冗長性のあるパブリックスペース

上田孝明(日建設計NAD室)×西田司(オンデザインパートナーズ)×三浦詩乃(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教)

『新建築』2019年10月号 掲載

日本のパブリックスペースの現在

──これまでは建物、公園、道路など一方向でしかその使い方を考えてきていませんでしたが、さまざまな視点で利用法を考えることで、新しい可能性が見えてきているのでしょうか。

三浦

日本との比較対象としてよく例に挙げる、ニューヨーク市のタイムズスクエアは、タクシーに埋め尽くされた空間を人の広場に一変した事例です。そもそもブロードウェイは通りとして交差点が複雑で、事故が多いという交通問題がありました。この広場化は交差点動線の改良でもあります。実現プロセスについては東京大学の中島直人先生も詳しいですが、はじめは地元のエリアマネジメント*1組織がアイデアを出し、地道に歩行者通行量を調べてきました。それに呼応するかたちで、ニューヨーク市交通局が広場化社会実験を実行しました。これまでは、交通の専門家しかタイムズスクエアのような交差点環境を考えてきませんでしたが、プレイスメイキングや、パブリックアートの専門家なども参加し、居心地のデザインが行われました。今年5月に来日した前交通局長ジャネット・サディク=カーン氏が組織改革し、一気通貫でグランドレベルをまとめて考え、アクティビティを促進するような仕掛けづくりを行ったのです。
実験の結果から、懸念されていた車の混雑や走行速度の低下がないこと、安全性の向上、歩行者の滞在利用増加をデータで示しました。恒久化決定後も経済効果を丁寧に見るなど、広場が街にもたらす多面的な効果を発信しました。こうしたアイデアを、他の地区にも展開する「プラザ・プログラム」と呼ばれる施策が用意され、現在、ニューヨーク市では70を超える広場がコミュニティの手で運営されています。

広場化されたタイムズスクエア。
提供:三浦誌乃

西田

タイムズスクエアを恒久的な広場にするために、さまざまな専門家が参加したことがよいですね。別の視点を持つ人が入ることで、ある業界の中で当たり前だったことが、当たり前ではなくなることはよくあると思います。目に見えない統治が効いていることをリセットでき、ある事柄が多面的に進んでいく。日本でもそのようにパブリックスペースを展開していけたらよいと思います。

三浦

現在、ジャネット・サディク=カーン氏が理事を務めるNACTOという組織は、世界のストリートに向けて『Global Street Design Guide』(2016年、2021年に鹿島出版会より日本語訳版を出版予定)を発行しており、その中で、ビルディングエッジが大事だということを説明しています。繰り返しになりますが、道と建物・敷地の境界線は所有者が異なることもあって分けて考えられてきましたが、これからはもう少し領域的な捉え方をしようとしていて、例えば建物のファサードを「ディープファサード」と言って、建物の内外で交流ができるようにファサードに余地や奥行を持たせようと提言しています。そこは建物の使用者が使いこなし、自分の生活を外に見せていくような場所になるのですが、そのデザインについては建築の専門家と議論を進めていかなくてはいけないと思います。

西田

道路がただの移動空間であったら、通り過ぎてしまうだけですが、道路が佇む価値を生み出すようになった時、人は立ち止まると、建物のファサードが自分を取り囲むようなインテリアのように見えてくるようになると思います。高齢者は暑い中30m以上歩けないと言われていて、つまり30mにひとつベンチがないと高齢者は散歩すらできないのですが、欧州諸国に比べて、日本のパブリックスペースはベンチの数が圧倒的に不足しています。道路空間にベンチを置くという小さいアクションだけで、人が佇むことができるようになり、道路に面する建物のファサードを空間体験としてより認知していくことになるのではないでしょうか。

上田

「ディープファサード」のように道路と建物・敷地の境界線に厚みがあるのだとすると、そのような高齢者が佇む場所を設けたりと、建物のファサードの意義みたいなものが変わってくるのではないかと思いますし、もう少し居心地のよい空間をつくることができるかもしれません。

西田

最近ではIT技術の発達により、人の流れのデータ解析は以前よりも、楽に正確に行うことができるようになりました。三重県伊勢市の老舗であるゑびや大食堂の「EBILAB(エビラボ)」は、来客数を人工知能で予測するシステムを構築しており、その的中精度は9割を超えるそうです。それにより人材オペレーションや、食品ロス減少などよりスマートに働ける世界をデータ解析の力で実現しているのですが、パブリックスペースを考えるにあたって、このようにデータ解析を駆使することにより、今までは通行の支障になるとか危ないと言われていたことが、もう少し解像度を上げて分析をすることができのではないでしょうか。ある時間帯ならば滞在を目的とした利用をしても問題ないと判断することができるかもしれないし、パブリックスペースの価値をどう評価するか変わっていくと思います。現代だからできる手法だと思うのですが、そのようにバックデータを構築していくことで、ストリートの多様な使い方に対して否定的であった人たちを説得したり、巻き込んで制度を変えていけるように思います。

西田司氏によるパブリックスペースの実践

西田司(にしだ・おさむ)

西田司(にしだ・おさむ)

1976年神奈川県生まれ/1999年横浜国立大学卒業後、スピードスタジオ設立/2002年東京都立大学大学院助手(~2007年)/2004年オンデザインパートナーズ設立/2005~07年首都大学東京研究員/2005~2009年横浜国立大学大学院(Y-GSA)助手

横浜スタジアムコミュニティボールパーク化構想。野球が持つエンターテイメント性を再評価し、横浜の新たな賑わいをつくり、これまでにない市民の日常と野球の繋がりの構築を目指したプロジェクト。

西田氏も参加するishinomaki2.0による「橋通りコモン」。新しい事業に誰でも気軽に取り組める場として、コンテナや飲食スペースなどを設置。ウットデッキステージを活用してさまざまなイベントを開催できる。

「ドリーム ゲート」。DeNAベイスターズ練習中に横浜公園側のグラウンドの扉がオープンし、開放感あふれるグラウンドをバックに記念写真を撮影できる。

「ドリームゲートキャッチボール」。横浜スタジアムでナイターがある日の早朝、外野グラウンドで気軽にキャッチボールができるイベント。

4点提供:西田司

──パブリックスペースの利用について一般の人たちの意識を変えるためには、どういったことをすればよいでしょうか?

三浦

これからの社会、パブリックスペースを使いこなした方がより豊かな生活を送ることができると思うのですが、そもそも「使いこなす」という考えを明確に持っている人は少ないので、一般の方の手によるパブリックスペースの利活用促進についてはまだまだ課題が多いです。しかし、例えばフリーマーケットをパブリックスペースで自由に開けるようになると言えば、興味を持つ人が増えるかもしれません。そのようにパブリックスペースと普段使いの活用方法を関連させて考えていくことは、一般的にパブリックスペースを考えるきっかけになるかもしれません。ソトノバの活動もそうなのですが、まずはパブリックスペースの潜在的なプレーヤーと言える屋外活動に興味を持つ人びとから繋ぎ、その認識を広げていきたいと思います。

西田

先ほど上田さんが紹介された「てつみち」は、場をつくるだけでなく、場をつくることを通して地域のニーズを探ることが面白いですね。設計者としては、「果たして何を設計しているのか」と感じませんか?

上田

そうですね(笑)。NADでは「てつみち」に限らず、地元の関係者が何を求めているかを彼ら自身から導き出しながら制作することも多いのですが、そうすることで最終的な成果物が映像や漫画など、必ずしも建築や空間をつくる必要がない場合もあります。「てつみち」ではワークショップなどを通して、「まちの物語に気軽に触れられるようなものがほしい」、「みんなの場所ではなく自分の居場所がほしい」、「公共空間というのは管理されていて自分の場所ではない」という彼らの想いや考えを見出したので、自分の場所と認識できるようにするためにはどうすればよいかということを考えました。結果、遊具とも、椅子とも、階段とも捉えることができるファニチュアを置くことで、子どもははしゃぎ回り、カップルはそこに佇んで話をし、段上で楽器を演奏する人を取り囲み周囲に人が座るなど、利用者に合わせた多様な使われ方がされています。そのようなつくりのファニチュアを設置することが、市民の想いの受け皿になるのではないかと考えたわけです。

西田

「喫茶ランドリー」をプロデュースしたグランドレベルの田中元子さんは、サービスに飽きている人が多いのではないかという指摘をしています。「この場所をこう使いましょう」と使い方が事前に決められているより、自分で使い方を発見した方が、その場所に繰り返し来る動機になり得るのではないでしょうか。「喫茶ランドリー」はランドリーカフェであるものの、たくさんの方が自由にそこを使い、過ごしています。大都市ではさまざまなサービスの提供を受けることができますが、みんながそれにちょっとだけ疲れてきているのかもしれません。だから公園や道路の自由な使い方に共感が得られるようになってきているのではないでしょうか。

*1 エリアマネジメント:地域における良好な環境や地域の価値を維持・向上させるための、住民・事業主・地権者等による主体的な取組み。

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公開日:2020年11月26日