「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」レポート2

生産圏と商圏とその間──山形県のアスパラガス農家(二戸勝也)とデザイナー(吉田勝信)の周囲

千葉大+吉川尚哉+菊池聡太朗(建築ダウナーズ)

利潤の最大化を目的としない、人・物・事・お金の新しい関係から生まれる、小さく自律的な圏域=微圏経済。その「つくり方・もち方・描き方」のヒントを求めて、今回私たち建築ダウナーズが取材に伺ったのは、山形県最上町のアスパラガス農家・採集者・料理人の勝也さん、山形県大江町の採集者・デザイナー・プリンターの吉田勝信さんだ。
2024年、私たちは林業のリサーチに通っている宮城県丸森町の山で採集した土や岩石から塗料をつくるプロジェクトを吉田さんと行っていた。その過程で山形県工業技術センターを訪れた際、吉田さんの実験を手伝っていたのが二戸さんだった。聞くと、二戸さんはアスパラガス農家で、度々吉田さんの作業補助をしているという。一見それぞれの専門領域は異なるようだが、友だちだからちょっと手伝っているというだけでもなさそうだ。山、採集、農業、食、労働、デザイン、暮らし、風景......。ふたりから連想したそんなキーワードがどう絡み合うのか、頭のなかでぐるぐるした。彼らの周りには、独自の循環や関係性を考えるヒントがあるのではないか。そんな予感を胸に、改めて山形を訪ねた。

周囲を山に囲まれた盆地。道路左手に二戸さんの住む月楯集落が見える。

車で山間部の道を抜けると、360度奥羽山系に囲まれた盆地が現れる。山々によって近隣市町村と隔絶され、かつては「小国」と呼ばれていた最上町。田畑の間を進むと、二戸さんの住む月楯の集落が見えてくる。作業場でお話をと依頼していたが、来た道を引き返すように案内してもらったのは、畑の真ん中だった。

二戸さん(写真中央)が収穫用のカゴを重ねた腰掛けを用意してくれていた。

二戸さんは、県外で建築設計の仕事に携わった後、大江町で料理屋を開いた。その後大江町から通いながら月楯のご両親のアスパラガス栽培を手伝うようになり、2024年からこちらに拠点を移した。デザイナーの吉田さんとは、大江町に住んでいた時、食に関するイベントで出会ったという。

長期的な関係性から生まれる経済

さっそく私たちは、気になっていた吉田さんとの関係を尋ねた。
「料理屋をたたみ、落ち込んでいる時に山での採集に誘ってもらいました。今まで食材は買うものだと思っていたけれど、こんなにいいものが自然に生えてることが衝撃でした」。半ば吉田さんとのおしゃべりのネタを探すように、山での採集、食、そして農業に関わるようになった。
それ以来、農閑期に、吉田さんのこうで印刷や製本の仕事を手伝うのが慣例になっている。採集者でもあり、民俗知的なアプローチによって独自のデザイン活動を展開する吉田さんと関わりをもつことで、他のコミュニティや領域へアプローチし、広い視野での持続可能性を生んでいるように私たちには見える。しかしそれは意図していたわけではなく、一番の目的は、制作を通して「おしゃべりすること」と二戸さんは話す。過去に、ひとりで任される仕事の割合が増えた時、「時給を下げてほしい、その代わり人と一緒にする作業を増やしてほしい」と申し出たという。二戸さんにとって、時給の高さよりも、人とコミュニケーションを取りながら手を動かす時間の方が価値があるのだ。
またある時、吉田さんに「食べることについてどう考えている?」と問われたことがきっかけで、近年は、郷土の食や暮らしを記録し、思考をまとめるため『郷土と人のまざりあい』という冊子づくりも行っている。二戸さんは、吉田さんの仕事を手伝いながら、自身の冊子づくりのため、こうの機械や空間、時には材料を使わせてもらう。書いた文章を見せ、吉田さんに意見をもらう。一方、二戸さんの畑の空いたスペースには、吉田さんが使う染料の材料となる藍や茜などが植えられ、畑仕事の合間に世話をしている。
人生という長期的なタイムスパンで見た時に、トータルで帳尻が合うような、そんなゆるやかな交易が行われているようだ。関係性を取りもつ時間の長さが、経済のもち方の懐を広げているのかもしれない。
二戸さんの大江町から最上町への移住を契機に、ふたりは週に一度、オンラインでの「音読会」を始めた。「参加者で順番に音読をすると、たとえ文意をすべて掴めないところがあっても、とりあえず前に進んでいくのがいい」という。現在は、仙台や東京、大阪に住むメンバーも数名加わって、それぞれの土地で本を読み、考えたことを交換する場にもなっている。

月楯集落は、街道沿いに約27世帯が暮らす。

左側に見えるのが二戸さんのアスパラガス畑。

生産の空間に別の活動を重ねる

一方、二戸さんの本業であるアスパラガス農家としてのつながりは、地域の農協と同業の農家、道の駅の産直のコミュニティに限られるという。そこに卸せないアスパラガスは自分で加工し、ごく少量は個人の小売店へ販売している。また、集落にはおさいとう(★1)の際、各家庭がおこわを持ち寄って分け合う「もらいっこ」や、葬式のお手伝いといった共同体の慣習が残っているが、今では二戸さんの親世代がかろうじて維持しているものだ。
人口が少なくアクセスも限られた土地で、農業の一番の課題は人員確保だと話す二戸さん。最近は、収穫作業のアルバイトを雇っている。おもしろいのは、アルバイトに来た人たちが二戸さんと会話を重ねるうちに冊子づくりに興味をもち、その制作にも関わるようになったことだ。
例えば、車で1時間の寒河江市から通う女性には、二戸さんの母親への聞き書きを、隣町の舟形町に住む農林専門職大学に通う男性には、郷土を追体験するツアーのプランを提案してもらう。彼らと相談し、原稿料も支払っている。その記録や文章は『郷土と人のまざりあい』に蓄積されていくと同時に、彼らのなかで豊かな経験となる。

吉田さんのこうで二戸さんが制作した『郷土と人のまざりあい』の冊子。写真提供:吉田勝信

非正規雇用が増加し、転職が当たり前になった現代において、労働とは別の活動や場をもち、雇用者と被雇用者を超えた関係性をもつことは、ある種のセーフティネットになるかもしれない。それは、今では失われつつあるという「もらいっこ」の慣習や、人にあげる野菜を特に意識することなく余分に育てているというこの土地の人々の、損得を超えた精神性とも通じるようだ。
二戸さんが「一度教えたら子どもでもできるようになる」と話す、アスパラガス収穫の単純労働に、楽しいおしゃべりの時間(=もうひとつのプロジェクトの打ち合わせ時間)を重ねながら、互いの人生を豊かにする。話を聞くうち、二戸さんがこの畑を「作業場」として案内してくれた理由がわかった。
本業の農家から派生した別のチャンネルをもつことが、ともすれば閉塞的になる可能性もある山間の小さなコミュニティにおいて、思考を柔らかくし、外部の異なる属性の人々との関係を持続させながら、それらが冊子というかたちで再び土地へと還ってくる回路になっていた。

二戸さんとご両親が、自分たちで食べたり人にあげたりするための野菜を育てている自宅横の畑。

山形を訪ねたこの日も、昼過ぎから音読会が開かれた。私たちもオンラインで参加しながら吉田さんのこうがある大江町へと向かう。課題本は、デヴィッド・グレーバー『負債論──貨幣と暴力の5000年』(以文社、 2016年)だった。二戸さんに聞いた話と、オンラインから聞こえてくる音読の声、車で1時間の道中の風景が不思議に重なり合う。
東北中央自動車道を降り、大江町へ入る。吉勝制作所は町の東側、中心機能が集まるエリアの住宅地にある。行政の空き家バンクから見つけたという、広い敷地内の母屋を自宅兼事務所、納屋をこうとして使っている。外観に特別なところは見当たらないが、納屋の戸を開けると、見慣れない古い機械が並び、壁面は吉田さんによって描かれた模様に覆われている。この空間で様々な実験がのびのびと行われていることが感じられる。この日は、吉田さんと共に制作所を運営する稲葉鮎子さんとその友人が、近くの川で拾った石を粉砕して顔料をつくっていた。

クライアントワークやコラボレーションで忙しい吉田さんと稲葉さん。それぞれが来客をアテンドしている状況に驚くが、その余裕にほっとする。

母家で話を聞かせてもらう。棚には瓶詰めの材料や様々な地域の民芸品、吉田さんがデザインしたプロダクトが並ぶ。

生産圏と商圏

「二戸さんと話していておもしろいと思ったのは、“生産圏”と“商圏”という考え方」。この土地での働き方を、そう説明し始める吉田さん。広い土地や空間、資源があり、生産に適している“生産圏”と、人口が多く物流があり、商売が盛んな“商圏”を仮定する。例えば二戸さんがアスパラガスを栽培しているのが生産圏としたら、それらを売るのが商圏だ。この場合、その生産圏と商圏は主に農協の流通システムによって接続されている。
吉田さんたちの働き方もまた、土地の地価の割に建物が大きく、人家と人家の間が広いという空間的余裕があることによって成立している、生産圏の良い面を最大限活かしたスタイルだ。興味深いのは、吉田さんたちのデザインという領域で生産されるものが、例えばインクのつくり方のレシピのように、「無形の技術」の場合もあることだ。しかしそれをつくるためにも、大きな機械やそれを置く広い空間、音や粉塵を許容する環境が必要である。山が近く、材料になる手前の状態で素材が調達でき、それらを既存の使い方とは別の目的で分類し直したり、加工技術を検討し、製造工程を読み替えたりすることで、生産圏独特の技術が生まれる。
また、生産圏と商圏は固定的な役割ではなく、相対的な人口や空間的余剰、生産物の差異や需要によって入れ替わったり、入れ子状になったりするものだと考えられる。例えば、東京都に対して山形県は生産圏だが、大江町から見た山形市は商圏になるだろう。
お話を聞いた広い母屋の1階には、これまでに収集された民芸品や道具、吉田さんが関わったプロダクトが並べられており、ショールームに招き入れられたようだ。それらに囲まれ、時に使いながら暮らしが営まれ、仕事のアイディアを生む。来客があった時は、話を広げるための資料にもなる。暮らしと仕事が限りなく地続きなスタイルもまた生産圏ならではだ。

話を伺った部屋の隣の広間にも様々な民芸品や道具が並ぶ。写真提供:吉田勝信

異なるシステムをつなぐメディウムとしての身体

近年吉田さんは、デザインの仕事の他に、採集した物から顔料をつくり、現行の工業用印刷機へ実装することを目的とした開発研究プロジェクト「Foraged Colors」を継続している。例えば、近くの山で採集したクルミの樹皮から、草木染めの要領で色素を抽出し、化学反応を起こして顔料化する。それをアマニ油などのメディウムと練り合わせることで、その土地の風景を構成する固有の色をもったインクが得られる。現在は仙台市の印刷会社と協働し、そのインクをオフセット印刷機に通す実験を繰り返しながら、将来的に土地固有のCMYKインクのレシピを完成させることを目指す。

「Foraged Colors」のプロジェクトで実際に採集物からつくられたCMYKのプロトタイプと印刷物。

山を、人間が介在することなく循環する圏域と捉えると、吉田さんは採集という行為によってそこに介入する。その循環を、プライベートな実験室である吉勝制作所へと引き込み、料理するように変形させながら、より大きな産業や商圏へと接続させる。その時、吉田さんの身体や工房の空間は、様々な種類の生産ラインが横断し交差する媒体になっている。
こうに並んだ古い機械もまた身体の延長で、「身体性をもって観察すれば自然とその使い方も想像できるはず」と吉田さんは話す。例えば箔押し機の仕組みの本質を「対象に大きな圧力をかける道具」と理解した時、それはプレス機としても働く。そうした機構がむき出しになった古い機械をどう扱うかは、観察と関わり方次第だ。
資本主義という世界規模で動く巨大なシステムを前に、私たちはとりあえずその仕組みに身を預けている。しかしそのシステムのなかで起こっていることを注意深く辿っていくと、私たちの身体と切り離せない領域や営みがあるはずだ。資本主義や産業構造などの大きなものに、小さな個人がリアリティをもって関わること。吉勝制作所はそうした実践のための空間でもあるのだと思う。

元々納屋だった広い空間に様々な機械が並び、小さな生産ラインをつくっている。

吉勝制作所でつくったインクを大きな印刷工場で刷る過程もまた、個人と産業の接続の場だ。印刷産業のような大きな産業は、小さな多種の産業や生産ラインが連結されることでできている。その製造ラインは、製造工程の一部としてユーザー像を定めることによって成立する。一方、「クルミのインクを通すためにオフセット印刷機を使わせてほしい」というユーザーはもちろん想定されておらず、既存のラインにバグを起こしながらも、「ユーザー」「印刷工人」「オフセット印刷機械」の関係性は、未知の問いを共有したことでより具体的なものへと「落ちる」という。そしてこの時お金は「消費者として受け取る均質なサービス」に対してではなく、「協働のプロセス」に支払われる。

印刷工人の立会いのもと、仙台市の印刷会社のオフセット印刷機に、吉勝制作所でつくられたオリジナルのインクが流し込まれていく。写真提供:吉田勝信

この日お話を聞いた二戸さん、吉田さんに共通しているのは、雇用者と被雇用者、生産者と消費者、大きな産業のなかで想定される生産ラインとユーザー像、といった既存の制度をつくり変えるように、個と個の対等でオリジナルな関係性を築こうとする姿勢ではないだろうか。 二戸さんが、畑の空間的余剰を吉田さんが使う材料の生産のために提供し、吉田さんがこうを使わない時には、二戸さんがその間に機械を使って自分の冊子をつくるように、彼らは、生産圏でこそ生まれるそうした余剰を差し出し合いながら、独自の関係性を生み出している。

吉勝制作所の機械を使って冊子をつくる二戸さん。写真提供:吉田勝信

小さな関係から商圏が生まれる

最後に、大江町から車で15分ほどの隣町、中山町にある食品販売店「ノウマド」に立ち寄った。吉田さんの近所に住む店主の魚路真希さんが、つながりのある農家の無農薬野菜や、自然食品を中心に取り扱うほか、調味料やナッツなどの量り売りを行っている。軽バン1台での移動販売を8年続けてきたが、2024年に店舗をもった。近所の住宅地のお客さんに加え、中山町は周辺の山形市、寒河江市、大江町などからのアクセスもよく、車でやって来る方も多い。

大きな通りから一本入った静かな住宅地にあるノウマド。ガラス越しに店内が見える。

杉材の天井が印象的な店内。奥には移動販売では難しかったという量り売りコーナーがある。

店舗の内装は、同じく大江町在住の大工・荒逹宏さんの仕事だ。荒さんは吉田さんとの協働も少なくない。山形県産の杉材や、知人の民家にあったテーブルの古材を使い、商品が手に取りやすく設計された什器が並ぶ。
その一角では、東京・虎ノ門の書店「タイガーマウンテン」のポップアップが開催されており、吉田さんと大工の嵐田さんが制作した朴材の本棚に古書が並ぶ。「ノウマドの空間と店番の時間に余剰がありそう」と思った吉田さんが、魚路さんに声をかけて実現した企画だ。店舗に並ぶ商品のなかには、吉田さんがお店のロゴマークを手がけたものもある。近隣の生産圏での小さな仕事が、個人のつながりを通してこのノウマドに持ち寄られ、小さな商圏をつくっている。魚路さんはその商品の経路や背景にある人との関係性も手渡すように売る。
最近では週に一度、お店が定休の月曜に店舗の空間を解放し、本を読みたい人が各々読書することができる「本よみタイム なかやま」を行っている。これまで軽バンで各地の商圏に移動しながら販売を行ってきた魚路さんだが、中山町に実店舗を構えたことで、物の売り買いとは別の活動も生まれ始めている。
都市からの要請によって、様々なものを生産し供給する地方。そうした大きな構造的イメージにとどまらない微細な循環が、この日訪れた生産圏で生活する人たちとその関係性から見えてくる。生産圏で生まれる様々な余剰に価値を見出すことが、互いの関係を豊かに構築し、自律した経済をもつ動力になっている。そこではまた郷土の食の記録や、新しい印刷技術などの場所固有の文化も生み出されていた。
生産圏に根ざした小さな個人が、主体的に商圏と関わる方法を模索しながら、時にその内側に小さな商圏を生み循環する。そんなこの土地での運動を微圏経済と呼ぶことはできないだろうか。

★1──山形県で、小正月に前年の正月飾りやお神札、お守りなどのお焚き上げを行う行事。

撮影(特記なし):建築ダウナーズ
サムネイル画像イラスト:荒牧悠

建築ダウナーズ

東北大学大学院都市・建築学専攻の同期、菊池聡太朗、千葉大、吉川尚哉によるデザインチーム。展示空間の什器や家具の設計・制作のほか、近年は林業と建築のつながりに関するリサーチを行う。在学中より展示デザインなどに携わり、大学院を修了した2019年に結成。

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公開日:2025年09月25日