連載 明日のパブリック・トイレ×パブリック・キッチン 1-1

ストリート、屋台、パブリック・キッチン(前編)

中村航(建築家、Mosaic Design代表)

東南アジアのキッチン事情

東南アジアでは、屋外の公共空間で料理・食事をすることがきわめて日常的に行なわれている。 例えばジャカルタ(インドネシア)のカンポン★1を歩くと、路地裏の勝手口にコンロと鍋があって揚げ物などをしている光景がよく見られる。理由は単純で、彼らは屋内に(われわれの考えるいわゆる)キッチンをもっていないのである。室内にも流し程度はあって、食器を洗ったり、野菜を切ったりといったことはするが、火を使う段階になると外に出る。室内で火を使うには換気扇などの設備が必要なので、熱帯気候の東南アジアではキッチンを外に出したほうが効率がよい。

ジャカルタ、街路での調理風景

ジャカルタ、街路での調理風景
以下、写真はすべて筆者撮影

もちろん全員がそういう生活をしているわけではない。集合住宅ではさすがにキッチンを備えているが、それでもバルコニーに七輪を置いて料理をするようなことも少なくない。香港の高層住宅にスター型★2が多いのも、高い火力で料理できるようにキッチンに排気窓を設けるためと言われている。
そもそも東南アジアの諸国では、外食率が非常に高く、朝昼晩を外食、しかも路上の屋台でとるようなことも多い。朝はお粥等の屋台が道に出るし、昼はオフィス街近くの広場に屋台が集まるといった具合に、必要な時間帯に、必要な場所に屋台が出て、人々が日常的に利用する。それは人々の食生活を外部に委託する、社会インフラのようなものであるとも言えるだろう。つまりパブリックなキッチンであるということができる。もっとも屋台といってもさまざまで、中華鍋とコンロの付いた動きながら揚げ物をできるようなものから、氷を入れて果物を切るだけのショーケース・タイプ、鍋だけを地面に置くようなものまで多様であり、キッチンとはなんなのかと考えさせられる。

バンコク(タイ)、唐揚げ屋台

バンコク(タイ)、唐揚げ屋台

ホーチミン(ベトナム)、路上の屋台

ホーチミン(ベトナム)、路上の屋台

シンガポールのホーカーセンター

シンガポールでは1950年代から60年代にかけて、都市衛生向上の名目で、路上で営業している屋台を一掃し、そのかわり、屋台を収納する公設のホーカーセンターを各地に整備した。いわゆるフードコートに近いものであるが、駅のそばの公営団地(HDB=Housing and Development Board)の低層部といった、多くの住民が日常的に通る場所に設置されている。各屋台は2×3m程度のユニットに収まり、それぞれ調理設備を揃えてさまざまなメニューを提供しているが、ホーカーセンターでは原則として、食器の片付けが一括で行なわれる。つまり食器を片付ける業者がいて、食べ終わった食器類を集めて洗い場に持っていき、綺麗になった食器を各店舗に返すというシステムが定着している。

シンガポール、ホーカーセンター(チャイナタウン・コンプレックス)

シンガポール、ホーカーセンター(チャイナタウン・コンプレックス)

マレーシアのコーヒーショップ

マレーシアではコーヒーショップ(マレー語でKopitiam)と呼ばれる業態がよく見られる。こちらはプライベートな飲食店であるが、オーナーが料理を提供することはなく、屋台を集めて営業を行なう私営のホーカーセンターである。小さな店舗で2、3の屋台、大きな店舗になると20以上の屋台を集め、店先に並べて営業を行なう。屋台はその調理空間の制約から原則調理方法ごとに専門化されるので、揚げ物の屋台、炒飯の屋台、ワンタン麺の屋台、チキンの丸焼き屋台といったように、異なるメニューの屋台を並べて営業する。
オーナーはなにをしているかというと、店舗の管理をしながら利益率の高いドリンクを売る。屋台からは場所代を取っているが営業としては独立している。そのため料理に関する会計は、料理受け取り時に各屋台に直接支払い、ドリンク類は退店時にまとめてオーナー(店舗のレジ)に支払うことが一般的である。またオーナー側の雇った店員が、注文とりや呼び込み、テーブルセットや食器の片付けなどを行ない、料理の配達も手助けするケースもある。客は一つひとつの屋台の前に行って注文する必要はなく、メニューに載っているものを頼むとそれぞれの屋台に注文が届くようになっている。つまりここではオーナーの集めてきた屋台そのものが、店舗のメニューとなるのである。

クアラルンプール郊外(マレーシア)コーヒーショップの外観

クアラルンプール郊外(マレーシア)、コーヒーショップの外観

クアラルンプール郊外(マレーシア)コーヒーショップの内観

同、内観

パブリックな台所としての屋台

シンガポールやマレーシアでは、屋台はホーカーセンターやコーヒーショップといった公共性の高い施設として運営され、人々の食生活を支えている。またそのシステムを支えるのには、食器洗いを複数の屋台で共有するなど小さな公共性と呼べる役割が存在する。他の東南アジア諸国でも、時間帯によって異なる場所に出現する屋台が、人々の食生活を支え、都市生活に対する選択肢を与えている。それらは字義通りのキッチンではないかもしれないが、都市の食生活に必要な、パブリックな台所なのである。

最後に余談だが、タイ人の友人と地元の行きつけの屋台で食事をした時、彼はパッタイ(タイ風焼きそば)を頼みながらタイ語で調理方法を事細かく注文つけていた。卵はこのタイミングでこうやって炒めて、混ぜずに横に乗っけて、ライムを乗せて、トッピングは……といった具合に。彼は特段几帳面でも注文の多い男でもなく、どこでもそうするわけではないと言っていたが、その地元の屋台では自分が調理を楽しむように注文するそうである。屋台という、目の前で料理をつくるシェフにその場で直接注文できるような環境だからこそなせる技ではあるが、自分の手は使わないだけでまるで彼が料理しているようだった。屋台というキッチンと、みんなに奉仕するシェフがいて、自分の思い通りの料理をつくる。それを見て少しだけ、新しいパブリックのあり方を感じた。

後編につづく


★1──インドネシアで元来集落や村を意味する言葉だが、首都ジャカルタでも低層密集住宅街のことはカンポンと呼ばれているため、「都市内集落」などと訳されたりしている。細い路地沿いに2層程度の住宅が並ぶ住宅街であるが、一部を除いて違法占拠ではないため、スラムとは区別される。公共の休憩スペースや共有トイレ、水場があり、路地ごとに町会にあたるコミュニティ組織体系がしっかりしているのが特徴的である。
★2──香港の典型的な高層住宅。階段室、エレベーターを中心に居室が各階8戸程度並び、それぞれの住戸の居室やキッチンに窓を取るため非常に凸凹の多い、星形の平面形状をしている。

中村航(なかむら・こう)

1978年生まれ。建築家。Mosaic Design代表。明治大学IAUD教育補助講師、日本大学理工学部非常勤講師。Mosaic Design Inc.
主な作品に《銀座STAND》(2017)、《Number Shot》(2017)、《Falo》(2016)、《Cori. at Commune246》(2014)など。