国内トイレ・サーベイ 2

トイレの実際

冨永美保(建築家、tomito Architecture)

大きな声で人に言えないような内緒話が、声を潜めながらもせきららに語られる。
全国の公衆トイレが現場になった暴力事件が、定期的に報じられる。
合コンの作戦会議は、鏡に正対するかたちで身なりを整えながら行なわれる。

悲劇的でも楽観的でもある出来事が、その小さな空間で起きる。
トイレは、個人的な生理現象を伴って足繁く通う空間であるだけでなく、偶然であれ必然であれ、そこに集まった人たちによって、さまざまなかたちでの濃密なコミュニケーションが展開される可能性を大いに秘めた場である。
また、ピアノの発表会や、重要なプレゼンテーション前にもトイレに行きたくなることがある。緊張状態に陥ることにより、ひとりで深呼吸したくなるからか、それとも単純な生理現象によるものなのかは定かでないが、いずれにしてもトイレに行くという行為は、極端な精神状態によって引き寄せられる場合もある。
トイレという空間は、人間ひとりと便器が収まるほどの小さな個室と、手洗い場さえあれば成立するような簡素なセッティングであるにもかかわらず、先述したようなドラマティックな展開や、独特な心理状態から通ってしまう引力について思いを巡らせると、そこには何かしら不思議な魔力があるような気がしてならない。
パブリック・トイレでは、どのような出来事が起こっているのか。また、それはどのような理由により引き起こされているのか。みんなは定期的に個室に通って、実際そこで何をしているのか。
21世紀のトイレ事情を探ることで、トイレの不思議な魔力の由来と、今後の展開可能性について考えてみたい。

現代のトイレの型

まず、住宅などを除いた、外(飲食店やファッションビル、公共施設など)にあるトイレのシステムはおおむねこうなっている。

現代のトイレの型のイラスト

入り口を入った先に(そこには扉があったりなかったりする)手洗場があり、その先に個室がある。これは、用を足して、手を洗い、ちょっと身なりを整えるための、極めてシンプルな構成である。
たまたま個室から出てきたタイミングで、手を洗っている人と居合わせ、挨拶を交わした経験は誰にでもあるだろう。これは手洗場が動線空間でありながら、中間領域としても働いているからであり、用を足した後に手を洗うことのほかにも、食後の歯磨きをしたり、ヘアセットを直したり、井戸端会議の会場として使われたりと、その場にたたずむ人と足早に過ぎ去る人とがランダムに出会う空間だからである。冒頭に記した状況や、そのほかのコミュニケーションもこの空間で発生しており、そのありようは公共施設、教育施設、オフィスビルなど、プログラムや人間同士の関係性によっても多様である。メイクアイテムが増え、職場などでのエチケットが細かく見られる現代だからこそ、そこに滞在する人と時間とが増える要素は大いにあり、そこで生まれるドラマも多くなっているのではないだろうか。

秘密の花園の内実

「外にいるときに泣きたくなったら、トイレに行きます」と話す人がいた。
考えてみると、ひとたび家の外に出てからのトイレという存在は、都市空間や集団生活のなかで、ひとりでいることが保証されている唯一無二のプライベート空間である。たとえ簡易な間仕切り壁や扉でも、鍵さえ掛けてしまえば誰かが入ってくる心配もなく、誰にも気に留められることなく、ひとりでいる時間を約束してくれる。
そのためか、トイレではしばしば、ひとりで食事をとる人や、仕事中の昼寝など、秘密の時間をこっそり過ごす人が現われる。単に用を足すこと以外に、そんな秘密の花園としてのトイレの活用方法について聞き取り調査をしてみると、以下のようなアクティビティが発生していることがわかった。

トイレの活用方法のイラスト

全体として最も多かったのが、LINEやメールなどの返答にトイレの時間を費やすというものだった。ほとんどの現代人は家にいる以外の大概の時間を仕事に費やしており、人前でプライベートな連絡をできる時間が限られているという背景を考えてみると、生理現象に由来したトイレへ定期的に通う頻度を活用した、賢い利用方法のように思われる。

そのほかにも、トイレとスマートフォンとの関係は深いことがわかった。スマートフォンを使って何をしているのかというと、facebookやTwitter、Instagram、Yahoo!ニュースなど、いつでも始められてすぐにやめられるような、短時間型アプリを閲覧して情報収集をしている人が多くいた。
トイレの個室で行なわれている所要時間3分程度の娯楽を、「短時間娯楽型」と名づけてみる。便座に座ってちょっと休憩がてら、気楽に気分転換を行なうかたちでのトイレの楽しみ方である。短時間娯楽型には、1日の終わりにその日あった出来事を回想したり、大きく深呼吸をして気分を切り替えるといった利用方法もあった。この場合、トイレは単に用を足すだけの場でなく、少ない時間で効率的にリフレッシュをするための場所でもある。理想的な空間としては、短時間で気分を切り替えたり、新しい情報や刺激を受け取りやすいような規模やしつらえであるといい。例えば頭上に大きな窓があって、陽を浴びたり風が吹き抜けたり、空が眺められたりすると気持ちがよさそうだ。また、トイレ個室に向かうまでの移動がドラマティックなものになるよう計画すると、気分転換を促す空間体験になるかもしれない。

また、聞き取りを行なった人たちのなかには、YouTubeで動画を見るという人もいた。何の動画を見ているかにもよるが、その人にとって、トイレは劇場空間、便座はシアター席のような役割を担っていることになる。3分以上個室に立てこもりながら活用する方法を、「滞在娯楽型」と称してみる。滞在娯楽型には、電子書籍、新聞を読んだり、仮眠をとったりする楽しみ方もあることがわかった。
滞在娯楽型のほかの例では、ちょっと恥ずかしい、大声で人に話せないようなセルフメンテナンスを行なっている人もいた。足裏をボディシートで拭いたり、悲しいことがあった時にトイレに駆け込んで泣いたり、便座に座って化粧を直したりと、ひとりでいることが保証されているからこそできるようなトイレの使いこなし方である。
滞在娯楽型の場合、目的によっては道具を利用したり、立ち上がったり座ったりと体勢を変えたりするから、空間の規模は最小よりも少し大きめであるといい。かつ、座りながら道具が取り出せるようなしつらえや、座り心地のいい椅子などがあると便利だと思う。ともすれば椅子だけでなく、快適に昼寝ができるように、個室内の分節を行なったり、もしくは複数の部屋を用意する必要があるかもしれない。休憩目的か、セルフメンテナンス目的かにもよるが、滞在娯楽型に適したトイレができるとしたら、空間にいろいろと工夫が必要になりそうだ。
ほかにも、「アメニティ活用型」の過ごし方もあった。手持ち無沙汰な時間にトイレメーカーの説明書きをじっくりと読んだり、備え付けのトイレットペーパーとトイレ用擬音装置を活用して思いっきり鼻をかんだり、トイレの個室にすでに用意されているものを使った時間の過ごし方である。スマートフォンの普及とともに、こういったアメニティ活用型は少数派にはなっているものの、50代や60代の人たちはこういった使用方法が多いことがわかった。

小さな娯楽空間、もしくはシェルター

トイレの個室という秘密の花園では、単に用を足すことを超えた、さまざまな活動がひっそりと展開されていた。
幼いころから使用し、ひとりでいることが保証されていることや、空間の規模やしつらえもどこもだいたい同じであることから、誰にとっても経験値が高く居心地がいいのかもしれない。
またトイレは、それぞれの楽しみ方ができる娯楽空間である一方、誰にも気に留められることなく、こっそりと逃げ込むことのできるシェルターのような役割も担っている。
いままでのトイレ空間の設計は、用が足しやすく回転率を上げることが重要視されてきた。
これからのトイレは、個室内での過ごし方がそれぞれに魅力的になるように空間としての多様性を計画すると、小さな余暇のひとつとしてトイレの時間をより充実したものにできる可能性があるのではないだろうか。

今回原稿を執筆するにあたり、松尾隆史さん(トイレ愛好家)にご協力をいただきました。
聞き取り調査対象者
年齢層 20〜60代
男女比 1:2

冨永美保(とみなが・みほ)

1988年、東京都生まれ。建築家。2013年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2013-15年、東京藝術大学美術学部建築科教育助手。2014年より伊藤孝仁とともにtomito architecture共同主宰。主な作品=《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》(2016)、《庭が回る家》(2016)ほか。