「INAXライブミュージアム」訪問記④ 最終回

近代化を進めた窯の、土と炎の造形「窯のある広場・資料館」(登録有形文化財・近代化産業遺産)

「窯のある広場・資料館」

『INAXライブミュージアム』を巡るレポートの最終回。最後にご紹介するのは「窯のある広場・資料館」です。芝生の広場の前庭に、そびえる煙突と黒い建物。その外観はまさにINAXライブミュージアムの象徴ともいえます。
大正時代に築かれた窯と建物、煙突を保存・公開し、日本の近代化に欠かせない土管の役割、製造に用いた道具・機械類を展示。日本のトイレ文化を語る染付古便器なども展示しています。

「窯のある広場・資料館」

千年の歴史を誇る陶都・常滑を代表する風景「窯のある広場・資料館」

歴史を感じさせる、趣ある煙突と黒い建物は、1921(大正10)年に建てられた実際のやきもの工場(こうば)です。当時の常滑では最大級の3尺土管(内径約90cm)を主に生産していたそうです。建物の中に入ると、大きなれんがづくりの窯があり、内部が公開されています。その空間に足を踏み入れると、土と炎がつくり出した独特の空気を感じることができます。
この「窯のある広場・資料館」は、当時INAXに社名変更した伊奈製陶が、その記念事業として窯と建物、煙突を整備し、1986年に公開を始めたもので、後に整備されるINAXライブミュージアムの最初の施設となりました。
天に高くそびえる70尺(約21m)の煙突は、まさにINAXライブミュージアムのシンボルであり、千年の歴史を誇る陶都・常滑を代表する風景にもなっています。

登録有形文化財にも指定されている大型の「両面焚倒焔式角窯」

1986年のオープン以来、中心的な展示物として整備、公開されているのが、石炭焚きによる「両面焚倒焔式角窯」です。1901年(明治34年)、常滑陶器同業組合はそれまでの薪を使った登り窯に代わるものとして、石炭を燃料とする倒焔式角窯(通称、石炭窯)の普及を始めました。薪よりも安価な石炭窯の登場により、工場で働く人々は坂を昇り降りする登り窯の重労働から開放され、従来の共有式から個人で窯を築くようになり、生産効率も向上しました。

当館にある石炭窯では、塩釉による陶管や焼酎瓶、クリンカータイル(せっ器質施釉床タイル)が生産されました。塩釉とは、15世紀頃にドイツのライン地方で始まったやきもの技法で、粘土質の製品を焼成する際、1170〜1200℃の最高温度になったときに、岩塩を燃料の石炭とともに窯の中に投入し、岩塩が分解して素地(きじ)中の成分と反応して、ソーダーガラス質の釉面を形成したものです。
ここでは窯の容量が大きいため、窯詰めから昇温、冷却、窯出しに時間がかかり、多くても月に2回程度しか焚くことができなかったそうです。内部の壁をみると、もともとは耐火れんがでできていますが、製品の表面に付着する塩釉と同じものが、何度も焚いているうちに壁面に形成され、窯そのものに釉薬がかかった状態となって、粘土中の鉄分による飴色の美しい肌を見せています。

また大型の窯ならではの工夫も見られます。窯が大型になると、焼成や冷却の過程で生じる窯全体の膨張・収縮が大きくなります。その変位かられんが積みを保護するために、当館の倒焔式角窯では鉄道に使われたレール24本と12本の鋼棒でネジ止めされています。

この石炭窯をはじめ、煙突、建物とも当初から現在の場所にあり、ほとんど当時のままの姿を保っています。非常に大きな窯のため、1997年に窯本体と煙突は国の登録有形文化財に指定され、貴重な産業遺産として各方面から注目を集めています。

(上)石炭を投入する窯焚き口(中央)窯内壁に生成した塩釉(下)窯を支える古レールと窯の膨張収縮の変位を調整するネジ付鋼棒

日本の近代化に貢献した土管を展示 〜1階 常設展示室(2011年11月リニューアル)〜

(上)内径が90センチもある「3尺土管」(下)土管産業の近代化に貢献した「土管機」

大型の石炭窯と併せて、1階の展示室には、日本の近代化に大きく貢献した土管を展示しています。都市や街の発展には上下水道の整備が不可欠であり、そこには多くの土管が使われました。また、食糧増産のために田畑を増やしていきますが、その水量をコントロールするため、地下に無数の土管が埋められています。さらに鉄道が新しく敷かれると、土管で田畑への水路を確保しました。まさに土管は、土の下にあって日本の近代化を支えていたのです。
なかでも常滑の土管は強くて硬く、良質なことから日本の市場を牽引していました。それは新しい機械の導入と相まって、常滑の先人たちの知恵と工夫、窯業知識がもたらした技術の結晶といえます。そこには、元気な時代の「ものづくり」の真髄を見ることができます。

「青と白」の、粋でお洒落な「染付古便器」〜2階 常設展示室〜

2階には、青と白の美しい紋様を施した「染付古便器」を展示しています。江戸時代後期、江戸の町では藍染めの着物と瀬戸産(愛知県)などの染付の食器が庶民に広く普及しました。「青と白」の取り合わせは粋でお洒落だという感覚が広がり、人びとにとってあこがれの対象となり、涼しさとみずみずしさの象徴となりました。
そのブームは明治時代に入ってからも続き、この頃に誕生した陶磁器製の便器にも「青と白」の装飾が施されるようになります。視覚的にも精神的にも便所を清らかな空間としてしつらえようとした粋な人々からもてはやされ、染付便器は一世を風靡しました。芸術作品と呼べるほど華麗で装飾性豊かな逸品がつくられ、なかには銘が染付で入れられた特注のブランド便器までつくられました。
青と白のシンプルな配色ながら、目を見張るほどの美しさをもち、まさに日本のトイレ文化を象徴する染付古便器。そのデザインには、日本人のきめ細やかな“おもてなし”の心を映し、海外の方からも高い評価を得ています。

※ 展示の古便器は、古流松應会家元の千羽他何之(せんばたかし)氏のコレクションが中心となっています。

(上)華麗で精緻な絵柄が染付で施された小便器(中央)紋右衛門窯でつくられた、「還情園池紋製」の染付銘入り便器(下)旧家の厠を再現

広場の一角に「トンネル窯」を移築

窯のある広場の一角には、トンネル状の窯があります。このトンネル窯は、かつて三重県伊賀上野の工場でタイルの焼成に使われていた窯を移築したものです。
高度経済成長時代にビル建築が活況を呈していた頃、外壁をタイル張りにすることが広く普及しました。その結果、均質なタイルを大量に供給できるように、トンネル窯が導入されました。それまでの倒焔式角窯のように窯に品物を詰めて、それらを一度に焼成し、冷却して窯出しするといった不連続焼成方式ではなく、この窯は温度分布のついたトンネル状の部屋の中を、台車に積まれたタイルが少しずつ移動しながら熱を受取り焼きあがっていく連続焼成の窯です。
1972年から2005年まで、稼動していたこの窯は、全長80m、2〜3日間かけて均質なタイルを大量に焼成しました。展示は、長い窯を部分的に16mほど移築したものです。

(左)当時の築炉風景(中央)部分移築したトンネル窯の外観(右)部分移築したトンネル窯の内部

【窯の概略】

  • 形式 ・・・ 台車式トンネル窯
  • 燃料 ・・・ 灯油
  • 全長 ・・・ 80m(復元窯は全長16m)
  • 主要焼成品 ・・・ 外装乾式成形小口平タイル、モザイクタイル、特殊面状モザイクタイル

25年余りにわたって“ものづくりの心”を伝え続けるライブミュージアム

さて、4回にわたってお伝えしたINAXライブミュージアムレポート。いかがでしたでしょうか。1986年の「窯のある広場・資料館」から、1997年の「世界のタイル博物館」、1999年の「陶楽工房」、2006年の「土・どろんこ館」「ものづくり工房」、そして4月に新たにオープンした「建物陶器のはじまり館」まで、25年余りを費して少しずつ施設を充実させ“ものづくりの心”を伝え続けるライブミュージアム。展示だけでもなく、体験だけでもない、まさに“ライブ”の魅力を、ぜひ体感してください。

INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」ホームページ : http://www1.lixil.co.jp/kiln/

<INAXライブミュージアム イベント情報>

常滑クラフトフェスタ2012 グランプリ受賞作家展 岡モータース モータショー in 常滑 〜無限の動力を夢見て

常滑クラフトフェスタ2012 グランプリ受賞作家展 岡モータース モータショー in 常滑 〜無限の動力を夢見て

会期:2012年9月29日(土)〜10月14日(日)
会場:「世界のタイル博物館」企画展示室
入場料:無料(ただし、その他の施設の見学には共通入館料が必要)

日常の生活で出会う車を、独自の視点とユーモアで擬人化し、ユニークなやきものに仕立てた作品を、モーターショーに見立てた会場に展示します。

INAXライブミュージアム フォトコンテスト2012 応募作品展

INAXライブミュージアム フォトコンテスト2012 応募作品展

会期:2012年9月8日(土)〜10月14日(日)
会場:「土・どろんこ館」企画展示室
入場料:無料(ただし、その他の施設の見学には共通入館料が必要)

「私の好きなライブミュージアム」をテーマに、ライブミュージアムで過ごした楽しい時間を収めた写真を募るフォトコンテスト。全ての応募作品を展示します。

※ 募集期間は終了しています

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