連載「よりマシな世界のためのデザイン──Architecture for a better world」第2回
AI時代にサバイブする建築家
連勇太朗(建築家、 CHAr)
今、私たちの暮らしはどこか窮屈で、退屈さや息苦しさを帯びているように感じられる。地球温暖化や格差の拡大、過剰な消費や情報の氾濫、紛争や災害……。世界に目を向ければ、日々の暮らしから遠く離れた、あまりにも複雑で手に負えないような問題が次々と浮かび上がってくる。現在の社会システムが、資本主義の論理だけでこのまま駆動し続けていくとは到底思えない。いずれ大きく揺らぎ、崩れる状況に直面するかもしれない。実際リーマンショックやパンデミックを通して私たちはそれを経験してきた。だからこそ、資本主義が提供する巨大で無機質な仕組みとは別に、大小様々な別の社会を用意しておくことが、現代を生き抜いていくために必要になるのではないだろうか。
そのような試みを、「社会の複層化」と呼んでみたい。多様な価値観や関係性を内包した小さなシステムを重ねていくことで、社会の厚みを増し、しなやかにしていく。そうすることで、今の資本主義システムそのものも、少しずつ変えていけるのかもしれない。
本連載では、建築という営みが社会の複層化にどのように寄与できるのか、具体的な事例を織り交ぜながら考えていく。荒れた世界を少しでもやわらかく、生きやすい場所へと近づけるために。
AIは建築家を淘汰するのか
2022年に公開され、瞬く間に広まったChatGPTが日常に溶け込んでいったある年の春、大学の講義後、ひとりの学生が不安そうに尋ねてきた。
「AIの進化で、建築士の仕事はなくなってしまわないですか?」
これは今、世代を問わず多くの人が抱えている不安のひとつだろう。学生の表情は真剣だった。確かに、生成AIの発展は目覚ましく、最近のニュースでも、ザハ・ハディドの事務所がStable
DiffusionやRhino.aiを使いながら、設計プロセスの一部の生産性を最大50%上げ、コンペの提案の量を2〜3倍生産できるようになったと報じられていた(★1)。現在、デジタルデザインを得意とする事務所に限らず、設計業務へのAI導入は様々に模索されている。2020年代を学生として過ごす彼らが、将来の職能の存続に不安を覚えるのも無理はない。
デジタル技術が建築にどのような影響をもたらすのかを歴史的な視点から語ってきた建築史家のマリオ・カルポは、主著『The Alphabet and the
Algorithm』(★2)のなかで、これからの建築家やデザイナーを考えるうえで興味深い分類を示している。彼は設計者が図面を描き、職人が設計図に基づき施工をするという近代以降の分業体制(アルベルティ・パラダイム)が、大きく再編されていることを指摘している。アルベルティは、建築を「設計する者」と「施工する者」に分けたことによって「作家」としての特権的立場を有する建築家のあり方を確立する。しかし、1990年代以降デジタルツールが発達し、紙の設計図が3Dモデルやアルゴリズムなどのデジタルデータに置き換わっていったことにより、設計と施工のギャップが縮まり、設計者の役割やあり方が大きく揺らいでいる。こうした文脈のなか、カルポはひとつの見立てとして、デザイナーが「アルゴリズムをつくる側」と「それを用いる側」に二分されていくとことを指摘している。前者がつくるプログラムによって後者の創造性は規定される、という主張だ。同じように、建築理論家のコスタス・テルジディスも、アルゴリズミック・アーキテクチュアを理論化するなかで、デザイナーが「ツールメーカー」と「ツールユーザー」に分かれていくことを10年以上前に指摘している。
複雑な条件を高速で処理するコンピュータ・アルゴリズムが日進月歩で進化する今日、これらの議論は一定の説得力をもつ。しかも、このたった2〜3年の間に、生成AIはとてつもないスピードで進化し、誰も想像できなかったレベルで私たちの仕事と暮らしを変えつつある。果たして建築家は、ソフトウェアのエンジニアになるか、提供されるツールを駆使して奇抜な形態を生成するアーティストになるか、あるいはAIのアシスタントになるか、これら限られた選択を迫られるだけの存在なのだろうか。
間違いなく言えるのは、単に建築物の設計技術を身につけるだけでは、これからの時代に設計者として生き残ることは難しい、ということだ。それだけは断言できる。
プロジェクトを規定するもの──編み目としての建築
しかし、建築を単なる技術の問題として捉えるこれらの言説が見落としている決定的な点がある。それは建築の社会的な側面、つまり建築が希求される初源的なレベルでの人々の問題意識、欲望、要求に関する水準への眼差し。「なぜその建築物が必要とされるのか?」にまつわる建築家やデザイナーの役割への洞察だ。
カルポやテルジディスが描くデザイナー像は、プロジェクトのなかで「最適な形態」を導き出すという狭義のデザイナーを想定しているように思われる。しかし現実において、建築物の形態が決定される原理はそれほど単純ではない。建築プロジェクトはアルゴリズムによってだけではなく、コスト、クライアント、法規制、敷地条件、ユーザー間の合意形成、政治や制度といった多元的な要因によって規定されている。これは建築の実務をやっていれば誰もが納得する極めて一般的な認識だろう。
そもそも、私たちの周りにある建築物、環境、風景はいくつかの社会的要因が組み合わされ、反復的に再生産されることで生み出されている。例えば日本のハウスメーカーが手がける建売住宅は、土地取得、販売戦略、生産体制に至るまで高度にパターン化された仕組みによって市場で大きな力を発揮し、まちの風景に影響を与えている。その仕組みの範囲のなかで、クライアントの要望や敷地条件を汲み、間取りや外観を調整する役割として設計者が存在する。また、伝統的な民家や町屋なども同様、その地域の生産体制、資材の流通、共同体の文化や慣習と結びついて存在してきた。生産体制が変わり、共同体の役割が衰退すれば、茅葺き屋根がメンテナンスされなくなり、まちから茅葺き屋根の風景がなくなっていく。このように建築は、社会的条件や要素と密接に結びつくことで存在していることがわかるだろう。つまり建築とは、創造者がタブラ・ラサ(白紙)から形を生み出す営為ではなく、社会的・制度的・経済的な条件が複雑に絡み合ったところの編み目であり、その意味で、形態を与える存在としての設計者の役割はそもそも限定されていると言える。
やや遠回りをしたが、この連載が探求する「社会の複層化」に向けた建築を考えるうえで、建築物が社会的条件の編み目であるという認識は重要な意味をもつ。つまり、社会の複層化とは、織物としての社会を編み直す行為であり、部屋を支配する分厚いカーペットとは別に、色とりどりの様々な敷物を重ねていくことに他ならない。
つまり問題なのは、資本の運動と高度に結びつきパターン化した生産体制が、半ば自動的に建築物を生産し、まちの風景をつくり出している現代の状況にある。資本主義による事物や価値観を一元化していく力に対して、私たちは、建築を通して編み目を結び直したり、重ね直したりする方法を考えなければならない。それが現代のサバイバル戦略だ。つまり社会を複層化するために建築家は、資本によって駆動するパターン化された生産体制の循環から少しでも外れた地点でプロジェクトを創出し、建築を実践することを意味する。
自発性を組織する
2015年、現代美術の重要人物であるアニッシュ・カプーアやダミアン・ハーストらも過去に受賞したイギリスの権威ある美術賞「ターナー賞」を建築分野として初めて受賞したコレクティブ「アセンブル(ASSEMBLE)」の登場は、2010年代の建築・都市領域における最もスリリングなニュースのひとつであった。東日本大震災以降、社会の価値観が少しずつ更新されつつあった時期であっても、「小さな介入」「リノベーション」「参加型デザイン」といった領域の真の可能性は、まだ広く認められてはいなかった。そうしたなかで彼らの登場と注目は、大学院を出てNPO法人を立ち上げたばかりの私の実験や実践を確かに肯定し、背中を押すもののように感じられた。同じように勇気づけられた同世代の建築家も少なくなかったに違いない。
受賞の対象となったイギリス・リバプールのトクステス地区で取り組まれた「グランビー・フォー・ストリート(Granby Four
Streets)」のエリア再生プロジェクトは、編み目としての建築のあり方を鮮やかに示している。グランビー・フォー・ストリートは、四本の通りからなる三角地帯で、かつてはヴィクトリア時代のテラス住宅が立ち並び、移民が多く移り住む人気の住宅地であった。しかし1970年代、イギリスの経済危機により移民や労働者階級は深刻な失業に直面し、地域の衰退が始まる。1981年には人種的緊張が暴動へと発展し、エリアの荒廃が一層進んだ。1990年代に入ると地域を守るための住民組織が立ち上がるが、2000年代には逆に取り壊し計画が進められ、ジェントリフィケーションだと反対運動が起きるなど、状況は混迷を深めた。結局、政権交代に伴う資金削減によって計画は中止されるものの、地域は長らく宙吊りの状態になり、将来像は見えないままだった。
そんな行き詰まりを打破するかのように、住民たちは自ら立ち上がる。通りの清掃や花の植栽、空き家のペインティングといった小さな実践が始まり、やがてそれが地域全体を巻き込むムーブメントへと発展した。2011年には活動を組織化するかたちで「Granby
Four Streets
CLT(コミュニティ・ランド・トラスト)」が設立され、地域再生は次の段階へと進む(★3)。CLTは支援団体の助言を受けながら社会的投資家と協力し、エリア全体の再生計画を策定。2014年には市との交渉によって10軒の住宅がCLTに移管され、本格的な再生が始動することとなった。
このとき、社会的投資を行うスタインベック・スタジオの紹介を通じてプロジェクトに参画することになったのが、建築をはじめ様々な専門を横断するコレクティブ、アセンブルである。彼らはCLTと協働し、組織が所有することになった10軒の既存住宅を改修する「10
House Project」を推進するとともに、取り壊された住宅から出た廃材を用いて新しいプロダクトを開発・製造する「グランビー・ワークショップ(Granby
Workshop)」の設立を提案した。グランビー・ワークショップは、10軒の住宅のためにデザインされた製品群の開発をきっかけに、デザイナーであるウィル・シャノンとの協働によって立ち上げられた。現場の廃材を使って制作された色とりどりのテラゾーやセラミックは、その空間を唯一無二のものとして決定づける小さくとも決定的な建築的要素として、このプロジェクトの革新性と創造性を静かに、力強く物語っている。
2019年には活動の集大成ともいえる「グランビー・ウィンター・ガーデン(Granby Winter
Garden)」も誕生する。これは当初行われていたゲリラガーデニングを屋内で行う場所であり、地域住民が自分たちで所有し、管理し、使うための共有空間である。グランビー・ワークショップでつくられたマーブル模様や、ブルーのグラデーションで彩られたタイルが美しく空間を彩っている。
ここでアセンブルが建築として取り組んだこと、実現したことは何だったのだろうか。彼ら彼女らは、実際に空間を再生していったが、それは単体の建物のデザインだけを担ったのでは決してない。最も重要な社会的成果は、「協働と対話のための枠組み」をつくる役割を担ったことである。それは、CLTをはじめとした住民の動きを空間化する作業でもあった。10軒の住宅の改修にとどまらず、セラミックの工房を住民たちと立ち上げた意義は大きい。一般的な請負型の設計業務とはまったく異なる建築的実践の可能性がここにある。ちなみに本連載の第1回で言及したアーバン・シンクタンクのふたりも、クライアントワークではなく、自らの自発的な問題意識をもとにフィールドワークを実施し、住民と対話・協働することによって、あのような大きなプロジェクトを実現した。
協働は手段ではなく目的
これらの実践は、一般的にイメージされる「参加型デザイン」や「ワークショップ」という枠組みだけでは語りきれない。日本の建築業界で一般的に行われる参加型デザインの多くは、既にプロジェクトの枠組みが定められており(つまり建築物の計画がある)、プロジェクトの実現のために関係者を巻き込み、意見を集約し設計に反映させるというものである。ここで参加は「建築をつくるための手段」として捉えられている。これ自体はネガティブなことではなく、むしろ今後、様々なかたちで発展させていく必要がある重要な手法・態度である。プロジェクトに対する関係者の理解を深め、異なる立場の意見を反映させることで、より良い設計が可能になり、完成した建物への愛着も育まれていくからだ。しかし、アセンブルとグランビーCLTの関係は、こうした参加型デザインの枠組みだけで捉えきれるものではない。そこでは「協働」や「対話」のための枠組みが建築を通してつくられており、建築および建築的実践は人々の関係性を育む媒介となっている。参加や協働それそのものが目的化しているとも言える。
現代は、異なる立場にある人々との対話や、共通の目的に向かって協働することが困難な時代だ。政治や情報空間の分断を見ればそれは明らかである。エコーチェンバーのなかで他者と関係を結ぶことが難しくなり、理解し合い、助け合う能力が衰えている。だが社会も都市も、他者とともに生きることを避けては成立しない。その回避の果てにあるのは、ゲーテッド・コミュニティのような排他的な世界である。
私たちは、再び他者と協働するための基盤を必要としている。そしてその基盤のうえにこそ、無数の創造的なプロジェクトの芽が生まれる。ここに協働や対話そのものが目的として見なされるべき重要な理由がある。こうした問題意識にもとづいて、近年注目されているコ・デザインやソーシャルイノベーションの発展も存在する。他者との協働の枠組みを創造することこそ、社会に必要なデザインであるという主張だ。
まとめよう。AIが代替できない建築家の真の役割は、ツールを使って奇抜な形を生成することでも、資本主義システムの歯車として働くことでもなく、社会の複層化を組織することにある。編み目としての環境が複数の他者の協働によって、自律的に生成変化していくような状況をつくり出すこと。これこそが建築家が「社会の複層化」の実現のために実践するべきことである。
冒頭で不安を抱いた学生への答えを改めて考えてみよう。AIは確かに最適な形態を生み出すような仕事を代替するだろう。しかし、建築的実践の本質は形態をデザインすることだけではない。複数の主体が対話し、協働し、自発的に環境を更新していく枠組みを設計することこそが、AIの進展以降もサバイブする建築家の役割である。そしてそれを空間や場へと定着させていくこと。したがって、未来の建築家は「ツールメーカー」か「ツールユーザー」かという二分では語れない幅広い射程をもつ。
そんなことを学生に語ったら「でも、それってコスパ悪くないっすか?」と返されてしまった。まさに、何もかもが合理性で測られる時代に我々は本格的に突入してしまったようだ。資本主義が高度に発展した現在、それは我々の想像力の次元にまで影響を強く深く及ぼしている。敵は手強い。
注
★1──Zaha Hadid Architects Builds ‘Winner Proposals’ with AI, DesignAsia, 2025
URL: https://designasiamagazine.com/zaha-hadid-architects-builds-winner-proposals-with-ai/
★2──原書はMIT Pressから2011年に発行された。邦訳は『アルファベット そして アルゴリズム : 表記法による建築――ルネサンスからデジタル革命へ』、美濃部幸郎訳、鹿島出版会、2014年。
★3──Granby Four Streets Community Land Trust
URL: https://www.tnlcommunityfund.org.uk/media/insights/documents/Granby-Four-Streets-Case-Study-1.pdf
サムネイルデザイン:太田知也
連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)
1987年生まれ。建築家、博士(学術)。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。
主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社、2017年)。
http://studiochar.jp
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公開日:2025年09月25日

