「パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ」前半をふりかえって

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

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第2期から新たにパブリック・キッチンがテーマに加わり「パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ」となったこの企画も早いもので前半が終了した。ここで簡単に振り返っておきたい。まず、パブリック・キッチンについての原稿を読み直して驚いたのが、各書き手の背景もテーマも結論も違うにもかかわらず、パブリックの捉え方があまりにも似通っていたことである。それは、ひとつずつ見れば公共と呼ぶにはあまりにも小さなある種の活動であり場所である。それらをここでは仮に「草の根のパブリック」と呼んでみたいと思う。 「草の根のパブリック」は、私的な活動や場所にこそ活路を見出す。「草の根のパブリック」は、いわゆる公共=パブリック=国や行政という図式で捉えようとするかぎり、見えてはこない。パブリックとプライベートを対立的な構図で見るかぎり、これらの活動はいつまで経っても公的なものではなく、あくまで私的なものとしてしか捉えられない。しかしながら、公共=国や行政の用意する場所だけでは、どうにもならない場所や人が現実に存在し、しかもそれらの場所や人がかつてのように一律ではなく、多様でもある現在の社会的課題は、そもそも国や行政のようなトップダウン式では解決することが困難である。草の根のパブリックはこれらのリアルな現在を捉え、そして解決するためのきわめて具体的かつ現実的なアプローチであるとも言えるのではないか。

中村航氏のリサーチする屋台やフードコート(「ストリート、屋台、パブリック・キッチン(前編)」2018年6年29日、「同(後編)」8月31日公開)。古澤大輔氏のオープンなスペースを用意するだけでなく、それらの場所を人々が持続的に使いこなしていくために運営にまで関わるという、運営と場所の設計が不可分になった新たな設計手法(「『人』という資源とつくる『共』の飲食空間」 2018年9月28日公開)。これらは公共=国や行政が用意したものではないという意味では公共の場所=パブリックスペースではない。だが、たしかにある種の人々にとっての公共的な場所を用意している。

また、これらの「草の根のパブリック」に関していえば、自らの活動を「マイパブリック」と名付けた田中元子氏のネーミングセンスは秀逸である(「パブリックの手触りを探して」 2018年7月31日公開)。さらに、彼らが設計運営する喫茶ランドリーを実際に訪れたが、まさにそれまでの公的な場所では掬い取ることのできなかった多様な人々が集まる場を生み出していた。そしてこれは一朝一夕にできることではなく、彼らが路上でコーヒーを振る舞ったりしていた実践と、建築や都市をリサーチし続けてきた結果としてあるだろう。

そして、石榑督和氏の指摘する新宿西口地下広場が広場から通路に名前を改称したという話は、日本には広場がなかった、根付かなかったと悲観するのではなく、路上こそ公的な場であると捉えれば、パークレットやタクティカルアーバニズムなどきわめて現在的なテーマにもなる。これらの議論は後半でもさらに掘り下げていきたいところである(「日本の都市のなかのパブリック・キッチン──屋台、露店、マーケット」 2018年7月31日公開、「同(後編)」2018年9月28日公開)。

別の視点から見れば、パブリック・トイレだけを扱っていた半年前までは、コンビニやスターバックスに代表されるような商業施設がパブリックな役割を担っている様子が明らかにされてきたが、そこにパブリック・キッチンが加わった瞬間に、コミュニティをどうやってつくるのかという問題が浮上してきているとも言える。社会関係資本が失われつつある今、パブリック・キッチンは新たなコミュニティをつくる場としての機能を期待されているのかもしれない。たしかに最近のオフィスなどでも盛んにキッチンが取り上げられているし、なにより食も排泄と同じく人間である以上誰もが一日のうちに何度も行なう行為だからである。もちろん、それらのコミュニティも持続的なものでなければ、かつての教会のようなものにはなりえない。しかしながら、使えるものは使うという現実的な態度から始めなければならないほどに、資源がないのも現実なのだろう。

第2期前半には山本理顕氏へのインタビューも収録している(「閾、個室、水まわり──そして未来のコミュニティへ」 2018年8月31日公開)。今振り返ってみても公共空間について改めて考える際に、山本氏ほど適した人物はいなかったように思う。公共性をめぐる議論はこれまでの氏の著作でも触れることができるが、インタビュー形式で読みやすいので未見の方はこの機会にぜひ読んでほしい。

また、第2期からは4組の建築家によるパブリック・トイレとパブリック・キッチンの提案を収録している。ムトカ建築事務所(村山徹氏+加藤亜矢子氏)による屋上のパブリック・キッチンは集合住宅の住民が使うキッチンを屋上に設けた案であり、山本氏のインタビューともリンクしており興味深い(「屋上のパブリック・キッチン」2018年8月31日公開)。また、板坂留五氏はこれまでとはまた違ったかたちでパブリックというものを捉え、それをパブリック・トイレというかたちに落とし込んでいる(「想像力のあるトイレ」2018年10月31日公開)。現実的というよりも文学的とでもいえる、われわれの想像力を試すような案ではあるが、ある種の切実さのようなものも伝わってくる。後半は増田信吾氏+大坪克亘氏、中川エリカ氏による提案が続く予定であり、監修者の私自身も楽しみにしている。

最後に、先日、後半に掲載予定の「海外トイレ取材 6」「同 7」のためにロサンゼルスとサンフランシスコに行って来たのだが、これがとても実りの多いものであった。一言でいえば、いまだ西海岸はフロンティアであり、そしてそれはある種の子どもじみたものを許容する場所だからではないか、というものである。時代の大きな変化に際して、しばしば古い慣習が邪魔をしてしまう。暴論を承知で言えば、どこか楽天的で適当な場所である西海岸こそが世界のITを牽引することになったのは、その意味で必然なのではないかと感じたのだ。詳細は原稿に譲るとして、「連載 明日のパブリック・トイレ×パブリック・キッチン」「海外トイレ×キッチン事情」などとともに期待してほしい。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。

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