海外トイレ事情 16

エチオピア、メケレ ── 問われる、ローカルなトイレ観

清水信宏(慶應義塾大学大学院後期博士課程)

本コラムは「パブリック・トイレ」に関するものではあるのだが、対象地域であるエチオピア北部・ティグライ州都のメケレには、「パブリック・トイレ」と聞いて一般に思い浮かべるようなトイレは存在しない、というところから始めなければならない。そこで本コラムでは、現地での1年半の生活の記憶や、都市集落形成や石造建築に関する現地調査を通じて付随的に得られた知見をもとにしつつ、地域におけるトイレのありようについて話をしていければと思う。

伝統集落ではどこにトイレが配置されているのか

メケレにおける集落の都市化に関する現地調査を行なった際、対象集落の1件1件を見て回ってベースマップをつくる機会があった。集落内の一つひとつの区画を見てみると、敷地は壁や斜面で囲われており、建物は敷地に庭を形成するように分散的に配置されている。

現地調査を行なった都市化した集落にある区画の写真
現地調査を行なった都市化した集落にある区画の俯瞰図

現地調査を行なった都市化した集落にある区画。写真と地図は別の区画を示す。

この独立した建物のうちのひとつか2つが、住んでいる人々によって共同のトイレとして利用されている。汚物や排水の処理、衛生面のことを考えれば、トイレの配置としては各住戸に設置するよりもこのほうが合理的である。興味深いのは、こうしたトイレの配置が都市化した現在の集落においても引き継がれていることで、新しい建物の中にトイレを配置する際も、そのトイレは室内ではなく庭に開いていることが多い。
なお、別の集落を訪れた際、少々臭ったので「トイレはどこにあるのか?」と聞いてみたところ、「その辺でしている」というようなこともあった。衛生面の問題もそうなのだが、これでは雨季の時期だと排泄するのも一苦労である。

上図区画のトイレ。写真中央左側の2つ並んだ扉がそれにあたる

上図区画のトイレ。写真中央左側の2つ並んだ扉がそれにあたる。

新しい建物の例

新しい建物の例。左側の建物の見えなくなっている部分にトイレの扉がある。なお手前の扉が物置で、奥に見える扉はキッチン。この事例の場合、居住用の右側の建物にもプライベートなトイレが存在する。

とあるピザ屋のトイレ

メケレの市街地へ行くと、路上に置かれた椅子に座りながら、人々がコーヒーを飲みつつくつろいでいる光景に出会うことができる★1。こうした道に面した建物の中ではカフェが営業しているのだが、街でトイレに行きたくなったような時は、こうしたカフェやその他のレストランやホテルにあるトイレを貸してもらうというようなことが多い。ついでにコーヒーでも一杯飲んでいこうかとでもいった気分にさせてくれる。
建物の背後には、先に述べた集落の構成を踏襲した区画がしばしば存在している。都市化に伴う過密化が進んでいるとはいえ、なかには屋外の共有空間が存在しており、トイレとして利用される建物もやはりその共有空間からアクセスすることができる。そのような市街地に、私のひいきにしていたピザ屋があったのだが、いま考えてみるとその店でのトイレへのアクセスはなんとも不思議なものであった。というのも、トイレが区画の端っこにあるため、トイレへアクセスするには、ピザ屋の建物を裏から出て、中で暮らしている人々の生活空間を横切らなければならないのである。住人たちは、洗濯をしたり、おしゃべりをしたり、ピザとは関係のない自分たちの食事をつくったりといった、ごく日常的な活動をそこでしているのだが、時にトイレに向かううえで避けることのできないルート上に洗濯物が干されていたりもしている。当の住人たちを見てみると、見知らぬ外国人がそこを通り抜けてトイレに向かっているというのに、それをとくに不快を感じているふうでもない。いや、実際には不快を感じているのかもしれないが、まあそれはそういうものだ、ということなのかもしれない。この辺の他者に対する無意識の(ように少なくとも見える)寛容さというのは、メケレという都市全般について言えることのように感じられる。いい意味で、ルーズなのだ。
ピザ屋のトイレの話に戻ろう。隣り合った2つのトイレは片方が店用、片方が住民用といった使い分けがなされている。住民用のトイレには外から鍵がかけられているため、店の客には利用できないよう管理されている。

メケレの市街地の光景

メケレの市街地の光景。

ひいきにしていたピザ屋からそのトイレへと至るルートを示したもの。(以上、すべて筆者撮影、作成)

ひいきにしていたピザ屋からそのトイレへと至るルートを示したもの。(以上、すべて筆者撮影、作成)。

「ゲイテッド・トイレ」?

「トイレに外から鍵をかける」と言えば、筆者の赴任していたメケレ大学で新しい建物が建設された際に、所属していた研究所がそちらの建物に移った時にも同じことが起こった。大学のトイレ環境はすこぶる悪く、共同利用のトイレは臭く、暗い。新しい建物ができたということでこれからは清潔なトイレを使えると喜んでいたのも束の間、開けようとした扉に鍵がかかっていた時の落胆といったらもう、なんとも言えないものである。せっかくの新しい建物を清潔に保つにはトイレに外から鍵をかけておくのがいい、と言われればなるほどそれまでの話なのだが、果たしてそれをトイレと呼べるのかは大いに疑問の残るところである。結局滞在中は常時鍵がかかっておりそこを使うことはできなかったが、その後メケレ大学で行なわれた学会に参加した時にはそこを利用することができた。とは言え、学会終了後に再度大学を訪れた際には結局鍵がかかっていたので、これは一時的な措置だったのであろう。なお余談になるが、トイレ環境の悪い大学のなかにあって狙い目は学長室のある建物なのだが、ここもしばしば鍵がかかっているので利用できるかどうかはその時の運次第である。

まとめにかえて

一般にトイレ環境のよくないエチオピアでは、トイレを適切に管理し清潔に保つことは、重要な問題である。こうしたなかで、メケレでもトイレのプライベート化は近年顕著に進んでいる。郊外に形成される戸建て住宅やコンドミニアムを見てみると、各戸の中にトイレが備え付けられていて、もはやトイレは庭や半公共空間に開いてはいない。
地域の現状を鑑みるに、より多くの人々に利用されうるトイレをどう管理していくのかという問題は、真剣に考えられるべき問題である。外国人の宿泊するようなホテルやレストランの中には清潔に管理されている場所も存在するが、そうでないところへ行けば、その多くは清潔に管理されているとは言い難い。こうした状況においてただ鍵をかけて人を締め出すというのは、少なくともなんの解決にもなってはいない(一方で、ピザ屋の事例のように店用と住人用に使い分けるために鍵をかけるというのは、管理の仕方としては示唆深いものだろう)。より根深いのは、この「人を締め出す」という行為が、この都市の本来的に持っている他者への寛容さとは相反する態度であるということではないだろうか。こうした態度がもしトイレ以外に対しても取られてしまったら、と考えたときの心配が、たんにトイレから締め出された私の杞憂であればいいと思うのであるが、さて。


★1──コーヒー発祥の地であるエチオピアでは、歴史的にコーヒー文化が育まれてきており、現在も人々の日常にとってコーヒーは欠かせない存在である。

清水信宏(しみず のぶひろ)

1987年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程在籍、日本学術振興会特別研究員(DC2)。修士(政策・メディア)。2013-15年、エチオピア・メケレ大学先史環境遺産保護研究所遺産保護学科講師。