「越境するビルダー」レポート1
都市と農村のあいだから建築を考える──はりゅうウッドスタジオ
Ishimura+Neichi
南会津に根ざし、そこに閉じない
近年、建設資材の価格や労務費の上昇によって、建築をつくることのハードルはますます高くなっている。さらに、建設現場を担う技能者の高齢化が進み、若い担い手も十分に増えていない。建築をつくり続けるためには、それを誰が、どこで、どのようにつくるのかという、生産の仕組みそのものを考え直す必要がある。
本連載は、建築が生まれる過程そのものに関わりながら活動する人たちに話を聞くという趣旨である。そこには、設計からは見落とされてしまう視点があり、建築の生産を捉え直すことが、これからの建築を考えるためのひとつの問いになるのではないだろうか。
最初の取材先に選んだのは、福島県南会津町を主な拠点として活動する「はりゅうウッドスタジオ」である。はりゅうウッドスタジオは、故・芳賀沼整氏が創設し、現在は滑田崇志さんと斉藤光さんを中心に活動する設計事務所である。建築設計だけでなく、構法開発、木材の伐採や製材の調整、地域産業との連携までを仕事としている。南会津と郡山に事務所を構え、農村と都市を行き来しながら活動するとともに、様々な建築家や大学と協働し、地域に根ざしながらも、そこに閉じることなく建築を考えている。事務所の成り立ちについては、「標高700mの“ここでしかできない”建築を考えたい」★1に詳しく書かれているので、あわせてご覧いただきたい。
地域の生産を組み直す縦ログ構法
私たちがその活動に興味をもった理由のひとつが、「縦ログ構法」★2である。縦ログ構法は、東日本大震災直後、応急仮設住宅の設計と建設を検討するなかで発案され、難波和彦・界工作舎、日本大学工学部浦部智義研究室との協働による2011年の「KAMAISHIの箱」★3で初めて実現された。
木材を大きなパネルにして現場で組み立てる構法としては、板材の繊維方向を各層で直交させながら積層接着した厚型パネルのCLTが知られており、それは一般に専用の製造設備を備えた工場で生産される。対して縦ログ構法は、在来木造の柱にも使われる150ミリ角程度の正角材や平角材を縦に並べ、複数本をボルトなどで結束してパネル化する。材料は地域の製材所で加工でき、パネル化は工務店などの工場で行い、現場ではそれを組み立てていく。法規や構造の考え方も在来軸組構法を基本としているため、建物全体を縦ログで構成するだけでなく、在来軸組の一部に組み込むこともできる。
縦ログ構法の特徴は、単に現場での組み立てを簡略化できるだけではなく、大規模な生産設備に依存せず、地域の製材所や工務店が木材の加工とパネルの製作に参加できることにある。山から伐り出された木が地域の製材所を通り、地域のつくり手によって建築になる。その生産の流れそのものを、もう一度地域のなかにつくり直そうとしているのである。
みなみあいづ森と木の情報・活動ステーション「きとね」の室内。縦ログ構法による壁と、杉材を8段重ねた重ね梁が建物の構造を担う。
無柱空間を実現する重ね梁の間に差し込まれた「飼い木」。材同士のずれを抑えて重ね梁を一体化する構造要素が、そのまま空間の表情にもなっている。当初は工場で組み上げて固定する方法を検討していたが、施工者との協議の末、現場で組み立てることになった。
それは、機械か手仕事かという二者択一ではなく、一般的な製材機械による規格化と、人の手による加工や組み立てを組み合わせながら、森、製材所、工務店、設計者をつなぎ直していく。縦ログ構法は、ひとつの木造構法であると同時に、建築を生産する関係そのものを設計する試みでもある。手仕事が贅沢な装飾になってしまった時代において、機械生産と手仕事を組み合わせることで別の美しさを生み出し、彼らはそのつくり方を「ローテク」と呼んでいる。
この構法を見て思い出すのは、フランク・ロイド・ライトが試みたコンクリートブロック建築★4である。1920年代には、装飾性の高い「テキスタイル・ブロック」を富裕層の住宅で実験し、1950年代には、それを一般住宅へと発展させた「ユーソニアン・オートマティック」を考案した。ブロックには用途に応じた形状や表面の模様が与えられ、裏側を肉抜きすることで軽量化も図られていた。ライトは、施主自身でも住宅を組み立てられる構法を目指したが、施工には高い精度と手間が求められ、想定したほどには普及しなかった。
ライトもまた、規格化された部材によって建築生産を広く開こうとしていた。両者の違いは、生産への関心の有無ではなく、その仕組みをどこに置くかにある。ライトが同一のブロックを反復することで普遍的な生産システムを目指したのに対し、縦ログ構法は、地域ごとに異なる木材、製材所、工務店の能力を前提に、分散した生産体制を組み立てようとしている。
しかも縦ログ構法は、発案から現在までの15年間に約100件を施工されている。住宅だけでなく公共建築にまで発展し、耐震補強を伴う改修も含む様々な用途や規模に応用されている。もちろん、縦ログ構法は、どこでも同じように使える万能なシステムではない。木材の乾燥や品質管理、構造や防耐火性能、パネル製作と施工の責任分担など、成立させるためには多くの条件があるが、ひとつの発明で終わらず、実作を重ねながら構法と生産体制を同時に更新してきたことに、この実践の強さがある。
天栄保育所の室内。写真の左右に見える重ね梁は、工場であらかじめユニット化し、クレーンで吊り上げて現場に据え付けた。ユニット化の際、材と材の間に木製のスペーサーを挟んで隙間をつくり、それがそのまま仕上げとして現れている。「きとね」との施工方法の違いが、重ね梁の異なる表情を生み出している。
手仕事と機械生産のあいだ
私たちは実際に、いくつかの建築を滑田さんと斉藤さんにご案内いただき、お話を伺った。事前に予習していたなかでは、縦ログパネル自体は基本的には部材を並べることしかできないため、均質な見え方になるのではないかと思っていた。しかし実際には、構造的な制約や部取りの制約から生まれる表現や、木材の角を落とすような遊びがあり、そこに手仕事と機械生産のあいだから生まれる建築の装飾を感じた。それは、何年もつくり続けてきたからこそ生まれた建築的な工夫であり、地元の職人たちとともにつくり上げてきた建築の形である。
もちろん、縦ログ構法以外にも、地元の職人との試行錯誤が随所に見て取れる。近年の建築では、クレームや責任分担の問題から、図面にない施工上の工夫を現場で取り入れることは難しくなっている。しかし彼らは、図面だけでは捉えきれない職人の手つきを建築に取り込み、それが無理なくその場に存在していた。私たちはそのことに大変驚いた。
ここで重要なのは、職人の手つきを活かすことが、図面を描かないことを意味しない点である。むしろ彼らは施工段階の詳細図まで自ら描き、構造や納まり、施工手順を把握したうえで、どこまでを設計者が決め、どこから現場の判断に委ねるのかを見極めている。図面と現場は対立するものではなく、職人の知恵を受け止めるために図面を使っているのである。
はりゅうウッドスタジオの建築の特徴は、縦ログ構法に代表されるように、構造形式がそのまま空間の形に現れる明快さにある。工法によって生まれる制約を、ときにはそのまま受け入れ、ときには別の制約を重ねることで変えていく、建築の自由さがあった。
「きとね」の外部基礎。基礎の立ち上がりが目立つことから、現場に余っていた材料を使って表面に貼り、左官職人の仕上げとしている
「天栄保育所」の壁。組み上げた木材の小口上部をわずかにカットすることで、柔らかな陰影のある表情をつくっている。
つくり方から設計する
滑田さんと斉藤さんが東北大学大学院に在籍していた頃、UCLAとの交換スタジオがあった。日本の大学では、まずコンセプトを考え、そこから建築を組み立てていくことを教わっていたが、UCLAの学生たちは、形を徹底してつくり込んでいく姿勢に、ふたりは衝撃を受けたという。一方、同じ大学院に在籍していた故・芳賀沼氏とのやり取りからは、大学で学ぶ建築とはまったく異なる、建築を実際につくることの現実に触れた。その後、はりゅうウッドスタジオに入所すると、現場監督が常駐しない地方の現場で、職人と直接やり取りしながら、図面に描いたものがどのようにつくられるのかを教わっていった。
現場で学んだことは、図面だけでなく、積算への向き合い方にも現れている。滑田さんは建築積算士の資格を取得し、基本設計の段階から工事費を想定しながら設計を進めている。資格による知識に加え、地域の材料価格や職人の手間、製材や加工にかかる費用を、日々の仕事のなかで把握していることが、その判断を支えている。彼らにとって、工事費を考えることは、設計を終えた後に金額を確かめる仕事ではなく、設計そのものに含まれている。そのため、見積りが出たあとに建築の考え方を大きく変えることはほとんどなく、小さな住宅でも大きな公共建築でも、建築を考える解像度は変わらない。「地方では、積算がわかって一人前」の設計者なのである。
建築のコストは、材料と職人の手間が同じように動いて決まるわけではない。地域材は石油由来の建材に比べて価格変動の影響を受けにくく、ウッドショックの際にも、輸入材ほど価格が上がらなかったという。一方、大工の手間は、高齢化と人手不足によって上がりつつある。材料があっても、それを扱う人がいなければ、地域材を使った建築はつくれない。縦ログ構法は、こうした状況に対するひとつの応答でもある。施工に必要な人工(にんく)を抑えることで、労務費が上昇するなかでも、地域材を使った建築を成立させようとしている。
限られた予算をどこに配分するかという判断は、既製品との付き合い方にも現れている。なかでもサッシは建築全体の工事費に占める割合が大きい。木製、ビル用、住宅用では、価格だけでなく性能や製作可能な寸法も異なるため、それぞれの特性に応じて、開口部の形やディテールを考えていく。設計の早い段階でおおよその種類に当たりをつけ、並行して見積りを取りながら、予算のなかで成立するかを確かめる。外部の建具をすべて造作にするのではなく、造作建具は雨掛かりの少ない場所に絞り、メンテナンス性や防火性能が求められる部分には既製品を使う。造作か既製品かは、意匠上の好みだけで決まるのではない。コストや性能、その後の維持管理まで考えた先に、建築の形が決まっていく。
ただし、手仕事と機械生産の範囲は、あらかじめ固定されているわけではない。同じ図面でも、現場の大工それぞれの癖や得意な納め方によって、仕上がりが変わる部分がある。彼らは、その技術を活かせる大工がいれば、現場で造作の範囲を少しずつ増やしていく。どこまでを図面で決め、どこを現場の判断に委ねるのか。職人や現場の条件に応じて、その境界を動かしている。
そうした調整のあり方は、柱1本の寸法にも現れている。見学した「認定こども園らみどり」では、柱の太さが1本ずつ異なっていた。構造や施工上の合理性から寸法が決まった柱がある一方、構造や施工だけを考えれば、必要以上に太い柱もあった。その太い柱は、子どもと柱との距離を考えて決めたものだという。確かに、これほど太い柱であれば、抱きつきたくなる。
構造、施工、コストの合理性だけを突き詰めても、この柱は生まれない。けれど、それらを無視して、自由に太くしたわけでもない。図面上で設計を完結させるのではなく、様々な条件を理解しながら、そこで過ごす子どもの身体まで想像し、異なる合理性をその都度調整していく。何を効率化し、どこに人の手や身体との関係を残すのか。そうした判断の積み重ねに、彼らのビルダーとしての実践が現れているように思えた。
「認定こども園らみどり」の外部柱。構造的には細くできたが、あえて太い柱とし、子どもの身体に近い存在としている。デッキ手前には、運搬用のパレットをクライアント自ら敷いている。
「認定こども園らみどり」の柱と登り梁の接合部。部材の形状と納まりは、構造・施工上の要請から導かれている。
循環は関係のなかにある
縦ログ構法は、地域材を用いることを基本としているため、空間や架構だけでなく、必要な木材をどのように確保するかという検討から設計が始まる。
木材の流通は、丸太を生産する「川上」、製材・乾燥・プレカットを担う「川中」、設計・施工・利用に関わる「川下」に分けられる。彼らは川下に位置する設計者でありながら、できるだけ山や製材所まで足を運ぶ。山からどのような材が出やすいのか、地域の工場がどのような加工を得意としているのかを確かめ、それを設計に取り込むためである。地域の生産能力を超える材寸や加工は、事業者への過度な負担となり、工事費の増加にもつながる。一方、通常は調達が難しい長尺材や大量の木材でも、早い段階から山側と調整すれば、確保できる場合がある。彼らにとって、空間や架構を考えることと、木材をどのように調達するかを考えることは、ひとつながりなのである。
「はりゅうの箱」★5では、150mm角、長さ5mの材を200本必要とした。一般流通では揃えにくい寸法と量であり、山側まで状況を把握することが、構法を成立させる前提となった。「きとね」には町産材を使うという条件があり、280㎥を超える木材を確保するため、着工の約1年前、基本設計が終わる頃から準備を始めた。重ね梁や縦ログ構法に用いる杉について、扱いやすい材寸や、4mを超える材をどの程度確保できるかを相談しながら設計を進めている。構造材はすべて材工分離発注によって、伐採から製材、乾燥、加工、施工までのほぼ全工程を町内で完結させた。
こうした調整を支えているのが、地域の事業者との日常的な関係である。南会津町では、製材所を営む人がビール店も経営しているなど、仕事以外でも顔を合わせる。製材所へ電話一本で材寸や加工を相談できる距離の近さが、地域材を使った建築を支えている。
「天栄保育所」では、県内の別の製材所から、現場の近くに木材乾燥を得意とする株式会社ツネマツがあると聞いていた。プロポーザルの選定後すぐに同社を訪ね、村内の山から調達できる材料と、工場で可能な加工を確認した。内装に用いる板材を必要な寸法に加工できるかどうかも、設計段階で確かめている。
私たちも今回、ツネマツの製材所を訪れ、「乾燥のコツはありますか」と尋ねると、「木はそれぞれだから、木によって違うんだよね」と教えてもらった。木材の乾燥にも、1本ごとの材を見極める技術や判断がある。私たちは、そのことさえ意識していなかった。その短い言葉に、規格や寸法を通して木を見る私たちと、1本ずつ木を扱う製材所との、木に対する距離の違いを感じた。
まだ見えていない建築
今回の取材を通して見えてきたはりゅうウッドスタジオの実践は、私たちが普段行っている設計とは、どこか別の世界のもののように感じられた。完成した建築を見るだけではわからない、山や製材所、加工場、施工現場まで足を運び、その仕事を間近で見ることでしか知ることのできない世界があった。
その違いは、建築に使われている技術や材料の珍しさにあるのではない。彼らの建築への関わりは、木材の調達から始まり、製材、加工、施工を経て、完成後も地域の事業者や使い手との関係のなかで続いていく。そこでは、私たちには普段見えにくくなっている建築生産の様々な条件が、設計の外側に置かれるのではなく、その一部として取り込まれていた。縦ログ構法や重ね梁も、設計者が自由に生み出した形ではない。彼らが地域の事業者とともに築いてきた生産環境が、建築として現れたものだった。
現在、多くの建築は、カタログや規格のなかから材料や製品を選び、それらを組み合わせることでつくられており、その背後にある生産の現場を意識しなくても、設計を進めることができる。それは現代の建築生産を支える仕組みだが、そのなかでは、地域に木材や工場、職人が存在していても、その力が建築に自然と現れることはない。彼らは、既存の流通から材料を選ぶだけでなく、その背後にある生産環境までを設計に取り込むことで、福島に潜在していた建築の可能性を開いていた。
私たちの事務所がある東京から、わずか数時間の場所で、建築はこれほど異なる。その違いを生んでいたのは、東京と福島という場所の違いだけではなく、その場所にある力を建築へと変える彼らの実践だった。都市にも農村にも、それぞれの場所に、まだ見えていない建築のつくり方があるはずだ。彼らの工夫をそのままもち帰ることはできないが、自分たちの足元にある材料や技術、人との関係に働きかけることで、その場所でしか生まれない、まだ見たことのない建築をつくることはできるのだと思う。
はりゅうウッドスタジオの郡山における活動拠点「希望ヶ丘プロジェクト」。4棟の建築を複数の設計者が分担して設計し、そのうちNASCAが手がけたWOOD ALC構法棟に、郡山スタジオが置かれている。
注
★1──越境インタビュー「標高700m の“ここでしかできない”建築を考えたい」──はりゅうウッドスタジオ@ふくしま建築探訪、「BUNGA NET」、2025年
https://bunganet.tokyo/haryuuint/
★2──縦ログ構法を広めよう、はりゅうウッドスタジオ
https://www.haryu.jp/%E7%B8%A6%E3%83%AD%E3%82%B0%E6%A7%8B%E6%B3%95-2
★3──KAMAISHIの箱、「新建築データ」
https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/SK_2011_12_128-0
★4──Frank Lloyd Wright「Millard House(La Miniatura)」、MoMA
https://www.moma.org/collection/works/282
★5──はりゅうの箱、「新建築データ」
https://data.shinkenchiku.online/projects/articles/JT_2015_04_062-0
撮影:Ishimura+Neichi
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
Ishimura+Neichi/石村大輔+根市拓
石村大輔と根市拓によって2017年に設立。東京・千住のSenju Motomachi Soukoを拠点に、足立区に残る職人や小さな工場と協働しながら、建築の設計を行う。近年はSenju Motomachi
Soukoとして合同会社を設立し、建設業許可を取得。設計と施工、図面と現場の距離を近づけながら、地域に根ざした建築をつくりつづけるための実践を展開。
https://ishimuraneichi.jp/
Instagram:@ishimuraneichi
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公開日:2026年08月26日