建築の中の施釉タイルの魅力VOL.2(きらめく装飾のアラベスク:モザイクタイル)

一般的にモザイクタイルは50平方センチメートル以下の小型の磁器質タイルのことを指し、装飾用平物タイルとも言われています。一口にモザイクと言ってもその範囲はタイルに限らず、時代を遡り古代ギリシア・ローマの時代に使用したと言われる街の道路の舗床も大理石モザイクなどと呼ばれています。


ガリエヌス帝の浴場/ヴォリビリス(1世紀)
モロッコに現存する最大の古代ローマ遺跡

アルカサル/コルドバ (14世紀)
アルフォンソ11世が建設した城塞。
内部はアラブ風の庭園やローマ時代のモザイク壁画

パルダルの庭の舗石/グラナダ(13世紀)
アルハンブラ宮殿内の舗道

市内の舗石による舗装/コルドバ

これらモザイクは大理石、ガラス、タイルなど様々な素材を細かくカットして繋ぎ合わせた表現技法です。その起源は、紀元前3000年ごろメソポタミアの都市国家・ウルクの時代とも紀元前2600年メソポタミアのシュメール初期王朝の時代とも言われています。また、外装として大面積にモザイクタイルが使用され始めた頃の建物としては、中近東のモスク建築が広く知られています。7世紀のアラビア半島を中心としたイスラム世界において、当時の建築家はアラベスク模様に代表される幾何学模様など限られた意匠のなかで建築表現を行いました。これは唯一神アラーの創造する全てを象徴する装飾として、礼拝の場のモスクや王侯貴族の居館に使用されました。


イマームモスク/イラン・イスファハン(17世紀)
絶頂期を迎えたサファヴィー朝のイスラム建築を代表する建物

偶像崇拝が禁止されていたイスラム教では、アラベスク模様などの幾何学文様が発達し、それが現在の装飾柄の原点と言われています。


アラベスク模様(表面)カット

アラベスク模様(裏面)

<ワークモザイクタイルの例(モロッコ) *写真は現代のもの* モザイクタイルの技法>
10世紀以降、白と茶色に関する色調が作られ、次いで青・緑・黄色が現れた。赤が用いられるようになったのは17C以降。


モザイクタイルは宗教建築や宮殿などを覆う外装や内装を、幾何学模様で表現するための建築素材として使用されてきました。当時のタイル素材はそれ程硬いものでは無く、手作り加工で楔形に刻んだパーツを敷き並べ、裏側を漆喰あるいは石膏で固めて1枚のタイルにし、それを針金で躯体に取り付けて巨大なタイル壁面を構成しています。このイスラムのタイル技術は10〜18世紀半ばにイベリア半島に拡がったイスラム教徒によって、スペインからヨーロッパに渡りました。

メスキータ/コルドバ(8世紀) アブデ・ラーマン1世によって建設されたモスク。赤と白の馬蹄形アーチが連なり柱で構成されている。

アルハンブラ宮殿/グラナダ(13世紀) 1238年にナスル朝ララマール王が宮殿の建設


神学校:ブー・イナニア・メデルサ/フェズ(14世紀) ブー・イナニア王によって建設された神学校。繊細な幾何学模様のタイルを壁面に施工

時代は19世紀まで時間が遡り、アントニオ・ガウディ(1852〜1926)の建築と聞けばモザイクタイルを思い浮かべる方も多い筈。タイルを一度割ってから三次元曲面に張り付ける技法“トレンカディス”の細やかな仕上がりを見ることができるその代表作がグエル公園です。また、当時のカタルーニャ建築芸術運動“モデルニスモ”の中、ガウディのサグラダ・ファミリア、モンタネールのサン・パウ病院などはモザイクタイルを建築外壁に積極的に使用した例です。

グエル公園/バルセロナ(1914年) グエイ伯爵の没後に工事は中断し、市の公園として寄付され市民の公園として親しまれている。


サグラダ・ファミリア/バルセロナ(1882年着工)
建築家アントニオ・ガウディの未完作品として知られる大聖堂。

日本でのモザイクタイルの国産1号は、明治43年(1910年)伊奈初之丞が「陶製モザイク」の名で第10回関西府県連合共進会へ出品したものです。その後常滑、瀬戸、岐阜県多治見地区では様々な試行錯誤が繰り返され、数多くの手法によるモザイクタイルが試作、製造されてきました。ここではいくつかの建築外壁に装飾や外壁材として積極的に使用した例をご紹介します。

モザイクタイルを本格的に生産(昭和20年代末から国内向けにつくられた無釉タイル&施釉タイル)

大正時代から既にモザイクタイルの生産は始まっていましたが、戦後の昭和20年代後半には国内外の需要の高まりにより、無釉モザイクタイルが常滑や瀬戸で量産されるようになりました。その後昭和30年代後半には岐阜県多治見市、笠原での施釉タイルの生産が活発になり、住宅のトイレ、浴室、キッチンなどの水まわりや、玄関など小スペースに取り入れられました。

モザイクタイル名建築Ⅰ 著名建築家のモザイクタイル使用例|1934年〜

ガラスモザイクは多くの商業建築にも多用されてきました。現在でも当時の姿をとどめているビヤホールライオン銀座七丁目店はガラスモザイク以外にも施釉タイルも使用した芸術性の高いインテリア空間で構成されています。


ビヤホールライオン銀座七丁目店 設計:菅原栄蔵/東京(1934年)
柱から天井まで施釉タイルで覆われた店内は圧巻。
正面奥カウンターの上のモザイクタイルで収穫を祝う豊穣の風景を描いている。

電通銀座ビル 設計:横川民輔(横川工務所)/東京(1934年)
外壁は30mmのモザイクタイル、エレベーターホール内はガラスモザイクで
埋め尽くした昭和初期の大衆性と都市文化、モダニズムを象徴する建物。

モザイクタイル名建築Ⅱ 著名建築家との連携したガラスモザイクとモザイクタイル公共建築の外観と内観に|1952年・1960年

モザイクタイルは戦前よりビル内部の床や一部擁壁に用いられるようになり、昭和28年には各種顔料で発色させたカラコンモザイクが登場しました。それは同年、村野藤吾氏設計による名古屋市丸栄の外壁にも使用されています。また、日生劇場においては、内装壁に張られた不規則でランダムなガラスモザイクや、天井には散りばめられた2万枚ものアコヤ貝が鈍く光りとても幻想的な空間をつくっています。そして照明が当たる面には金色のモザイクタイルが多く配され、劇中のステージからのあかりが反射することで壁や天井が光を放つ効果をもたらしました。

日生劇場 設計:村野藤吾/東京(1963年) 曲面の内壁に壁面装飾と天井装飾による建築表現。ガラスモザイクやアコヤ貝をモザイク上に施工


モザイクタイル名建築Ⅲ 超高層建築へ展開したモザイクタイル施工工法改良により超高層建築の外観に|1980年〜

カラコンモザイクは昭和30年代には電話局、郵便局、市庁舎を中心に47mm角、40mm角、25mm角のものが数多く使用され全盛期となりました。東京ヒルトンホテルや千葉県庁などはその代表例です。
昭和45年頃からタイルの工法も改良され、大型からモザイクタイルまで超高層のビルへの展開も可能になりました。高度経済成長期も終わりを告げ、建物が超高層ビル時代に変化していく中で、使用されるタイルも昭和50年代は無釉のカラコンモザイクから施釉モザイクタイル中心に変わっていきました。


新宿NSビル 設計:日建設計/東京(1982年)
外装はラスターモザイクタイルが全面施工されている。
1階から最上30階まで吹抜となっており、オフィスはそれを囲む形となっている。

渋谷Bunkamura 設計:石本建築事務所/東京(1989年)
新しい表現技術:ラスタータイルの流行。
フラットな外壁面でなく曲面だからこそ施工できる形状。(斜め方向に施工)


モザイクタイル名建築Ⅳ 建築家にも積極的に採用されているモザイクタイルは様々な場面で用いられてきました。|1990年〜

モザイクタイルは、その使用場面の可能性の広さやタイルの素材としての魅力、機能特性について様々な建築家の方から支持され、建物の設計に取り入れられています。

ヒルサイドテラス第6期 設計:槇総合計画事務所/東京(1992年)
店舗を持つ住居棟第6期の工事で奥の独立住居の道路に直面する壁には耐候性に配慮したモザイクタイルが採用された。

1992年のヒルサイドテラスの第6期においては、槇文彦氏(槇総合計画事務所)にも採用され、47mm角で3mm目地のタイルが使用されました。細目地の仕様によりタイル単体は強調されず、円形凸部の集合体が光の反射により滑らかな塊として表現されています。また目地部分が大幅に少なくなりメンテナンス性も向上されました。グリーン系の淡いグレーを使用していますが、釉薬により北面の色調は白に近く、見る角度により色が微妙に変化する効果を生んでいます。

虎屋京都店 設計: 内藤廣建築設計事務所/京都(2009年)
ギャラリーの外壁と菓寮の妻壁にモザイクタイルが採用された。釉薬は“多色多重施釉”を施したテクスチュアとした。

虎屋京都店の設計において内藤氏は「室内に居ながら庭に意識が向かう菓寮の空間づくり」を目指し、店の建物と屋外を融合させる新たな空間づくりに取り組みました。その外観は、街の景観に浮き立つことなく慎ましやかながら、京都御所に隣接する菓子屋を象徴する風情あるつくりに仕上げられています。ここでは通り沿いのギャラリーにモザイクタイルを見ることができますが、そのタイルは白の中にうすく桃色を滲ませた光沢のある仕上がりで、1枚1枚に緩やかなふくらみのある、まるで和菓子のような柔らかな表情を持っています。これを傾斜のある建物形状に合わせてところどころ半分に割って張ることで、コーナー部にも丸みを与え、また光沢がふわりと光を放つことで、全体に優しく上品な印象を与えています。この案件もまた45mm角タイルに目地は3mmという通常より細い目地幅で施工し、シート紙張りではなく一粒一粒を手張りで施工しました。

川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム(洗面器上壁面) 設計:日本設計/神奈川(2011年)
洗面器上の内装壁デザインは10mmのモザイクタイルを緻密な比率で組み合わせたデザインとなっている。


川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム(小便器上壁面) 設計:日本設計/神奈川(2011年)
小便器の上の内装壁は照明により、陰影効果を狙った上質な壁面に仕上げている。

子供だけでなく大人も楽しめる場所としてつくられた川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム。この建物はレンガを基調とするモダンなデザインで、1Fのトイレにもやはりレンガ積みを思わせる弊社商品のモイステンダー**を張り、建物全体や展示スペースの落ち着いた雰囲気を醸し出す空間となっています。また、目地を目立たせることで光沢を程よく抑えたモイステンダーは、オフホワイトのやさしい色合いが内装壁の漆喰と良く合い、その浮造(うづくり)面状は化粧台下やブース扉の木目と質感を調和させています。
対称的に2Fは弊社商品のジュエリーモザイクを使うことで、遊びスペースの躍動感をトイレにも展開させています。それは、男女それぞれをイメージさせる青と赤の空間にするため、何度も配色の組みなおしが検討され、最終的に標準品より大幅に白の割合を増やしたタイルパターンで仕上げられています。
(**モイステンダーは現在廃番商品となっています)

LIXIL:GINZA 設計: 前田紀貞アトリエ一級建築士事務所/東京(2007年)
内装壁デザインは45mmのモザイクタイルを床から壁そして天井まで曲面を連続させ繋ぎあわせて洞窟や体内を思わせるインパクトのあるインテリア空間

最後に弊社のLIXL:GINZAをご紹介します。このショールームはエンドユーザーだけでなく、プロユーザーの目線でも楽しめる上質な空間に仕上げられていて、内装インテリアには余計なデザインを入れず、天井から壁、床まで徹底的にタイル張りにされています。そのためエントランスなど3次曲面になっている部分にはタイルを三角形に切る加工をして手貼りし、まるで室内全体が弊社商品のシリシアの皮膜で覆われているかのように、しっかりとしたベースにつくりあげられています。
こうして素材をタイル一色に統一したことで、結果として室内がデザインされ、そこに置く商品を魅力的に見せる効果が現れています。

このように過去から現代まで建築物にさまざまな表情を与えてきたモザイクタイルが、無限に広がる装飾性の豊かさや意匠表現の可能性を広げることをお約束します。

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