「越境するビルダー」レポート2
「逃げ」を合わせ、職域を越える──職人シェアオフィスBASE
ato(伊神空・谷繁玲央・物井由香)
大工が減っている。1980年の国勢調査では約94万人いた大工就業者は、2000年には約65万人となり、2020年調査では約30万人まで減少した。約60%が50歳以上で全体として高齢化が進んでいる★1。 減少のスピードは大工がとりわけ顕著だが、その他の建設系職人も担い手不足が深刻化している。そうしたなかで、建設現場の職人たちの働き方が変わりつつある。連載「越境するビルダー」のレポート2は、福岡県久留米市の「職人シェアオフィスBASE」(以下、BASE)を選んだ。現場が仕事場の職人たちにとって、シェアオフィスは必ずしも必要ではないだろう。しかし、異なる職種の職人たちが日々議論し、知識を交換する場があることで、確実に新しい形の職人の姿が生まれつつあった。
今回、我々atoが聞き手を務め、BASEの運営の中心を担うH&A brothers(半田啓祐さん・半田満さん・田中数馬さん、以下、H&A)と、BASEに集う職人から昨今の建設現場を取り巻く環境や働き方の変化をできるだけ具体的にお聞きした。建築設計・不動産・大工・設備・ガラス・造園といった異なる専門性を持った人々が、それぞれどのような思いで協同しているのか。本レポートは、そうした多様な現場の声を記録するために、インタビュー形式を採用した。H&Aのお三方以外の職人さんの発言にはお名前に職種を併記した(以下、敬称略)。
我々がまず訪れたのは、H&Aのオフィス。彼らの活動のスタート地点である「ハンダアパート」の一室にある。半田啓祐さんと半田満さんは「半田兄弟」という愛称で知られ、久留米のDIYによるリノベーションを基軸としたコミュニティデザインを展開してきた。彼らが設立した会社H&Aは、大川市で家具職人をしていた田中数馬さんを含め、現在3人体制で建築設計・施工・不動産など多岐にわたる活動を展開している。DIYをひとつの方法論としてきた彼らが、なぜ今プロの職人たちとシェアオフィスを構えることになったのだろうか。
ハンダアパート。家庭菜園付きの賃貸住宅。
DIYからプロの仕事へ
ato:
BASE設立以前の活動について教えてください。
半田啓祐:
元々は東京の飲食業界で働いていましたが、Uターンして福岡市の不動産会社に勤め、不動産やまちづくりの仕事を始めました。「ハンダアパート」は父が所有していた物件です。将来ボロボロの状態で引き受けるかもしれないという不安があり、なんとかしなければと思いました。
半田満:
私は日本大学で建築を学んでいましたが、設計より前段階の企画を考えたいと不動産会社に就職しました。兄がDIYでこのビルの再生を始めたときに、親からは止めろと言われましたが、兄の言う危機感や地方都市の現状に納得して、一緒にDIYで改修を始めました。地方都市は家賃が安いので、お金をかけて改修ができませんが、DIYならコストダウンが図れます。アパートの経営が安定したので、その後東京でリノベーション会社などに転職も考えましたが、「自分たちでやったら」と言われることが多く、ふたりで会社を立ち上げました。ハンダアパートをきっかけとして、内装の仕事を頼まれるようになりました。当初はベテランの大工さんにも入ってもらい、施工の技術も教えてもらいましたが、その後、基本的に自分たちで施工するようになり、現在では建設業許可も取りました。ですが、自分たちの物件の改修コストを下げることが目的で始めたDIYも、クライアント仕事では自分たちの人件費も含まなければならないのでコストダウンになりません。自分たちで施工できる範囲にも限りがあるので、徐々に色んな職人さんを集めて体制をつくらなければ、と考えていました。
H&A brothersのオフィス。半田さんたちが最初にDIY改修をした1室。
ato:
今でもクライアントと一緒にDIYを行うスタイルを続けられていますよね。
半田満:
ずっとそうです。9割のプロジェクトでは、何かしら一緒につくる部分があります。見積書も、例えば塗装では通常のコストに、クライアントがDIYをした場合、僕らがサポートをした場合などの金額を併記しています。今では、DIYはコストダウン以上に、使う人たちが施工に関わることで愛着をもってもらうための要素として説明しています。
ato:
BASE設立のきっかけとその後の展開を教えてください。
半田満:
いくつかのリノベーション工事を通して、感覚の近い同年代の大工・電気の最低限の施工チームが揃い始め、一緒に仕事ができると思ったことです。これがBASEの前身と言えます。その後、吉原住宅有限会社の吉原勝己さんが購入した団地「コーポ江戸屋敷」の再生プロジェクトに関わることになり、ランドスケープが重要だったので、造園の亀崎さんにチームに入ってもらいました。企画段階から職人さんにも参加してもらったことで、チームの熱量が上がり、最終的にはコーポ江戸屋敷の一室で我々と、大工・電気・造園の3組とでシェアオフィスを始めました。
最初は初期メンバーが運営し、新たな会員から会費を徴収するという仕組みでしたが、それでは職人同士で運営者と利用者に分かれてしまい、不公平感があったので、それぞれが平等に会費を払うという仕組みになりました。
当初は、僕らからの仕事がどんどん振られるので、BASEにいる職人さんたちはリノベーション工事ばかりになりました。そうすると新築がやりたい人は離れてしまう。他の人から「半田さんたちに工務店をつくってもらって、そこで仕事をしたい」という声もありましたが、職人さんによってやりたい仕事がバラバラなので、僕らの仕事だけで埋めると良くないし、ひとつの工務店にしてしまうとこれ以上広がらない。多様な職人像が生まれるようにそれぞれの独立性を担保しながら協働した方が良いなと思っています。
ato:
シェアオフィスというより、ギルドですね。
半田満:
そうですね。シェアオフィスは必要はないけれど、組合のような感じで入会している人もいます。ここ2〜3年は、コミュニティ色・組合色を強めています。BASE自体を窓口にして仕事を取るのではなく、それぞれの仕事とか悩みをもち寄る場所にしていきましょう、と。
DIYによってリノベーションやまちづくりをしてきたH&Aのまわりに少しずつプロの職人たちが集まり、H&A自身も建設業許可を得るに至った。こうしたプロセスは彼らのなかで「DIY(do it
yourself)」という言葉におけるyourselfの意味が変化していった過程と言えるだろう。ハンダアパートの改修は非専門家である所有者の家族が主体であった。そこから彼らが様々な改修を手掛け、クライアントワークが増えていくと、yourself=クライアント自身という意味へと変わっていった。DIYの目的もコストを下げることから、施主が建築に愛着をもつことへと力点が移動している。こうした変化はDIYを入口としてより高度な技術へと展開できる可能性と、DIYをDIYとして素朴に続けるだけでは事業として展開できないという限界を示しているように思う。
多能工化する職人たち
ハンダアパートにてBASEの設立の経緯を伺った後、コーポ江戸屋敷へ移動し、職人さんたちから話を伺った。インタビューに答えてくださったのは、本城一毅さん(給排水配管工事・多能工職人)、立石温さん(ガラス・サッシ工事)、亀崎正吾さん(造園業・庭師・グランドデザイン)、丸林良隆さん(建築大工業)の4名。この他に大工、電気、金属加工、塗装、内装、足場など、現在12社が会員になっているという。
設計者にとっては、すぐに職人に相談できるのは理想的な環境だと思う。つくり方がわからなければ、良い設計もできない。現場で施工者と相談しながら図面を修正する必要があるならば、設計段階から相談できる関係にあった方が良い。一方、BASEに集まる職人たちにとっては、仕事を紹介してもらえるといった理由以上に、その場所が必要な理由はどのようなものだろうか。
職人シェアオフィスBASE。左から、半田啓祐さん、半田満さん、立石温さん、本城一毅さん、亀崎正吾さん、田中数馬さん。
ato:
現在のBASEに参加したメリットはどんなものですか。
丸林(大工):
デザインや施工に関して職人目線でアイデアを出し合えることが大きいです。現場の進行も良くなります。個人宅をメインに仕事をしてきた自分からすると、コミュニティという大きな枠組みのなかで建物をつくっていくという感覚は、視野を広げて工事をしていく力になったと思います。
立石(ガラス):
私は元々他の職人とのつながりが少なく、現場で大工さんや電気屋さんとあまり話す機会もありませんでした。BASEでいろんな職人たちの仕事の仕方に刺激を受けるとともに、良いところを盗んでスキルアップになったと思います。最近は、製品が進化していて、枠は大工が付け、ガラスを切る必要もないので、新築の現場では技術らしい技術が要らなくなってきています。でも、リフォームの現場では建築の知識がないと建具を嵌められない。毎度、大工を呼ぶわけにもいきません。今、私は新築の仕事はやらず、改修のみにしていて、考えないとできない工事、逆に言えば他の人たちがやらない工事をしています。
元々はお客さんから直接依頼される仕事が多かったのですが、相談されてもできないことが多かったです。今では自分でやったり、職人を紹介できることが増えました。例えば、「ついでにエアコンも変えてほしい」と言われても対応できるようになりました。
本城(設備):
起業してすぐにBASEに入り、皆さんがそれぞれ社長なので経営のことなど気兼ねなく聞けたことは大きかったです。BASEをきっかけに2024年頃から多能工になろうと、電気工事士の資格を取りましたが、そのときも電気の左村さんから試験対策キットを借りて教わりました。
多能工になったもうひとつの背景は人手不足です。大工に呼ばれて、ご高齢の夫婦が住む家のトイレの工事をしたときに、電気屋さんやクロス屋さんが来ないため工期が延び、老夫婦が庭先の仮設トイレを使い続けるのを見て、自分がすべてできれば1日で終わるのに、と思いました。
設備工事は、東京では分業が進み過ぎていて、いろんな工事ができる九州の職人が重宝されるという話も聞いたことがあります。都心から離れれば離れるほどひとりの職人がやる仕事は増えていきます。例えば福岡市ならコアを抜く専門業者がいますが、久留米では自分でやらなければいけません。離島では「うちの倉庫も直してほしい」、「この島にふさわしいから住んだらよいのに」とも言われました。田舎に行くにつれて多能工が求められていると感じます。
ato:
多能工化してきたときに、契約はどう変わりましたか。
立石(ガラス):
我々が元請になって各職人に依頼します。以前は工務店からの仕事で、工務店とお客さんとが十分にコミュニケーションが取れていないことに不満があったのですが、元請になったことで要望をちゃんと聞くことができるようになりました。BASEに参加する前はなかったかたちです。
協働によって変わる働き方
ato:
BASEという場によって働き方はどのように変わりましたか。
半田満:
設計者目線の話ですが、職人さんを知れば知るほど、職人のノウハウや経験を活かす方向に変わりました。設計者がすべての職種のことを知ってるわけではなく、たくさんの現場で働いてきたスペシャリストの力を最大に活かすために現在のBASEのかたちができました。
田中:
私もH&Aに参加した頃は、図面を詳細に描きこんでいました。しかし今では、現場を実測した寸法をある程度反映させた平面図だけを最初に用意してから、職人さんたちと現場を見ながら情報を足していくスタイルです。
本城(設備):
職人目線だとBASEメンバーとの現場はスケジュールや作業の融通が利きやすいです。電気屋さんに、コンセントの位置を移動する必要があると連絡しても、「自分で変えておいて」と言われたりします。これもお互いのスキルを知っているからです。
半田満:
電気屋さんが、電気配線をする前にボードで閉じられてしまい、電気工事でもう一度開けないことがあったと話していたのですが、BASEのメンバーだとコミュニケーションがあるので、そういうことは起きづらいです。
本城(設備):
半田さんたちの現場は職人から提案したことが採用されやすいので、働きがいがあります。
半田満:
職人の意見を反映しやすくするために、我々の場合は、早い段階で施主との打ち合わせに職人さんにも参加してもらいます。
ato:
設計者・施工者、それぞれ職人さんたちの関係性がフラットなのですね。
半田満:
そうですね。一般の現場は、監理者や工務店が一番上に立って、各職種の間の調整に入らないといけませんが、BASEでは職人がそれぞれ調整し合うので、設計者や施工管理者の手間も少なくなっています。
亀崎(造園):
造園は一般的に工程の最後の方に入ることが多いですが、僕の場合は建物が建つ前から現場に入っていくことであらかじめ問題を解決していきます。普通の現場は、造園・設備・電気という職種ごとの境界があり、その隙間が空いてしまうけど、誰もその取り合いをやらない。一方、僕たちのやり方はお互い職域を一歩踏み込んでいきます。例えば、設備が埋設物のために外構を掘るときに、僕が掛け合って、電気も一緒に配管してもらう。そうして電気屋さん・設備屋さんに僕から指示を出すので、みんなが仕事をしやすくなる。お互いの仕事に入り込んではいけないという空気もありますが、その空気が結果的に現場を悪くします。
こうしたやり方は、造園屋でも電気や設備の知識がないとできません。だから僕は、どの職種であっても、技術はなくともちょっと知識をもちましょうと言っています。そうすると、枠を超えて踏み込めるようになります。僕の場合は、BASEで設備や電気のことを学んだことで踏み込めるようになりました。それができていないのが現在の建設業の問題だと思います。
どんな職人も、自分たちの仕事の最終的な逃げシロがどこかを考えながら仕事をしていると思います。設備屋・電気屋などそれぞれが考える逃げを調整して、造園が最後の仕事として仕上げる必要があります。
左から本城一毅さん(設備)、亀崎正吾さん(造園)、立石温さん(ガラス)。
職人とメーカーの関係性
ato:
「逃げ」というと職人同士の仕事の逃げも重要ですが、改修現場では既存とメーカー製品の物理的な逃げの問題もあると思います。メーカーの製品を日頃使っていて感じることはありますか。
立石(ガラス):
建具で言えば、リフォーム用の製品の調整シロが少なく施工が難しい部分があるので、改善されると良いと思います。リフォーム製品はあまり逃げをつくらずに計画することが難しく、技術が必要です。逃げを多く見るとその分、開口が狭くなるし、見た目が悪くなる。水平、垂直に建具を取り付けるので、既存の歪みとの取り合いをいかにスリムに収めるかがポイントです。
本城(設備):
衛生設備については、昔は他社製品を使っていましたが、最近LIXILを使うと原寸の型紙が使いやすくて、手戻りが少なく済む点は良いと思います。ただ、改修の現場では既存の配管に対応していないことが多く、壁や床を開けて配管し直す必要があります。そうすると大工や仕上げの仕事がその分増えます。対応のバリエーションを増やしてほしいと思います。
ato:
新築の時代は設計者やユーザー目線で商品開発をしていましたが、改修の時代では施工者に選ばれる商品づくりも大事ですね。
本城(設備):
そうですね。どんな既存配管にでも対応できるような衛生器具があれば、DIYなどでも選ばれやすくなると思います。
ato:
職人とメーカーの関係性について意見はありますか。
立石(ガラス):
今まで、メーカー、問屋、施工販売店という商流がありましたが、現在は代理店ができて、問屋も施工をしてしまうので、彼らの見積りが我々の仕入れ値より安くなってしまう。そういう代理店と価格で戦うのは難しいので、新築はやらずに改修だけをやるようになりました。
亀崎(造園):
今はお客さんがネットで価格を調べられるようになったので、我々がその価格以上に載せづらくなりました。施工の技術の高さをアピールしたり、他の工事の相談を受けたり、職人の営業努力が求められる点です。
ato:
メーカーの仕組みが変わると職人の働き方も変わるということですね。
職人の不足と職域の広がり
ato:
現在の職人不足についてどのようにお考えですか。
半田満:
職人不足で本質的に困るのは発注者ですが、職人たちもあまりに人手不足だと仕事が回らなくなります。大工が不足すれば、仕上げの職人たちは仕事が来なくなります。BASEでは、既に職人同士で教え合う関係性があったので、それをもう少し将来の担い手不足という目的で開いていったのが「次世代職人カレッジ」です。BASEの職人が講師となり、技術を身につけたい参加者を教えます。今の参加者は設計者が2名、職人が4名、街づくり関係の人が2名。対象は、今後つくることを継続的にやっていこうとしている人。よくあるDIYワークショップの自分の家をつくりたいという人は対象にしていません。ただし、職人だけではなく、少しDIYをしたことがある設計者などにも参加してもらうことで質問の幅が広がりました。
丸林(大工):
私も今一番の問題は職人不足だと思っています。職人を増やす、育てるのが難しいです。次世代職人カレッジでは、技術の言語化をすること、理解してもらえるように言葉を選んで話すようにしています。
半田満:
熟練の大工を育てるのは相当難しいことで、それは規模の大きな工務店などでなければできません。今回の次世代職人カレッジは熟練大工を育てるというわけではなく、あくまでそれぞれの職人が少しずつ自分たちの職域を広げていく、熟練の大工を呼ばなくてもできる仕事を増やしていくことを目標にしています。
近い将来、こういう賃貸物件には大工は来てくれなくなるだろう、大工はもっと高い人工の現場に流れていくだろうという危機感があります。そうすると、経営上お金がかけられない賃貸物件の工事では、本当に職人さんがいなくなってしまう。次世代職人カレッジの背景にはそうした問題意識があります。
ato:
躯体を活用する改修現場では、必ずしも大工さんがいなくても成立する場合が増えていきそうですね。
半田満:
そうですね。スケルトン部分はしっかり技術のある大工さんが必要だけれども、改修の現場では、仕上げの職人や、あるいは地域の人々、DIYerが入っていける領域が増えていると思います。
職人ギルドの現代的可能性
BASEでは「シェアオフィス」というライトな響きとは裏腹に、職人ギルドの現代的な実践が行われていた。ここでは、設計者→工務店→各専門の職人たちというリニアなヒエラルキーがなくなりつつある。それぞれの職人が仕事をもち寄り、直接施主の要望を聞き、提案をする。現場ではお互いのスキルを理解し、従来の職域を少し越えながら、それぞれの仕事の逃げを調整する。詳細に描き込まれた図面やすべてを見渡した特権的な設計者や現場監督が前提とされずに、職人たちのコミュニケーションで現場の円滑性が担保される。
取材のなかで特におもしろかったのは、多能工化した設備職人、改修専門へと業態転換したガラス店、電気や設備も取りまとめる造園家など、元々の立場の違いから「多能工化」という同じ動きによって、互いの職域が重なり合い始めていることだ。職人が不足し、個別対応の多い改修の現場が増えている現代にあって、それぞれの職人が自律的に多能工化していくことは不可逆な流れなのかもしれない。
建設現場の職人不足は今に始まった話ではなく、長らく問題視され議論されてきた。1963年に発表された建築史家・渡辺保忠の「工業化への道」という建築の職人の歴史を古来から現代まで書き上げた名論考の終盤に、こんな一節がある。
「近代的な労働力を自ら養成し、労働条件の改善に見合う生産性の向上に努力することをせずに経過してきたうらみがある。(中略)近代的建築生産が旧技術の労働力の生産性の限界に大きく制約され、機械制生産の成果の導入や単能工生産による施工方法の改革に遅れ、次元の高い建築生産を開発しないうちに、一方的に旧技術の労働力の崩壊に直面する、という事態に追い込まれる危険にさらされているのが現状である」。
ここで批判されているのは近代的な建築資本である。前近代的な熟練の万能工に依存しながら、次世代の労働力を十分に育成せず、「旧技術の労働力の崩壊」が起きつつある点は、渡辺の予言どおりになっている。ただし、この論考から60年以上が経過し、様々な電動工具やプレカット技術などの機械力導入はある程度進み、もはや職人不足の打開策は単能工化ではない。「工業化への道」では触れられていないが、単能工化は職人からクリエイティビティや誇り、仕事の面白さを奪う可能性がある。松村秀一は『新・建築職人論』★3のなかで、分業化が過度に進んだ近代的な職人について「簡単な取付作業だけで帰っていく。ほかの部品と職人の関係も大同小異。職人の仕事から”面白さ”が消えているのではないか」と指摘したうえで、部分と全体を行ったり来たりできるような職人として「ジャン・プルーヴェのような職人像」を掲げている。今回聞いた「多能工化」は、近代以後の分業化された職人たちの復権や、彼らが本来的にもつクリエイティビティの回復、そうした意味もあるかもしれない。
BASEにおける実践は、H&A brothersをはじめ、様々な久留米のまちづくりによる基盤のうえに成り立っているものだろう。ただし、そこにある職人不足や建設業の承継の問題は日本の地方でどこでも起きている問題である。人口減少や産業構造の問題を抜本的に解決することは難しくとも、若い世代の設計者と職人が集まる場を設け、互いの仕事を少しでも知り、自分の仕事の領域を広げること、趣味を超えるレベルの職人教育の場を作ることは、他の場所でも再現できる試みなのではないだろうか。特に互いの仕事を少しでも知ることは、分業化されてしまった建設文化のなかで、職人たちに限らず、設計者や施主にも求められている。
注
★1──日本経済新聞「大工が20年で半減 若者敬遠、住宅修繕の停滞懸念」、2023年3月26日、2026年9月15日閲覧
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD24AY00U3A220C2000000/
★2──渡辺保忠「工業化への道《NO1》、工業化への道の中で職人はどう変化して来たのか」、初出:渡辺保忠『工業化への道 No.1』不二サッシ、1963年、再録:『建築史学』2000年 35巻、pp. 114-127
★3──松村秀一『新・建築職人論 オープンなものづくりコミュニティ』学芸出版社、2023年
撮影:ato
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
ato
伊神空・谷繁玲央・物井由香により、2026年設立。「建築の〈あと〉を考える」をテーマに、建築設計だけではなく、営繕・維持管理・ストックマネジメント・保存活用など建築を長く使い続けていくための所有者支援やデザインリサーチ、ツール開発などを行う。建築家・大江宏が設計した梅若能楽学院会館・旧梅若邸のリサーチチーム「梅若能楽堂研究会」を主宰。
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公開日:2026年09月28日