「建築とまちのぐるぐる資本論」取材14
建築を活かすためのファイナンスの仕組み
藤原岳史(聞き手:連勇太朗)
日本各地で、歴史的に価値のある建築をその地域の文化が体感できる宿泊施設などにリノベーションし、活用する事業「NIPPONIA(ニッポニア)」を取材した。NIPPONIAを手掛けているのは、兵庫県丹波篠山市に本社がある株式会社NOTEで、代表取締役は藤原岳史さん。ITエンジニア出身の藤原さんが考える建築の価値、活用のためのスキームとは。
山崎亮さん、森田一弥さんに続く、近畿地方編の3本目です。
IT業界から地元の課題解決へ
連勇太朗(以下、連):
特集連載「建築とまちのぐるぐる資本論」では、地方創生の事例も複数取材してきましたが、藤原岳史さんたちが取り組まれている「NIPPONIA(ニッポニア)」の事業は、古民家再生によるまちづくりを、日本各地で複数かつ面的に展開されているところがとてもユニークだと思います。まずは、藤原さんの起業に至るまでの経緯から聞かせてください。
藤原岳史(以下、藤原):
私は兵庫県丹波篠山市の出身ですが、高校卒業後に地元を離れました。若者は、就学や就職で外へ出てしまうと戻ってこないというのが地方の典型的なパターンで、私もその例外ではなく、アメリカや東京、大阪でIT企業などに勤務し、前職はITのベンチャーでした。そこでは上場がある種のステータスで、2007年に達成したのですが、そのときに本当に自分が追求するべき価値は何なのかという疑問が湧いてきました。場所を問わず仕事ができるのがITの良いところですが、実際の取引先は都市部の会社ばかりでしたし、電源が切れてしまえば何もできない、何も残らないと思ってしまったのです。
そんなところから再度自分が育った丹波篠山を見直すと、風景が驚くほど変わっていて、活気がなくなっていることに危機感を抱き、何かまちに貢献できるような事業にチャレンジしようと思いました。2009年、35歳のときでした。
私は建築を学んだわけではないのですが、個人的な関心の根底にあるのは、建築や土木、ランドスケープです。人々が自然に関わり、長い時間のなかで培われてきたものが景観や文化と呼ばれるものになっています。今、それが高齢化や人口減少によって維持できなくなっていることが大きな社会問題だと思います。日本各地で行政、NPO、ボランティアなど様々な方がまちづくりの活動をされていますが、みんなが同じ方向を向いていたとしても、補助金が出なくなる、中心的な人がいなくなる、もしくは誰かが人身御供にならないといけない状態になって、終わってしまうものも少なくありません。
大事なのは、事業にすることです。経済と人とが循環し、持続可能な状態でなければ、価値のある建築もまちの景観も残すことができないと思います。
連:
事業のスタートはご出身の丹波篠山の丸山集落からですね。
藤原:
はい。市の中心部から車で10分ほどの丸山は、12棟中7棟が空き家という限界集落でしたが、そのうち3棟の古民家を改修して、一棟貸しの宿「集落丸山」の運営をスタートさせました。ワークショップや勉強会を重ねるなかで、多くの人々が関わり、また住民の方々の言動が徐々にポジティブに変化していくのが印象的でした。フロント業務や朝食の提供などを行う住民の方々によるNPO法人集落丸山と、古民家改修、資金調達、開業後のPRや経理を担う私たち外部のチームとが、共同でLLP(有限責任事業組合)丸山プロジェクトを立ち上げ、運営しています。
集落丸山での経験を活かし、それを同じ市内の城下町でも展開しようとしてできたのが、NIPPONIAのフラッグシップモデル「篠山城下町ホテル NIPPONIA」(2015年開業)です。
7棟全19室が城下町に点在している「分散型ホテル」で、フロント機能とレストランもある元銀行経営者の旧邸宅を中心に、古民家や町家を改修した部屋が徒歩圏内にあります。分散型という形態は、かつては旅館業法に適合していなかったのですが、国家戦略特別区域に事業提案して採用されたことで可能になりました。2017年に旅館業法が緩和され、今では特区ではなくても分散型ホテルをつくることができるようになっています。
NIPPONIAは、「なつかしくて、あたらしい、日本の暮らしをつくる。」というビジョンを掲げ、歴史的建築物の活用を起点として、まちづくり、地域の開発を行います。各地域の中にいる人だけでは課題解決ができないときに、行政、所有者、金融機関、建築関係者などの間に入り、ハブのような立場で事業を組み立てていきます。歴史的価値をもった建築があるだけでは不十分で、そこに付加価値を乗せて、採算性も含めてビジネスにしていく、そして地域の方々をサポートしていくのが株式会社NOTEで、2016年に設立しました。
連:
具体的にはどのようにプロジェクトが始まるのでしょうか。
藤原:
自治体からの相談が多いです。まちづくりに取り組んできたものの効果が出ていないとか、素敵な絵があったとしても、まさに絵に描いた餅で、具体的な手法がないというケースです。また、地元の産業を担う事業家やいわゆる名士さんからの相談もあります。由緒ある建物が残せてまちのためになるのであれば無償で使ってほしい、多少の投資も惜しまない、とおっしゃる方もいます。現地へ行くと、行政の人とそうした名士さんがセットになっていることも多いです。
まずは行政や地域の方々、金融機関に協力していただき、合意形成をしながら将来ビジョンを描き、事業を組み立てていきます。そして、まちづくり会社を現地の登記で設立します。資金調達をして事業を回す仕組みをつくることが最も重要です。
連:
「まち」といったときに、NIPPONIAの事業では、ひとつの範囲や単位をどれくらいの大きさで想定しているのでしょうか。
藤原:
地縁のコミュニティ感が強い小学校区という単位を考えます。地方では、小学校が違えば異なるコミュニティの人というような感覚がありますね。いきなり大きなことができるわけではないので、地元の方の要望を聞いて、最初に手を入れるべき小学校区の場所を定めます。
NOTEでは、丹波篠山市内でも6つの地域で支援を行い、地元の方々と一緒に活動しています。それぞれ異なるアイデンティティを活かすのがおもしろいですね。
建築の動態保存
連:
著書『NIPPONIA 地域再生ビジネス──古民家再生から始まる持続可能な暮らしと営み』(プレジデント社、2022)を拝読し、篠山城下町ホテル NIPPONIAのいくつかを見せていただくなかで、古い建築の空間やマテリアリティを尊重されていることが伝わってきました。そうした建築の考え方はどのように培われたのですか。
藤原:
私たちは、歴史的な建物を残すためには維持管理やその費用捻出の問題から、動態保存が望ましいと考えています。手を入れる部分は最小限にしてきれいにし過ぎないこと(ミニマム・インターベンション)、改修部分を元の状態に戻すことができること(可逆性)、どこが改修部分かわかること(区別性)の3つを大事にしています。
私自身は元々システム・エンジニアでしたが、ITのシステム開発の工程と、建築の工程はとても似ています。お客さんの話を聞き、要件定義から始まり、建築であれば建築士や工務店、ITであればプログラマーやハードウェア・ネットワークといった専門スキルをもつエンジニアなどがチームを組みます。工期があり、それが延びればコストがかかります。ちゃんと設計されているものは、多少コストがかかっていても可逆性や汎用性があり、長く使われていきます。そのあたりの感覚は同じです。
そして、まちの道路やインフラはまさにネットワークで、そこに人や物が流れていますから、そのインフラ規模に合わせて、どこに何が必要かを考えます。規模に合っていない場合、観光公害といった新たな問題を発生させてしまいます。
連:
建築やまちづくりもエンジニアリング的に発想されているのが非常におもしろいと思いました。各地での運営体制についても聞かせてください。
藤原:
NIPPONIAは、2024年時点で全国に32の施設がありますが、そのうち9施設は、地域の方々ではなくバリューマネジメントさんという運営会社さんに担っていただいています。そのひとつの基準は、10部屋以上という規模です。例えば、城下町のようにある程度まちの規模が大きいところは、空き家が増えていることが問題で、たくさん使ってほしいという要望もありますから、運営のプロに依頼した方が効率的ですし、運営会社さんとしてもビジネスのメリットが出てきます。また、10部屋以上になると、リソース不足や、責任が重くなってくることから、地域だけで運営するのが難しくなります。
NIPPONIAのプロジェクトは、あくまで地域自体が自立して歩んでいくことを目標にして、開発の各フェーズにおいてサポートするという立場で関わっています。まちの人がどんどん少なくなり、結局NOTEの社員だけが残っているのでは、地域の暮らしや文化にとって意味がありません。また、特定の地域に専従してしまうと属人化の恐れもあり、かえって地域の成長を損なう可能性も出てきます。最終的には地域の人たちだけで運用できるようになり、私たちの委託料が現地の方々への給料へと変わり、フェードアウトする。私たちには経験値や知見が残り、それらを他の地域で活かすことができます。
連:
まちづくりをサポートするという仕事には、どういったスキルやマインドが必要なのでしょうか。
藤原:
建築、土木、都市計画、不動産、金融の知識はある程度必要です。そして重要なのは観光の観点だと思います。私たちにとってホテルのお客さんは「1泊の住人」であり、そういう人がたくさんいるまちは豊かです。
マインドとして非常に難しいのは、地域の人を本気にさせることです。もちろん懐疑的な人もいますから、皆さんを説得して信頼を得るという、ある意味で人たらし的な部分が大事だと思います。
ファイナンスのスキームが建築とまちの未来を決める
連:
NIPPONIAの事業は、地域固有の文化や価値を活かす一方で、規模の拡大や手法化が大きな特徴ですね。どのように展開させているのでしょうか。
藤原:
事業で使いたい古民家があったときに、まちづくり会社が所有者と事業者との間に入るというのが基本的なスキームですが、応用として全12の開発スキームをもっています。例えば、現所有者とその息子さんとの間に相続の問題が発生するパターンや、自治体が所有者のパターンなど、それぞれ所有形態や事情が異なりますから、スキームがひとつだとそれがマッチしなければ事業開発ができません。
今、NOTEは一般社団法人の時代から数えて16年目ですが、多様なスキームを生み出そうという動機があったわけではなく、各地で新しい問題に向き合い、試行錯誤をしながら、他でも転用できるようなスキームをもつようになったというわけです。
篠山城下町ホテル NIPPONIAでは複数の物件を扱っていますが、それぞれスキームは異なっていますし、集落丸山でもNPOが所有している物件と借りている物件とがあります。
連:
スキームのパターン化というのもプログラマーやエンジニア的な発想で興味深いです。建築やまちを動かすためにはとても重要ですね。
藤原:
一番の鍵になるのはファイナンスです。お金はひとつのわかりやすい評価基準ですが、建築やまちを考える場合に、投資から回収、借入れから返済までの期間の短さがネックになります。現代の金融機関の借入れでは、10年先や15年先までしか考えることができませんが、歴史的な建築や、それらが蓄積されてできた景観というのは100年単位のものです。
古い建築をリノベーションしてホテルにする理由は、一言で言ってしまえばファイナンスの問題で、お金を借りて現状最長の15年で回収するときに最適だからです。物件のサイズによっても異なりますが、改修費は1棟で数千万円は必要ですから、それを考えるとホテル以外の機能ではなかなか難しいです。
住宅ローンであれば35年ローンなどもありますが、古民家に対しては貸してくれません。もし返済期間を15年より延ばすことができれば、別の選択肢もあると思います。
連:
初期投資の借入れを10年で返す場合と、仮に50年で返す場合であれば、月々の負担がまったく違ってくるので、返済期間を延ばすことができればより実験的なことや自由な使い方、余白が生まれるということですね。
藤原:
そうですね。返済額が5分の1で良いのであれば、活用用途として、数カ月間連泊してもらう物件や二地域居住用の物件など、多様な活用が可能になります。また、コストが合いにくい大型物件や、重要文化財指定を受けて補助金を入れなければ民間では投資回収が難しい物件も扱うことができます。
現代は、100年スパンを見据えた建築や事業のことを考える投資家や金融機関が少なくなっています。特に日本の住宅は平均寿命が約30年と短く、まるで使い捨てですが、それはローンや相続の仕組みとも密接に関わっています。建築やまちにとって、それだけファイナンスの問題が大きいということです。
長期的に続く事業と価値をつくる
連:
確かに、現状のファイナンスの仕組みがチャレンジの幅を狭めているということですね。私たち自身の感性や社会の価値観の問題もあると思います。ヨーロッパでは、古い建物の価値が社会的に認められています。
藤原:
価値観は、事業やファイナンスのスキームによって表現できれば変わっていくと思います。例えば、「リターンは100年後です。お孫さんに返します」というような長期的なファンドがブランドとして確立され、社会的信用が得られれば、投資対象になってうまく回っていくのではないでしょうか。
私は、土地や建物といったアセットをまちづくり会社に集約して、それを100年、200年と運用していくことができれば良いなと思っています。日本は土地の所有権が強いので、個人だと世代交代によって、色々な問題が起きますが、現代版の大地主や庄屋に見立てた法人によって、小さな社会主義を生み出すようなイメージです。
もし100年ファイナンスが実現すれば、限りある行政や国の補助金に頼らなくてもよくなりますし、針に糸を通すような申請・採択にも左右されません。
NIPPONIAも、100年続くブランドにしたいです。金融機関もやはり保証がほしいわけですから、100年スパンで貸しても大丈夫だという実績ができれば融資の状況も変わってくるかもしれません。ソーシャル・インパクト・ボンドやESG投資も話題になり始め、海外では100年を超えて存続しているNPOへの投資なども珍しくないですが、日本ではまだまだそうした実績が少ないので、チャレンジです。
5人が20年間ずつ担えば100年です。どんなに重いアセットや多額の借金であっても、20年間だけ預かり、次の人にバトンを渡せると思えばなんとか頑張れるのではないでしょうか。会社(法人)というのは、そういう考え方をするためのものだと思います。
連:
藤原さんが構築しようとしている事業の世界観がとてもよく理解できました。
藤原:
NOTEおよびNIPPONIAの事業に着手したからには、ちゃんとかたちにしたいという気持ちで全力で取り組んでいますが、個人的には20年やったらまた別のことをやってみたいです。他の人が真似できるところまで汎用化、仕組み化して、次世代に渡すことが大事だと思っています。人も循環させていかなければ、凝り固まったものになってしまいますから。
当初はビジョンのもとでそれぞれ社員が動いてプロジェクトを成立させていましたが、それでは元々できる人ができるというだけで人は育たないということに気がつき、数年前に社員に向けて、「迷ったらチャレンジしよう」、「地域の課題を解決するのではなく、課題を解決し続ける仕組みをつくる」「地域の人に向き合うのではなく、地域の課題に向き合う」といった、最小限のエッセンスによる行動指針を定めました。
今、子どもたちに将来の夢を聞いても、「まちづくりをしたい」という答えは出てこないでしょう。それは、スポーツ選手や花屋さんや建築家のような生業ではないからです。何を提供して、対価をいただくかを明確にして職能を確立することも私たちのミッションです。
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公開日:2024年12月25日