国内トイレ・サーベイ 6

トイレが「イベント」になる横丁空間

TSUBU(マンガ家、建築設計)

漫画

昭和から残る飲み屋が連なる「横丁的な場」での体験の楽しさは、近年SNSの発達に伴い、幅広い層に共有・支持されている。東京では吉祥寺のハーモニカ横丁、新宿の思い出横丁、ゴールデン街、門前仲町の辰巳新道、立石の呑んべ横丁などが有名だ。大通りから横に逸れた狭い道に潜り込み、隣の人と肩を寄せ合って大きな声で盛り上がるのはじつに楽しい。また、ひとりで赴いて周りの語らいに耳を傾けて過ごすのも十分楽しい。
このような飲み屋横丁には、専用の共同トイレを設けている箇所も少なくない。この共同トイレもまた、歴史を感じるような佇まいで、かつ、横丁それぞれの個性を保ちながら、縁の下の力持ちとして活躍している。
今回は、江東区の門前仲町駅から歩いて3分ほどの場所に位置する辰巳新道に着目して、サーベイと漫画の制作を試みた。辰巳新道は、昭和に誕生した小さな居酒屋やバー、スナックなどが連なる通りである。こちらの共同トイレは、辰巳新道の利用者のみに開かれたトイレだ。協同組合によって管理されており、男女共用トイレである。
小便器と個室からなる男女共用トイレというのは、都市部のパブリック・トイレとしてはお目にかかることも少なくなっており、利用にあたって、特に女性にとっては、かなりの緊張感を伴う。できれば男性不在のタイミングを見計らって利用したいが、混雑していればそうもいかない。また、完全に無人状態でもそれはそれで心細い。女性自ら足を踏み入れるのにはなかなか勇気のいる場所である。辰巳新道のトイレは、共用部ではやはり多少の戸惑いはあるものの、新道の中心付近に位置しており比較的人通りも多いので安心感がある。また、植栽の配置や防犯カメラの設置などから管理者の気遣いも大いに感じられる。さらに個室に入れば、徹底的に行き届いた清掃と、新旧入り混じるトイレ小物のコンビネーションに、おもわず「かわいい……」と愛着すら湧いてくる。個室に設置されたバーからは、酔ってふらつく利用者などに対する思いやりを感じるし、ゴミ箱やフックなどは、誰かの家に遊びに来たような親しみやすさを抱きうるアイテム・セレクトになっている。

このように多段階に感情が湧き出てくるのも、横丁トイレの魅力である。狭い店内で肩を寄せ合って酒を酌み交わすというメイン・イベントに対して、トイレのために席を立つことが立派なサブ・イベントになるのだ。細部に管理者の熱意も感じられ、思わず誰かに言いたくなるような経験ができるだろう。とくに若い世代にとっては、「懐かしい」よりも「真新しい」という思い出になるはずだ。
古さが良さとなり残されてきた場所だからこそ、これからも不似合いなアップ・デートなどされずに、どうか各々の横丁空間に適した進化を遂げていってほしいと切に願う(ちなみに辰巳新道の共同トイレの個室には洋式便器もある。また、少し離れた場所に、歩道から直接個室に入れる共同トイレもある)。

TSUBU

マンガ家。並行して設計活動も行なう。現在GANMA!にて「ハリヒトヒラ」を連載中。主な作品に「紺色のまち」など。2013年からstudio[42]一級建築士事務所参画。

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公開日:2017年10月30日