ウイルス・都市・住宅──変革の今、建築と人がもつべき想像力

西沢大良 × 乾久美子 × 藤村龍至

『新建築住宅特集』2020年8月号 掲載

ポストコロナにおける都市と住宅のあり方

藤村:

一方大都市では、人の集まり方にも変化が起きています。「新国立競技場」(SK1909)は多くの人の集まる大空間として集大成となるかもしれません。サッカーなどの長い時間集中して観戦する劇場型のスポーツでは難しいけれど、仙田満さんが設計した「広島市民球場」(SK0908)では、家族連れで来て、野球にそこまで興味のない人たちも飽きずに過ごせるようなさまざまなコンテンツが、スタンド下にショッピングモールのようにぐるりと回っていて、目的が複合化されています。今後は多くの人たちが多目的に集まっているけどバラバラな方を向いているような緩いパブリックスペースが発達するかもしれません。

西沢:

パブリックビューイングというのもそうかもしれませんね。大きな高解像度のモニターがあり、ドリンクを買って試合を観戦するイベントスペースやドリンクバーのことですが、私が住む渋谷にはかなりの出店数があり、まるで公共空間と商業空間のハイブリッドのように発達しつつあります。今話に出た「新国立競技場」は収容数8万人だそうですが、そのうち3万人くらいは遠すぎてよく見えないので、スタジアムにいてもモニターを見ますよね。むしろ競技場は少数にして、街中のさまざまな場所に解説付きで見られるパブリックビューイングを設置した方が、スポーツ振興としては理にかなっている。スタジアムで試合に立ち会う体験と、高解像度でディテールを見るパブリックビュー、その両方をひとつの大型施設でやる必要はすでにないと思います。

藤村:

1990年代の半ばに情報空間というとらえ方が出てきて、「せんだいメディアテーク」(SK0103)のコンペ時にも話題になりましたし、レム・コールハースは「シアトルパブリックライブラリー」の設計時に情報空間の「図式的明瞭性」と物理空間の「空間的熱狂」の統合という目標を設定していました。他方では、コロナ禍前でしたが「幕張メッセ」(SK8912)で行われていた「ニコニコ超会議」では、ネットの空間がそのまま現れたような散漫な集まり方が実現していました。今後はスタジアムのような「空間的熱狂」のみを追求する劇場型というよりは、「幕張メッセ」のような大広間型で、散漫だけど刺激もあるというような、流れるような物理空間がより多く提案されていくのではないでしょうか。

乾:

私は落語が好きなのですが、コロナ禍で寄席が閉鎖する中、インターネットで配信する噺家が出てくる様子を毎日のように見ていました。人気のある噺家だと視聴が1万を超える瞬間があり、寄席の席数を大幅に超えた人数で落語をリアルタイムに楽しんだのです。おそらく、普段は寄席に来ないような人たちも参加していたのだと思います。また、リアルタイムにチャットで演目を予想したり、意見をいい合ったりするなど、これまでにない新しい寄席の楽しみ方が生まれました。ネットはネット、寄席は寄席と切り分けて、多くの人がウェブをスキルフルに使いこなして楽しんでいたように思います。そうしたネットと現実のふたつの空間をもっていることの可能性は、エンターテイメントだけではなく、テレワークなどの働く場において今後高まっていくのかなと思います。

これからの建築を考える想像力

藤村:

100年前のスペイン風邪や、田園都市的な想像力が生み出された時と比較すると、現代は圧倒的にグローバル化、ネットワーク化しています。批評家の東浩紀さんは「トランプ大統領がTwitterをしている」、すなわちTwitterで100人しかフォロワーがいない人と1億人いる人が同じふるまいをしてしまうことを現代の問題として指摘されています。以前だと10万人集まる空間といえば、その建築を設計するナショナルアーキテクトがいましたが、今は、四畳半で10万人を集めることができる。その可能性をもう一度建築で置き換える想像力が必要だと思います。そうしたスケールフリー性を想像するためには、「小ささ」の意味を考え直さなければなりません。1990年代にアトリエ・ワンが「ミニ・ハウス」(JT9901)などで小さなものに注目し、東日本大震災後に隈研吾さんが『小さな建築』(2014年、岩波新書)を唱えましたが、そこには丹下健三世代のグランドデザイン、その後のバブル世代の商業主義の「大きさ」に対しての批評がありました。それに対して今の30代建築家を中心とした2010年代以降のリノベーション世代は、隣の家から建具をもってきたり、拾ってきた材で床をつくったりといった、リテラルに小さな実践になっているのが気になります。ネットワーク技術の恩恵を受けてきたはずの世代の想像力がマテリアルや身体性の表現に閉じ、ブリュノ・ラトゥールのアクターネットワーク理論を援用するわりに、見えている近隣のコミュニティに向けた、ローカルに家を開く試みに留まっているように見えます。

西沢:

確かに若い建築家の作品、特にリノベーションの仕事は、リテラルに小さい作品づくりが多いという印象です。本来、リノベーションというのはスケールレスなものなのですよね。情報ネットワークもそうですが、技術というのは一般にスケールレスなので、技術的なアイデアを大事にするとよいかもしれません。エネルギーや工法や物流といった技術的なアイデアから未知の建築像を描いてみる、などです。

乾:

小さいこととネットワークを組み合わせることは重要でしょう。個人の家びらきのためのリノベーションといった作品はひとつの点ですから、そこにネットワークを介在させようとしても、拾い上げる対象が物理的な側面に集中せざるを得ない状況があります。ただ、住宅のような小さな対象でも福祉的な視点で見てみると、ごく当たり前にネットワーク的な視点でとらえられていることが分かります。たとえば郊外の空き家に対して、いろいろな福祉法人の様子を見ていますと、複数をグループホームなどとして使いながらネットワークを形成し、街を使い倒しているようなところがあります。また彼らは、街の資源に対して貪欲です。物理的環境から人的資源までをアクターとして取り込み、自らをその中に巻き込みながら、理想とするネットワークを形成し、ケアを実践していくようなところがあります。こうした事例は小さいけれど密度のある点を形成している事例として見習いたいです。アクターネットワークというのは、そういう関係性を見つけるためのツールとして考えるとよいのかと思います。

藤村:

東日本大震災の後で、福島県の南相馬市に被災地で仕事がしたい人のためにゲストハウスやコワーキングスペースを備えた「小高パイオニアヴィレッジ」(SK1903)を設計しましたが、そこでは東京で福島の農産物に風評被害があるなら直接海外に流通させることを企画するパワフルな人たちが集まっていました。そのようなグローバルスケールで人やモノの新しいネットワークを生み出すような動きがもっとあるべきだと思いますし、高齢者福祉と住宅についてもまだまだ可能性があります。私の母は宅地建物取引士の資格を所持しているのですが、ニュータウンの空き家の流通を始めたいというのでそのような仕事ができるような仕事場をもつ兼用住宅へ実家を改修する「ネオ母の家」のようなものを設計しています。「母の家」というとコルビュジエにせよヴェンチューリにせよ、晩年を安らかに過ごす、あるいは空き家で起業したい若者が地方の農村に移住する、という牧歌的なイメージが強いのですが、郊外のニュータウンで子育てを終えた高齢者が起業したり、クリエイティブ産業の若い世代が入居するような、新しい郊外都市生活のイメージをつくれないかと思っています。これから住宅ストックが集中して放出され、テレワークが普及しつつある今、仕事場付きの兼用住宅が点在する「ハウス・アンド・アトリエ・タウン」のようなものにエリアごと変えていくことで新しい田園都市像を実現したいと思います。

乾:

今回のテレワークの実践を機に、テレワークへの移行を常態化しようとする企業が出てきています。期待したいのはテレワークを支える自宅内の空間づくりや、制度的な問題とセットで議論されることですが、それが不明瞭なまま議論が進むと、なし崩し的にテレワークを強いられるというような不幸が生まれる可能性があります。テレワークをスタンダードのひとつにしていくならば、移動や空間のコストの問題をきちんと議論するべきです。そうした心配はありますが、業務エリアに集中させていた働く場を細かく砕き、いろいろなエリアに再配置することは、都市を内側から変容させてしまう要素になると思います。われわれ建築家は、これを一時的な現象ではなく、一種の都市計画として受け入れ、その方向性を引き伸ばしていく立場にあります。失敗も含め、多様なトライアルが実践されていく、そういう時代に入っていくのかなと思います。

西沢:

新型ウイルスを契機として、従来の住宅と街のもつ限界と可能性が明らかになるということかもしれません。今後の建築家は、個々の住み手の仕事や健康といったミクロな話から、グローバルなウイルスの拡大や技術の変化といったマクロの話までを、常に頭の隅に入れておく必要がありますね。

(2020年6月14日、新建築社青山ハウスにて 文責:新建築社編集部)

INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」4点画像提供:LIXIL

INAXライブミュージアム「窯のある広場・資料館」

愛知県常滑市に設けられた株式会社LIXILが運営する土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」。その一角にある「窯のある広場・資料館」が2019年秋にリニューアルオープンした。
常滑は日本六古窯のひとつに数えられる900年以上の歴史を持つやきものの街で、明治に入ると土管などの生産が始まる。この「窯のある広場・資料館」も1921年に操業し土管、焼酎瓶、タイルなどの製造を開始する。常滑市内にある窯の中でも最大級であったが1971年に操業を終え、1986年にINAXが資料館として一般公開。1997年には国の登録有形文化財(建造物)に登録されたが、煙突の耐震や窯の煉瓦の劣化があり2015年に調査を開始し、その後、保全工事が行われ創建時の外観が蘇った。
登録有形文化財であるため保全工事は慎重に進められた。高さ22mの煙突は、煉瓦すべてに番号をつけて解体し、内部をRC造につくり替え、元の位置に張り直す作業が行われた。煉瓦造の窯は、耐震性能の向上に有効な手段を講じることが困難だったため、窯自体の耐震補強をあきらめ、内部に鉄骨フレームによる安全領域を確保し、見学スペースとした。屋根瓦も劣化が激しいため再利用できず、土葺きから桟葺きに替えて軽量化を図った。現在汎用しているサイズでは合わなく表面の色むらも趣があることから、淡路島で昔ながらの製法で瓦を焼いている山田脩二氏の協力による7,000枚の瓦が使われた。
煙突の保全工事中に地震による倒壊と復旧の痕跡が見つかるなど、建物維持に対する情熱が垣間見えたこともあり、ここで働いていた人たちのものづくりに対するスピリットがここかしこから伝わってくる。ぜひ足を運んでいただき「ものづくりの熱」を体感してほしい。

煉瓦造の窯内部。プロジェクションで窯焚きの工程を再現している。

煉瓦造の窯内部。プロジェクションで窯焚きの工程を再現している。

1階展示室。職人たちの様子をスコープの中に映像で再現している。

1階展示室。職人たちの様子をスコープの中に映像で再現している。

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2020年8月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202008/

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公開日:2021年05月26日