独立起業家インタビュー
~一級建築士:中島弘二さん~

中小企業診断士 市岡直司(株式会社市岡経営支援事務所)

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中島建築設計事務所(愛知県岡崎市)中島弘二さん(一級建築士)中島建築設計事務所(愛知県岡崎市)
中島弘二さん(一級建築士)

愛知県岡崎市で設計事務所を経営している中島弘二さん。中島さんは岡山県生まれ、名古屋の大学を卒業した後、愛知県岡崎市の設計事務所に就職。5年前に独立し、現在は住宅設計を中心に仕事を展開されています。

本インタビューでは、中島さんが独立した経緯、独立時のエピソードや苦労話から、独立後の仕事の取り方や一番苦労したこと、そして独立を目指す方に向けたアドバイスを伺いました。

──まず、中島さんの独立に至る経緯を詳しく聞かせてください。

中島さん:

はい。僕の出身は岡山県ですが、大学は愛知県名古屋市にある大学の建築学科を卒業しました。就職活動のとき担当の先生から「そういえば、お前は設計事務所希望だったよな。ここに募集が出ているぞ」ということで、大学にちょうど募集があった愛知県岡崎市の設計事務所に就職しました。

当時はまだ就職難の時代だったと思います。なかなか設計事務所に入り難かったのですが、運よく就職することができました。その後、独立するまでに結果的に3つの設計事務所に勤めました。

最初に勤めた岡崎市の設計事務所は、だんだんと仕事が減ってきて暇になってきたところに事務所の社長と仲のいい別の設計事務所の社長から「ちょっと忙しくなったので誰か手を貸してくれ」と言われて、「中島、じゃあ、お前行け」というノリで出向をすることになりました。

そうしたら、そのまま、出向していた事務所の社長が、「うちに来い」と誘ってくれて。「じゃあ、そっちに行きます」ということになり、そこが2番目に勤める設計事務所となりました。

2番目の設計事務所では7年ぐらい勤めていたのですが、そこの社長が急に亡くなられてしまったんですよ。亡くなられた当初、既存のお客様や取引先などから事業を引き継いでほしいというお話しを頂いたんですが、僕が一級建築士の資格を取って丸3年経っていなかったので、その設計事務所を継ぐことができなかったのです。結局、その2番目の設計事務所は廃業となりました。結構悔しい思いをしました。

そのタイミングで、1番目に勤めていた設計事務所の社長が、次の就職先(3番目の設計事務所)を紹介してくれました。そして今から5年ほど前に独立・開業して、最初に就職した愛知県岡崎市で設計事務所を構えています。

──独立するときは勤務先と揉めたり、引き留めに会ったりしませんでしたか?どのような経緯で退職されたでしょうか?

中島さん:

引き留めはありませんでしたが、退職の意志を伝えてから実際に退職するのに時間がかかりましたね。僕に限らず、辞めるときは皆さんいろいろあると思います。

僕が独立する頃は、ちょうどその年の年度末に僕が担当していた物件が終わる区切りの良い時期でした。思い切って「ここがタイミングだろうな」ということで「独立したいです」という意志を伝えました。そのとき3番目の設計事務所の社長には「応援するから、頑張れ」と言っていただきました。

けれども、実際はゴールデンウィーク過ぎぐらいまで、引き継ぎも含めてかかりましたね。

いきなり辞めていかれると下の子たちが困ってしまうからということで。そうこうしている内にお盆過ぎまで仕事が続いてしまい、気が付いたら結局丸1年ぐらい退職するのが延びました。

でも、こういう話はよくある話かと思います。いままでお世話になった恩義は感じているので、退職が延びてしまった事について何か不満があるわけではないです。

独立を許してくれた設計事務所の社長も、1番目初めに就職したときの事務所の社長も、かなり親身に色々とやってくださる方でした。1番初めに就職した事務所の社長は、先日亡くなられたのですが、基本は商売っ気がないというか、下手な人なんです。みんなで良くなろうという人で、その人望によって仕事があるような方でした。1番目と2番目の事務所の社長は2人ともそんな方だったんです。

──どのくらいの時期から将来独立することを考えていましたか?

中島さん:

僕は元々、「会社という組織がちょっと肌に合わない」という感覚を持っていました。そのため、「大卒後に設計事務所に行くんだったら最終的には独立はするんだろうな」という感覚が最初からありました。

ただ、現実に設計事務所に勤めてみると「とてもじゃない、そんなことは全然無理だ」と肌で感じてしまい、そこからとにかく目の前の仕事をこなしていく、自分が勉強するしかないといった、追われる日々が続いていましたね。

ただ、独立の時期としては35歳になったら独立をしないといけないな、と漠然と考えていました。
35歳ぐらいだったら独立してからも無茶苦茶苦労してもまだ、無理がきくかなあと。体力的に精神的にも45歳ぐらいになるとちょっとしんどいのかなと考えていたからです。おかげさまで、35歳で独立して設計事務所を開業でき、現在40歳、開業5年目を迎えています。

──独立後について伺います。独立直後はどのように仕事を取っていましたか?最初の仕事はどのようなものだったのか教えてください。

中島さん:

僕が独立するときも当然ですが、「仕事が潤沢にありそうだから大丈夫」というような状況ではありませんでした。また、そんな風に楽観視もしていなかったと思います。ただ、独立前から仕事上の知人や、仲良くしている取引先の方が、「ああ、独立したんだよね」と、「じゃあ、ちょっとこれ手伝ってくれよ」といった話を結構いただけたんです。

最初は、僕が元請けで設計を依頼されるというよりも、色々なお手伝いの仕事を回してくれて、それで食べていたような部分がありました。周りで独立直後の方を見ていて感じますが、前職からの繋がりで仕事を依頼されるパターンは多いと思います。

僕の場合は前職のお客さんから依頼されるのではなくて、その時に一緒にやっていた工務店さんや、建設会社さんが、何かと声をかけてくれました。

また、私がいろいろな分野の設計事務所を経験していることも大きかったのかなと思います。設計事務所というのはわりといくつも種類があるのですが、木造のみを取り扱う事務所などもあります。でも僕は、3つの事務所を渡るなかで、木造や鉄骨造など色々な構造の物件に関わってきたので、どの物件が来ても大丈夫という自信がありました。

特に2番目に勤めていた事務所は、設計もやっていたのですが、ゼネコンの協力事務所として、現場に使う施工図も書いていました。そのため、設計の仕事が厳しかった時は施工図を書いたりしていましたね。

──独立直後、当初の予想と違って一番苦労したこと・大変だったことは何ですか?

中島さん:

はい。僕は、設計の仕事よりもお金の勘定や、確定申告や税金のことなどに一番苦労しました。

今でも良く理解している訳ではないのですが・・・(笑)

税金や確定申告のことは全然わからなくて。最初はお金もないので税理士さんにお願いすることもできなくて。青色申告の本を買って読んでみたり、無料の税務相談を利用しました。勘定帳を持って、「これはどういうふうに書くんですか」と聞いていた記憶がありますね。

そのため、経理や経営的なことの下調べや勉強はしておいた方がいいと思います。そして積極的に専門家や公的機関などを活用しましょう。

──今後、こんな仕事をしていきたいという希望はありますか?

中島さん:

住宅リフォームのビフォーアフターを紹介するテレビ番組を高校生ぐらいの時にたまたま見て、「自分の家を自分で設計することができるんだったら何か面白そうだな」と思ったのが建築士になるきっかけなんです。単純ですが・・・ですので、住宅設計をやるのが一番好きですね。

ただ今後はあまり規模の大きくない店舗などの設計をやってみたいと思っています。規模が比較的小さいというのがこだわりで、なるべくお客さん(施主)と近い仕事がしたいです。

大きな案件になると、その担当者がいて、上司がいて、社長がいて、といった感じで、決定権がある人が打ち合わせに現れない時があるんですよ。住宅や小さな店舗など直接お客さまと接点があるような仕事を増やしていきたいです。

──最後になりますが、これから建築士として独立を目指す人に向けてアドバイスをお願いします。

中島さん:

独立するほとんどの方が、最初から仕事が確約されているわけではないので、自分から動かないと仕事は来ないと思います。ですから、例えば色々な建築賞に応募するとか、コンペにどんどん参加するとか、なんでも良いので積極的に行動することが大切かと思います。

あとは、なるべく色々な人に会うことが大切です。人脈作りというか。僕はどんな泥臭いことでもやっちゃうのですが、特に独立当初はどんな仕事でもやってみるべきかと思います。

そして継続的に仕事をもらっていくために、協力しあえる仲間を独立前からたくさん作っておくことも大切です。工務店さんや建築会社さんをはじめ、厳しい時に助けてくれる仲間を作っておくことが、独立後の仕事に活かされると思います。

──ありがとうございました。

公開日:2019年07月04日

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