建築家・伊礼智さんに聞く

風の心地よさと開口部がもたらす暮らしの豊かさ

伊礼智(建築家)

下田のゲストハウス。開口部近傍に心地よさは宿る。撮影:西川公朗

下田のゲストハウス。開口部近傍に心地よさは宿る。 撮影:西川公朗

独特の哲学で住宅設計を手がける伊礼さん。居心地のいい住まいを追求し、風や熱など見えないものまでデザインし尽くすその手法は、住まい手ならずとも多くのファンを引きつけます。そんな伊礼さんに「通風」について、さらには住まいにおける豊かさについてうかがいました。

風や日射を体感することの大切さ

──コロナ禍で働き方も生活スタイルも様変わりしましたが、伊礼さんはどのように日々お過ごしですか?

伊礼

緊急事態宣言の際には事務所もリモートワークにしましたが、今はスタッフなどはほぼ毎日出社しています。といっても、ずいぶん働き方は変わりましたね。まず、19時頃には仕事を切り上げるようになった。私自身も、講演や大学の授業がリモートになったりして、家で過ごす時間が増えました。夕食も晩酌も家で家族そろって、というのが日常になりました。

──働き方が変わると、おのずと暮らし方も変わってきますね。コロナ禍で、より住まいの重要性が増してきたのではないでしょうか。住宅における自然換気、つまり「通風」も、暮らしの安全性を担保するものとして、今注目されているようですが。

伊礼

高気密高断熱住宅に住んでいると、あまり窓を開けなくなるって、よく耳にするんです。常に室内環境が安定しているので、空気を入れ替える必要を感じなくなってしまうようなんです。あるいは、省エネのために「窓なんて開けるものではない」と。もちろん住宅における省エネは大切ですが、果たしてそれでいいのだろうか……じつは、コロナよりずっと以前から疑問に思っていました。

古い木造の平屋を改築したアトリエでインタビューに答える伊礼さん。窓からは穏やかな午後の光が差し込む。

古い木造の平屋を改築したアトリエでインタビューに答える伊礼さん。窓からは穏やかな午後の光が差し込む。

──「窓を開ける」という行為は、コロナ予防だけでなく、他にもメリットがあると?

伊礼

私は沖縄の出身ですが、海に囲まれた沖縄は風が豊かな地域です。今も月に一度、沖縄の実家に帰りますが、そのときに実感するのが「風の気持ちよさ」です。沖縄はなにせ暑いので、夏は一晩中エアコンはつけっぱなし。朝の8時には気温が29度、湿度も80%近くになります。それでも、朝起きると必ず窓を全開して、室内に思い切り風を入れるようにします。これが気持ちいい。
直射日光にも意外なメリットがあります。沖縄の家にはたいてい「トートーメー」と呼ばれるものすごく大きな仏壇があって、昔からの慣習でその周りを明るい場所にしなくてはなりません。高気密高断熱住宅だと、東と西に大きな窓は作らないのが常識ですよね。でも沖縄では違います。仏壇を明るくするために東面に日光が入る窓があったりする。それが意外とよくて、カラッとした日差しが室内の相対湿度を下げてくれるという効果があるんです。

沖縄で生まれ育った伊礼さんが手がけた児童書『オキナワの家』。住宅のおける「外部とのつながり」のヒントが多数描かれている。

沖縄で生まれ育った伊礼さんが手がけた児童書『オキナワの家』。住宅のおける「外部とのつながり」のヒントが多数描かれている。

──沖縄の人たちは、風や太陽の心地よさをごく自然に家の中に取り入れて暮らしているのですね。

伊礼

まあ、夏に直射日光が差し込む窓などというのは決して省エネではありませんが。それでも、沖縄の暮らしのように窓から自然の風や日差しを取り入れて、「体感」を豊かに味わうことは、特に今の私たちにとって大切なのではないでしょうか。

風を考えることは窓の設計を考えること

──沖縄のように地域独特の風土や慣習といったものは日本全国にあると思いますが、伊礼さんは各地方の住宅を手がける際に、その地域のどういった点を重要視されますか?

伊礼

開口部について言えば、「卓越風」は必ず頭に入れるようにしています。特に冬場、地域によっては風が強い時期というのがあるんです。浜松なども冬は西から強い風が吹くので、昔の家などは防風のための垣根が必ずある。沖縄も台風が多いので、集落ごと屋敷林と呼ばれる独特の防風林で囲まれています。私は、「風を考えること=窓のデザインを考えること」だと思っていて、そういった地域によって異なる風の特徴を無視して開口部を設計することはできません。
といっても、風は気まぐれで不安定なものなので、決していつも一方向に吹くわけではあません。本当によく変化するので、その対策として、私はLIXILさんの縦すべり出し窓をよく使います。あれは正面から吹いてこない場合も、しっかり風を拾ってくれますね。

──住宅密集地などでも、建物の脇を通り抜けるような風を効率的に摂り込むことができるよう開発しています。

伊礼

風通しをよくするには、風の入口になる窓と出口になる窓の2つを作ることが必須です。景色がよくて風が入る位置に大きな窓を据えて、もう一方には縦すべり出し窓を設置する。そうすると、スーッと風が通るようになります。細い縦すべり出し窓だと外の景観を気にしなくてもいいので、風通しを考えて自由に設置場所が選べます。
そうそう、掃除しやすいのもいいですね。普通の片開きの窓と違って、窓の外側に容易に手が届きます。だから部屋にいながら窓の外側の拭き掃除ができる(笑)。

──そうなんです!

伊礼

風も気持ちよく通るし、掃除もしやすい。一石二鳥の窓で、とても気に入っています。

「通風」だけではない窓の役割

──縦すべり出し窓にしても、窓ひとつで室内の心地よさがずいぶん変わるんですね。開口部は住宅の中でも重要な位置を占めているとお考えですか?

伊礼

住宅設計において、私は常に「外部とのつながり」を第一に考えています。住宅は内側さえ整えればいいというものではありません。外側とどうつながるかで、心地よさがガラッと変わってくるのです。開口部はまさに唯一、外部とのつながる場所ですから、窓際はいつもこだわりを持ってデザインしています。
例えば、ひとつの窓にガラリを入れたり簾をつけたり、障子なども加えたりします。フルオープンすれば直に外部とつながるし、ガラリを閉めれば外から目隠しできて風だけ通すこともできる。やわらかい光を演出したいときは障子を閉めればいい。こんなふうに季節や住む人の気分で窓を調節できるって、素敵だと思いませんか? 開口部を工夫して遊びを持たせると、そこに住む人の生活も豊かに広がります。

──伊礼さんがデザインする開口部のレイヤーはいつも魅力的でワクワクします。それに、窓の機能は「通風」だけではないと感じさせてくれます。

伊礼

そうです。風だけでなく景色も大切です。先日、琵琶湖畔の住宅を手掛けましたが、北側に琵琶湖があるので、景色を重視して思い切り北側に開いた設計にしました。冬は北風が吹きつけますが、今は窓の機能が向上しています。断熱性の高い窓を選べば、ある程度は防げます。北風を避けるか、美しい景色をとるか。私は迷わず、毎日いい景色を眺めながら暮らす方をとりますね。

──少々光熱費がかさんだとしても、美しい景色がある方が暮らしを豊かになる…。

伊礼

でもね、光熱費だって完全にマイナスだとは言い切れない。例えば、東側にいい景色があって、そこに大きな窓を設けると真夏に朝陽が入ってきて冷房代をちょっと損する。けれども冬場はどうでしょう? 冬はたっぷり日差しが入ってきて暖かいはずです。日差しが傾いてきたら、障子やカーテンを閉めて熱を逃がさないようにすれば暖かさもキープできます。そうやって、住む人が主体的に操作できる窓があれば、都心の小さな家でも「体感」を楽しみながら暮らすことができるはずです。

琵琶湖湖畔の家。あえて北側の景色に開き、琵琶湖の四季折々を窓から取り込む。 撮影:西川公朗

豊かなものは外部からやってくる

──住まいにおける豊かさというものをあらためて考えさせられます。

伊礼

以前、哲学者の野矢茂樹さんと豊かさをテーマに対談したことがあって、そのときに野矢さんが「設計って、外部をどれだけ取り入れるかということでしょう?」とおっしゃったんです。日差しや風、匂い、音…豊かなものってすべて外部からからやってくる。必要なものを取り入れて、要らないものを制御する。設計ってそういうものでしょう?と。的を射た表現でさすがだなぁと感心しました。人間でも外部と関わらない人、自分の殻に閉じこもっている人は豊かになれない。外部とつながるということは、私たちにとってとても大切なことなのです。
住宅に置き換えれば、開口部がその重要な役割を担っています。いかにして必要なときに必要なものを取り入れるか。それが、窓に最も求められることではないでしょうか。

──お話をうかがっていると、窓を閉じてしまってまったく開けないというのはもったいないなと痛感します。

伊礼

LIXILさんと一緒に開発したLWの窓などはフルオープンできて、まさに外とのつながりを意識した窓です。フルオープンする必要なんてあるの?と考える人もいるでしょう。でも、思い切り窓を開けて、外部と一体となり、外からの風を体感することが「豊かさ」をもたらします。フルオープンすれば外と心地よくつながることができ、閉めればきっちり性能がある。これが理想的です。

──まさに、「必要なものを取り入れて、必要でないものを制御する」ですね。

伊礼

私は窓際が最も豊かで楽しい場所だと思っています。開口部は家の中でも一番心地いい場所です。だからこそ開口部には、まだまだ工夫を凝らす余地があると思うし、暮らしを豊かにするデザインの可能性がたくさん残されていると思うのです。
「通風」という点でも同じです。卓越風を考慮したり、縦すべり出し窓を使ったりと工夫することで、もっと心地いい風を取り入れることができるようになる。

──目には見えない風のことも、しっかり考えてデザインすることが大切だということでしょうか?

伊礼

そうですね。風はそもそも不安定なものですから、風の吹くままにしていたら上手くはいきません。つまり、窓の設計は“風まかせ”にしてはいけない。これに尽きるのではないでしょうか。

伊礼智(いれいさとし)

伊礼智(いれいさとし)

建築家。1959年沖縄県嘉手納町生まれ。1982年琉球大学理工学部建設工学科卒業後、東京芸術大学大学院美術研究科に進学。奥村昭雄氏の研究室にて建築を専攻。 1996年伊礼智設計室を開設。

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公開日:2020年12月14日