企業価値を高めながら持続可能な社会の実現に貢献するために
~住宅業界におけるSDGsの課題と活用のヒント~

川久保俊(法政大学 デザイン工学部 建築学科 教授)

SDGsの認知率が高まり、いまや、企業経営にSDGsの視点を取り入れることは避けて通れない課題となっています。しかし、住宅業界をはじめ、ほとんどの業界でまだ真の活用ができていないと、建築分野のSDGsを研究する法政大学の川久保教授は指摘します。今後、住宅業界が企業価値を高めながら持続可能な社会の実現に貢献するためにはどうすべきか。川久保教授から課題や活用のヒントとなるお話をいただきました。

住宅業界のSDGsの取り組みは表面的な活用にとどまっている

SDGsの認知率、普及率だけでいうと、住宅業界は他の業界に比べて高い状況にあると言えます。2019年には一般財団法人日本建築センターが、『建築産業にとってのSDGs(持続可能な開発目標)─導入のためのガイドライン─』※1という書籍を発行し、その翌年には『これからの工務店経営とSDGs(持続可能な開発目標)』』※2を発行しています。業界に先駆けてSDGsを導入した工務店の経営者がSNSなどで情報発信するなど、この業界にもSDGsが着実に広がりを見せています。ただ、各社のホームページなどを見る限り、まだ真の活用はできておらず、表面的な企業PRにとどまっているという印象を受けます。
ホームページなどでよく見かけるのが、「当社はSDGsの達成に向けて、ゴール○に対しては○○○、ゴール○に対しては○○○という活動に取り組んでいます」というもの。ただの取り組みの羅列になっており、その企業がどこを目指しているのかが分かりません。

( 一般財団法人日本建築センター発行書籍)
※1 『建築産業にとってのSDGs(持続可能な開発目標)─導入のためのガイドライン─』 https://www.bcj.or.jp/publication/detail/111/
※2 『これからの工務店経営とSDGs(持続可能な開発目標)』https://www.bcj.or.jp/publication/detail/122/

SDGsは共通言語であり、コミュニケーションツールですので、単語(ゴール)を紡ぎ、文章(SDGs取り組みストーリー)にして初めて意思の疎通ができます。ゴール1から17のうち、自社で取り組めそうなこと、強みにできそうなことを取捨選択して、ストーリーにする必要があります。
例えば、健康住宅を最大の武器にしているのであれば、ゴール3(すべての人に健康と福祉を)、11(住み続けられるまちづくりを)、12(つくる責任つかう責任)あたりを前面に出し、「ご家族が一生安心して快適、健康的に過ごせる空間づくりのために、自然素材を多く使っている」というこだわりをアピールする。

環境配慮の家づくりを強みにしているのであれば、ゴール14(海の豊かさを守ろう)、15(陸の豊かさも守ろう)などに重きを置き、「里山・里海を守りつつ、建設時も含めて生態系を壊さない家づくりを心掛けています」といった具体的なアピールが必要になります。

住宅業界のSDGsの取り組みは、近年環境関連のゴールに引っ張られている傾向が見られますが、子どもがいきいきと学び、成長できる家づくり=ゴール4(質の高い教育をみんなに)、ご夫婦ともに過ごしやすい家づくり=ゴール5(ジェンダー平等を実現しよう)など、視点を変えれば、自社の家づくりをさまざまなゴールに当てはめることができます。

日本はゴール5(ジェンダー平等)の取り組みが遅れている

毎年、SDSN(持続可能な開発ソリューション・ネットワーク)がSDGsの達成度合いを国・地域別に示した『持続可能な開発レポート』(英語版のみ)を発表しています。その中で各国のゴールごとの評価も明らかになりますが、2022年の結果を見ても、日本はゴール5の点数が非常に低く、今後、2030年の目標達成に向けて、国際社会や政府から改善要請が出される可能性があると思っています。
日本の建築業界では女性が働きやすい環境が整っていない会社が多いのが実情です。優秀な女性社員がいても出産を機に退職し、働く意欲があるにもかかわらず、会社に魅力が感じられないため復職しない。そんなケースも少なくないようです。

岐阜県の三承工業株式会社さんもそうした課題を抱える工務店の一つでした。
男性中心の体育会系企業で、社員の士気が下がり、売り上げも低迷していたことから、会社の将来を考えて社内環境の整備に取り組まれました。数少ない女性社員から会社の不満点、問題点など率直な意見を聞き、女性も働きやすい職場を目指して社内の風土改革を進めることになったのです。
具体的に、子連れ出勤制度の創設や社内キッズスペースの設置など、男性社員の協力を得て小さな子どもを持つ女性社員が安心して働ける環境を整えました。それにより、かつて活躍していた女性スタッフが復職し、新規採用した女性設計士も含めて女性だけの設計者グループも発足。女性目線のきめ細かい設計提案で顧客満足度もアップしています。現在は男女比が1:1となり、女性活躍推進などの取り組みで外部から表彰もされているようです。新しい取り組みが功を奏して関係者の満足度もあがり、顧客から感謝される機会が増えたこともあって、社員のやりがいや働きがいが向上し、利益の確保にもつながっているそうです。

社会的課題の解決がビジネスチャンスになることに気が付いた社長は、地域が抱える問題にも目を向け、地元企業など各分野のプロフェッショナルと連携しながら、社会的少数者の方へのローコスト住宅の提供や地域防災の仕組みの構築にも取り組みました。ジェンダー平等という社内のパートナーシップの取り組みをきっかけにパートナーシップの輪が広がり、結果的にゴール5番以外のSDGsのゴールにも取り組みや効果が波及していきました。
三承工業さんのSDGsの取り組みは、自社の企業価値を高めながら、関係者とのパートナーシップを広げながら地域社会にも貢献するという理想的なストーリーの一つです。ぜひ参考にしてみてください。

建築業界が変わらなければ将来世代から選ばれない産業へ転落する

SDGsは、小学校、中学校における新学習指導要領の必須項目として記載されていることもあり、若い世代ほど浸透しています。今の学生たちは、持続可能な社会の担い手として、真のSDGsを学んでいます。正解がなく、方向性しか示されていない17のゴールについて、能動的にその達成プロセスを考える教育ツールとして使われています。
最近の入試でも、SDGsを題材に、学生の洞察力やアウトプット力を問うような問題が出題される傾向にあります。例えば、ある中学校の入試では、「SDGsの目標達成に向けてあなたがこのまち、地域に対して貢献していることはどのようなことですか」という、大人でも回答に窮するような問題が出題され、大変驚かされました。

こうした真のSDGs教育を受けている世代にとって、果たして今の住宅業界はどのように映っているでしょうか。冒頭でご紹介したように、ただSDGsのゴール〇に対して○○〇の取り組みをおこなっています…と羅列されているだけのあまり中身のない情報を出している企業は、「この会社のビジョンや方向性が見えない」と敬遠されるでしょう。ましてや、少子高齢化が進み、新築着工件数も減少の一途をたどっている今、将来性が感じられないという理由で、住宅業界を志望する学生が今後減るかもしれません。
住宅業界が持続可能な形で存続するためにも、業界を挙げてSDGsに取り組まなければ、新規入職者が減り、ますます担い手が不足し、危機的な状況に陥ります。住宅は経済活動、雇用創出などの面で世の中に対するインパクトが大きい産業です。だからこそ建築業界にかかわる我々は、責務としてSDGsに取り組まなければならないのではないでしょうか。

改めてSDGsの17のゴール・169のターゲットを読み
あらゆるパートナーシップで自社の強みを見出す

SDGsの活用において、17個のゴールに加え、169のターゲットまで見ないと、会社として何をすべきかが見えてこないと思います。
SDGsをより深く見ていくことを通じて自社にはこれまでこういう視点がなかった、という気付きを得ることが大事です。その次のステップとして、17のゴール、169のターゲットの中から、自社が強みとすべき取り組みはどれかを選択します。
SDGsは新規事業や今後のビジネス戦略を考えるツールとして、また、自社の取り組みの抜け漏れをチェックする有効なツールにもなります。そのチェック作業は会社のトップが一人で行うのではなく、社員や取引関係にある企業にも加わってもらうとよいでしょう。さらに、自社の家を選んでくれたOBのお客さまにも「どういった点がわが社の強みだと思いますか?」ということをアンケートやヒアリングで尋ねたり、機会があれば座談会を開いて聞いてみたりすると、自社では気付かなかった強みが見つかるかもしれません。

繰り返しになりますが、SDGsは共通言語です。これを上手くご活用いただくことで、お客さまを含む関係者とのパートナーシップを強化したり、自社の強みを見出したり、持続可能な社会に向けて取り組むべき方向性を明確化したり、自社の取り組みを効果的にPRすることもできると思います。

川久保俊(かわくぼ・しゅん)

2013年に慶應義塾大学大学院 理工学研究科 後期博士課程を修了。博士(工学)。同年4月より法政大学デザイン工学部建築学科助教。その後、専任講師、准教授を経て、2021年4月より教授。専門は建築/都市のサステナビリティアセスメント。近年はローカルSDGs推進による地域課題の解決に関する研究を進めている。また、SDGsの進化に向けて、建築業界に限らずあらゆる組織・個人のニーズ・シーズのマッチングなどが可能なオンラインプラットフォーム『Platform Clover(プラットフォーム クローバー)』の開発・運営にも携わり、異業種連携を促すことで、ビジネスチャンス創出や持続可能な経営を支援している。

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公開日:2022年09月27日