「越境するビルダー」論考2
ビルダーは料理の世界に夢を見る
河野直(建築家、つみき設計施工社)
建築をつくる人が足りない。
ならば、建築をつくる人の範囲そのものを広げられないだろうか。
大量供給と標準化を前提としてきた建築生産の体制は、限界を迎えつつある。人口が減り、職人不足と建設費の高騰が進む一方で、既存建物は増え続け、その使い方や直し方も多様になっている。従来の体制では、これらに十分応えきれない状況が生まれている。
そこで注目したいのが、建築のプロと生活者の間を越境する人々だ。生活者がつくり手へ踏み出し、プロが技能を生活者へ開く。建築をつくる人の裾野を広げる、二方向の越境である。
料理の世界に見るプロと生活者の越境
「プロと生活者の越境」について考えるために、唐突だが、料理の世界を見てみよう。平野レミさんと土井善晴さんは、両者とも日本を代表する料理家であり、NHKの料理番組「きょうの料理」で長年親しまれてきたが、料理家になるまでの人生は対照的だ。
元々シャンソン歌手だった平野レミさんは、家庭料理を出発点に、料理店での修業や調理学校での学びを経ることなく料理家となり、奇想天外なレシピや大胆な盛り付けを生み出してきた。自身の料理を「シェフ料理じゃなく、シュフ料理」とも語っている★1。
一方、土井善晴さんは、スイスのフレンチレストランや大阪の割烹で修業した後、父・土井勝さんが開いた家庭料理学校で教えるようになり、軸足を高級料理から日々の家庭料理へと移した。今や家庭料理の素晴らしさを伝える第一人者だが、当時は「なんで私が家庭料理やねん」という気持ちだったと振り返っている★2。
主婦から料理家へ。一流の割烹から家庭料理へ。ふたりは、料理の世界における「プロ」と「生活者」の境界を、反対方向に越えている。本稿では、前者の越境を「平野レミ型」、後者の越境を「土井善晴型」と呼んでみたい。

料理の世界は、誰にも開かれている。一流シェフも、料理研究家も、毎日台所に立つ人も、初めて包丁を握る子どもも、誰もが料理をつくる世界の一員だ。誰もがつくることに参加することができ、仕事にすることもできる。さらに、料理の文化を支えているのは、つくる人だけではない。食べ、味わい、賞賛する人もまた料理文化の担い手である。家庭で料理する人、仕事で料理する人、食べる人、双方が関わり合って、料理の世界が成り立っているのだ。
建築でも、そんな世界を描けないだろうか。プロと生活者とが、互いの領域を行き来し、学び合う世界。冒頭で述べたように、これまで建築を支えてきた分業体制は、今、限界を迎えつつある。そこで私は、プロと生活者の越境に、建築をつくる体制を組み替える手がかりを見ている。料理に見られた二方向の越境が、建築の世界に既に現れ始めている。ひとつは、生活者側からプロ側へ向かう「平野レミ型」で、趣味としてのDIYが高じ、やがて施工を仕事として担う様になった人々である。
建築における「平野レミ型」越境──生活者からプロの世界へ
札幌を拠点に店舗などのリノベーションを手掛ける株式会社ScB・沖舘雄一さんもそのひとりだ。高校時代に始めたバイクのカスタムをきっかけに、卒業後は自動車整備を学び、自動車メーカーで板金塗装工として働いた。その後、好きなものを自分の手でつくろうとカフェを開業。内装のほぼすべてをDIYで仕上げたことから、什器製作や店舗内装の依頼を2011年頃から受けるようになった。現在は、鉄工を得意としながら、大工、左官まで担う多能工兼空間デザイナーとして活動している。必要に応じて建築士と協働する一方、内外装のデザインと施工の大部分を自ら手がける。近作の美容室の扉は、木で下地を組み、左官で仕上げ、押板は鉄板の塗装仕上げだ。鉄工、大工、左官をひとりの手で行き来することにより、既存の職種区分からは生まれにくい表現を実現している。
事務所兼鉄工所で溶接作業を行うScBの沖舘雄一さん。写真提供:沖舘雄一
2024年に設計・施工を手がけた美容室の内装。写真提供:沖舘雄一
他にも、生活者の側から仕事としての施工へ踏み出した人々がいる。千葉県松戸市の赤城芳博さんは、フリーターを経て、2010年頃から家族で営む賃貸住宅「あかぎハイツ」の空室の改修工事を行っている。設備工事を除く大部分の工事を自ら手がけ、時間をかけてつくりながら考えるスタイルで、若い世代を引きつける魅力的な居室を生み出している。
都内在住の伊藤洋志さんは、広告系ベンチャーでの勤務を経て、2011年に「全国床張り協会」を立ち上げた。「床さえ張れれば家には困らない」を合言葉に、ワークショップを開きながら、全国の空き家などに無垢の床を張り続けている。また、老朽化したブロック塀を参加者と壊す「ブロック塀ハンマー解体協会」も主宰している。
赤城氏がリノベーション設計施工を手がけたあかぎハイツの一室。写真提供:赤城芳博
ブロック塀ハンマー解体協会の活動の様子。写真提供:伊藤洋志
彼らのような存在を、リノベーションにおける「第三の担い手」と呼び、2022年から実態調査を重ねている。第一の担い手が職人などのプロ、第二の担い手が趣味としてDIYを行うアマチュアだとすれば、第三の担い手は、DIYを重ねるなかで技能を高めて仕事にするようになった草の根のセミプロ的な存在だ。調査から見えてきたのは、建築教育や建設業での職歴を出発点としない彼ら彼女らが、生活者に寄り添い、必要に応じてプロと連携しつつ、現場の状況に応じて工程や仕様を柔軟に組み替えながら、アジャイルにつくり進めていく姿だった★3。
第三の担い手の位置付け
第三の担い手の定義
技能レベルのばらつきや、品質、安全、責任の所在など、課題は少なくないが、どこから直せばよいのか判断しにくいほど老朽化した空き家や、予算が極端に限られた案件など、従来のプロが手を出しにくい工事領域を担う傾向も確認されている。
こうした担い手が生まれる土壌も広がっている。総務省の社会生活基本調査では、日曜大工を行う人は2011年以降増加傾向にあり、2021年には約1,200万人に達した。「大工の正やん」を筆頭にした施工技術を学べる動画や、DIYワークショップといった施工技能を誰もが学べる機会も増えている。こうした環境のなかで、DIYを楽しむ生活者が、経験を重ね、やがて他者の工事を担う側へと移っていく。平野レミさんが家庭料理から仕事としての料理へ踏み出したように、DIYerから「第三の担い手」が生まれる経路が萌芽しているのだ。
建築における「土井善晴型」越境──プロが生活者へ歩み寄る
もうひとつは、プロの側から生活者側へと歩み寄る「土井善晴型」だ。ここでのプロの役割は、自らつくるだけでなく、技術を開き、教え、生活者が安全につくれる環境を整える。私自身が取り組んできた参加型リノベーションは、まさにその実践である。
参加型リノベーションとは、住まい手が、プロから技能を学びつつ、工事の一部を担うつくり方である。構造や設備など、専門的な判断や技能を要する部分はプロが担い、塗装や左官、床張りなど、生活者が参加できる工程を開いていく。
私たちは2010年につみき設計施工社を起業し、参加型リノベーションを、建物への理解や愛着、人とのつながりを育む、空間のつくり方として提案してきた。その価値は今も変わらない。一方、建設費が上がり、職人が減り続けるなか、参加型リノベーションには、別の方向からも必要性が生まれつつある。工事のすべてをプロに任せることが難しくなり、自分たちで手を動かさなければ、望む改修を実現できないケースは既に増えている。参加型リノベーションは、豊かさを生む選択肢であると同時に、限られた予算と人手のなかでも、建築を「あきらめない」ための手法として捉え直すことができるのだ。
つみき設計施工社では、これまでの15年間に、拠点とする千葉県市川市で70件を超える場所を、延べ千数百人の参加者とともにつくってきた。私自身も、設計者であると同時に多能工として現場に立ち、生活者をつくり手として現場へ迎え入れてきた。象徴的な事例が、2025年の「リノベーション・オブ・ザ・イヤー」で総合グランプリを受賞した「M1住宅リノベーション」である。1971年に建てられた工業化住宅を、構造や性能に関わる部分はプロが担い、仕上げの多くは家族と100人を超える友人たちの手でつくり上げた。ファサードや内装デザインの一部は施主家族に委ね、生活者の創造性を、生活空間に取り戻す試みであり、意匠の面でも予算の面でも、これだけの参加とコミットメントがあったからこそ成立したリノベーションである。
「M1住宅リノベーション」のキッチンの様子。カウンター前面や天井の意匠は、施主と施主が主宰するアート教室に通う子どもたちで決定し、描いた。
施工の様子。解体・造作・研磨・塗装など幅広い作業をDIYで行った。
リノベーション後の外観。
つくることを開く専門性
生活者をつくり手として迎え入れることは、プロが役割を手放すことではない。どの工程を生活者に開き、どこをプロが担うのか。初心者でも取り組めるように作業を分解し、道具や材料を揃え、安全を確保する。参加者の技能や人数に応じて作業を割り振り、プロの工事との順序を調整し、最後は必要な品質に着地させる。これまでプロの力量は、速く、美しく、正確につくる技能によって測られてきて、その重要性は変わらない。しかしこれからは、それに加えて、自分の知識や技能を他者が使えるかたちに翻訳し、誰かがつくることのできる場を生み出す力も、専門性の一部になるだろう。
土井善晴さんは、料理人の技術をそのまま家庭にもち込むのではなく、日々の暮らしのなかで誰もが料理できるように、その考え方をほどいてきた。建築でも同じで、プロがすべてを完成させるのではなく、生活者が手を動かせる余白をつくり、その挑戦を支える。専門性を閉じて守るのではなく、つくることを開くために使うべきだ。
建築をつくる生態系
生活者とプロの越境について考えてきたが、私が目指したいのは、プロとアマチュアの境界をなくすことではない。技能や経験の違いを認めながら、それぞれが役割をもち、互いに学び合い、必要に応じて協働できる世界だ。そのためには、プロだけを建築の担い手と捉えるのではなく、施工も行う設計者、第三の担い手、DIYerなど、多様な人々を多様な担い手として位置づける必要がある。
そのうえで「技能の源泉」を考えることは重要だ。技能を誰がもち、誰にいかに伝えていくのか。日本には、世界に誇る職人技術が減少しながらも残っている。徒弟的な技能継承や職業教育を通じて、その技能を次世代へ受け継ぎ、新たなプロを育てていくことは、これからも欠かせない。それと同時に、技能がプロの世界だけに閉じるのではなく、プロからセミプロへ、さらにアマチュアへと伝わる回路を開くこともますます重要になる。誰でも技能を学ぶことができ、建築をつくることに参加できる世界。そんな世界を、実践と学問を通じて、私はつくっていきたい。
建築をつくる生態系の概念図
「料理って下手になるほど自由になる」と土井善晴さんは語っている★4。建築をつくる人が多様になれば、建築はもっと自由に、もっとおもしろくなる。私たちプロに求められるのは、その自由と多様性を受け入れ、支え、ともにおもしろがる覚悟なのだ。
注
★1──平野レミ『平野レミ大百花』中央公論新社、2026年、p.87
★2──土井善晴『一汁一菜でよいと至るまで』新潮社、2022年、p.161
★3──河野直・権藤智之「リノベーションにおける第三の担い手の萌芽―その役割と課題」『日本建築学会計画系論文集』91巻848号、2026年
★4──ステラnet編集部「『クローズアップ現代』土井善晴さんにロングインタビュー『“ええかげん”がいいんです!』桑子アナウンサーが“土井流・味噌汁づくり”に挑戦!」、2025年
https://www.steranet.jp/articles/-/4613
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
河野直
1984年広島県三原市生まれ。スイスでの勤務を経て、京都大学大学院修了。住む人と、つくる人が「ともにつくる」ことを理念に、2010年つみき設計施工社創業。2021年より東京大学研究員。
主な著書=『ともにつくる DIYワークショップ』(ユウブックス、2018年)、『建築をつくるとは』(学芸出版社、2024年)
https://note.com/naokono/n/nc7b424257576
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公開日:2026年08月26日