地球に暮らすリアリティ ――「環境住宅」をめぐる議論の先に

川島範久(建築家)× 能作文徳(建築家)

『新建築住宅特集』2018年4月号 掲載

エネルギーと政治:オフグリッド・オートノマスの可能性

住宅では電気や熱を消費するため、エネルギーインフラのネットワークと接続することになる。原子力発電は放射性廃棄物や事故の問題、火力発電は化石燃料の枯渇や温暖化ガスの問題、水力発電はダム開発による生態系への影響というように、発電の種類によってさまざまな問題がある。メガソーラーや風力発電は土地利用の問題と密接に関連し、森林資源を活用するバイオマス発電は林業のあり方とも複雑に関連する。エネルギー資源の問題は国際社会における重要な課題であり、住宅におけるエネルギーの選択は政策や経済によって誘導されることになる。一方、インフラから切り離されたオフグリッドシステムやエネルギーを自律的に供給できるオートノマスハウスがある。東日本大震災以降、価値観が変容し、自発的に電力会社やガス会社などに頼らない自律的な暮らしの実現を試みる人が増えている。これは、政治的にも強いメッセージをもっている。エネルギー資源の確保は経済や社会を安定させ、平和に繋がり、エネルギーの自給率を高めることで、経済や社会情勢によって転々と変わるエネルギー政策に振り回されることが軽減される。住宅でのオフグリッドの実現にはそうした思想的な背景がある。電力送電網に繋がれないオフグリッド化を実現した建築家の自邸に「佐戸の家」がある。外皮の工夫で極限まで熱損失を少なくしながら日射取得・昼光利用を可能とし、太陽熱給湯・太陽光発電+蓄電・バイオマス利用設備を導入している。表現としてはプロトタイプ型と共通する部分が多いが、洗濯は日中に行う太陽に合わせた生活とし、料理は薪コンロで可能な煮込みを主とし、夏はビールではなく冷やす必要がない赤ワインを楽しみ、食料は必要な分だけ購入することで電気冷蔵庫を設置せず、冬は外気を利用した天然の冷蔵庫を利用するといった暮らしの工夫をしている。「えねこや六曜舎」は建物のスケールを抑えた小屋を地域住民に開き、災害に強いまちづくりに貢献するというコンセプトを掲げている。えねこやは電力自立の地域のカフェや高齢者のためのサロンとなる。夏場にお湯が溜まると家族大勢で風呂に入ったり、雨の日が続くとなるべく電力を使わないように静かに暮らす。このようなオフグリッドの試みは、エネルギーの自立性を目指すことで、暮らしにダイレクトに影響を及ぼしている。徹底した技術の先に、人間の生活が太陽と共にあるというプリミティブな連関へと繋ぎ直されるところがおもしろい。

オートノマス・オフグリッド化と暮らしの見直し

佐戸の家高性能外皮・自立型設備・ 暮らしの工夫(外気冷蔵庫・薪コンロ)
佐戸の家(2016, 秋田県大仙市, JT1606)
佐藤欣裕(左、右撮影:新建築社写真部 中央撮影:川島範久)

えねこや六曜舎築40年の古家を改修して独立電源をセルフビルド
えねこや六曜舎(2016, 東京都調布市)
湯浅剛・湯浅景子(左、中央撮影:大槻茂)

エコ産業化と住み手の主体性

地球環境問題が大きく社会に取り上げられることで、エコ産業はビジネスの分野としてますます拡大している。住宅関連では、建材や設備、省エネ家電などの取り組みが進んでおり、これらの製品を組み合わせることで高性能な住宅をつくることが可能になってきた。こうした産業の取り組みに対して、設計者や住まい手に求められるのは、こうした製品だけに頼るのではなく、自分たちの暮らしを主体的に組み立てていくリテラシーだろう。
築38年の「旧荒谷邸」を見て驚くのは、現在のように高性能な建材や設備がなかった時代に、南からの日射を最大限取り入れるための木サッシのLow-Eトリプルガラスなどを自らの手でつくって導入した点だ。環境技術をその効果を体感しながら定量的に把握し、更新を続けていく試みは、現在は次の住まい手に引き継がれている。同じ札幌で、築60年の木造平屋を設計事務所に改修した「喜八」は、設計に関わる人びとが日々雪かきなどメンテナンスを自分たちで行い、屋根形状や塀などの昔からの慣習的な形式の意味を理解し、寒く感じる窓を塞いだり、自分たちで効果を体感しながら断熱ボードを施工している。また、南房総の古民家をDIYで断熱改修し効果を体感する「南房総エコリノベワークショップ2016」、太陽エネルギーを利用した電力自給する暮らしを推進する「自エネ組」の活動もある。これらに共通するのは、環境技術の高度な製品化・パッケージ化が、そのメカニズムを使い手が体感して理解することを難しくしている中で、技術や製品を本当の意味で使いこなして暮らしの快適性を獲得していこうとする姿勢である。現代社会では、不確定な事態が起きないよう、人が何もしなくても済むように空間を整備・管理しようとする傾向が強いが、これらの事例は、失敗したり、傷ついたりすることを恐れず、人間の主体性に期待し、成長させようとする試みだといえるだろう。こうした試みは、建築家や住まい手が産業側に働きかけ、協働する契機にもなるはずだ。

住まい手のエコロジカルな暮らしを支援する住宅

旧荒谷邸自らつくり上げていく寒冷地の環境技術
旧荒谷邸(1979, 北海道札幌市)
荒谷登(提供:もるくす建築社)
喜八札幌の古民家をDIYで断熱改修
喜八(北海道札幌市)
堀尾浩(撮影:堀尾浩建築設計事務所)
南房総エコリノベワークショップ2016断熱効果を古民家改修ワークショップで体感
南房総エコリノベワークショップ2016
NPO南房総リパブリック(提供:NPO南房総リパブリック)
自エネ組独立電源システムを構築し普及活動する
自エネ組
大塚尚幹

地球に暮らすリアリティ:真剣で遊び心のある多様性

以上、環境住宅の取り組みに込められた投げかけの中には、環境技術の導入や普及、身の回りの環境との繋がりと自然エネルギー利用、伝統や慣習の再解釈、人間ならざるものとの共存、都市インフラに依存しない自立性、暮らしの主体性を支える多様な住宅の展開が見られた。
これまで住宅の多様性といえば、消費社会の中での生活スタイルの多様性のことを指した。自分の好みに適う商品やスタイルを選択することで個人の消費に偏った多様性が生み出されていた。こうした消費オリエンテッドな多様性に対して、環境住宅の取り組みの多様さは、環境オリエンテッドな多様性が現れ始めていることを示している。自然を楽しみ、地球環境に配慮した暮らしは、多くの人が意識的に取り組み始めている。地球環境に配慮するといっても、都市生活者にできること、田舎の生活者にできること、高齢者にできること、子供にできること、農家にできること、サラリーマンにできること、環境工学者にできること、建築家にできることは異なる。それぞれの人がもっているスキルやそれぞれの人の暮らす場所によって環境に対するアプローチは異なっていて当然であり、その人の向き不向きに合わせた環境への取り組みには、実践する人の個性が表出する。これを一元化しようとすると無理が生じてしまう。環境への関わり方にその人となりが現れるように、住宅もそうした環境オリエンテッドな多様性を受け止める器になるはずである。そして、その多様性が住宅というかたちを伴ったものとして街や地域に表出することで、お互いの取り組みを学び合うことに繋がっていく。
地球に暮らすリアリティとは、身の回りと惑星規模のスケールを横断する科学的な真剣さをもちつつも、それを遊び心に変えていくことだ。そして、地球に届けられる太陽エネルギー、地球に存在するさまざまなマテリアル、地球に生きている生命を、私たちひとりひとりが身の回りのこととして受け止めて、暮らしを組み立てていくことである。そうした多様な暮らしのリアリティを具体化する住宅が今求められている。

*1 出典:『Nature 415, no.23』Geology of Mankind(パウル・クルッツエン、2002年)
「過去の3世紀で、人間がグローバルな環境におよぼす影響力が高まった。二酸化炭素を人間が排出してきたために、グローバルな気候は、これからの何千年、自然な運行からとてつもなく逸れていくだろう。現在の多くの点で人間が優位な地質学的時代に「人新世(anthropocene)」という言葉をあてがうのは適したことのように思われる。それはこれまでの10000年か12000年の温暖な時代である完新世にとってかわるのだ。」
『人新世の哲学:思弁的実在論以後の「人間の条件」』(篠原雅武、2018)
『現代思想 2017年12月号 人新世 ―地質年代が示す人類と地球の未来』(青土社、2017)

*2 エアロゾル:気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子のことを指す。上空大気にエアロゾルを散布することで、太陽光の反射を増すことで地球への入射エネルギーを減らし、地球の温度を下げる。

※文章中の(ex. JT1804)は、雑誌名と年号(ex. 新建築住宅特集 2018年4月号)を表しています。(SK)は新建築です。

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2018年4月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-201804/

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公開日:2019年02月27日