住宅をエレメントから考える

汚穢のディスタンス――テクノロジー(産業)× 身体(生理)×イデオロギー(思想)

川勝真一(建築キュレーター)

『住宅特集』ではLIXILと協働して、住宅のエレメントやユーティリティを再考する企画を掲載してきました。玄関、床、間仕切り、水回り、窓、塀、キッチン、風呂など、さまざまなものを取り上げ、機能を超えて、それぞれのエレメントがどのように住宅や都市や社会に影響をもたらしてきたのかを探りました。 今回は住宅のトイレを取り上げます。日本のトイレは、機能性や空間性において世界の最先端といわれているように、日本人にとって重要な存在でもあります。本シリーズ企画でトイレは、建築史家の須崎文代氏に、その建築的な歴史を紐解いていただきました(JT2107)。今回は、 2025年4月に愛知県常滑市のINAXライブミュージアムに完成した「トイレの文化館」で展示されている現代のトイレに至る日本のトイレの歩みの歴史を土台に、建築キュレーターである川勝真一さんに、人間にとって普遍的な排泄の場が、社会や技術の間でどのように移り変わってきたか、この先のトイレにどんな可能性があるかを紐解いていただきます。

  • ※文章中の(ex JT2212)は、雑誌名と年号(ex 新建築住宅特集2022年 12月号)を表しています。

2025年4月、愛知県常滑市のINAXライブミュージアム内に新たな施設として「トイレの文化館」が開設した。「トイレ文化が語る、日本の心と技」をテーマに、トイレの起源から、水洗式トイレの発明、戦後の産業化における技術革新やデザインの変化が多くの実物と共に紹介されている(下部画像)。トイレというイメージで思い浮かべる「真っ白で清潔な便器」だけでなく、時代や技術と共にさまざまな色やかたちがトイレに与えられてきたことに気づかされる。あらゆるところでデジタル化が進みスマートになる社会の中で、人間の排泄行為そのものは生きていくために不可欠な生理現象として、いまだスマートになりきれないまま存在し続けている。トイレに関するテクノロジーと思想の変化は、各時代と地域の中でどのように人びとの排泄という行為に作用してきたのだろうか。現在でも、ジェンダーを巡る社会的意識や制度の変化、社会インフラの老朽化と持続可能性といった課題が、トイレはいかにあるべきかという議論を継続させている。本稿ではトイレに関する技術の進化や産業化、排泄や汚穢に関する思想と規範の移行を歴史的に辿りつつ、それに対して人間の身体がどのように応じたか・応じなかったかを探る。それは自らの動物性を否定し、自然を外部化することで理性ある存在として人間を特権化してきた近代的なフレームを見つめ直し、内にある自然と共に生きる可能性を問うことへと繋がるだろう。

愛知県常滑のINAXライブミュージアム内に2025年4月に完成した、日本のトイレ文化を発信する新たな展示館「トイレの文化館」。木製便器の時代から、華やかに装飾された陶磁器製便器、やがて水洗化を経て和魂洋才の技術的な発展と空間としての充実を遂げた現代のトイレに至る歩みを、約50点の実物と豊富な資料展示で辿る。(提供:LIXIL)

汚穢と身体の距離

ここに1枚のポスターがある。国立科学博物館の前身である東京教育博物館が1919年に開催した「生活改善展覧会」に出品されたものだ(図1)。そこには当時まだ珍しかった腰掛け便器を、和風と同じように後ろ向きに跨ぎ使おうとする女性の姿が描かれている。「今少し文化設備に親しめ」とは、なんとも上からな物いいである。ちなみにここでの「文化」は西洋風のという意味で使われている。本展は翌年の「生活改善同盟会」結成へと繋がったが、この同盟会は民間による有志団体ではあるものの、文部科学省の事業とも密接に結びつき、一種の官製運動としての側面を色濃くもつものだった。科学技術の進歩と威力を遺憾なく示した第1次世界大戦後の日本では、国家主導のもとに推進された生活の近代化=科学化が、トイレも含めた生活全般に及んでいた。*1
しかしこのポスターが私たちにおかしさを感じさせるのは、初めて目にするであろう腰掛け式トイレを使いこなせない女性ではなく、長年培われてきた排泄行為を啓蒙によって改善できると信じている主催者の浅はかさではないだろうか。ここで示唆されているのは、近代化の素晴らしい理想が掲げられようとも、それを受け入れる身体はすぐにはついていかなかったということだ。同じく「文化住宅」と呼ばれた家々の多くが、外観は洋風でも、実際の生活は畳の上で営まれていたように。水洗式の腰掛け便器という西洋からもち込まれた新たなテクノロジーと、それを生み出した「衛生思想」は、数世紀に渡ってしゃがみ式の厠に慣れ親しんできた日本人の身体にとって、すぐに受け入れられるものではなかった。「頭では分かっているが、身体がついてこない」という経験は誰しもが味わったことがあるだろう。
ただ身体を普遍的なもの、変わり得ないものとしてとらえてしまうと、生命のもつ柔軟性や創発性、多様性を排除しかねない。たとえば身体的な汚穢の感覚やその対象を考えてみても、それが緩やかに、また時には劇的に変化し、私たちの身体をつくり替えてきたことが分かる。排泄物ではないが、汚穢の対象とみなされがちな家畜についての例を見てみたい。人類学を専門とする比嘉理麻によると、戦前の沖縄では実に97%の家庭が豚を飼っていたという。庭の一角に簡易な豚小屋を設け、家の中で人と豚が共に暮らしていた。だが戦後、養豚が産業化し、規模の拡大によって専用の豚舎で飼われると、人間の生活空間から豚という存在が遠ざけられることで、「豚=不潔(臭い)」という認識が形成されていったという。「豚が汚くて遠ざけられたのではなく、遠ざけられた結果、汚くなった」という指摘はトイレにおける汚穢について考えるうえで示唆的である。*2
かつてトイレが家具の一部として部屋の中に置かれていた16〜18世紀頃の西洋社会では、汚物が部屋にあること自体は不潔だと考えていなかったようである。ただし臭いは問題視されておりさまざまな香水や芳香剤がこの時代に発展した。物理的な距離が、汚穢の対象や感覚に結びつく。数年前のコロナ禍において世界中で導入され、その順守が求められていたソーシャルディスタンスも、いうなればマクロなスケールにおいて汚穢の範囲と対象を管理する距離の制御であった。付言しておくと、この距離は必ずしも物理的なものに限らない。人為的につくられた隔たりや隔離が、その向こう側の他者を自分たちとは異なる「汚いもの」であるという認識をつくり出し、差別や排除へと結びつく。汚穢に基づく身体性は距離のポリティクスの中で常に再構築されている。

図1:不合理な伝統的生活法をいかに改善するか、その方法をさまざまな展示物を通じて示すことを目的に開催された「生活改善展覧会」の展示物のひとつ。(提供:国立科学博物館)

水洗化と衛生概念の発達

続いてテクノロジー(主に水洗化)と科学の発見がトイレ(バス)空間にどのように作用したのかを近世イギリスを舞台に見ていきたい。水洗トイレの起源は思いのほか古い。1596年にイギリスの風刺詩人サー・ジョン・ハリトンは、著書『エイジャックスの変身』において、予め便器内に溜めた水によって汚物を洗い流すという現代にも通じる水洗便所の機構を示した。そこに描かれた便座は前方が尖っており、大便だけでなく小便にも対応しており、ポータブルトイレとしびんを使い分けていた時代において、両者を統合する革新的なアイデアであった。この便器は当時の女王エリザベス1世にも気に入られ、宮殿に設置されたといわれているが、一般に普及することはなかった。その最大の要因は下水道の未整備と、当時の衛生観念の未成熟さにあった。先に触れたように西洋では中世以降、トイレは屋外ではなく、室内に家具の一部として置かれた。これらは「クロース・スツール」と呼ばれ、箱に穴を空けた簡素なものから、真紅のベルベットや絹のリボンで飾られた豪華なものまで、多様な形態をとった(図2・3)。ヴェルサイユ宮殿には、トイレがほとんどなかったといわれることがあるが、実際には何百もの「クロース・スツール」が偏在していたのだ。今でもヨーロッパやアメリカ向けのトイレでは、座ることを前提に便座の蓋が日本のものよりも丈夫につくられている。
こうした状況が変わるのは19世紀半ば。ロンドンでコレラが流行すると、不衛生な下水環境を改善すべく、都市部で下水道整備が行われ、同時に技術開発が進んだ水洗トイレが普及する。これによってトイレはポータブルな家具から固定式に変わり、さらに浴槽や洗面などと同じ部屋に置かれることでバスルームという形式が生まれた。しかし初期のバスルームは依然としてほかの部屋と同じようなつくりで、浴槽や洗面台も木製で重厚な装飾が施され、設備というよりも家具と呼ぶにふさわしいものだったことが、当時の室内イラストから伺える(図4)。さらに技術的発展によって硬質陶器の技術が確立することで、美しい白地の素地にさまざまな装飾を施した「アート・トイレ」が盛んにつくられた(図5)。生活を美しくすべく展開したアーツ・アンド・クラフツが盛り上がる当時のイギリスでは、海野弘がいうように「身体をきれいにする習慣と、生活のディテイルを快適に、美しく飾るライフスタイルが現れた」のだった。*3
しかし、トイレを美しく飾るというトレンドは1900年頃には異なる局面を迎える。ルイ・パスツールやロベルト・コッホらによって伝染病の原因が汚物などから発生する「悪い空気」ではなく、病原菌によることが発見、証明されると、表面上の美しさや豪華さに変わって、病原菌を寄せ付けないことが清潔さの証になった。20世紀の前半は衛生概念が社会の隅々に浸透し、各家庭のバスルームやトイレは、僅かな汚れも見逃さず、病原菌を水で洗い流せる真っ白な衛生陶器で覆われていった。こうしてトイレは身近な家具から、清潔な暮らしを支える衛生設備へと姿を変えたのだった。汚物は瞬時に水の流れと共に下水の闇へと遠ざけられ、意識の外側へと追いやられていった。

図2・3(左・中央):イギリス19世紀の可搬式トイレ「クロース・スツール」と白磁チャンバーポット(おまる)。排泄用だと分からないよう、家具に設えた箱の内部にチャンバーポットを置き、家内を移動させて使った。
図5(右):ラウフェン社による「ノーチラスⅡ」のモデル、洗い出し便器、1904年、炻器質、オーストリア(図2・4・5出典「Another Room-もうひとつの部屋」海野弘、LIXIL出版、2019年)

図4:J・L・モット社のカタログ(1888年)扉に現れる理想のバスルーム。

遅れてくる身体

日本が生活改善を掲げ、腰掛け式の洋風水洗便座を輸入し始めたのは、このような時代においてだった。日本でも江戸時代末から陶磁器製便器は各地で製造されていたが、洋風水洗便器の複雑な形状と精度を実現するには、さらなる技術革新が必要とされた。長年の研究開発の末、1914年に日本初の洋風水洗便器が名古屋の製陶研究所から出荷されたといわれている。ただし、腰掛け式の水洗便器の普及は思ったほどには進まず、代わりに広まったのはしゃがみ式の水洗便器だった(図6)。これは大阪の設備業者・須賀豊次郎が顧客の要望を受け、輸入した洋風水洗便器をしゃがみ式の姿勢に合わせ改良したものだ。初期には腰掛け式の便器を床に埋め込んでいたものの、用を足す時の向きが腰掛け式としゃがみ式では異なるので、姿勢に合わせてトラップ位置を変更したり、跳ね返り防止の金隠しを加えるなどの改良を重ね、しゃがみ式に適した和風水洗便器を完成させた。これは、海外から導入した技術をローカルな身体習慣に合わせて独自にモディフィケーションした好例だと評価されている(図7)*4
身体に染み込んだ動作や所作は容易には変わらない。和風水洗便器は、日本人には長い歴史の中で当たり前となってきた「しゃがむ」という行為を裏切らなかったのである。また便座に直接肌が触れることへの抵抗感の強さも、普及にあたって大きな障壁だったことが、アンケート調査などから伺える。結果的にこのしゃがみ式から腰掛け式への、日本人の姿勢と意識そのものを変える取り組みは戦後に至るまで継続することになる。その過程で、洋風ではなく「腰掛け式」と表現されたり、使い方を説明するステッカーが便器に貼られるなど、さまざまな啓発活動が行われた(図8)。先述の生活改善展のポスターも、こうした啓蒙の一端として位置づけられるだろう。水洗と硬質陶器による最新のトイレテクノロジーの普及に、それを使う身体の方がなかなか追いつかなかった様が伺える。進まない腰掛け式が普及したきっかけとなったのが、戦後の住宅公団などによる団地建設である。当初の標準設計では汽車便とも呼ばれた段差のある和風便器が採用されていたものの、1960年頃にはその多くが腰掛け式に変わる。急激なライフスタイルの変化は、衣服や食事、住宅のあり方にまで及び、椅子に座る食卓や西洋式の暮らしが当たり前になっていく中で、「腰掛ける」という姿勢そのものが人びとの中で身体化され、それがトイレにも自然と導入されるようになった。もっとも、この転換を主導したのは、必ずしも使う側のニーズだけではなかったようだ。汽車便は床を立ち上げ、コンクリートで固め、タイルを張るという工程が必要だったのに対し、腰掛け式の洋風便器は床に配管の穴を開け、排水管を繋ぐだけで済む。建設側にとって、洋風便器は施工上のメリットが大きく、これが大量供給を要した団地建設の要請に合致したのだった。それでも1970年代半ばまでは、腰掛け式としゃがみ式の出荷数は拮抗しており、人びとの抵抗はなかなかに手強かったことが分かる(図9)

図6:伊奈製陶の昭和27年衛生陶器カタログ

図7:和風水洗式便器の構造進化(A→B→C)。(出典:『水洗トイレ産業史』名古屋大学出版会)

図8:腰掛け便器の使い方ステッカー

図9:水洗化洋風化の変遷

日本のトイレの変遷

江戸時代に武家屋敷の御用場に設置された木製便器(復元品)である樋箱(ひばこ)。

江戸時代に武家屋敷の御用場に設置された木製便器(復元品)である樋箱(ひばこ)。

明治時代後期の染付波に鶴図小判形大便器

明治時代後期の染付波に鶴図小判形大便器(愛知・瀬戸、千羽コレクション)

大小両用タイプの和風水洗便器

1955年頃から日本住宅公団が採用し普及した大小両用タイプの和風水洗便器

節水小音式洋式便器(5L洗浄)「カスカディーナ」

1974年発売の節水小音式洋式便器(5L洗浄)「カスカディーナ」

木製の小便樽

木製の小便樽(時代不詳、千羽コレクション)

染付花と蝶図向高形小便器

明治時代後期の染付花と蝶図向高形小便器(愛知・瀬戸、千羽コレクション)

国産初の温水洗浄機能付き便器(シャワートイレ)「サニタリイナ61」

1967年発売の国産初の温水洗浄機能付き便器(シャワートイレ)「サニタリイナ61」

国産初のシートタイプのシャワートイレ「サニタリーナF1」

1976年発売の国産初のシートタイプのシャワートイレ「サニタリーナF1」

国産で初めてシャワートイレに搭載した「サニタリーナC1」

1981年発売のビデ(チャーム)機能を国産で初めてシャワートイレに搭載した「サニタリーナC1」

三橋いく代によるデザインされた「Xstage IM」

1989年発売の三橋いく代によるデザインされた「Xstage IM」

シャワートイレ一体型便器に脱臭機能や抗菌便座を搭載した「アメージュ脱臭シャワートイレ」

1995年発売のシャワートイレ一体型便器に脱臭機能や抗菌便座を搭載した「アメージュ脱臭シャワートイレ」

奥行き世界最小(当時)のタンクレストイレとして誕生した「サティス」

2001年発売のタンクをなくし奥行き世界最小(当時)のタンクレストイレとして誕生した「サティス」

男性用の大便器「Xstage UM」

1989年発売の梅田正徳によりデザインされた男性用の大便器「Xstage UM」

世界初のフルオート便座(便フタ自動開閉)「シャワートイレJ」

1992年発売の世界初のフルオート便座(便フタ自動開閉)「シャワートイレJ」

住宅用システムトイレ「レスタシオ」

1991年発売の清掃性・快適性・収納性のすべてを追求した住宅用システムトイレ「レスタシオ」

タンクレストイレ「サティスX」

2024年発売の自ら掃除してキレイが続くタンクレストイレ「サティスX」

快適さを媒介するテクノロジー

お尻を「拭く」から「洗う」ものに変えてしまったシャワー式トイレは、排泄物を水で「流す」に続くテクノロジーが主導したトイレの革新だといえる。1967年に発売された「サニタリイナ61」を出発点として、国内では徐々に、しかし確実に温水洗浄便座が普及していった(図10)。水で洗うという身体的な体験は、拭くから洗うへの快適性の転換を伴い、一度洗うことに慣れてしまうと、紙で拭くことが耐えきれない苦痛に思えることさえある。シャワートイレは、衛生化や西洋化といった思想的な側面からではなく、極めて身体的な心地よさをアピールすることで、排泄体験と共に身体そのものを変えてしまった(図11)。衛生的な空間を確保するための設備としてのトイレは、家電化の道を進み、その後さまざまな機能を備えることで排泄行為における快適さをアップデートし続けている。さらに最先端の便座は、排泄データを収集・解析することで健康管理に役立てられている。トイレは身体の外側の衛生を保つことから、医療やヘルスケア領域と結びつくことで、内側の快適さ、つまり健康管理へと介入し始めている。この便座による快適性への志向は、トイレ空間のデザインそのものをを変化させていく。1986年にINAXが六本木にオープンさせたショールーム「XSITE」(図12)は、世界各地から便器や洗面台、浴槽を800台集め、それまで最低限の機能空間とされてきたトイレを、快適性と個性、さらには芸術性までをも追求できる空間として再定義を試みた。1980年代は陶器の色彩表現が進化し、彩度の高いカラーバリエーションの便器が登場するなどデザインの幅が広がった時代でもあった(図13)。ショールーム内に展示されたヴィクトリア朝時代につくられたアート・トイレのレプリカは、衛生概念が重視され純白の衛生陶器が一般化する第1次世界大戦前の、生活空間に美や芸術を求めた時代との結びつきを仄めかす。
2001年に誕生した「SATIS」はタンクレスのコンパクトでミニマムなフォルムを実現し、トイレのスタンダードを変えた商品だとされている(図14)。バブル期の便器の形や色によってトイレそのものをどうデザインするかという思考から、便器を小さくすることでトイレの空間そのものを広くし、またタンクという排水のための設備機能を取り除くことで、トイレを家具のように生活空間の中に溶け込ませるようになった。開発に当たっては従来の衛生陶器で使われていた白ではなく、現代のインテリアに馴染む新しい「白」が採用されている。当時の建築・インテリア雑誌やカルチャー誌では、ガラス張りのバスルームに置かれたタンクレストイレが最先端のトレンドとして紹介されていた。一方、こうした剥き出しのトイレが存在していたのは、多くが単身、もしくはふたり暮らしの狭小住宅であった。これは住宅そのものから社会性や共同性が失われ、個人が都市で生きる砦、あるいは巣のようになったことの帰結だったのかもしれない。下水トラップによって衛生的に汚穢から分離され、さらにコミュニティや共同体の侵入すらも排除した、都市に生きるための巣。その実現にはテクノロジーやデザインによって人とトイレとの距離の近さが不可欠だったのではないか。トイレは排泄物を衛生的に処理するための設備であるだけでなく、私たちの身体の快適さを支える空間、そしてメディウムとして機能するようになっていった。

図10:日本における温水洗浄便座の普及の推移

「サニタリーナC1」(1981年)の発売当時のカタログ

図11:「サニタリーナC1」(1981年)の発売当時のカタログ。シャワーノズルが手動で洗浄位置に合わせることができる。

「サニタリーナ63」カタログ

図11:「サニタリーナ63」カタログ

ショールーム「XSITE」

図12:1986年にINAXが六本木にオープンさせたショールーム「XSITE」。

便器カラー年表

図13:便器カラー年表(伊奈製陶・INAX・LIXIL)。1970~80年代は豊富なカラーバリエーションで、鮮やかな原色カラーをトイレに用いるなど時代の流行に合わせた。

タンクレストイレ「SATIS」

図14:2001年に製造されたタンクレストイレ「サティス」の機能部写真。

再発明されるトイレ

現在でも、トイレはよくも悪くも社会的な関心を集める存在だ。渋谷区で展開された「THE TOKYO TOILET」プロジェクトでは、世界的に著名な建築家やデザイナーが設計を手がけた公衆トイレが話題となり、日本独特のトイレ文化として賞賛された。一方でLGBTQ当事者の排泄環境に配慮したジェンダーレストイレやオールジェンダートイレの導入は、当事者・非当事者を問わず、時に激しい論争を巻き起こしている。プライバシーや安全性といった個人の感覚と、公共空間における包摂性の理念が衝突する場面でもある。特にジェンダーによってフィルタリングされてきた待合空間は、異性の視線や脅威を避けるための「セーフゾーン」として機能しており、そこに異性が入り込んでくることの恐怖感、また「見ず知らずの異性が使った後の個室に入ることへの抵抗感」の大きさは想像に難くない。「安心できる空間」とは、単に設計や制度によって生まれるのではなく、個々の経験や社会的記憶の積み重ねによって形成される。「大丈夫だと頭では分かっていても、身体がついてこない」——これは、前章で触れた身体と思想の乖離にも通じる構造だ。
こうした背景を踏まえ、近年ではトイレ空間の設計にさまざまな工夫が見られる。個室との間に視線のバッファーを設ける、排泄以外の行為(メイクや荷物整理など)を表に出すことで排泄行為を意識させない設計にする、待合空間を見通しのよい通り抜けとするなどによって、空間の構成自体が抵抗感を和らげる方向へと変化している。また2025年大阪・関西万博では、多数のオールジェンダートイレが導入されている。個室への入口と出口が別という実験的な形式をとっているものもあるが、これは利用者同士が直接出会わず、使用前/後の直接的な接触を回避する面白い事例ではないだろうか(通りや広場から個室の中の便器がいきなり見えることへの抵抗感は拭えないが)。こうした大規模イベントでさまざまなトイレを使って一度体験しておくことは、ついてこない身体に働きかけ、異なる身体性を獲得していくための契機となり得ると思われる(図15)
さらに都市へと目を向けてみると、日本の都市部では近年、老朽化した上下水道管による事故が相次いでいる。人口減少局面にある日本において、今後いかにして膨大な量のインフラを維持していくかが大きな社会課題となっている。水洗トイレの支配的モデルが、まさに今、転換点を迎えている。つまり大規模で中央集権的なインフラから、小規模で自立分散型のシステムへの移行は可能かということだ。当然それは下水道の整備と共に普及した現在の水洗トイレそのものを問い直し、トイレの「再発明」を迫る。ビル&メリンダ・ゲイツ財団は2011年から電源や上下水道に頼らず、排泄物を処理・消毒できる新世代トイレ開発を重要なミッションとしており、世界中の企業や団体、研究機関が開発に乗り出してきた。すでに自立分散型のトイレは、インフラ整備が遅れ、衛生的なトイレが普及していない途上国での導入を前提に検討と実験が進められている。LIXILも開発に参加している給水・排水接続が不要な完全自立型トイレ「第2世代再発明トイレ(G2RT)」の実用化は目の前まできているという(図16)*5
こうしたイノベーションの実装には、技術革新だけでなく、制度や意識の更新も不可欠になるだろう。その時「当たり前」を変えたくない人間に対し、新しい技術をどう「身体化」させることができるか。そこには、再び「ついてこない身体」と、「先に行こうとする思想・テクノロジー」との葛藤が浮かび上がってくるはずだ。しかしこの葛藤は、AIやロボティクスによってサイボーグ化しつつある人類に向けて、改めて自らの内にある自然に目を向ける機会になるだろう。

永山祐子氏が提案した男女共用のパブリックトイレの提案「ラバトリーのすゝめ」。入口と出口を分けて1ウェイとし、個室に入る姿が見られない構成。余剰したスペースには自由に使える「ほっとスペース」を設ける。プライベートな個室とパブリックなスペースが共存するトイレの提案。

図15:2025年大阪・関西万博のGROUPによるトイレ1の平面図。トイレの入口と出口を分け、利用後に出口から出ると中庭へアプローチする。ジェンダーに配慮した空間の提案。

図16:LIXILがジョージア工科大学の研究開発チームと共に開発中の「第2世代再発明トイレ(G2RT)」。排泄物を直接その場で処理することができる機能をもち、排泄物を処理するための下水道や浄化槽などのインフラを必要とせず、電源があれば独立して機能する。排泄物をまず、固形部分と液体部分に分離。固形部分は高熱、高圧で処理することで病原菌を死滅させ、ホッケーで使われるパックのような大きさの乾燥した円板を排出する仕組み。(提供:Courtesy of Georgia Tech Research Institute (GTRI))

自らの自然を問う

ジョルジュ・バタイユは、かつて「人間は自然を否定する動物である」と語った。*6 近代社会を生きる私たち人間は、自分とは異なる存在を遠くへと追いやり、「外部」をつくり出すことで「人間」という存在を規定してきた。そこで排除されていたものの最たるものが、尿や糞などの排泄物だった。人はトイレの技術と文化を育みながら、住まいの、都市の、さらには意識の外側へと排泄物を追いやり、それを汚穢として他者化してきたのだった。この外部化のロジックがあらゆる側面とスケールにおいて適応され、同時に限界を迎えつつあるのが今の私たちの世界なのである。
しかし、原広司が晩年語っているように「人間も自然と共にある。自分自身が自然なのだ。人間が自然のうちにある以上、自然の〈外〉に立つことは不可能だ」*7 という地点から考え直してみるべきだろう。「人」を「動物」から峻別するとしてきた理性もがAIの登場によって問い直される今日、私たちはあらためて「人間とは何か」「自然とは何か」を再考する時期にある。そのとき排泄という行為は、下水の、そして意識の奥そこから立ち上がり、私自身の自然を、そして汚穢への距離を揺り動かすだろう。その時トイレとその空間はいかにして自然としての身体を受け止めるのか。トイレというもっとも身体的であり、技術的であり、かつ思想的な空間から考えることが必要である。


*1 :『 大正期東京教育博物館における特別展覧会専門分科化と大衆化」(久保内加菜、生涯学習・社会教育学研究第20号、 1996年)
*2:「分かつ豚が「汚く」なるとき」(比嘉理麻)『汚穢のリズムきたなさ・おぞましさの生活考』 (酒井朋子・中村沙絵・奥田太郎・福永真弓編著、左右社、2024年)
*3:『Another Room-もうひとつの部屋』(海野弘、LIXIL出版、2019年)
*4: 『水洗トイレの産業史ー20世紀日本の見えざるイノベーションー』(前田裕子、名古屋大学出版会 、2008年)
*5: LIXIL、ジョージア工科大学のReinvented Toilet技術の実用化に向け、初となるライセンス契約を締結 (https://newsroom.lixil.com/ja/20240321_g2rt
*6:『エロティシズムの歴史: 呪われた部分 普遍経済論の試み 第二巻』(ジョルジュ・バタイユ〈湯浅博雄、中村義和訳〉、ちくま学芸文庫、2011年)
*7: 原広司、吉見俊哉『このとき、夜のはずれで、サイレンが鳴った』岩波書店、2025

INAXライブミュージアム「トイレの文化館」

「INAXライブミュージアム」

5点撮影:梶原敏英

株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)は7つ目の館として日本のトイレ文化を発信する展示館「トイレの文化館」を2025年4月にオープン。木製便器の時代から、華やかに装飾された陶磁器製便器、水洗化を経て和魂洋才の技術的な発展を遂げ、空間としても充実した現代のトイレに至る日本のトイレの歩みを、約50点の実物と豊富な資料で辿ります。展示室には、絵図面をもとに復元した江戸城本丸の木製の樋ひばこ箱、白地に青で美しい絵付けを施した染付古便器、世界に先駆けて発明された19世紀イギリスの水洗トイレなどの貴重なコレクションに加え、国産初の温水洗浄機能付き便器(シャワートイレ)など、日本のトイレ史を飾るエポックメーキングなトイレの数々が並びます。さらに、1階コンクリート造・2階木造の建物には、廃材をマテリアルリサイクルして製作したモザイクタイルや階段吹抜けの塗り壁など、建築の見どころも満載です。
清潔さにおいても、技術においても、世界から注目を集めている日本のトイレ。その進化を紹介すると共に、背景にある、清浄性や清らかさをトイレに求めた日本の心と技を世界に向けて発信しています。

左上:展示室。左下:樋箱(ひばこ)、江戸時代の共同トイレ(模型)。右上:イギリスで発明された水洗便器。右下:「しゃがむ」から「座る」洋風便器へ。

左上:展示室。左下:樋箱(ひばこ)、江戸時代の共同トイレ(模型)。右上:イギリスで発明された水洗便器。右下:「しゃがむ」から「座る」洋風便器へ。

企画展
「昭和モダーン、モザイクのいろどり―板谷梅樹の世界―」

会期:2025年4月17日(木)~2025年9月30日(火)※展覧会終了
会場:INAXライブミュージアム「土・どろんこ館」企画展示室

板谷波山の息子で、モザイク作家・板谷梅樹の作品を一堂に集めた展覧会。かつての日本劇場1階玄関ホールの壮大なモザイク壁画などの独特のエキゾチックな作品は、清新な色彩と可憐な意匠に溢れています。当館では、波山の陶片を一部所蔵していることから、梅樹独自のモザイク技法と色彩豊かな表現に繋がった波山の陶片にもスポットをあてます。

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130 tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: :一般 1,000円、学生800円 、中高生500円、小学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2025年9月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202509/

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公開日:2025年11月25日