2007年に新築されたエメラルドと呼ばれる新館ではクリーンな展示室に居並ぶ民族誌的美術の組み合わせが美しいのだが、この館のトイレでは真っ白なインテリアの中で蛇口やハンドソープディッシャー等の少ない要素だけが渋い金色に仕上げられていて緊張感のある美しさがあり、民族誌的美術は泥臭いものではなく美術品として気高い、と敬意を持って示す館の美意識がトイレにまで漲っているようだ。

Museum Rietberg

Museum Rietberg

Museum Haus Konstruktiv

1998年まで変電所として利用されていた建物を転用した構成主義美術を扱う美術館。一回の展示室を抜けた先のホールには男女共のマークが表示された扉があり、その先に直接トイレがあることを予想しているとその先にまた一部屋あってから性別ごとに分かれる扉がある。内部は空間としては緊張感もなにもないのだが、個室の奥の窓に嵌め込まれた曇りガラスで少し紫気味になった光の中に外を歩く人の影がぼんやり行き来して、日常を抽象に変換し眺めるような装置がトイレにもあることが面白い。

Museum Haus Konstruktiv

Museum Haus Konstruktiv

Gessnerallee

兵舎付属の厩舎を転用した、より若くて実験的なパフォーミング・アーツのためのスペース。厩舎時代の造作をいくつかそのまま利用したレストランなどが入っており、アートブック・フェアなどのイベントも行なわれ、なんだか前衛な雰囲気がある。のだが、外からでもアクセスできる場所にあるトイレは電子錠が掛かっていて、いやあ、前衛であることと、ただ闇雲にオープンであることとは違いますよね……と電子錠を見つめながら思い入った。

Gessnerallee

Gessnerallee

Löwenbräu Zürich

元醸造所を転用したアートの複合施設で、Kunsthalle Zürichやスイス二大スーパーマーケットのミグロが運営するMigros Museum、スイスを代表するアートブック・パブリッシャーEdition Patrick FreyやJRP|Ringier、重要なギャラリーやアートブック・ストアが入居していて、全体的な雰囲気がお洒落である。トイレは非メイン階段の踊り場にこぢんまりとあり、取り立てて他のトイレとの違いはないものの、鏡の前に置かれたピンクのハンドソープに、ほかとは一線を画していく茶目っ気力を、飛び抜けて変わっていることではなく捻りを効かせることで感じさせる。

Löwenbräu Zürich

Löwenbräu Zürich

Rote Fabrik

チューリッヒ湖岸に建つ、元絹製糸場を転用した、パフォーミング・アーツから展覧会まで行なわれる非営利文化施設。1980年代、工場を買い取った市の利用方針に反旗を翻した若者たちの市民運動によって勝ち取られ設立された「チューリッヒ・オルタナティブ・シーンの偉大なる母」として機能してきた場所らしく、Rote Fabrik(赤い工場)の名の由来である赤レンガを隠すほどのグラフィティを見せる外観だけでなく、トイレの中にも自由なペンが走りオルタナ精神の気概を感じさせる。

Rote Fabrik

Rote Fabrik

Corner Colledge

住宅地の一角の、展示やトークイベントが行なわれるいわゆるアーティスト・ラン・スペース。スペース自体が元店舗か事務所であったような一室空間でそう大きな場所ではなく、トイレももちろんひとつで男女兼用。他の施設に比べ、利用者層・集団が割と運営者と近い距離の人たちに限定される部分があるためか、むき出しの配管、マスコットキーホルダーのような消臭剤、見上げれば整頓された収納スペースとして利用されている棚に洗面台の横の手拭い、と包み隠すものが少なく、また清潔で、親密で快い雰囲気である。

Corner Colledge

Corner Colledge(以上、筆者撮影)

Kunstraum Walcheturm

最後に、写真がないのだが以前訪れて面白かった例を。ここは展覧会やコンサートのほか、さまざまなイベントに利用されている元兵舎・兵器庫を活用した施設なのだが、じつは次の利用を決定するまでの端境期をアートスペースとして運用している状態がそのまま続いている場所らしく、しっかりした体裁を保っているものの今も一応まだ端境期であるという認識らしい。そのためか利用者向けのトイレも元々トイレ用に計画されたスペースではなく通路の奥にコンテナを置いたような形になっていて、そのことを知らない人にさえ「あれ? 即興的、仮設的だな」と感じられるのではないだろうか。施設が置かれている状況をトイレが体現している面白い例だろう。

さて、こうして全体を通して見て興味深かったのは、ある規模以上の文化施設では、基本的にはどこのトイレの態度も顔つきも一様であるということだ。トイレという場所のあるべきイメージは「できる限り清潔で機能的・合理的」という位置にピンで固定されているらしい。Opernhausのように際立って豪華な装飾を身に施している建築でも、だからと言ってトイレまでその態度を延ばしはしない。そしてそれは生活のなかで感じる非常に合理的という印象と齟齬なく一致する。チューリッヒはスタイリッシュではあっても、快楽を伴った美装がある場所ではないと感じる。
そしてまた面白かったことは、他のヨーロッパ諸国のレポートに窺われるトイレのジェンダーレス化傾向を横目にチューリッヒでの文化施設トイレの男女の別は割ときっぱりとしていたことだ。上記の例のなかでは展示経路中のいくつかのうちの1カ所に男女兼用トイレがあったLandesmuseumと床面積の小ささから自然とそうなるConer Colledgeだけが男女兼用で、ジェンダーレスという回答を出す契機は規模の問題だけかと思わせられる。普段の生活のなかでもささやかながらつねに感じられる、そこはかとなく頑なに保守的なスイスの空気感は、こういったところに表われているのかもしれない。

斧澤未知子(おのざわ・みちこ)

1984年兵庫県出身。チューリッヒ芸術大学デザインマスターコース在籍(ブックデザイン)。大阪大学大学院工学研究科地球総合工学建築工学コース修了後、東北大学大学院都市・建築学専攻と仙台市による人材育成プログラム「せんだいスクール・オブ・デザイン(SSD)」の研究員を経て現在に至る。