パブリック・トイレ×パブリック・キッチンを提案する 3

想像力のあるトイレ

板坂留五(建築家)

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パブリックと想像力

「パブリック」には、「想像力」が欠かせません。
ここでいう想像力とは、つくり手(設計者)/使い手(使用者)が、知らない誰かについて考えることです。

例えば私のようなつくり手にとって、「知らない誰か」とは、自身がつくったものを使うであろう誰かを指します。その知らない誰かをたくさん想定して、シミュレーションを重ねます。施設の中で迷わないのも、疲れたときにちょうどいい腰掛け椅子があることも、高いところから落ちたりしないことも、つくり手の想像力によってできあがっているパブリックのうちのひとつです。

トイレにおいて、つくり手の想像力はどのように働かされているでしょうか。例えば、荷物や衣服を置くための台は、扉と角と背面と、いろんな箇所に設置されています。たいへん便利な一方、そこには、捨てられた傘やペットボトルなどのゴミを目にすることがあります。また、補充用にと積み上げられたトイレットペーパーは、盗まれることもあるようです。このような行為は、不特定多数の人が使う駅やスーパーなどで見られ、注意喚起の紙が宛先不明のままに、ただ壁に貼りだされています。
しかし、カフェや事務所など、ある程度使い手が限定されている場合では、このような状況は起こりにくいでしょう。むしろ、トイレットペーパーの三角折りをしたり、消臭スプレーをかけるなど使い手による配慮の行為が見られます。

これらの状況を、使い手の想像力、つまり「知らない誰かに対してどう考えているか」という視点から考えてみます。この場合の「知らない誰か」とは、トイレを使用する、もしくはトイレに関わっている他者を指します。
使い手がある程度限定されている場合、知らない誰かとは、自分となんらかの関わりがある人です。配慮の対象相手がいることで自意識が生まれ、多少の損得勘定も含みながら、想像力が働き続けるトイレになります。
使い手が不特定多数の場合、知らない誰かとは、これまでもこれからも関わることのない赤の他人です。もはや使い手は想像力を必要としなくなり、荷物台やトイレットペーパーが自分勝手な行為を導いてしまいます。

さて、パブリック・トイレを「想像力のあるトイレ」と仮定してみます。
そうすると想像力を必要としない後者は、設計されるあいだはパブリック・トイレでしたが、使用される時にはすでにパブリック・トイレではなくなっているということになります。不特定多数の使い手が想像力を働かせるトイレをつくれないでしょうか。そのためには、つくり手が、利便性や機能性とは別の想像力も働かす必要があるのかもしれません。

トイレをテナントで「隠す」

今回私は、「使い手が想像力を働かせるトイレ」を提案します。

まずは、トイレの最低限の条件を2つ挙げます。
①排泄行為を行なえること。
②他人の視界を遮ること。

つまり、便器をどう他人の視界から隠すかというシンプルな条件です。これに集中するために、扉や壁がない場所でいかにトイレを「隠す」かという方針に決め、扉や壁のない不特定多数の人が訪れる場所をリサーチしました。

都心の中心駅周辺に、3つの商業ビルが隣り合う場所を見つけました。3つの建物間の地上階は、屋根が掛けられひとつの広場のようになっています。
建物内は、テナントボリュームが点在し、そのあいだにベンチや絵画が配置されて広場や動線をつくりだしています。

テナントの配置によって背後の空間が見え隠れする、この空間構成に、隠す余地を見出しました。

建物内塗り分け図

建物内塗り分け図
以下、すべて筆者作成

このようなビルの地上階を敷地に設定した、テナントのボリュームによってトイレを隠す提案です。

テナントとして、ホテル[A]、本屋[B]、カフェ[C]、花屋[D]、レストラン[E]を設定し、各テナントに矩形のボリュームを与えました。そのボリューム間に、トイレや、読書スペース、エレベーターホールなどを配置しました。

テナント配置図

テナント配置図

見取り図

カフェ、花屋、レストラン、エレベーターボリュームをずらして配置し、その空いたスペースに便器を置きました。各隙間には、ほかの施設利用者の視線からトイレを隠すように、掲示板や植栽、階段などを配置しました。

このトイレでは、どんな想像力が広がっているのでしょうか。例えば、こんなことが起こっているかもしれません。

多視点アクソメ(描かれたもの同士の関係を側面の開く向きによって表す図法)によるアニメーション「トイレにまつわる誰かの話」

多視点アクソメ(描かれたもの同士の関係を側面の開く向きによって表す図法)によるアニメーション「トイレにまつわる誰かの話」

想像力のプラットフォーム

このトイレを使う人にとって、「知らない」誰かとは、誰なのでしょうか。次に使う人は当然ですが、レストランの客や階段を下りる人なども当てはまりそうです。また、花屋の店員は、トイレがあることを意識して毎日のディスプレイを考え始めるかもしれません。
つくり手としては、たったひとつのトイレをいかに他人の視線から隠すか、建物の配置や構成、家具配置や匂い、音の計画まで想像を巡らせることになりました。もしかすると、ひとつのトイレから高層ビルができてしまうことだってありえます。そんなトイレを使えば、きっとぜいたくな気分になることでしょう。

どうしても個人に閉じてしまうトイレに対して、多種多様なスケールや所属をもつ物や人を関係づけることを試みました。つくり手は、一見関係のないもの同士の関係を、形のなかにつくりだす想像力をもっています。使い手は、経験することで知らない誰かとの関係に気づき、想像力を働かせます。その想像力は、使い手の行為を伴って外にもちだされるでしょう。

これを、つくり手と使い手の「想像力のプラットフォーム」と名づけ、パブリック・トイレのひとつのかたちとして表明したいと思います。

板坂留五(いたさか・るい)

1993年生まれ。建築家。フリーランス。https://ruitoile.wixsite.com/home
主な作品=《A dimple of King’s cross》(2016)、《pick up “Kakera”, put on the house, pass to “Kamatarian”》(2016)、《omoshi》(2018)、《半麦ハット》(2018-)など。

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