「越境するビルダー」論考1
建築生産の斑(ムラ)──本特集への招待
連勇太朗(建築家、CHAr)
「越境するビルダー」と題し、これから1年間、このウェブサイトで取材レポートや論考を継続的にお届けしていきます。同時公開の座談会「今、切実な建築の生産を考える」と併せ読むことで、本特集の問いや、その背景にある問題意識を、より深くご理解いただけるのではないかと思います。ぜひ、楽しみにしていてください。
建築生産のムラ
グローバル化と資本主義が浸透した時代に、私たちは建設産業や住宅市場を、全国どこでも同じ仕組みで成り立つ均質なものとして捉えてしまいがちです。しかし、それが錯覚であることを実感する出来事は、この数年だけでも枚挙にいとまがありません。職人の高齢化や人手不足、ホルムズ海峡情勢をはじめとする国際情勢の変化による資材調達リスク、地域によって大きく異なる物流費やプレカット工場の供給体制など、建築を取り巻く条件は決して全国一律ではありません。
それだけではなく、地域によって、建物を建てられる職人の数や技術、流通する材料、利用できる工法、金融機関の姿勢、不動産市場の慣習、住宅に求められる価値、さらには建築を支える人間関係まで、大きく異なります。木造住宅が当たり前に建てられる地域もあれば、鉄筋コンクリート造のネットワークが圧倒的に充実した地域もあります。古民家改修を支える技術や文化が蓄積している地域もあれば、新築住宅の供給を前提とした産業構造が色濃く残る地域もあります。
つまり、建築を成立させる条件は、全国に均等に存在しているわけではないということです。当たり前のことのように思えますが、私たちは意外にもそうしたことを忘れてしまいがちです。それらは濃いところもあれば薄いところもあり、場所ごとに異なる密度で分布しています。本特集では、この状態を「建築生産の斑(ムラ)」として捉えます。色ムラや塗りムラという言葉が示すように、均質ではなく、濃淡を伴って存在する状態をイメージしています。
数字と現実のギャップ
そうすると、「地域差」という言葉だけでは捉えきれなかった現象が見えてきます。重要なのは、地域ごとに何があるのか、ないのかではありません。職人、材料、流通、制度、文化、資本、需要といった建築を支える様々な資源が、それぞれ異なる濃度で重なり合い、土地ごとに固有の建築生産の条件をかたちづくっているということです。
第二次世界大戦以降、日本の住宅市場は人口増加と新築住宅の供給を前提として発展してきました。そのため、人口動態や新設住宅着工戸数といったマクロな統計は、建築生産の現場で起きている変化を反映する指標としても機能していたと言えます。もちろん、地域ごとの差異や個々のプロジェクトの事情までは捉えきれません。しかし、住宅産業全体としては、新築住宅をいかに供給するかという共通の方向性があったからこそ、全体像を比較的把握しやすい時代でもありました。
高度経済成長期以降の建築計画や住宅政策、そして建築生産の仕組みは、地域ごとの差異をできるだけ平準化し、全国を均質な市場として成立させることを前提に発展してきました。しかし、人口減少と既存ストック活用の時代を迎え、その前提は少しずつ現実とのずれを見せ始めています。建築生産の重心が、新築住宅の大量供給から、既存建物の改修や用途転換、さらには多様な主体による小規模で個別的な実践へと移りつつあるためです。
人口減少や新築住宅市場の縮小が進み、リノベーション、リフォーム、コンバージョン、小規模な改修など、既存ストックの活用が主流になりました。一言で「改修」と言っても、その内容は実に多様です。また、「住宅」も専用住宅だけではなく、店舗付き住宅や宿泊施設、仕事場や地域活動の拠点など、複数の用途を併せもつ空間へと変化しています。
例えば、LIXILや他メーカーのカタログでも用いられている「新築/改修」「住宅/非住宅」といった分類だけでは、現場の状況を十分に捉えられなくなっています。実際には、その境界を横断するような多様な実践が、グラデーションを描くように展開されています。その結果、統計やデータだけでは、建築生産の実態を以前ほど十分に把握できなくなってきているのです。
斑を捉えるためのマトリクス
これから求められるのは、「ムラ」をなくすことではありません。むしろ、それぞれの地域に存在する斑を読み解き、その土地に固有の建築生産の条件を理解したうえで、設計や事業、政策を組み立てていくことです。
建築生産を均質な市場としてではなく、「ムラ」として捉え直すこと。それは、人口減少社会における建築や建設の現場の前提を問い直し、それぞれの土地に固有の解を構想するための出発点となります。

図1:システムと資源のムラ
さて、建築生産の「ムラ」のなかで、どのような戦略があり得るのか。そのことを考えるための、ひとつのマトリクス「システムと資源のムラ」を提示してみたいと思います(図1)。
まず縦軸には、「小さいシステム」と「大きいシステム」を設定しました。ここで言う「大きいシステム」とは、地域固有の条件への依存をできるだけ小さくし、広い範囲で再現可能な建築生産の仕組みを構築しようとする志向です。全国展開するハウスメーカーは、その代表的な例と言えるでしょう。一方、「小さいシステム」とは、生産地域や範囲をあえて限定し、その土地に存在する人、技術、ネットワーク、文化といったローカルな条件を積極的に活かしながら建築をつくろうとする志向です。もちろん、どちらが優れているということではありません。建築生産を成立させるための異なる戦略として捉えています。
横軸には、「かたちのある資源」と「かたちのない資源」を置きました。「かたちのある資源」とは、木材や建材、設備機器、製品など、建築を構成する物質的な要素です。それらがどこから調達され、どのような流通網によって支えられているのかをたどることで、その建築生産を支えるネットワークが見えてきます。一方、「かたちのない資源」とは、設計や施工に関わる知識や技術、経験に加え、人と人との信頼関係や組織運営のノウハウなど、人に宿る能力や実践知を指します。建築生産は、建材や設備といった有形資源だけでも、知識や技術といった無形資源だけでも成立しません。両者が重なり合うことで、初めて建築は実現します。
こうして四つの領域が生まれます。このマトリクスは現時点での仮説であり、個々の活動や組織を単純に四象限へ分類するためのものではありません。マトリクスは、ひとつの取り組みを構成する諸要素を分解し、それぞれの位置を考え、その多層性や戦略の特徴、優位性、特異性を読み解くための「分析のレンズ」として活用したいと思っています。
実際には、ひとつのプロジェクトのなかに複数の象限が共存することも珍しくありません。全国規模で流通する建材を使いながら地域固有の職人技術に支えられていたり、反対に、地域の木材を用いながら標準化された施工システムによって建てられていたりすることもあります。重要なのは、「どの象限に属するか」を決めることではありません。それぞれの実践が、どのような資源を、どのようなスケールで組み合わせながら建築生産を成立させているのか。その構造を可視化することに、この図の意味があると考えています
本連載では、このマトリクスをひとつの思考の道具として携えながら、様々な事例や実践を読み解いていきます。そして、その過程で必要があれば軸そのものを見直し、新たな視点を付け加えながら、このマトリクス自体も読者の皆さんとともに育てていきたいと思います。
同時に、このマトリクスが、設計者や工務店、職人をはじめ、建築生産に関わるひとりひとりが自らの仕事の現在地を捉えるための道具になればと考えています。先行きが見えにくい時代において、自分たちがどのような資源やネットワークに支えられ、どのような強みや課題を抱えているのかを見つめ直すこと。それが、より良い仕事と、それを持続させるためのより良い環境をつくっていくための手がかりになれば幸いです。
連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)
1987年生まれ。建築家、博士(学術)。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。
主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社、2017年)。
https://www.studiochar.jp/
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公開日:2026年07月28日

