国内トイレ・サーベイ 10

名詞的なトイレ、動詞的なトイレ

中川エリカ(建築家、中川エリカ建築設計事務所)

トイレは人々の気分を映す

トイレというのは不思議な場所で、誰でも一日数回は必ずそこへ行く。思い返してみると、そういう場所はほかにはない。たとえば住宅のなかでの機能空間を考えてみると、キッチンにせよ、浴室にせよ、洗面室にせよ、寝室にせよ、「誰でも一日数回は必ず行く」という条件を完全に満たす場所はない。そこにはもちろん人々の「用を足す」という生理的な機能があるため、こと日本においては、人々が行く場所には必ずトイレがある。むしろ近年は、人が集まるところほどトイレが提供する機能の充実、つまり多機能化がみられる。トイレほど各時代の人々の気分を反映しながら改修のたびに繰り返し生まれ変わる場所はなく、だからこそ、とくに商業空間のトイレは刻々と進化を遂げるのだろう。今回は渋谷の商業施設を中心に、トイレの変遷や現況をリサーチし、来たるべき時代のトイレのあり方についても、少し考えてみたいと思う。

渋谷の大型商業施設のトイレ

すり鉢状の地形をした渋谷は、大きな資本の投入と通りの開発によって街がつくられてきた。開業時期と開業場所から、地形を利用した街の歴史をみることができるはずで、そこでトイレのリサーチをすれば、時代ごとの人々の気分を知ることができるのではないだろうかと思ったのだが、調べ始めてみると、開業当時の原型をとどめているトイレはほとんどなく、当然のようにリニューアルが繰り返されていた。

渋谷駅近辺商業ビルMAP

渋谷駅近辺商業ビルMAP

そのため街の歴史とトイレの関係はひとまず置いておいて、まずは人々の気分・ふるまいから考えてみたい。
「トイレ」を、名詞的な機能室ではなく、「用を足す」「化粧をする」「コミュニケーションをする」「身支度をする」という人々のふるまいの場、つまり動詞を喚起する/下支えする居場所として捉えてみると、トイレには一日数回は必ず行くからこそ、年を追って動詞が多様に増加し、多機能化が起こっているのではないか、ということに思い至る。
では、名詞的なトイレの捉え方と、動詞的なトイレの捉え方をより明確にするために、男性トイレと女性トイレを比較検証してみよう。

名詞的なトイレ、動詞的なトイレ

そもそも、男性トイレと女性トイレを平面計画的に名詞的な機能室として考えると、一級建築士の製図試験がそうであるように、同じ面積になることが多い。商業施設のリサーチによると、これに時代が要請する「多目的トイレ」が加わると、改修時に男性トイレの領域が削られる例が散見される。

《渋谷109》5Fトイレ

《渋谷109》5Fトイレ

一方女性トイレには、1980年代初頭頃から動詞の波が少しずつ反映され始め、「化粧をする」「身支度をする」、そして時に「化粧をしながら会話をする」パウダーコーナーがトイレに出現する。パウダーコーナーは、女性の社会進出と化粧品の充実・多種化とともに、独立したエリアとしてトイレの一角を占めるまでに台頭し、その有無は商業施設の特別感・サービス充実感を計るモノサシとなった。

《東急東横店》B1Fトイレ

《東急東横店》B1Fトイレ

注目すべきは、女性トイレが動詞化する一方で、男性トイレは名詞的なまま置いてけぼりになり、女性トイレ>男性トイレという面積比率に拍車がかかっていったことである。ふるまいを投影し動詞化すればするほど、トイレは複合化して面積が増大し、男女トイレの面積差は拡大していく。
その傾向の一端は、近年の大型商業施設にみられるトイレ前のホワイエにも表われている。トイレ前のホワイエは、男性トイレ、女性トイレ、多目的トイレそれぞれの領域の共有部であり、トイレ以外の部分との中間領域としてあるので、本来は訪れたみんなが平等に使うことのできる場所である。だが、女性をターゲットとした商業施設のホワイエに散見されるのは、その仕上げ材や設えも相まって、女性トイレのパウダーコーナーが受け止めきれなかった「休む」「座る」「待ち合わせる」「メールをする」「ゲームをする」「(トイレは混んでいるので)いっそここで化粧をする」などのふるまいの拡張である。ホワイエはすでに女性の独占領域と化している。女性の私から見ても、男性が過ごしにくそうなホワイエは、もはや女性トイレがトイレの外まではみでて拡張してしまったような様相を呈している。

《渋谷ヒカリエ》B3Fトイレ

《渋谷ヒカリエ》B3Fトイレ

男性トイレは動詞化できるか?

一応断っておくが、男女平等のために男性トイレと女性トイレの面積は同じであるべきだ、ということを言うつもりは毛頭ない。けれども、女性トイレが動詞化し、多様なふるまいを受け止め、居場所として充実・拡大するのに対して、(男性トイレに入ったことはないけれど)男性トイレ小便器群はそもそも必要とされるスペースが女性トイレ個室群より小さいこともあり、単機能の小便器群が並ぶだけのあまりに虐げられているさまを想像すると、胸が痛むものがある。名詞的なままで時代に取り残された男性トイレが、動詞化する道はあるのか? はたして今後どう進化を遂げるのだろうか?
そこで弊社男性スタッフの協力を仰ぎ、男性のトイレでの過ごし方を考察してみながら、男性トイレの次の一手を探ることにした。

男性のトイレ利用絵コンテ

男性のトイレ利用絵コンテ

女性トイレの多機能化は、動詞的に、そこでのふるまいを支える居場所の複合化として行なわれたので、面積の拡大だけでなく過ごす時間も増大した。しかし男性トイレの多機能化は、名詞的に、単に設備・機能の複合化として行なわれたので、フランケンシュタインのように増えたパーツをつなぎあわせたにすぎなかったのだろう。男性のトイレ滞在時間が短いままであることもよくわかる。

男性用トイレをうまく使うためのアイデア

男性用トイレをうまく使うためのアイデア

ではここで、男性トイレの環境向上のために、具体的な提案を少し考えてみたい。現況の問題のひとつとして、大きな人の流れのなかに多くのパーツが投げ出されていることが挙げられるのではないだろうか。そうであれば、たとえば各パーツのあり方をもう少し解像度を上げて一人ひとりのふるまいから捉え直し、個人の動線を鑑みながら配置してはどうだろう。
そこで、動線上に投げ出された小便器+αと隔離された個室という二項対立ではなく、グラデーショナルな個人領域=少し囲われた領域としての小便器+αを考えてみた。

そして投げ出されたパーツの集合であった男性トイレが、どのような集合的領域になるのかを想像してみる。

提案例全体像(以上、中川エリカ建築設計事務所提供)

提案例全体像(以上、中川エリカ建築設計事務所提供)

「行かなければならない」ではなく「行きたい」トイレ

たとえば、ある建築を訪れて、そこでたまたま立ち寄ったトイレが素晴らしかった時、「あのトイレがある建築」と凝縮して記憶されることがある。そして、またその建築へ行きたいという思いが募ったりするものである。
トイレが名詞的あり方から動詞的あり方に変貌するということは、すなわち、「行かなければならない」ではなく「行きたい」トイレに進化することであるように思う。それは、機能性や利便性だけではない人間的な感覚や、経験的に好ましいという共感を含む体験を、トイレが獲得しているということではないだろうか。
先に述べたように、人々の気分を映すトイレは、社会を象徴しているとも言える。だからこそ改修が繰り返されるのだとすれば、次の時代のトイレを考えることは未来の社会を予言的に考えることにつながるのだ、と言えば大袈裟すぎるだろうか。シンプルで明確な人々とトイレの関係性を通じて、空間・領域だけでなく、経済やコミュニティや新たなふるまいなど、社会のほかの側面へのインパクトについても探っていくことができれば、トイレはより饒舌に語り始めるだろう。

中川エリカ

1983年生まれ。中川エリカ建築設計事務所代表。東京藝術大学、法政大学、芝浦工業大学、日本女子大学非常勤講師。2011年度JIA新人賞受賞、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展国別参加部門特別表彰、住宅建築賞2017金賞。作品=《ヨコハマアパートメント》(西田司との共同設計、2009)、《ライゾマティクス新オフィス移転計画》(2015)、《コーポラティブガーデン》(2015)、《桃山ハウス》(2016)など。