「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」レポート3
顔見知りから始める微圏経済──GAMPEKI、茶酔、機微荘の活動
金田ゆりあ
現行の巨大なシステムとは異なる規模と論理で動く、小さくとも自律的で、DIY的に構築可能なもうひとつの経済循環である「微圏経済」。今回お話を伺ったのは、山形市平清水で映像会社「株式会社機微」を営みながら、野外音楽フェス「GAMPEKI」や、茶文化を広めるコミュニティ「茶酔」といった活動を行っている菊地翼さんだ。映像制作を軸に複数の経済圏を自在に行き来しているように見えるその軽やかな活動からは、微圏経済のつくり方・もち方のヒントが見えてくるのではないか。そんな期待を胸に抱きながら山形を訪ねた。
山形県・平清水にあるオフィス「機微荘」。赤い屋根が目印。
地域との信頼を基盤とする
山形市の中心部から車で約1時間、まず訪問したのは「GAMPEKI 岩壁音楽祭」の会場、山形県高畠町・瓜割石庭公園だ。本フェスは2019年に、菊地翼さん、後藤桂太郎さん、上田昌輝さんの3名によって立ち上げられた。設立の契機は、音楽イベントを主催していた菊地さんと、山形に移住してきた後藤さんとの出会いである。後藤さんに「山形でおもしろい場所はないか」と問われ、撮影ロケーションとして記憶していた瓜割石庭公園を紹介した。現地を視察した後藤さんは場所に魅了され、さらに中高の同級生である上田さんも加わるかたちで、フェス開催の計画が具体化した。当時、3人は20代であり、フェス運営は未経験。それでも「山形の秘境に若いエネルギーを集めたい」との思いで動き出したインディペンデントなフェスの試みは広く支持され、当日には約100名のスタッフが関わる規模に拡大し、元採石場という特殊なロケーションと、エレクトロニック・ミュージックやヒップホップを軸としたプログラム構成が注目を集めた。2020年にはコロナ禍により開催延期を余儀なくされたが、2022年に再開し、2025年には第3回かつ最後の開催を迎えた。


「GAMPEKI」の会場である瓜割石庭公園。採石場の跡地で、その石壁の高さは30mにも及ぶ。普段は、公園として開かれている。
ロケーションやブッキングのセンスが際立つ「GAMPEKI」だが、運営を支える不可欠な存在として会場近くの喫茶店「キャット・ハンド」がある。瓜割石庭公園から徒歩5分に位置するこの山小屋風の店舗は、地域とフェスをつなぐハブとして機能している。機材トラブルへの対応、荷物の受け取り、地域住民への説明、さらには当日のスタッフの食事提供に至るまで、支援を提供している。菊地さんは「甘えさせてもらっている」と語るが、これまで築き上げた信頼があるからこそだろう。
運営チーム内での役割分担も特徴的である。菊地さんは山形に居住しているため、地域との調整役を担う。一方で現在は東京に居住する後藤さんと上田さんは、外部の視点からアーティストブッキングを行うことで、外部の目線を保っている。例えば初回の開催時には、地域から「より広く知られた出演者を呼んでほしい」という意見があったが、意図的に地域の声に迎合しすぎず、独自のアーティスト選定を行った。この判断は地域との距離を生むように思えるが、結果として地域の人々にも新たな体験として受け入れられ、キャット・ハンドの店主は、名前すら知らなかったKID
FRESINOの演奏を聴いて涙したという。
喫茶店「キャット・ハンド」。地域の人が集う喫茶店で、取材の日も賑わっていた。店内には「GAMPEKI」のポスターが。店内には真空管アンプが置かれるほど、オーナーは音楽マニアだそうだ。
菊地さんが映像制作でこれまで培ったチームビルディングのスキルが、GAMPEKIの運営に転用され、活かされている。チームメンバーと役割分担を行い、地域ともプロセスをともにすることが、フェス運営の基盤となっている。
遠くても顔の見える関係が生み出すもの
こうして活動の輪を拡張してきたGAMPEKIでは、2025年の第3回開催において、「フェス体験そのものに注目する」という意図のもと、事前チケットの販売方法が工夫された。すべてのチケットが、オンライン販売ではなく、地域の店舗や手売りでのみ扱われたのである。これは、地域の人々との信頼関係や顔の見えるつながりを前提にした微圏経済のつくり方の一環と考えられる。SNSやオンラインプラットフォームのアルゴリズムに依存せず、フェスに来場する人々は、販売する店舗やそこで醸成されている文化を理解したうえで参加することになる。さらに注目すべきは、販売店舗の地理的範囲だ。山形や仙台といったフェス開催地近郊のみならず、東京や京都といった遠隔地の知人の店舗も販売に加わったことで、信頼関係を軸にしたネットワークが地域を超えて拡張している。チケットは完売し、遠隔地であっても「顔の見える関係」に基づく経済圏が成立しうることを実証したのだ(★1)。
思わず長居をしてしまうお茶会
菊地さんの活動は音楽フェスにとどまらない。GAMPEKIを一緒に行っている後藤さんと、知人の坂間菜未乃さん、吉田芽未さんの4人のグループで活動する「茶酔」は、ポッドキャストから茶具制作、茶会イベント開催、ZINEの発刊などを手がけてきた。そもそもは、コロナ禍でGAMPEKIの開催ができなかった2020年に、後藤さんが台湾に行った際の茶酔体験を山形で共有したところから始まった。その後、ZINE『茶酔叢書』を2巻刊行し、3巻目の発刊準備が進行中である。お茶を飲むこと、様々な人とお茶を囲む営みそのものは、菊地さんの生活の一部であり、「一生続けていくことだと思う」と語る。食事の後などに気の知れた仲間や友人、ときには初めて会う人と一緒にお茶を飲む時間を共有することで、たわいのない話から深い話まで話す内容は様々に広がる。また、ここから新たなプロジェクトが生まれることもあるそうだ。実際に私自身も、菊地さんらとお茶会をしたが、想像以上の量のお茶を飲んだ。何煎も飲めるのは中国茶の特性だそうだ。時間が経つとだんだんリラックスしてきて、身体も心もゆるむ感覚。お茶が中心にあることで、会話はお茶の種類のこと、香りのことなどを入口に、だんだんと深い話へ向かっていく。お茶を何杯も飲み、長居してしまうからこそ、じっくり話すことができるのだ。
茶酔の活動は、GAMPEKIよりもさらに映像制作から離れた活動に見えたが、チービルディングのスキルがここでも活かされているのは間違いない。また、茶酔によってつくられるゆったりとした時間を通じて、新たな人的ネットワークが生まれる土壌を耕している。
『茶酔叢書』巻一・巻二。巻一の初版は300部印刷して完売し、増刷。巻一・巻二合わせて500冊以上を販売。
お茶をいれるための道具である「茶盤」は、秋田県の木工職人と茶酔がコラボレーションして制作したオリジナルプロダクト。
出会った場所や出会った人の思いに応える
GAMPEKIや茶酔の活動と並行しながら、最近では映像会社のオフィス「機微荘」を山形市平清水に構えた。ゆるやかに地域に開いていきたいと言う菊地さんだが、一見クローズドな制作環境にも思える映像制作会社をなぜ地域に開こうと思ったのか。実は、2023年まで「大江町まちなか交流館 ATERA」(★2)で、運営団体の事務局長として立ち上げ直後から5年間関わってきた経験がある。大学で映像を学び、ローカルラジオ局勤務やフリーランスで映像の仕事をしてきた彼にとって、まちづくりは未知の領域だった。当初は出身でも居住地でもない大江町で「責任を負えない」と前向きではなかったが、知人の紹介もあり、仕事のつなぎのつもりで始めた。しかし、地域の人との関係づくりや頼り方を学ぶなかで、徐々に深く関わるようになっていった。菊地さん曰く、地域への甘え方やコミュニティデザイナー気質はここで育まれた。やがて「任せられるタイミング」だと感じ、当時東京に住んでいた東北芸術工科大学時代の後輩・佐々木祥太さんに後を託した。
そのタイミングで映像会社としてのオフィスを探していた際に、平清水で「地域のために建物を使ってほしい」と声がかかる。大江町での活動のように場を開く活動への気持ちは薄れていたが、オーナーのお爺さまが平清水の名主で、この建物を通して地域にコミュニティスペースをつくりたいという思いを聞き、物件の立地や建物の条件から確かにそれにぴったりだと思うようになる。機微荘は、山形市の中心部から車で10分ほど、平清水の入口に位置している。建物の大きさに比べると、駐車場が広く確保でき、徐々に映像会社のオフィスに留めるのではなく、地域に還元できるような空間づくりをしたいと思うようになっていった。
もちろんそうした前提には、映像制作会社としての稼ぎがある。株式会社機微が成り立っていなければ機微荘は維持できない。まちづくりは役割のひとつで、専業にすることではなく、「八百屋さんを営む人がそのまちの子どもたちの面倒を見るように自然なかたちであるべきだ」と菊地さんは言う。オーナーの思いもあり、建物を格安で借りられているからこその恩恵は、まちに還元するべきだと考えたのだ。
機微荘は2025年4月に改修を終え、現在は試用運転中で、映像オフィス以外の活用方法も模索されている。飲食許可を取得したキッチン付きの共有スペースや、2階の宿泊スペースなど、多用途に利用可能な空間がある。「カッコよく言えばオルタナティブスペースだけど、見た目はおばあちゃんの家」と菊地さんは説明する。最近では茶会の開催や、共有スペースをギャラリーにした展示会、地域の人々が使うシェアキッチンなどが行われており、地域との接点をつくる場として機能している。この共有スペースは映像オフィスの奥に設計されており、一見入りにくい場所にも見えるが、訪れた人は映像オフィスで働く菊地さんやスタッフの荒井杏美さんと必ず顔を合わせることで、自然な会話や交流のきっかけが生まれている。
さらにこの場所は、菊地さんの知り合いのアーティストが平清水に出入りする際の入口としても機能しており、その心地よさがリピーターや長期滞在者を生んでいる。こうした小規模な交流の積み重ねは、地域内外のネットワークを媒介する微圏経済の形成にも寄与していると考えられる。
機微荘の内装のリノベーションの設計は仙台に拠点をおくライフレコードアーキテクツ。古民家らしさに依り過ぎず、アクセントにアクリルの素材が混じる絶妙なバランスの内装は、クライアントの菊地さんらしさにも通ずる。
暮らしを介したゆるやかなコミュニケーション
菊地さんが現在、機微荘で最も取り組みたいと考えているのが「園芸部」である。面積の広い庭を開放し、複数の人々が共同で手入れすることで、やがては公園のように誰もが自由に利用できる空間に育てたいという構想である。実際に園芸部のグループチャットを見ると、「近くで用事があったので、トマトの脇にカモミールを植えました」といったかたちで、各メンバーが自主的に庭を耕している様子が窺える。近隣住民から耕運機を借りることもある。山形市中心部に住む人々のなかには「畑をやってみたいが、土地を借りるのはハードルが高い」と感じる層も少なくないが、機微荘の庭はそうした人々へ開かれている。活動はゆるやかで、草刈りやイベント時に声をかける程度だが、そのゆるやかさこそが継続の秘訣である。菊地さんは「無理せず、この場所で暮らしている人が自然に関われる場をつくることが大切」と語る。
庭仕事の合間に交わされる世間話から、新しい地域イベントが生まれることもある。こうした日常的で小規模な営みの重なりは、地域内外の人々の顔の見える関係性を育み、やがて地域の日常や経済活動を柔軟に広げるきっかけとなっていくのだろう。


元々は築60年の民家だった「機微荘」。庭にはブルーベリーなどが植わっている。庭の利活用を図るために、改修時にウッドデッキがつくられた。
外の回路と地域の生活が混ざる
2025年7月には、東北芸術工科大学コミュニティデザイン学科の学生が主催する「並木市」が平清水で開催された。このイベントは、地域の伝統工芸である「平清水焼」を軸に、住民が持ち寄った器を販売する「蚤の市」や、割れた陶器を再利用したワークショップ、さらに音楽イベントなど、多層的なプログラムが展開された。地区の公民館では「平清水音頭保存会」と学生がともに踊る盆踊りが行われた。
当日は機微荘が総合受付として機能し、駐車場はキッチンカーエリアに、庭やウッドデッキはアーティストのライブ会場として活用された。こうして、外部のアーティストや来訪者と地域住民が出会う場が生まれ、機微荘はその拠点としての役割を担った。
こうした多世代の地域住民と地域外の人が交わりの場が生まれる背景には、複数の主体の存在がある。具体的には、地域外との文化的ネットワークをもつ菊地さん、まちに移住してシェアハウスを運営しながら東北芸術工科大学でコミュニティデザインを教える森一貴さん、そして地域に根ざし医療・福祉の活動を行うコミュニティナースのいのまたあきひろさんである。これら異なる専門性と経済圏をもつ三者が協働することで、それぞれの取り組みは互いに重なり合い、地域における小規模な実践の連鎖が生まれつつある。


並木市当日は、機微荘の広い駐車場スペースを活かしてキッチンカースペースに。庭やウッドデッキを活かしてライブ会場に。写真提供:機微荘
顔の見える関係性を軸に、地域と外部をつなぐ
菊地さんの活動は、多様な領域にまたがっていたが、共通していたのは、関係するメンバーの特性を活かし合いながら、DIY的な手法で地域へプロジェクトを展開していた点である。
当然だが、微圏経済をつくる際に私たちが忘れてはならないのは、隣にいるメンバーや、関わる人、半径50メートルにいる地域の人の暮らしだ。印象的だったのは、菊地さんが山形でイベントなどを企画するとき、いつも思い浮かべるのが、「大江町まちなか交流館 ATERA」の運営を引き継いだ佐々木祥太さんとそのパートナーの齊藤美咲さんのおふたりだという話である。東京から山形へ移住してきた彼らがこの地での暮らしを楽しめているだろうかと、自然と気になるという。そうしたまなざしがあること自体が、佐々木さんと齊藤さんにとって、山形で暮らす安心感につながっている。このように、顔の見える関係性、すぐそばにいる人やプロジェクトメンバーとのつながりを丁寧に扱うことが、プロジェクトを始める際の基盤となる。
同時に、菊地さんの活動は地域にこだわらず、外の知り合いとの接続も重視している。近しい関係性を出発点にしつつ、外部の知人や遠隔地の関係者を巻き込むことで、地域に新しい風を起こすことが可能になる。顔の見える関係性を基盤としつつも複層的なネットワークを編むというスタンスは、微圏経済のつくり方のモデルにもなるだろう。言い換えれば、地域内外での人的ネットワークを耕し、日常的に顔の見える関係を重ね、出会いの接点となる場をもつことは、その微圏経済を広げることにもつながるのだ。
取材の最後に、機微荘で様々な初対面の人たちとみんなでご飯を食べた。
注
★1──顔の見える関係性における経済については、「建築とまちのぐるぐる資本論」の山崎亮、連勇太朗の対談「コミュニティデザインから経済を考える」でも議論されている。
URL: https://www.biz-lixil.com/column/housing_architecture/gr2_dialogue_003/
★2──「大江町まちなか交流館 ATERA」は、本連載の「レポート2」で取材されている二戸勝也さんが以前、飲食店を行っていた場所。
URL: https://www.biz-lixil.com/column/housing_architecture/gr3_biken_002/
撮影(特記なし):金田ゆりあ
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
金田ゆりあ
1994年鹿児島生まれ。2018年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2024年より株式会社リ・パブリックに所属しながら、フリーのデザインリサーチャーとしても活動。
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公開日:2025年09月25日

