住宅をエレメントから考える

風呂の歓びを取り戻せるか──風呂と入浴のこれからを思考する(中編)

須崎文代(建築史家/神奈川大学)×髙橋一平(建築家)

『新建築住宅特集』2021年4月号 掲載

これからの風呂の可能性

須崎

これからの風呂を考える時に、入浴を表に出すと何が起こるか、どのくらい自由になれるかという問いには、人間がいかに人間的であるかどうかという問題が関わってくると思います。近代社会では、人間を自然から切り離そうとしてきました。たとえば「ファンズワース邸」の大地から切り離す高床や、人間の恥ずかしい部分を見せないためのコアというものは、人間を自然とは別のものとして扱ったからこその構成で、今の社会や建築の形態は、そうした動きの象徴のようにも思われます。「無菌幻想」とでも呼ぶべき過度の潔癖も同じところからきていると思います。人間と自然の関係から住宅や社会を考えた時、生き物としての人間らしさをもう少し尊重するとみんな楽に生きられるかもしれません。その時、風呂に求められることは、合理性や機能ではなく、癒しや寛ぎに変化するのではないでしょうか。

髙橋

羞恥に関する価値観を変えられるのでしょうか。

須崎

そんなに簡単に変わることではないと思います。ただ、近年衣服もスリムパンツとピタッとしたシャツという、かなり単純化されたSFの宇宙服的な印象のものに変わってきています。脱毛の定着や服の素材の変化を考えると、長いスパンで見れば脱ぎ捨てられていく可能性もないとはいえません。

髙橋

アトリエ建築事務所では非常に難しいですが、テレワークが普及し、通勤と拘束時間を軸に日常生活を考える必要もなくなってきている状況には、住宅が大きく変わる可能性を感じます。仕事をしながら家事や育児をする、ということもより拡張できそうです。一方で、仕事の悩みを生活と切り離すことがますますできない、なども起きそうですが。

須崎

コロナ禍で家に入る前に除菌をすることが習慣化しましたが、今までは奥に押し込められていた風呂が表に出てくる可能性もあるのでしょうか。

髙橋

それはまさに機能主義が加速した例ともいえるような気がします。

須崎

風呂のパラダイムシフトともいえるでしょうか。機能主義というのは、近代の象徴で、伝統的な日本の文化は融通無碍でした。たとえば風呂敷はあらゆる場面に応じてさまざまな形や使い方ができるという融通性がありますが、それは空間にも通ずる特質だと思うのです。機能主義によってつくられた住宅は、別の使われ方を要求された時にそれに対応できないのが問題です。1910~20年代の自由主義のもとで民のための住宅が均質的につくられ、風呂や台所はエレメントとしてモジュールの中に押し込められました。そして今またその自由化を考えているというのは、1周してまた新たな段階にきたともとらえられます。そこからどこに進むのか楽しみです。

髙橋

生活行為をもっとシークエンシャルにとらえ、それに相応しい家をつくることを考えたいです。「さあ風呂に入ろう」、「さあ寝よう」と、ひとつひとつの行為が空間によって区切られる、そういう生活感覚を変えることは、建築の力でできると信じたいです。建築が魅力的な環境をつくって、そこへ人間が機能を本能的に見出せるようなものができたら、という期待もあります。しかし、機能主義の影響で人間には想像したり考えたりする習慣が欠乏しつつあるので、そういう人びとを建築が鼓舞しきれるかは難しいところです。
一方で、小さく追いやられた入浴の場所が、他の生活行為と同じく優雅なものとしてとらえられ、風呂を居室と同等に位置づけることにはさまざまな発展可能性があると思います。実際のところ、近代にも機能主義とは異なる快楽的な動きも起きているようです。「Equipement intérieur d'une habitation」もそのひとつといえそうな気がしますし、西ドイツでは、「リビングバス」というコンセプトで、風呂で家族団欒をしたり、パーティーをしたりできるような暮らしの提案があったようです。ふたりで入れる浴槽などが発売されたり、ほかにもエルシー・デ・ウルフがインテリアデザイナーとして自宅の風呂を装飾し、知人を時々招き入れたりしていたそうです。イヴ・サンローランが浴室でのコレクションを設えたことなども、入浴行為を豊かにしていく気運として、リゾート地にあるようなラグジュアリーな風呂の誕生に繋がるようです。映画「スカーフェイス」(1983年)でも、トニー・モンタナがローマ風の巨大ジャグジーに浸かる有名なシーンがあります。日本には、共同浴場の発展で、浴場に畳を敷いて浴槽の周囲でもゆったり寛げる例が今もいくつかあります。そのような豊かさに着目したいです。「リビングバス」の考え方はすでに実践されている気配もあり、また、自宅の風呂に人を招くという動きは、内部装飾とは異なるやり方で、新しい風呂のあり方に発展させる可能性があると思います。「アパートメントハウス」でバスタブのある部屋では、住人の友人が風呂に入るために遊びに訪れることもあるそうで、それは建築の魅力かどうかは分かりませんが、風呂の魅力ではあると思います。

須崎

そういったある突出した感性をもつ人が新しい時代を切り拓く可能性はありそうです。入浴が心身の蘇生に関与することは前編でも触れましたが、住宅が身体の再生産を担っている限り、豊かさや優雅さ、あるいは神秘さといった感性的な側面が求められます。ただそれが、特殊解ではなく、ある普遍性をもったものになり得るのは、相応の時間や創意を要するかもしれません。

髙橋

吉岡賞をいただいた時の「アパートメントハウス」の評論で、長谷川豪さんが「髙橋さんの過激な思想がかたちになったのは大きい」と評してくださったのですが、一方で、その思想をかたちとして現してもなかなか一般に普及していかないのではないかというもどかしさがあります。建築作品として示す一方で、過激なものであったとしても社会の流れに載せて溶かしていくことを考えてみたいと思っています。人間は「空間」に住むわけではなく「環境」に住んでいるので、よい内部空間ではなく、よい環境を目指すことが大事ではないかと思っています。もちろん環境と呼ぶもののうちには空間も含まれるし、建築である以上は空間と呼べるものはできてしまうのですが、空間の意図が始めから明確に見えては新しい時代へ向かえないし、自由ではない気がします。現在の社会状況に乗せて少しずつ仕掛けたいですね。

須崎

「アパートメントハウス」を地域や街というスケールに広げていくことは、風呂はある種社会との結節点ともいえます。社会との結節点から考えると、ソフトだけでなく、ハード(インフラ)と繋がっていて、物質的にも社会システムとの結節点になる。そうすると根本的な問題にアプローチできるかもしれません。現代の住まいはすごく他律的で社会システムのコントロール下にありますが、それがオフグリッドになった時にどういう住まいがあり得るのかということを踏まえて新しく問いかけるような試みが出てくることを期待しています。

(2021年2月19日、青山ハウスにて 文責:新建築社編集部)

対談風景。撮影:新建築社写真部

対談風景。撮影:新建築社写真部

INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」6点画像提供:LIXIL

INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」

株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)の一角に、タイルの魅力と歴史を紹介する「世界のタイル博物館」がある。
タイル研究家の山本正之氏が、約6,000点のタイルを1991年に常滑市に寄贈し、LIXIL (当時のINAX)が常滑市からその管理・研究と一般公開の委託を受けて、1997年に「世界のタイル博物館」が建設され、山本コレクションと館独自の資料による装飾タイルを展示している。
オリエント、イスラーム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本など地域別に展示されていて、エジプトのピラミッド内部を飾った世界最古の施釉タイル、記録用としての粘土板文書、中近東のモスクを飾ったタイル、スペインのタイル絵、中国の染付磁器にあこがれたオランダタイル、古代中国の墓に用いられたやきものの柱、茶道具に転用された敷瓦など、タイルを通して人類の歴史が垣間見える。また、5,500年前のクレイペグ、4,650年前の世界最古のエジプトタイル、イスラームのドーム天井などのタイル空間を再現。タイルの美しさ、華やかさが感じられ、時間と空間を飛び越えて楽しむことができる。
この博物館でもうひとつ興味を引くのは古便器コレクションだ。木製から衛生的で耐久性のある陶磁器製に変わり、青や緑の釉薬や染付が施されたものなど、トイレを清らかな空間に設えた工夫が見られる。

イスラームのタイル張りドーム天井の再現。

イスラームのタイル張りドーム天井の再現。

メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。

メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。

常設展示室風景。

常設展示室風景。

古便器コレクション。

古便器コレクション。

陶楽工房では多様なタイルを使ってインテリアづくりが楽しめる体験教室を開催(要予約)。

陶楽工房では多様なタイルを使ってインテリアづくりが楽しめる体験教室を開催(要予約)。

世界のタイル博物館

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2021年04月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202104/

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公開日:2021年10月20日