国内トイレ×キッチン・サーベイ 7

作り手と食べ手を育てる「ライブ・キッチン」

福留奈美(フードコーディネーター、調理文化研究家)

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相互交流を活性化するパブリック・キッチンの新機能

私は大学で調理学を専攻し、厨房デザイン事務所、フレンチレストランなどに勤めた後、フードコーディネーターとして働きはじめた。いまは調理に関わる一連の諸相を対象に調理文化研究を行なっている。調理学は「台所の科学、おいしさの科学」ともいわれ、コツや勘のような人が主観的に語る調理の要点を、誰もが失敗なくつくれる条件として数値化したり、客観的根拠を基に説明することを目指す。調理文化研究では、食材選びから調理・加工を経て、料理に変化させておいしく食べるまでを「作る様式・食べる様式」とし、食材や道具とそれを扱う人々のふるまいや意識に着目する。キッチンのあり方と人の関わり方は、調理文化の大きな要素といえる。

家庭の台所や飲食店の厨房と料理を食べる空間は、衛生面からも、また機能面からも分離され、作り手と食べ手は分けられる。戦前までの多くの家では、台所は外と内の中間的な土間にあり、食事をする畳の和室と分離されていた。戦後、生活環境の欧米化、画一化が進み、ダイニングキッチン(DK)では作り手と食べ手が空間を共有するようになった。レストランでも、1980年代からオープン・キッチンが流行りはじめ、厨房とダイニングスペースが近づいた感はある。しかし、依然として、作る側のプロの料理人と食べ手である客のあいだには、時間的・空間的隔たりがある。注文した料理は、料理人によって厨房で黙々と仕上げられ、運ばれた料理を食べる客の様子を料理人は逐一見ることはできない。

その関係性に、キッチンが共有され開放されることで変化が現われてきた。「ライブ・キッチンにおける料理情報の送受信」「巨大オープン・キッチンにおける作り手・食べ手の相互入れ替え」。以上の2つの事例を通して、料理人と客が、また料理人同士が相互に温もりを感じながら交流する様子と、ライブでホットなパブリック・キッチンの新しい機能について報告する。

作り手と食べ手がダイレクトに呼応する「ライブ・キッチン」

2018年11月、有楽町(東京都千代田区)にオープンした「KIKKOMAN LIVE KITCHEN TOKYO」では、和洋中それぞれの分野で活躍する、異なるジャンルの著名シェフがペアになって監修したコラボメニューが提供される。客が料理一品一品のデモンストレーションを見たうえで料理をいただく、新しい業態の店である。私が訪ねた2月のある日は、日本料理の老舗「つきぢ田村」の三代目田村隆氏とイタリアンの巨匠「アクアパッツァ」の日高良実シェフが監修を務めた期間の最終日だった。

ダイニングルームの正面中央にはデモ用のキッチンステージがあり、奥の厨房はディッシュアップカウンターを挟んで客席から丸見えになっている。ステージ横も特等席だが、料理人が忙しく立ち働く姿が見られる厨房横の席もまた楽しい。料理人たちは営業開始前にキッチンをピカピカに磨き上げ、身だしなみを整える。一斉にスタートするディナータイムには、客から一挙手一投足を見られる料理人の緊張感がひしひしと伝わってくる。ホールスタッフも準備に余念がない。テーブル上には、毎月折り方を変えるというナプキンやレシピカードが丹精に配置され、キッチンステージにはこの日使う鮮度のよい食材が豪快に飾られる。

デモ用キッチンステージの奥に厨房が見える

デモ用キッチンステージの奥に厨房が見える
以下、特記なき写真はすべて筆者撮影

シェフたちはオープン前にもう一度丹念に磨き上げる

シェフたちはオープン前にもう一度キッチンを丹念に磨き上げる

ここでは、シェフによる料理の要点と作り方の説明を聞くことができる。この間に仕上げられた料理が運ばれる。70人ほどの料理を同時に出すために、各ダイニングテーブルのすぐ脇には特設のサービス台が設えられ、客の熱い視線を浴びながら料理人たちは手際よく、不公平なく、料理をおいしそうに盛り付けていく。熟練すればなんのことはないこうした作業も、若い料理人にとっては、にこやかにエレガントに料理をふるまう研修の機会となる。同店では、料理にペアリングするワインや日本酒にも力を入れており、サービススタッフは客の要望に合わせて的確な飲み物をデモの合間をぬってタイミングよくサービスする。客単価2万円ほどになる同店の客層には、料理やワインに精通した人も多く、開業3カ月にしてリピーターも多いという。サービスマンにとっても、ワンランク上のサービスが期待される研鑽の場となっている。

店内に設けられたモニタ。少し離れた席にも料理人の細やかな仕事を映し出す

店内に設けられたモニター。少し離れた席にも料理人の細やかな仕事を映し出す

日高シェフのスペシャル料理アクアパッツァの仕上がりを披露。このあとすぐに取り分けられる

日高シェフのスペシャル料理アクアパッツァの仕上がりを披露。このあとすぐに取り分けられる

テーブルのすぐそばのサービス台ではお客の目の前で料理が盛り付けられる。

テーブルのすぐそばのサービス台ではお客の目の前で料理が盛り付けられる

デモを任された料理人にとっても、食べ手とゆっくり会話ができる時間は貴重である。また、監修シェフにとっては、自分の店ではあまり出さないような挑戦的なフュージョン料理に対して、お客の反応を直接窺う絶好のチャンスだろう。新しい料理を出すたびにすべてのテーブルをまわり、時にはテーブルにはりついて意見を求める。料理教室のように料理を教える側が、あるいは通常のレストランのように料理をつくる側が一方的に話すのではなく、食べ手となった客もまた、主体性をもってシェフの意図や料理のテーマ性を汲み取り、さまざまな解釈と意見をぶつける。

監修シェフに代わって料理説明をすることも多いレストランシェフは、「しゃべりが自然とうまくなった」と照れながら語る。おいしい料理をつくるためには、おしゃべり上手である必要はない。とくに職人肌の料理人は寡黙であることが多いが、料理を通して大いに楽しく時間を過ごしてもらうことまでを飲食業のサービス、商品とするならば、雄弁に料理のおいしさを語る技もまた、料理人にとって客の心をつかむひとつの資質となるだろう。

監修を務めるシェフは新しい料理が出るたびにすべてのテーブルをまわり、お客と情報交換する

監修を務めるシェフは新しい料理が出るたびにすべてのテーブルをまわり、お客と情報交換する

時には長話になることも

時には長話になることも

千秋楽となったこの日、田村シェフは慣れた話術で客席全体を盛り上げ、店中を一体感で包んだ。デザートを出し終え、すべての料理人をキッチンステージ前に呼び込むと、客席からの賞賛の拍手で大団円となった。若い料理人にとって、お客と直に接して鍛えられるだけでなく、偉大な先達との仕事を通じて、料理人が幸せな仕事であることを実感した瞬間だったろうと思う。

まさにその場でしか味わえない貴重なひとときに、なんだか見ているほうも幸せな気分になり、お腹も心も充ち足りて得した気分になった。こうした魅力的なライブがレストランで実現したのはなぜか。私はひとえに料理人とサービスマンと客席が一体となる中心に、開放されたキッチンがあるからではないかと考えた。立場の違うさまざまな人々が、一夜限りの時間と空間を楽しむ。レストランのキッチンで、プロの作り手と食べ手である客の交流を活性化させる新しい空間の実験が行なわれている。

テーブルセッティング。お客様を待つばかりのオープン直前

テーブルセッティング。お客様を待つばかりのオープン直前

その日使う食材が豪快に飾り付けられ、ステージの幕開けを待つ

その日使う食材が豪快に飾り付けられ、ステージの幕開けを待つ

ステーキに醤油もろみとベシャメルソースをフュージョン(融合)させたソースが添えられる。おすすめの赤ワインがぴったり合う

ステーキに醤油もろみとベシャメルソースをフュージョン(融合)させたソースが添えられる。おすすめの赤ワインがぴったり合う

料理人揃っての最後の挨拶。コラボ企画、千秋楽ならではの演出

料理人揃っての最後の挨拶。コラボ企画、千秋楽ならではの演出

シェフ仲間が集うライブ感満載のオープン・キッチン

2018年春、南青山(東京都港区)に巨大なオープン・キッチンのイタリアンレストランがオープンした。1980年代に日本のイタリア料理界で一世を風靡した原宿「バスタパスタ」のシェフ山田宏巳氏と、「バスタパスタ」のオープン・キッチン、フロアデザインを設計したキッチンデザイナー塚本貞省氏が再結集し、夢のコラボが実現した店「TEST KITCHEN H」である。「バスタパスタ」は、オープン・キッチンの元祖的存在として、まさにキッチンの中で食事をしているようなライブ感とワクワク感を世に提案した店だった。後に話題を呼ぶテレビ番組「料理の鉄人」の厨房はキッチンスタジアムと呼ばれたが、「バスタパスタ」はすり鉢状に観客席がキッチンを取り囲み、料理をエンターテイメントとして観賞し、味わい、体感するスタジアムのような特別な空間だった。

       
原宿「バスタパスタ」の店内写真。1階エントランスから店内を見ながら地下1階に下りてきたところ。魚介類などの食材を陳列するショーケースのカウンター席の奥にオープン・キッチンが配置されている

原宿「バスタパスタ」の店内。1階エントランスから店内を見ながら地下1階に下りてきたところ。魚介類などの食材を陳列するショーケースのカウンター席の奥にオープン・キッチンが配置されている
提供=塚本貞省

左写真の右上に見えるテーブル席からキッチンを見下ろしたところ。キッチンと同じレベルにあるテーブル席とは別に、上から見下ろせる席があった

左写真の右上に見えるテーブル席からキッチンを見下ろしたところ。キッチンと同じレベルにあるテーブル席とは別に、上から見下ろせる席があった
提供=塚本貞省

 
厨房図面。店内中央のキッチンを取り囲むように客席A〜Eが配置されている。スタジアムのステージ周りのアリーナ席を思わせる<br>A:シェフズテーブル B:大人数に対応できる客席スペース C:4名テーブルを基本にキッチンがよく見える席 D:ゆったりした円形テーブルのVIP席 E:常連の1人客用カウンター席。調理台がそのままダイニングテーブルに F:個室。キッチンでのパフォーマンスは関係ないお客様用 G:バーカウンター。満席の場合は食事もできる H:ウェイティングスペース I:ベビーベッド付トイレ H:バックヤード。食器洗浄機ライン、仕込み用コンロ、ストックヤードなど

「TEST KITCHEN H」の厨房図面
店内中央のキッチンを取り囲むように客席A〜Eが配置されている。スタジアムのステージ周りのアリーナ席を思わせる
A:シェフズテーブル B:大人数に対応できる客席スペース C:4名テーブルを基本にキッチンがよく見える席 D:ゆったりした円形テーブルのVIP席 E:常連のひとり客用カウンター席。調理台がそのままダイニングテーブルに F:個室。キッチンでのパフォーマンスは関係ないお客様用 G:バーカウンター。満席の場合は食事もできる H:ウェイティングスペース I:ベビーベッド付トイレ H:バックヤード。食器洗浄機ライン、仕込み用コンロ、ストックヤードなど

エントランスを入ってすぐの客席(G方向)からみたキッチン

客席Dの位置から見たキッチン。柱が1本もなく見渡せる

シェフズテーブルから客席(B)方向を見る。キッチンのライブ映像が壁面に映し出されている。「カリフォルニアのレストランみたい」と同伴した友人談。<br>キッチンカウンターでは、シェフ自らが焼きたてのハムを切り分けている

シェフズテーブルから客席(Bの位置)方向を見る。キッチンのライブ映像が壁面に映し出されている。「アメリカ西海岸のレストランみたい!」と同伴した友人談。
キッチンカウンターでは、シェフ自らが焼きたてのハムを切り分けている

「TEST KITCHEN H」は、「バスタパスタ」のような立体的な空間ではないが、全96席から巨大なキッチンを一望できる。友人や家族でテーブル席を囲むことはもちろん、ひとりでカウンター席に着いても料理人やサービスマンが入れ替わり相手をしてくれるし、キッチン横のシェフズテーブルでは、シェフ自らが料理を運び、一皿一皿説明してくれる。料理人たちの動きを目で追いながら、あのパスタは私のかしらなどと期待しながら料理を待つ楽しみがある。洗浄機などを置くバックヤードに続く扉以外に、厨房の視界を遮るものは存在しない。「柱の死角をつくらない」。塚本氏の方針にオーナーの三浦哲也氏も賛同した。

この贅沢な空間は、南青山の敷地260坪に新たに建てられた2階建ての建物にある。元建築家で金融、投資ファンド業界を渡り歩いた三浦氏は、とんかつの名店として知られる「とんかつひなた」など、ほかにもいくつかの飲食店経営をする。いまどきめずらしい大型店の開業の理由を、三浦氏は「レストランは社交の場。大きな店でないと社交場として機能しないから」と語る。

食事の後、キッチンの中を案内してもらった。ガスレンジは、満席になっても滞りなくパスタやメイン料理を出せるパワフルな対面式の2列配置である。水まわりだけでなく、どの調理台にも溶接が完璧に施されて、汚れや水が床に垂れることはない。厨房機器の脚は切り取り、床上げして設置することでゴミがたまる機器下のスペースを完全に排除している。ドライキッチンはいつもきれいにモップ掛けされ、客席フロアと連続したバリアフリーとしているのは、「バスタパスタ」の頃からの塚本氏のこだわりである。

前菜には焼き上がってすぐの、まだほんのりと温かいハムをたっぷりいただくのがおすすめ。カウンター越しに料理人の動きをつぶさに見ることができる

前菜には焼き上がってすぐの、まだほんのりと温かいハムをたっぷりいただくのがおすすめ。カウンター越しに料理人の動きをつぶさに見ることができる

ハムの塊は約5時間、芯温70℃になるまでコンベクションオーブンで焼いた後、340℃のオーブンで表面をカリッと焦がす。キッチン奥には、1℃単位で湯温や炒め温度をコントロールできるというクッキングセンター2基、肉や魚を薪で焼く窯と、肉の熟成にも使える冷蔵ショーケースも見える。バックヤードには、加熱した料理を温かいまま真空包装できる真空包装器があり、冷ます時間を待たなくてもパッキングができる。三浦氏には「予算の1.5倍をかけると格段によいものができる」という持論がある。料理人が時間とエネルギーを浪費することなく、うまい料理を思いどおり提供することに専念できるようにと、厨房設備・機器の選定や施工には十分な配慮と投資がなされていた。

4口の業務用ガスレンジとヒートトップレンジ、オーブンがそれぞれ対面で並ぶパワフルな加熱調理ライン

4口の業務用ガスレンジとヒートトップレンジ、オーブンがそれぞれ対面で並ぶパワフルな加熱調理ライン

溶接による加工で機器のあいだには一切隙間がない

溶接による加工で機器のあいだには一切隙間がない

コンベクションオーブン(左)と1℃単位で温度コントロールができるオーブンセンター2基

コンベクションオーブン(左)と1℃単位で温度コントロールができるクッキングセンター2基

薪で肉が焼ける窯と魅せる設えの冷蔵ショーケース

薪で肉が焼ける窯と魅せる設えの冷蔵ショーケース

できたての料理を温かいまま真空パックできる真空包装器

できたての料理を温かいまま真空パックできる真空包装器

この店では、客においしい料理を提供して「料理を楽しんでもらうレストラン」としての本来の役割のほかに、シェフ仲間が集い、そこにそれぞれの常連客も加わって、盛大な宴を催すことがたびたびある。この1月には、山田シェフの66歳の誕生日と料理人人生50周年を祝うパーティが開かれた。ほかにも、和洋中さまざまなジャンルの料理界をつくり上げてきたシェフの還暦祝いや、その道のシェフたちが集うイタリアン大忘年会なる企画など目白押しである。

料理人、とくにオーナーシェフは元来孤独な存在で、個人店舗の切り盛りに日々追われている。気の合う同業者や、かつての同僚、師匠や弟子と交流する時間はなかなかもてない。レストランの仕事は過酷である。ともに苦労した同志との交わり、共通する悩みや情報を交換できる同業者たちとの交流は、料理人にとって無限大の価値をもつ。

貸切パーティの夜になると、料理人たちに巨大なオープン・キッチンが開放される。肥えた舌をうならせるために吟味に吟味を重ねた特別な食材を持ち込み、腕を振るうシェフも多い。レベルの高い同業者に、自身が直接調理した料理をふるまうのは、それなりの腕と経験と自信がなくてはできないことである。入魂の一品を楽しみに食べる料理人は、食べ手となって料理を評する。作り手と食べ手の立場が入れ替わり立ち代わり、そこでは同年代の料理の巨匠たちや同じレストランで働いた一門が思い出話に花を咲かせ、新たな仲間を紹介しあう。若い料理人やサービススタッフは、間近に憧れのシェフの手捌きが見られることに感激し、常連客たちもまた料理に舌鼓を打つだけでなく、その場を盛り上げるのに一役買う。

 
貸切パーティの夜。たくさんの料理人が入り乱れて料理をつくり、飲み、食べ、語らう 提供=山田宏巳

貸切パーティの夜。たくさんの料理人が入り乱れて料理をつくり、飲み、食べ、語らう 提供=山田宏巳

 
山田シェフ66歳の誕生日に集結したシェフたち 提供=山田宏巳

山田シェフ66歳の誕生日に集結したシェフたち 提供=山田宏巳

 

このキッチンは、広くオープンであるだけでなく、使い勝手のよいキッチンデザインと高機能の調理設備が、調理するという基本的な厨房本来の機能を下支えしている。そして、これこそが、さまざまなジャンルの料理人たちが乗り入れ、存分に腕を競い合えるキッチンの懐の深さとなっているのである。これにより、調理する機能に加えて、作り手と食べ手の立場が自在に交錯する、新しい関係性が生まれる。料理人が集うパブリック・キッチンの現代的な魅力がそこにはある。

福留奈美(ふくとめ・なみ)

高知県出身。お茶の水女子大学大学院後期博士課程修了。博士(学術)。テレビ、書籍、雑誌などのフードコーディネート、レシピ提案、料理制作を手がけるほか、大学、食育講座などで講師を務める。

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