海外トイレ×キッチン事情 2

イギリス、ロンドン/グラスゴー/エジンバラ──シェアとコミュニケーションのキッチン

武藤夏香(建築デザイナー、RISE Design Studio勤務)

イギリスの多様な人々

イギリスに来てから、国籍に限らず、さまざまなバックグラウンドをもつ人々に会う機会が増えている。異なる宗教や食の好みや食事制限(ベジタリアンやべガン)など、日本に住んでいた時には出会ったことのない人たちばかりである。イギリスの家のキッチンはそんな多様な人たちが集まる場となる。私がいままで見てきたイギリスのキッチンはなんらかの共用性、もしくは人を集める性質を携えているように感じた。例えばシェアフラットではキッチンがほかのフラットメイトと顔を合わせることが最も多い場であるし、誰かの家のパーティに行くと、キッチンは必ず人が溜まる人気スポットである。公共性といったパブリックではなく、共用(シェア)性や社交(コミュニケーション)の場という意味でのパブリック・キッチンとして、イギリスのキッチンの性質を紹介したいと思う。

暖の中心としてのキッチン

ロンドンにあるテラスハウスの改修・増築のための解体作業中に見つかったDAINTREE & SMITH 製のASPEDENというアイロンストーブ
アイロンストーブの上の段。まんべんなく錆びているが、専門業者によって綺麗に修復され、裏庭のバーベキュー台として再利用されることとなった

左:ロンドンにあるテラスハウスの改修・増築のための解体作業中に見つかったDAINTREE & SMITH製のASPEDENというアイロンストーブ
上:アイロンストーブの上の段。まんべんなく錆びているが、専門業者によって綺麗に修復され、裏庭のバーベキュー台として再利用されることとなった
以下、特記なき写真はすべて筆者撮影

上の写真がなにかわかるだろうか。ロンドン(イングランド)にあるヴィクトリア時代のテラスハウスの改修のための解体工事中に壁の裏から見つかったアイロンストーブである。この家が建てられた頃、このアイロンストーブは調理用加熱器として使われていた。日本でストーブというと、調理というよりは暖を取る器具を想像すると思う。そのため、イギリスに来て調理用コンロをストーブと呼ぶことに私は最初違和感があった。

エジンバラの友人宅で使われている現役ストーブAga

エジンバラの友人宅で使われている現役ストーブAga 撮影=Delia

上部は鉄板のようになっていて、使っていない時に火傷をしないように断熱された蓋がついている

上部は鉄板のようになっていて、使っていない時に火傷をしないように断熱された蓋がついている 撮影=Delia

ところがこのアイロンストーブを現役で活用しているお宅にお邪魔して、すとんとこの呼び名が腑に落ちた。エジンバラ(スコットランド)の田舎にあるこのお宅ではアイロンストーブの火を24時間落とすことはなく、夏でもほとんど消すことはないという。この大きな鉄の塊は、じつは調理器具としてだけではなく、家のなかでセントラルヒーティング的な役割もしていたのだ。火を落としてしまうと家の中がなにか物足りないとお宅の主人は言っていた。西岸海洋性気候で緯度のわりには温暖なイギリスだが、やはり寒い。食だけでなく暖をも取れるアイロンストーブのあるキッチンが家の中心的な場所であったことは想像に難くない。

グラスゴー(スコットランド)のシェアフラットに住んでいた時、調理が終わった後のキッチンで食事を摂っていると、後から帰って来たフラットメイトが料理の匂いを嗅ぎつけて、暖を取りがてら1日に起こったことの話をしていくということがよくあった。グラスゴーは寒いところだったので、この暖の中心に人が集まるという経験がより鮮明に記憶に残っている。また、ロンドンで住宅の改修、増築のプロジェクトに携わると、多くの家庭でボイラーはキッチンに設置されていることに気がつく。これはグラスゴーやエジンバラに限らず、キッチンが暖の中心であったことの名残なのだろう。

グラスゴーのシェアフラットのキッチン。フラットメイトは料理だけでなく洗濯もしにキッチンにやってくる。角にある四角いものがボイラー。ボイラーから銅パイプを流れるお湯は意図せず床暖房の役割を果たしていた

グラスゴーのシェアフラットのキッチン。フラットメイトは料理だけでなく洗濯もしにキッチンにやってくる。角にある四角いものがボイラー。ボイラーから銅パイプを流れるお湯は意図せず床暖房の役割を果たしていた

キッチン・コミュニケーション

夏期は特にパブの外に立ち飲みの人が溢れかえる

夏期はとくにパブの外に立ち飲みの人が溢れかえる

左側に写っている柱には浅いテーブルが取り付けてられている。立ち飲みやカウンター用の椅子に座ってちょうどよい高さ

左側に写っている柱には浅いテーブルが取り付けられている。立ち飲みやカウンター用の椅子に座ってちょうどよい高さ

次にイギリス人のコミュニケーションの場であるパブとキッチンの類似点について触れたい。上の写真のように、イギリスのパブでは立ち飲みがつねである。数時間立ったままひたすら飲み、話し続ける。グラスを置くテーブルは、立っている時に置きやすい高さに設定されているものをよく目にする。つまり、イギリス人は立ったまま話をするコミュニケーションの取り方に慣れているのである。言わずもがなキッチンも立って作業をしやすい高さに設定されているため、すべてが立っているときにちょうどいい高さにある。例えば寄りかかったり、グラスを置いたりすることがとても自然にできる。ホームパーティの時に必ず人がキッチンに溜まるのは、コミュニケーションをとるのにちょうどいい高さの環境が整っているからということも言えるだろう。

ロンドンのキッチン

2018年7月に竣工したロンドンの住宅のキッチンダイニング・エリア。コンクリート・フロアのパティオと一続きになっていて、自由に行き来ができる

2018年7月に竣工したロンドンの住宅のキッチンダイニング・エリア。コンクリート・フロアのパティオと一続きになっていて、自由に行き来ができる

現代の調理用コンロ+オーブン。オーブンは3つあり、同時に異なる温度で調理することが可能。クライアントカップルは一方がベジタリアンのため、メインの肉料理とベジタリアン用の料理を同時に調理する時に役立つのだそう

現代の調理用コンロ+オーブン。オーブンは3つあり、同時に異なる温度で調理することが可能。クライアントのカップルは一方がベジタリアンのため、メインの肉料理とベジタリアン用の料理を同時に調理する時に役立つのだそう

最後に最近のロンドンのキッチンの様子を紹介したい。ロンドンに来てからは住宅の改修、増築を多く手がけている。キッチンは地上階の裏庭に面して配置し、パティオとキッチンダイニングを一体とするプランが好まれている。キッチンとパティオは同じ床材でフラットに仕上げられているので、土足OKなこのお宅ではキッチンとパティオ間の行き来はとても自然に行なわれる。家族の集まりや友だちを呼んだパーティなどは、このキッチンダイニングとパティオが会場となる。この家の中でベットルームやバス、トイレ、そしてリビングをプライベートな裏の空間とするなら、パティオと一体になったキッチンが最も外に開かれた空間、社交性のある表の空間といえるだろう。

キッチンの俯瞰図。ロンドンのテラスハウスは日本の長屋のように細長い。キッチンより右側が増築部分。床を下げて天井高を3mとり、仕切りのないワンルームにしている

キッチンの俯瞰図。ロンドンのテラスハウスは日本の長屋のように細長い。キッチンより右側が増築部分。床を下げて天井高を3mとり、仕切りのないワンルームにしている

多様な人々が集まるイギリスにおけるキッチンの共用性は、たんに器具や場所のシェアだけでなく、匂いや味や暖かさなど感覚のシェアができるという面があるのではないかと思う。そしてイギリスで生活する人々にとってキッチンは、挨拶をしたり、話をしたりコミュニケーションの距離を取りやすい場所でもある。イギリスでは外国人である私にとって、言語以外に感覚がシェアできるのはとても大事なことであるし、コミュニケーションの距離を自分のペースで決められることにはだいぶ助けられている。多様性を受け入れるということについて、イギリスのキッチンはいろいろなヒントを与えてくれることに気がついた。

武藤夏香(むとう・なつか)

1984年生まれ。建築デザイナー、RISE Design Studio勤務。明治大学理工学部建築学科卒業、Mackintosh School of Architecture DipArch卒業。