「建築とまちのぐるぐる資本論」論考8

人の可能性をひらく都市 ──「-able city(エイブルシティ)」に向けて

内田友紀(都市デザイナー、Futurama代表、リ・パブリック ディレクター)

ある日、都市のユーザーからこぼれ落ちた

駅までの道を、かつては何気なく歩いていた。歩道橋を渡った先の脇道に茂る緑に季節を感じ、最寄り駅からほんの数十分で、あらゆる関心にアクセスできる東京の便利さを享受していた。ところが、生まれたばかりの子どもを抱えて歩き出したとたん、その数十分は一気に途方もない遠さへ変わった。目的地に着く頃には疲れ果て、以前は気軽に立ち寄れた書店やカフェも遠のいていく。人々は軽やかに行き交い、まちを使いこなしているのに、私だけがその流れに乗れない。都市の機能に自由にアクセスできる状況が当たり前でないことに気づき、歩ける範囲に自身の拠り所を築いてこなかったことを痛感した。
日本の都市計画の歴史を遡ると、20世紀の初めに都市計画制度が始まり、秩序ある都市の発展や生活環境の改善を目的に工業・商業・生活の場が分離・集約された。人々が公共交通によって移動することを前提に、20世紀後半には高度成長のなかで、都市圏はますます拡大した。経済成長と便利で快適な生活を謳歌する一方で、都市の住民は生産地から遠く離れて、消費者=ユーザーとして最適化されていった。データの活用で安心・安全・便利な生活を提供するスマートシティは、こうした計画的都市の最たるものかもしれない。
一方で、移動というハシゴを外されてしまうと、私たちは途方に暮れる。東日本大震災で何時間も歩いて帰宅したとき、コロナ禍で家に閉じこもったとき、誰もがそう感じたのではなかったか。ユーザーのために最適化された都市からこぼれ落ちる瞬間は、誰にでも起こり得る。私たちはこの先、どんな都市で暮らしたいのだろうか。
筆者が所属するリ・パブリックは、2018年に雑誌『MOMENT』(★1)を創刊した。創刊号の特集は「-able city(エイブルシティ)」。同誌編集長・白井瞭による造語で「人の可能性をひらく都市」の意だ。政府や自治体や大企業により計画・供給されるトップダウンで画一的な都市に対して、市民や大小様々な組織、コレクティブによりミドルアウト的に生成される、自律分散的な都市のあり方。一律の行政サービスでは満たしきれないままならなさを抱え、それでも自分らしく生活していきたいと願う個人が、賢いユーザーとして都市を消費するだけではなく、周りと支え合いながら、自ら暮らしをつくっていける都市のあり方。そんな都市について、多様な主体が手を携えて構想するときではないか。私たちはそう考えて、複数の企業との研究会「-able city lab」(★2)を立ち上げて活動している。

デトロイトに見る近代都市の反動、コミュニティ起点の変化の兆し

-able city Labは、2024年にアメリカ合衆国デトロイトで調査を行った(★3)。2013年の財政破綻で世界に衝撃を与えたが、元々は20世紀の産業都市のアイコン的存在だ。ミシガン州最大の都市圏であり、五大湖に囲まれ、東はカナダに接するデトロイトは、五大湖の水運や自然資源を活かし、木材・造船・金属加工産業の中心地として発展した。20世紀前半にはフォード社が大量生産方式を実現し、自動車産業のまち「モーターシティ」として急成長する。しかし1950年代をピークに、生産拠点の移転や日本車の隆盛などで地域の自動車産業が翳りを見せ、市の人口は減少に転ずる。治安の悪化と、1967年の暴動に象徴される人種間の緊張により、かつて大多数を占めた白人人口は近郊に流出し、現在の住民は8割近くが黒人である。都市中心部の荒廃、犯罪率・貧困率の上昇は止まらず、2013年、合衆国史上最大の自治体破産に至った。
それから10年。デトロイトに起きた第一のイノベーションが自動車産業だとするならば、現在は第二のイノベーションが起きているという。 市に代わって民間や慈善団体を中心にした都市再生に向けた取り組みが進み、2010年代後半からは大企業による大規模な投資も活発化している。そこで地域コミュニティが尊重され、地元の人や資本が後押しされていることに調査チームは着目した。

Fig. 1: デトロイト全図。 作成:-able city lab

地域コミュニティと共につくる未来の都市生活

1988年に駅舎としての役割を終えて以来、廃墟化していたミシガン中央駅舎を、フォード社が購入したのは2018年。周辺の空き地・建物と合わせて30エーカー(東京ドームの2.5倍強)の敷地が、次世代のモビリティを構想するイノベーションハブ「ミシガン・セントラル」として生まれ変わった。米国を代表する自動車会社による実験場と聞くと、スマートシティの典型かと思いきや、印象は真逆だ。デトロイトの歴史とコミュニティとの緊密な連携、120以上のスタートアップの入居、200以上の中小企業支援、近隣の1,000人以上の学生への学習機会提供。大資本のみが潤う搾取的なシステムとは対照的な、多様なステークホルダーによる共創のエコシステムが構想・実践されていた。
例えば、STEM教育を行うNPOとの共催による「Youth Drone Demo Day」は、近隣に住む子どもや若者がドローンの操縦を体験し、組み立てや修理の基本を学ぶだけでなく、技術の仕組みや活用法への多面的な理解を深める継続的なイベントだ。市民や子どもたちが技術を享受する立場から、技術により主体的に生活をつくる側に変化することにつながる。子どもたちの新たなキャリアの道筋をひらくことも意図されているそうだ。

Fig. 2: フォード社によって修復されたミシガン中央駅。1913年開業時は世界で最高層の駅舎だった。

Fig. 3:「ミシガン・セントラル」周辺も緑豊かに整備された。

Fig. 4: ミシガン・セントラルはイノベーション地区として複数のリノベーションされた施設から構成される。

Fig. 5: 「Youth Drone Demo Day」の様子。

デトロイトには、開発にあたり事業主と地域コミュニティの間でコミュニティ利益協定(Community Benefit Agreement、CBA)の締結を求める条例(★4)がある。CBAとは、開発者側だけでなく地域コミュニティが開発の恩恵を担保するための制度で、北米の多くの都市が導入している。ミシガンセントラルの再開発においても、コミュニティと開発者は1年以上の協議を重ねた。そこで特に重視されたのが「暮らしの風景をつくる」視点である。ほっと一息つける場所がほしいというニーズに対して、開発者が採ったのは単に場所を提供するのではなく、地元住民が自らスモールビジネスを立ち上げられるよう、ビジネスコーチングや資本教育など幅広い学びの機会を提供し、さらに無利子のファンドの申請機会を設けることだった。これにより誕生したカフェ「Folk Detroit」は環境負荷を最小限に抑えつつ、顧客、チーム、地域社会に利益が循環するダイニング体験で、全米のレストランアワードにノミネートされるほどの注目を集めている。

Fig. 6: ミシガン・セントラルのスモールビジネスサポートの仕組みを使ってオープンしたカフェ「Folk Detroit」。

社会的に脆弱な場所にこそ、自ら羽ばたける力を

一方、デトロイトの東側では「Eastside Community Network(ECN)」というNPOが活動している。元工業地域として環境汚染を経験し、市域でも特に貧困率が高いエリアだ。環境を考慮する余裕のない人々こそ、気候変動の影響を受けやすい。そこでECNが提供するのが「LEAP Sustainability Fellowship」だ。地域に貢献するサステナビリティプロジェクトを志すフェロー25人を毎年選出し、トレーニングからプロジェクト開発、助成金の申請、そしてコミュニティと連携した実現までを一貫して支援する。コミュニティガーデンの設立や歩道の拡張など多彩なプロジェクトが既に動き出しているそうだ。
ECNが運営するコミュニティセンターは、公民館のようにあらゆる世代が集まれる。若い世代が自分たちで大気汚染の状況を調査し、この場所のポッドキャストスタジオから市民に発信。さらには調査レポートを市当局に届けるなど、小さな政治的アクションを起こす場にもなっている。
資本主義の栄枯盛衰を世界に先駆けて経験し、単一の産業や大資本に依存するリスクが骨身にしみたデトロイト。労働者として、そして消費者(ユーザー)として時代に翻弄されてきた人々は今、市民として、自身の課題や可能性を起点に活動を広げようとしているのかもしれない。出会いの場や活動の拠点づくり、地元の人が主体となって地域社会をより良くする仕組みづくりなど、その基盤や社会関係資本が形成されつつある。そこには、市民たちのイニシアティブやNPO、そして近代都市の反省をもとに異なる都市像をつくろうとする大資本など、複層的な力が働いていた。

Fig. 7: Eastside Community Network(ECN)のコミュニティセンター。

Fig. 8:コミュニティセンターのエントランスで思い思いに過ごす人々。

「春日台センターセンター」──空間がつなぐ人の交わり

「人の可能性をひらくまち」の資本となる空間の力や場の編み方を、国内からも紹介したい。老若男女に日々の居場所があり、多様な人との出会いがその未来を照らす。神奈川県愛甲郡愛川町にある「春日台センターセンター」(★5)を初めて訪れたとき、その様子に目を見張った。春日台センターセンターは、社会福祉法人愛川舜寿会が運営する、高齢福祉サービスや障害福祉サービス、洗濯代行業、コインランドリー、コロッケスタンドなど、多くの機能を備えた地域共生文化拠点だ。ここには元々、スーパーマーケット「春日台センター」があり、地域の中心(センター)的な場所だった。理事長の馬場拓也さんと、設計を担当した金野千恵さん(teco)らが中心となって、このまちに必要な「場」について地域の人々とワイワイ話すところから出発し、土地の文脈や地域の活動を引き入れるかたちで設計を進め、プログラムを構築したという。
建物の中心を貫く土間と吹抜けは複数の機能をゆるやかにつなぎ、交流を生む。放課後の子どもたちが、土間をひょいと越えて、グループホームで暮らすお年寄りの誕生日を祝う。心身に障害があるスタッフが、それぞれに得意なことを活かして働く。深い軒下にぐるりと設けられたベンチに腰掛けておしゃべりする近所の人たちに混じって、私もスタンドのコロッケを頬張った。夜にはコインランドリーの灯りが、子どもたちの遊び場を照らしていた。福祉を柱とするこの空間は、入居者の枠を超えて多様な人の日常をも見守っていた。互いの関わり合いが少しずつ越境し、地域の人々の「-ableness」の実現につながっているのだと感じた。

Fig. 9: 春日台センターセンター。子どもたちから入居者のお年寄り、近所の方々など、様々な人が過ごす風景がある。

Fig. 10: 土間を越えて子どもたちが行き交い、吹抜けが各空間の気配を伝える。

エイブルシティへのアクセスを誰にでも──政策デザインの役割

誰もが自分の可能性をひらき、自分らしく過ごせる地域・都市を実現していくための資本形成において、政策のデザインも重要な役割を果たす。中期計画の基本戦略に「子育てしたいまち 次世代を共に育むまち ヨコハマ」を掲げる横浜市との協働で、私たちリ・パブリックが取り組んだ事例を紹介したい。
2023年度にはデザインリサーチの手法を使い、子育て世代のリアルなインサイト調査を実施した(★6)。 見えてきたのは、現代の都市と家族の形態に起因する「頼れる存在や場所が近くに見つけにくい」という課題だった。一方で、ままならない子育てに苦労した人々のあいだには、蓄積した知恵や経験を「他の人の子育てに役立てたい」という思いを抱える人が少なくないこともわかった。
横浜市は本調査を踏まえ、従来の福祉的・労働施策的な個人向けの子育て支援に加え、家庭に閉じがちな子育てを周囲に向けてひらき、地域側でも子育てを受け止めるといった地域ぐるみの施策や、「人がもつ力を生かす」エンパワーメントにも目を向け始めた。地域に暮らす人々こそが見出せる柔軟で多様な解決策や、行政サービスや営利事業では実現しづらい互助の仕組みなど、市民の自主的な動きのポテンシャルは大きい。その力を後押しする土台を整えるのが、政策が担う社会資本づくりの大きな役割と言える。

日常の小さな介入がエイブルシティの土壌になる

「人の可能性をひらく都市=エイブルシティ」に向けた事例を国内外でめぐってきた。そこで見えてきたのは、グローバル資本主義や高度成長期に最適化してつくられた仕組みやルールを見直し、異なる未来に向けて動き出そうとする様々な主体の活動だった。大資本からNPO、市民や行政まで、互いの力を活かして手を取り合いながら、新たな社会資本をつくる。そこで重視されていたのは、社会的に弱い立場にある人々のエンパワーメントやケアだった。そしてすべての土台となるのは、世代や属性や所得レベルの違い、障害の有無、先端企業と市民、グローバルな気候変動と日常生活など、断絶されがちな関係を、日常においてつないでいくことだった。
人の可能性をひらく都市=エイブルシティを実現する主体は行政やディベロッパーに限らない。その土台づくりの鍵を握るのは私たち自身だ。私たちの暮らしのすぐそばにも、ささやかな種から人々の可能性が花開く瞬間がある。
筆者の近所である東京・東長崎エリアでは、オーナーのアリソン・ヴォーン、アリソン理恵夫妻が2020年にオープンしたカフェ「MIA MIA」をきっかけにゆるやかなコミュニティが広がっている。数年前、カフェのオーナーらと一緒にアパートの駐車場を小さな畑にしようという取り組みが始まった。そうした結果、私たちのあまりの不慣れな畑仕事を見かねて、近所のおばあさんが育て方を教えてくれたり、幼稚園の子どもたちが「花が咲いたよ」と毎日立ち寄る光景が生まれた。まちへの少しの介入によって、人と人がつながり、互いの想像力を引き出し合い、行動に変化をもたらす土壌がつくられてゆく。
気にかけたい人、気にかけてくれる人たちが身近にいること。徒歩圏内にも小さな喜びや救いを見出せること。仲間と共に少し先の喜びを育んでいけること。まだ見ぬエイブルシティに向けて、世界中のローカルにヒントをもらいながら、新たな資本が育つ土壌を耕していきたい。

Fig. 11・12: カフェ「MIA MIA」。店をはみ出して人々が過ごしている。アリソン理恵さんの設計で元ブティックを改装した空間には、幼児からお年寄りまでが不思議と共存している。オーナーのヴォーンさんは八百屋のような掛け声でまちゆく人々に話しかけ、店員たちのフレンドリーさに思わず常連になっていく。

Fig. 13: アリソン理恵さんがリノベーションを手がけたアパートで、大家さんや住人らと共に小さな畑をつくった。

Fig. 14: アパートの前には、誰でも自由に本を交換できるブックポストが設置された。本が次々と巡る、その回転の早さにいつも驚かされる。

  1. ★1──-雑誌『MOMENT』
      https://moment-mag.jp/
  2. ★2──-able city lab
      https://republicjp.notion.site/what-is-able-city
  3. ★3──-able city lab デトロイト調査チーム:市川文子、木許宏美、福丸諒、ブライアン・ボイヤー、諸隈紅花、横山明日香
    「デトロイトのデザイン・パターン」
      https://republicjp.notion.site/16b081ca88dc808bb5b2d3416d619a2c?v=23504e1ca2d7476887f9a9757e0528b5
  4. ★4──デトロイト市では「Community Benefit Ordinance」という名で条例が制定されている。
  5. ★5──春日台センターセンターのInstagramには、人々が混ざり合う日常や彼らの考えが映像で綴られている。
      https://www.instagram.com/kasugadaicenter_center
  6. ★6──横浜市「令和5年度子育て世代の日常生活に関するインサイト分析業務」
      https://x.gd/7JoQQ
      横浜市「令和6年度 子育て世代の日常生活に関するインサイトを踏まえたモデル施策検討事業」
      https://x.gd/iaMei

Fig. 2〜4・6〜8撮影:-able city lab デトロイト調査チーム
Fig. 5撮影:Stephanie Rhoades Hume/ Michigan Central
Fig. 9〜12撮影:内田友紀
Fig. 13撮影:足立知則
Fig. 14撮影:アリソン理恵

執筆協力:片岡裕美子
デトロイト編・協力:木許宏美

内田友紀(うちだ・ゆき)

都市デザイナー、Futurama代表、リ・パブリック ディレクター。
早稲田大学理工学部建築学科卒業。メディア企業を経て、2012年イタリア・フェラーラ大学大学院でSustainable City Designを専攻。2013年リ・パブリックの創業に加わり、2020年より都市・地域のリサーチ・デザインスタジオFuturama(YET)を並行。
書籍『あしたのしごと アジアの実践者と考える、オルタナティブな未来』(コクヨ株式会社、2022年)共同企画・編集。内閣府地域活性化伝道師。グッドデザイン賞審査委員。

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公開日:2025年03月26日