対談 5

パブリック・トイレから考える都市の未来 ──
オフィス、サービス、そして福祉的視点から

浅子佳英(建築家、進行)× 吉里裕也(SPEAC,inc.)× 中村治之(LIXIL)

街に溶けていくパブリック・トイレ、最新のコワーキングスペース

会場の様子

浅子佳英

本日のトークイベントは「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう」展(会場=渋谷ヒカリエ、会期=2017年11月7日?13日)の一環として行なわれるものです。ただ、僕もゲストの吉里裕也さんも、福祉を専門にしているわけではありません。展覧会自体、単なる福祉ではなく、「超」福祉ということなので、福祉に寄り添いすぎることなく、元のタイトルどおり「パブリック・トイレから考える都市の未来」に絞ってお話しさせていただきます。その点を最初にお断りしておきます。

2017年の5月からLIXILのホームページで「パブリック・トイレのゆくえ」と題して、パブリック・トイレをリサーチするコーナーを始めました。これまで掲載された、建築家の方たちの対談や、海外および国内のリポートを通じて見えてきたことがあるので、冒頭にお話ししておきます。

パブリック・トイレとは、日本語でベタに言えば「公衆トイレ」です。公衆のトイレですから、子どもだろうと大人だろうと、お金持ちだろうとお金のない人だろうと関係なく、みんなが利用するという前提があります。きわめて公共性の高い場所なのだけれど、利用するときはひとりで使われる。そういう意味では、ちょっと変わった場所だと言えます。

その公衆トイレも、近年はなくなっていくというか、街に溶けていくような傾向にあります。たとえば渋谷でトイレに行きたいとなったら、いわゆる公衆トイレではなく、百貨店やコンビニなど商業施設のトイレを使う人が多いのではないでしょうか。商業施設のほうも、トイレを公共的なものとして開放することで、人を呼び込むための装置として考える傾向があり、さまざまな工夫を凝らしています。つまり、商業施設がパブリックな役割を担っていくような傾向にあるんですね。その一方で、商業施設は基本的にはお金を生み出すための場所ですから、利益が出なくなれば、なくなってしまいます。あるいは、なんらかの理由で商業施設のトイレが有料化された場合、お金を払えない人はどうすればよいのかなど、公共性が高くなったがゆえの先行きの不透明さをもっていると言えます。

吉里さんは最近、ニューヨークに「WeWork」というコワーキングスペースを提供するサービスのリサーチに行かれていたということですが、シェアオフィスの場合、トイレは不特定多数の企業の人たちが使うことになります。そういう場所の未来を考えることで、「パブリック・トイレのゆくえ」も見えてくるのではないか。さらに「パブリック・トイレから考える都市の未来」というテーマに引きつけて言うならば、都市においてオフィスはさまざまな役割を果たしていますので、オフィスの未来を考えることで都市の未来も見えてくるのではないでしょうか。そういう観点から、吉里さんにまずは「WeWork」についてお聞きしたいと思います。

WeWorkが入るテナント

WeWorkが入るテナント。(提供=吉里裕也)

吉里裕也

僕は、シェアオフィスやコワーキングスペース、あるいはゲストハウスやシェアハウスをリサーチし、いままでなかったタイプのスペースをつくっていくような仕事をしています。何年か前になりますが、目黒にできた「Hub Tokyo」というコワーキングスペースの立ち上げのお手伝いをしました。

「WeWork」はリサーチしたコワーキングスペースのひとつで、最近ソフトバンクが44億ドルもの額を投資したことで話題になりました。「WeWork」がやっていることを簡単に説明しますと、スタートアップ時には個室のブースを借り、事業の規模が大きくなるごとにそのつどブースを拡張できるんです。たとえば、100人くらいの規模になったとしたら、ワンフロアを貸し切ることもできる。ですがじつは、こうした柔軟な拡張性をもった仮設のオフィスという側面よりも、オフィスをつくるときにかかる必要なコスト――引っ越し作業の手間からサーバやメールの設定に至るまで――を肩代わりしてくれるサービスとして「WeWork」は捉えられているんです。

吉里裕也

吉里裕也(よしざと・ひろや)
1972年生まれ。株式会社スペースデザインを経て、2003年に「東京R不動産」、2004年にSPEAC,inc.を共同で立ち上げるとともに、CIA Inc./The Brand Architect Groupにて、都市施設やリテールショップのブランディングを行なう。

浅子

100人という規模にもなると、最初から自分たちだけで借りたほうがよさそうにも思えますが、要は大きくなったり小さくなったりすることに対応してくれる点が重要なのですね。

吉里

そうですね、クラウドのレンタルサーバに近い感覚かもしれない。昔は大きな企業だとサーバも自社で持っていましたが、いまはAmazonなどのレンタルサーバを使っていたりしますよね。実際のオフィスもそれに近いものになっていくのではないでしょうか。

浅子

日本でもすでにシェアオフィスはありますが、形態としてはあまり変わらないですよね。

吉里

働くスペースとしてはほぼ一緒です。違うところがあるとすれば、仕組みの面ですね。従来のシェアオフィスでは、利用者同士の横のつながりができるので、情報交流から始まって別の仕事が生まれるなどのメリットがありました。「WeWork」は、こうした利用者のメリットはそのままに、一度使うと出ていきにくいような仕組みをうまくつくっている感じがします。EvernoteやDropboxなどのアプリを使っていると、最初はフリーで利用していたのに、容量が足りなくなって有料版を使うということがあります。ずっと使っているとその便利さが当たり前の環境になって、さらに機能を拡張することが有料であったとしても離れられなくなる。「WeWork」にも近いところがあるんです。アプリで適用されていた仕組みや考え方が、そのままリアルなオフィスに入ってきた点がおもしろい。そういう意味では、従来のシェアオフィスとは似て非なるものかなという気もしますね。

ほかには「Knotel」というコワーキングスペースがあります。形態としては「WeWork」と同じなのですが、かなり簡素で個室がありません。ここは完全にベンチャー企業のスタートアップ向けです。彼らいわく、個室がないほうが受け入れられやすく、可変性も高いので全部オープンにしているとのことです。「Knotel」は去年、最初のシェアオフィスをつくったのですが、資金調達をして、今年に入ってニューヨークを中心に一気に30カ所近くまでスペースを増やしています。

Knotel
Knotelのトイレ

「Knotel」の使用例。1年間でスタッフが50人規模になり、ワンフロアを借りきった。こうしたワークスペースではトイレの壁が掲示板として使われているケースが多い。(提供=吉里裕也)

浅子

男女共用のトイレですか。

吉里

そうです。男女関係なく、個室が2つ3つあるだけですね。

浅子

パブリック・トイレに関しては、LGBTsのような多様な性をもった人たちのトイレをどうするかという問題があるのですが、そのひとつの解決法として、男女別のトイレのほかに性別に関係なく使える共用のトイレを設けるという方法があります。逆にニューヨーク州などでは、州法で男女別に分けること自体を禁止する方向に向かっています。

吉里さんから紹介いただいた例は、多様な性というよりも合理的な解決策として、男女共用のトイレにしている側面が強そうですね。お昼休みなどの特定の時間帯に利用者が集中する渋滞問題も、男女共用にしたほうがうまくいくでしょうし。

吉里

最初に浅子さんから商業空間のトイレが公共性を帯びているという話がありましたが、百貨店などではなく個人経営のカフェやレストランですと、個室が2つか3つあって男女を分けないという形態がありますよね。あれに近いのだと思います。

浅子

もうひとつ言うと、シェアオフィスは、パブリックとはいっても完全に開かれたものではなく、あるコミュニティだけが使うものという前提があって、言い方は悪いですけれど、ここにホームレスが入ってくるわけではありません。また、掲示板の光景を見て気づいたのは、メッセージボードがあることによって、トイレとはみんなで使う場所であるということが、誰の目にもわかるようになっている点です。なぜトイレにメッセージを残すのか。みんながひとりきりで見るからです。キッチンの壁に書いても誰も見ない。

吉里

それも男女別トイレだったらなかなか成立しませんよね。

浅子

そういう意味では、この掲示板に男女別トイレがはらんでいる問題の解決のヒントが隠されている気もしますね。

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公開日:2017年12月27日