「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」レポート4

移動から組み立て直す京北のsatoyama微圏経済

寺内玲+松岡大雅(studio TRUE)

現行の経済システムに対するオルタナティブなあり方を探るために掲げられたヴィジョン「微圏経済」を片手に各地をレポートする連載「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」。資源の循環や人々の生活のあり方に注目すべく、今回は里山をレポートする。編集パートナーを務めるstudio TRUEの寺内玲と松岡大雅は、京北エリア(京都市右京区)を訪れた。

ROOTSの拠点のある京北の集落。

京北は京都市北西部に位置し、面積の9割以上を広大な森林が占めている自然豊かな地域である。森林を縫うように川が広がっており、その川は南下して桂川となり、嵐山を経て京都の市街地へと達する。かつてはこの水運を活かし、みやこに食材や木材を供給してきた。現在も林業や農業が盛んで、京都の中心部からも車で1時間程度という立地の良さもあり、居住や観光の需要も高まっている。

今回の取材では、京北でのスタディツアーや移住支援など多岐にわたる活動を展開する「ROOTS」の曽緋蘭(ツェン・フェイラン)さんと、フランスから移住しこの地で建築事務所「2m26」を主宰するセバスチャン・ルノーさんとメラニー・ヘレスバックさんへの取材を行った。

人間と自然が共生する里山

なかなか涼しくなる気配を見せない9月、市街地からレンタカーで京北に向かった。出発からほどなくして、車はどんどん山間部に入っていく。京都という都市が周囲を山々に囲まれた盆地であり、中心市街地と自然の距離が近いことに改めて驚かされる。1時間ほど車を走らせると、長閑な京北の集落に到着した。集落を突き抜ける道路から一本畦道に入ると、立派な瓦屋根の古民家が現れた。この古民家はROOTSが運営する宿泊施設「tehen」といい、京北には数少ない観光客が滞在できる場所である。静かなこの古民家のリビングでROOTS代表のフェイランさんに話を聞いた。

ROOTSが手がける宿泊施設「tehen」。写真提供:ROOTS

日本語の「里山」は英語圏でも「satoyama」と表記され、近年注目を集めている。人間と自然を切り離して考える二元論的な西洋の自然観に対し、人間と自然が相互に関係し合っている空間である「里山」から学ぶことは多い。ROOTSは里山の知恵を現代に活かす「リジェネラティブ人材」を育てることを掲げ、これまで6年間の国際教育研修を通じて約1200人に対してスタディツアーを提供してきた。そして、その参加者のうち毎年数名がインターンシップとして京北に帰ってくるらしい。

一部の英語圏では市民権を得ている「satoyama」だが、日本の都市部で生活を送る私たちはあまり意識的に考えてこなかったように思う。それはノスタルジックな田園風景を礼賛したり、足るを知るという禁欲的なスローガンが連想されたりなど、どうしても現実の社会から遠ざかるようなイメージがあった。だがしかし、取材を通して、京北で行われていることは、現代社会を部分的に再構築しようとする批評的な実践に他ならないと考えるようになった。

入口としてのツーリズム

フェイランさんはこれまでプロダクトデザインやサービスデザインの仕事に従事してきた。京都の大手企業に勤めていた際に、京北にある物件に出会い、15年ほど前に移住したという。フェイランさんが取り組んできた仕事にある中心的な概念は「ヒューマン・センタード・デザイン(Human-centered Design)」と呼ばれるもので、ユーザーの利便性やニーズに寄り添うことを重視する考え方だ。その一方で、京北で暮らすなかで「ネイチャー・センタード・デザイン(Nature-centered Design)」の存在に気づいたという。「自然の循環の中に人間が含まれている」という実感を通じて、人間中心では気づくことのなかった里山の知恵へと目が向くようになった。そして「里山の知恵を、世界につなげる」を掲げてROOTSを創業した。

フェイランさんのご自宅の葺き替えの様子。写真提供:ROOTS

2025年の夏に台湾から学生が来た際には、茅の葺き替え体験をしてもらったようだ。ネイチャー・センタード・デザインを理解するためには、自分自身が循環の只中にいることを「頭ではなく身体を通じて」感じてほしいと願い、実践的なプログラムを組んでいる。フェイランさんは都市生活を否定するつもりは一切ないという。里山で得られる知恵が、国際的なネットワークのなかで作用し、持続可能な社会をつくっていくというヴィジョンを描いている。これをフェイランさんはOS(オペレーティングシステム)に例える。現行の社会基盤となっている資本主義のオルタナティブとして、循環や関係や共有などの里山の知恵をベースにした基盤として「里山OS」を提唱する。ハードウェア(=国や地域)に依存しなくても駆動するソフトウェア(=里山の知恵)の可能性を考えているようだ。プログラムに参加した、オーストラリア、台湾、フランス……、といったバックグラウンドの異なる様々な人たちと共有できる何かが里山にはあるのだろう。

フェイランさんは「里山OSを獲得するまで15年かかった」と前置きをし、それでも数日の体験を提供できるツーリズムの魅力を語る。従来の観光を意味する「Sightseeing(=名所を見る)」に対し、体験したものを通じて、自分自身の人生を問い直すような旅のあり方として「Life-seeking(=人生を探究する)」を提案している。数日のツーリズムであっても、「Life-seeking」では来訪者の何らかの「入口」を提供できると期待を込めている。そのための場としてこの「tehen」のような宿泊施設も手掛けているという。

京北の木材が使用されている「tehen」のサウナ。設計:2m26。

「tehen」のサウナは2m26の設計によるものだ。話を聞けば、2m26のおふたりはROOTSのツアーに参加し、京北に移住したことがわかった。国際的なネットワークから始まるユニークな隣人関係が京北にあることにとても驚いた。そして興味深いことにフェンランさんは2m26に設計を依頼した理由について「最も京北の自然を理解してネイチャー・センタード・デザインを体現している建築家だから」だという。「入口」をともにすることで、単なる移住者の隣人関係を超えて、思想を共有することを可能にしているのかもしれない。

技術と実践のための里山の建築

フェイランさんの話を聞き、そして「tehen」の建築を見たことで、ますます2m26への興味が湧いてきた。そもそも、なぜこんなところでフランス人の建築家ユニットが活動をしているのだろう。自身のルーツがある国以外で設計活動をしている建築家は極めて珍しいなかで、日本を選び、ましてや京北を選んだセバスチャンさんとメラニーさんはどのような方なのだろう。

「tehen」のある集落からさらに車で10分ほど走ったところに、2m26の拠点がある。道路からもはっきりとわかる立派な茅葺き屋根が印象的だ。車で到着した私たちを見つけてくれたセバスチャンさんが、2匹の犬とともに出迎えてくれた。セバスチャンさんは道路脇に車を誘導し、ポストに刺さったAmazonの小包を回収して、私たちを母屋に案内してくれた。開放的な母屋には新旧が混在しており、暮らしながら改修をしている様子が伝わってくる。そのままセバスチャンさんによる2m26のツアーが始まった。

敷地内に点在する動物のための建築。上から鶏小屋、馬小屋、羊小屋。

ここにはとても多くの動物が住んでいた。鶏小屋、馬小屋、羊小屋……。そのすべてに伝統的な技術が反映され、地元の良質な材料が活用されている。そして何よりもプロポーションの美しさが際立つ。2m26は「どんな技術もまずは小さいスケールで試してみる」ことを大事にしているという。茅葺き屋根も最初は鶏小屋で試したそうだ。その土地で採ることのできる自然素材を積極的に使って建設をしている。そうした小さな実験と学習の結晶が敷地内に点在していた。セバスチャンさんは馬小屋の奥にある廃屋を指差し「茅葺きの新築をつくろうと思っている」と次なる実践の展望を教えてくれた。

右手に廃屋、中央に馬糞の山、左手に道路が通る。

未来的な里山の暮らしとランドスケープ

広大な敷地を案内してもらったあと、畑作業をしていたメラニーさんも合流して、母屋でランチをともにした。夏休みということもあって、2m26にはスイスから2名の建築学生がインターンに来ていた。私たちを含めて総勢6名で食卓を囲んでも、母屋の土間は依然開放的で広々として感じられる。ランチを終えると学生たちは羊小屋の方に向かっていった。
マキネッタで淹れてくれたエスプレッソをみんなで飲みながら、2m26の活動について深く聞いてみた。やはり気になるのは動物がたくさんいることで、犬・猫・鶏・馬・羊・アヒルが暮らしている。「自分たちだけでは土地の手入れできないから、動物たちがともに働いてくれる」と、里山での暮らしに動物たちが欠かせないことを強調していた。1ヵ所に集められた馬糞はそのまま堆肥になるし、その馬糞に含まれる餌を鶏が食べて、敷地内の至る所に鶏糞を落とすことで、敷地全体の土壌が改良される。また羊は雑草を食べることで敷地の管理を容易にしてくれると同時に、羊糞もまた堆肥となる。ここの動物たちは、持続的に大地を維持していくための重要な役割を担っているのだ。

雑草をモリモリ食べる羊たち。

2m26の敷地の中央には小川が流れており、羊は対岸で暮らしている。かつてはこの土地全体に田んぼが広がっていたらしいが、移住してきた時にはもう耕作放棄地となっていたようだ。誰も管理していなかった川の向こう側を指差し「だから今は羊が管理しているんだ」と説明してくれた。セバスチャンさんは「リモートワーカーよりも羊の方がランドスケープに貢献している」と里山の状況を皮肉っていた。

「私たちは過去に戻っているのではなく、未来を生きている」。

2m26は伝統的な技術や持続可能な里山の知恵をふんだんに活用しながらも、それらを自在に組み換え、里山での新たな暮らし方を実践しているのだ。それはおふたりにとって重要な創造性にもつながっているという。「暮らしが忙しすぎるからクライアントワークは春しかできない」と言っていたが、その仕事で生まれている作品もとてもユニークである。去り際に次に制作する予定のかまどのスケッチを見せてくれた。大きい模造紙に小さいスケッチがびっしりと描かれている。何らかの創造のためには、ゆとりのある空間や時間が必要なのかもしれない。

川の対岸から2m26の拠点を眺める。

移動の自由と微圏経済

取材からの帰路で「京都里山SDGsラボ ことす」という施設を偶然見つけたので訪れてみた。京北産の木材がふんだんに使われたこの施設は廃校になった小学校をコンバージョンしているようだ。京北が地元だという受付の女性は、京北トンネル(2013年開通)のおかげで市街地へのアクセスが向上して、京北も便利になったという。移動がしやすくなることで、暮らしの利便性が高まったり観光客の受け入れがしやすくなったりしている。そのような時代背景の延長に、ROOTSや2m26の活動があると考えることもできそうである。

「ことす」の背後にも川が流れる。

京北のような立地の良い里山は、都市部の様々な需要の供給源になってきた。かつては川という輸送網によって、みやこと京北は接続されていた。川が物事の移動を媒介し、その間に連続的な風景をつくっていた。森林で伐採された木材は丸太となり、川を下っていき、都市部をつくっていった。聞きなじみのある京都の「丸太町」という地名は、川を下ってきた丸太が積み上げられている風景から付けられた名称だ。

一方で、近代化が進み移動が自由になると、川で接続されていたみやこと京北は切り離されることとなった。今では大型トラックが京北から丸太を運び出すし、より安い木材が海を渡ってやって来る。グローバルマーケットの競争力にさらされ、現在の京都の市街地に建つ住宅に京北産の木材が使われることはほとんどない。

あらゆるものの移動が自由になされることは、資本主義の功罪であり成果でもある。フェイランさんが移住できたり、海外からROOTSのスタディツアーに参加する人がいたり、2m26が拠点を構えて暮らしながら設計活動をしたり……。こうした資本主義的な移動を積極的に組み込みながらも、里山の知恵や可能性を見出していく実践が京北にはあると言えないだろうか。

微圏経済を考えることは、資本主義から完全に独立した圏域を模索することではない。それと同時に、ミニマルで素朴な営みを発掘することだけでもないはずだ。京北で見てきたものは、グローバル資本主義が構築した近代的な「移動」を武器に、新しい人流と人々の経験をつくったことで生まれた、人間と自然が共生するための未来の暮らしの萌芽である。

そういえば2m26が飼っていた2匹の馬は、それぞれ流鏑馬やぶさめと競馬で活躍してきたそうだ。この馬たちもまた京北にやって来た。馬の餌になる牧草は、京北の湿度では冬場まで保存ができないためアメリカから輸入している。ROOTSと2m26を中心に京北を訪れてみると、移動の恩恵を最大限活かしつつ、社会のあらゆる物事を組み換えながら、現行の資本主義に対する批評的な実践と暮らしを創造することの可能性が見えてきた。

撮影(特記なし):studio TRUE
サムネイル画像イラスト:荒牧悠

studio TRUE

寺内玲と松岡大雅によって2023年に設立。 デザインを通して共同体と循環をつくることを掲げ、建築・都市のリサーチデザインや自費出版、サーキュラーデザインやキュレーションなど多岐にわたる活動を展開。

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公開日:2025年10月28日