「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」座談会2
まだ見ぬ微圏経済の空間
studio TRUE+建築ダウナーズ+金田ゆりあ+連勇太朗
「微圏経済」とは、現行の資本主義システムに重なる、「小さく、自律的で、DIY的に構築可能な、もうひとつの経済の循環」というヴィジョンです。2025年7月から始まった本連載「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」は、共同編集チームのstudio TRUE、建築ダウナーズ、金田ゆりあさんが各地へ足を運び、「微圏経済」を探索し、報告を行ってきました。
この最終回では、それらを振り返りながら、微圏経済をいかにつくり、もち、描くことができるのかを議論しました。
連勇太朗 微圏経済という試み──ぐるぐる資本論序説
バックナンバー
座談会1 「建築とまちのぐるぐる資本論から「微圏経済」を考える
studio TRUE|レポート1 日々の営みのなかに立ち上がる湯梨浜町の生態系
建築ダウナーズ|レポート2 生産圏と商圏とその間──山形県のアスパラガス農家(二戸勝也)とデザイナー(吉田勝信)の周囲
金田ゆりあ|レポート3 顔見知りから始める微圏経済──GAMPEKI、茶酔、機微荘の活動
studio TRUE|レポート4 移動から組み立て直す京北のsatoyama微圏経済
建築ダウナーズ|レポート5 自分たちの手でインフラを整える──石川県珠洲市の災害後の時間
金田ゆりあ|レポート6 ケアをまちで分配する──長野県上田市「のきした」の関係性
共同編集チーム。左から建築ダウナーズ(千葉大さん、吉川尚哉さん、菊池聡太朗さん)、金田ゆりあさん、studio TRUE(左から寺内玲さん、松岡大雅さん)、連勇太朗さん。
6つの圏域と営みを振り返る
連勇太朗:
「微圏経済」というヴィジョンをめぐって半年間の取材とレポート執筆、おつかれさまでした。どのように動いているのか実体がわからない巨大な資本主義とは違って、人と人、物との具体的な関係をもとにした経済を見せてもらったような気がします。どれも素朴というか、原初的というか、今の複雑極まった経済の根本にある、価値をやり取りする社会の原型を見せてもらったような気がします。まずは、それぞれから振り返りのコメントをお願いします。
寺内玲:
私たちは1本目の取材(レポート1)で、鳥取県の湯梨浜町へ行ってきました。とても小さなまちでしたが、本屋「汽水空港」、ゲストハウス「たみ」、映画館「jig theater」という3つの拠点が徒歩圏内にあり、独特の文化が育まれていました。「汽水空港」の店主で、湯梨浜町議会議員のモリテツヤさん、ゲストハウス「たみ」のオーナーである蛇谷りえさんらに話を聞きましたが、印象的だったのは、彼らがひとつの方向を向いて一緒に活動しているのではないということです。自立的でありながら、ゆるやかな共鳴もあり、そこに小さな循環=「微圏経済」と呼べるものがありました。
モリさんは本屋を営むなかで、地域の課題についてまちの人たちと共に考えていかなくてはならないという使命感が生まれ、2025年に立候補して町議会議員になっています。とても志の高いことだと思いました。
左から松岡さん、寺内さん。
松岡大雅:
2本目の取材(レポート4)では、微圏経済と大都市圏の関係性も考えてみたいと思い、僕たちの拠点の京都から近い「京北」を取材しました。農業・林業など、かねてより京都の市街地を支えてきた里山と呼ばれる地域です。人間の営みと自然が共生するこのようなエリアは、昨今、海外の友人からも「satoyama」と呼ばれ注目を集めています。
訪ねた建築事務所「2m26」のセバスチャン・ルノーさんとメラニー・ヘレスバックさんは、本当にたくさんの生き物に囲まれて生活していて、衝撃的でした。それらは里山と聞いてイメージされるものとは違い、犬・猫・鶏だけではなく、馬・羊・アヒルも共に暮らしていました。「猫以外は土地の維持に何かしら役立っている」そうです。猫に至っては何匹飼っているのか把握していないと。スイスから建築学生がインターンとして来ていましたが、脱走してしまった羊を探していました(笑)。
動物のための建築をつくっていて、例えば羊の小屋で木造の伝統構法を試してから、人間のためのスケールへと展開しようとしています。現代的に言えば「モア・ザン・ヒューマン」や人間中心主義批判を、自身の生活や制作の延長で実践しているように見えました。
大変そうな生活を送っているようですが、実はとても自由に生活を構築していて、「Amazonはとても便利だね」とか「YouTubeで茅葺きを学んでいるよ」とも言っていました。過去に戻るのではなく、未来の暮らしの実践でした。
寺内玲:
ちゃんと地元の木材を使ったり、製材所の人々などとも密接に関わりをもっています。地域の共同の祠を依頼されたことが、京北で一生生きていこうという決意につながったそうです。
自給自足に近い生活はとても忙しく、ほとんどクライアントワークをやっていないとも言っていました。取材の打診に対しても、「昼食を買ってきてくれるのであれば受ける」という返信で、おそらく野菜を収穫したり昼食をつくる時間が取材によって削られてしまうからだったと思います。金銭よりも時間について、深く考えていたようでした。
松岡大雅:
彼らは手を動かしてつくることがとても好きで、ちゃぶ台のようなワークデスクでセバスチャンさんがとても大きな紙に竈のスケッチをたくさん描いていたのも印象的でした。僕らの東京の小さなオフィスではああいうスタディはできないです。思考の広さは空間の広さと連動していると思います。
菊池聡太朗:
建築ダウナーズは、1本目の取材(レポート2)で山形県の最上町、大江町、中山町などを取材しました。アスパラガス農家・採集者・料理人の二戸勝也さんと、採集者・デザイナー・プリンターの吉田勝信さんに話を聞きましたが、「生産圏」と「商圏」という言葉が特に印象に残りました。前者は広い土地があってものづくりに適しているところで、後者は人が多く商売に向いているところです。例えば吉田さんは、生産圏の山でたくさん採れるけれど、ありふれた植物であるくるみを採集し、それらに通常とは異なる、インクの原料という使い途を見出し、広い工場で実験・加工して商圏に持っていくことで、新しい価値が生まれます。余剰から生まれるものを商圏へ接続させることで、「外貨」が手に入ると。
千葉大:
余剰とは、工場や店舗の稼働していない空間・時間でもあります。そこに、異なる目的をもった人が入って、使うことで新たな生産が生まれます。吉田さんと二戸さんを中心とした音読会では、デヴィッド・グレーバー、マルセル・モース、折口信夫などを読んでいて、余剰や資本といった概念についてとても意識的なのだと思いました。
吉川尚哉:
当然ながら生産圏は独立的なコミューンとして成立しているのではなく、別の地域、都市の商圏との経済的なつながりがあります。吉田さんと二戸さんのふたりの関係性を微圏経済の最小単位として捉えた時も、それは独立して閉じた圏域ではなく、近くのまちに住むアルバイトが訪れたり、東京や大阪など離れた都市に住む人がオンラインで参加したりするような、別の土地とのつながりをもった圏域という捉え方ができそうです。
左から千葉さん、菊池さん、吉川さん。
菊池聡太朗:
長期的な関係性も印象に残りました。通常の仕事のように、最初に契約をして、納品して、支払いがあって終わりではなく、アイディアや物の交換、仕事の関係を長く維持して、短期的なお金のやり取りにこだわらず、最終的に帳尻が合うようにゆるくやっていく。
吉川尚哉:
2本目の取材(レポート5)では、能登半島地震後の珠洲市を訪れました。震災前は、風土に根ざした生活を営みながらも、観光地という意味では商圏だったと思いますが、災害の影響によって観光客が減り、民宿が閉じられたり、観光業に関わる人もどんどん減っていて、厳しい状況がありました。
取材した銭湯「あみだ湯」は、震災前は1日70人程度の利用だったのが、震災後の一時は1日600人ほどに利用されていたそうです。それは、地下水を使って、建築廃材を燃やし、ボイラーで炊くことで、いち早く営業を再開できたからです。連さんが、「微圏経済は大規模な災害や金融危機の際のセーフティネットにもなる」(★1)というように書いていましたが、まさに銭湯がセーフティネットとして機能したわけです。ただ、全国の銭湯を研究している方に聞いた話では、珠洲市は人口が少なかったから成立したとも言えるそうです。仮に東京のような大都市で災害が起きたら、ガス炊きの銭湯は営業ができなくなるかもしれませんし、そもそも人口と銭湯の数からして、都市の人々をすべて受け入れることはできません。
千葉大:
震災特需として一時的に解体業者さんを受け入れる宿がフル稼働になったり、飲食店が賑わっても、それが長く続くとは限りません。ただ、珠洲ではそのような一時的な状況に対し、震災以前から続けていた活動の延長として、現地の方々が工夫しながら対応していたことも印象的でした。
菊池聡太朗:
都市では公共サービスとして無意識化されていますが、珠洲の取材では、水道、道路、銭湯などのインフラも自分たちで触り、維持していくことの重要性に気付かされました。
金田ゆりあ:
私は1本目の取材(レポート3)では、現在山形市の平清水町で活動している菊地翼さんにお話を伺いました。菊地さんの活動のひとつである野外音楽フェス「GAMPEKI」は、交通の便が決して良いとは言えない場所で開催されますが、チケットの販売の仕方がおもしろかったです。あえてすべてオフラインで、自分たちが信頼している人たちのお店のみで販売するという独特のものです。いわゆるSNSのターゲッティング広告やオンラインプラットフォームのアルゴリズムに依存しないネットワークで販売することで、顔見知りの店のグルーヴが身体化されたようなリアルなフェスの場を生み出しています。また、仲間たちと集まって何杯も中国茶を飲む茶酔の活動や、平清水でのオフィスの庭を地域の人とつくる活動など、長期的かつゆったりした人間関係をつくり出していることも印象に残りました。
2本目の取材(レポート6)では、長野県上田市で主にケアに関わるたくさんの方々に話を聞くことができました。映画館、福祉施設、劇場、ゲストハウス、本屋、工務店など、多様な担い手それぞれが大事にしたい価値感、例えば「まちの色んな場所の中に多様な居場所があること」が共有されていて、それが「のきした」という活動になっています。
レポート1の鳥取・湯梨浜町と同じく、明確な旗振り役がいるわけではなく、また、全体でミーティングが行なわれているわけでもないのですが、普段から顔を合わせる関係性は小さな流通によって成り立っています。例えば、リベルテがつくるクッキーを映画館や本屋で販売しているので、その搬入で顔を見合わせるといったやりとり=微圏経済のなかで、有機的なケアの関係性がありました。
金田さん。
連勇太朗:
明確に旗振り役がいるわけではなく、同じ場所で同じタイミングで似た方向性の人たちが実践を始めているというのがおもしろいですね。また、ケアに関しては、東畑開人さんが、メンタルダウンした人に対して、社会復帰に向けた変化を促すセラピーに対して、変化ではなく「維持」や「保護」を重視するケアは経済と相性が悪いといったことを書かれています。「会計の声はセラピーに味方する」「会計の声はケアに冷たい」と書いていましたが(★2)、要するにケア的なるものは生産性や効率性とは対極にあるわけです。どのように各場所の運営は経済的に成立しているのでしょうか。
金田ゆりあ:
経済的な面ではやはり皆さんも苦労されているようでした。例えば、「上田映劇」は、現在は単年度の助成金によって子どもの居場所事業はできているそうですが、より大きな「信州型フリースクール」の制度に則ろうとすると、訪れてくる子どもの管理をしないといけないようです。そういった制度的なコントロールと柔軟さが求められるケアの両立がなかなか難しいのだと思いました。また、大家さんによるまちのための長期的な投資への理解も重要なポイントでした。「犀の角」は、元銀行の建物を改修してゲストハウスや困難を抱える女性向けのシェルター、さらには劇場などの複合的な機能をもつ場所ですが、オーナーの荒井さんが大家さんと交渉して、一年分の給与と改修費を大家さんが担ったと聞いています。まちのためになることをしている人に長く借りてもらうことで回収するというスキームです。さらに、上田市では、民間企業のバリューブックスが、就労支援の「のきした仕事事業」を支えているという側面もあります。
経済の視点のみで見てしまうと、ケアの活動を成立させるのはなかなか難しいですが、ケアの受け入れ側が、ケアを担うことによる自分たち自身の変容をポジティブに捉えていました。また、ケアの負担を一箇所に集中せずに、まちに住む人たちで少しずつ受け止めて、支え合うことが重要なのかもしれません。上田映劇は、子どもの居場所だからこそ、その親が来やすい場所でもあります。ふと話すことから大変な状況にあることがわかり、そこからやどかりハウスを紹介したりなど、受け入れに困る方が来たときに相談できる人がいること、受け止めてパスを出す先をお互いに把握していることが、ケアの土壌になっています。そうしたケアを受け入れる価値観の醸成には、やはりリベルテの存在が大きいと感じます。地域に障害のある人が当たり前にいることで形成されてきたとも言えます。
連勇太朗:
大都市では情報やアクターが多く、実体としての経済を感じにくいわけですが、冒頭に述べたように6つのレポートには、価値の交換や循環、助け合いや幸福を基盤にしたポジティブな人間感情やコミュニケーションの原型が描かれている印象を受けました。レベッカ・ソルニットは、大規模な災害の後に一時的に相互扶助や連帯によってコミュニティが出現する「災害ユートピア」(★3)について書いています。また、資本主義のもとでは相克的な関係性、競い合いしかないようにも思えますが、実は人間には相乗的な性質があるというのは「建築とまちのぐるぐる資本論」の大澤真幸さんとの議論や大澤さんの著作でも出てきた話題です(★4)。人間のもっている相互に助け合い、高め合う性質を基盤にした経済のあり方を考えるために「ちゃんと資本主義をやる」と特集でも言ってみたりしました。そうした感情、性質、良き経済循環を安定的かつ持続的な仕組みに育てていけるか、さらに大きなシステムに影響を与えられるかが、取材から見えてきた課題ですね。災害ユートピアも持続可能ではないと指摘されています。
微圏経済はデザインできるのか
連勇太朗:
さて、微圏経済にとっては、居場所や空間、スケールをもった物理的な領域が肝です。建築や都市の専門的な知見からどのようなことが考えられるでしょうか。
松岡大雅:
商圏というキーワードはおもしろいと思いました。地元のおじいちゃんやおばあちゃんがご飯を食べに来る食堂のような小さく閉じた商圏がある一方で、その最も対極にあるのがグローバルな自由市場としての大きく開かれた商圏です。今日の議論を聞いていて、様々な大きさの商圏があるなかで小さな商圏を保ったり、つくり替えたり、新たに生み出したりするためには、開かれ方を考えることが重要だと思いました。そのなかでも集まれることは大切で、人々が参加できる物理的な空間が必要だと感じます。
吉川尚哉:
取材のなかで、微圏経済と空間とを結びつける難しさを常に感じていました。レポートでは、ある微圏経済があり、それに即して立ち上がっている空間や風景がある、あるいは、何らかの特徴的な建物や空間があり、それによって微圏経済が成立している、ということを期待していたのですが、そのようには描けなかったというのが結論です。ただ、まちや建物同士の物理的な距離感や、関係性を含めたネットワークのような図を描ければ良かったと思っています。
金田ゆりあ:
上田市で見てきた映画館、本屋、やどかりハウスのあるカフェなどは、まちにある古い建物を改修した場所で、特別な建築ではないし、逆になじみのある空間だから安心するのかもしれません。空間のデザインというよりは、例えばリベルテの一拠点と、「26bldg.」が同じ通りに面していて、なおかつ、それぞれが独立しているという配置がとても重要だと思いました。
連勇太朗:
どのレポートでも、「車で何分移動したとか」「これとこれはどれくらい離れているとか」、人や物の距離や移動についてよく描かれていましたね。もしかしたら、それらは言葉で何キロメートル、徒歩何分などと書かれるよりも、図で描いた方が浮かび上がってくるものがあったと思います。「描き方」について考えることもこの取材のテーマだったので、そういったことも読みながら思いました。
もしかしたら、微圏経済と空間デザインの問題が結びつけられなかったというのは、実は私たちが想像するデザインや建築が限定的なのかもしれません。珠洲市の「あみだ湯」の溜まり場はどんな空間でしたか?
千葉大:
小上がりのあるごく普通の空間で、まるで「実家」のようでした。以前伺った際には、そこでボランティアの人たちとホットプレートで食事をしたり、仮眠していた人もいました。改めて振り返ってみると、番頭さんが気さくで求心力をもっていたと思います。本来、銭湯の番頭さんは、番台の配置を鑑みても監視・管理することが仕事だと思うのですが、一方的に監視・管理されている印象はまったくなかったですね。むしろ身の上話をお互いできるくらい話しやすかったですし、器量を感じました。
松岡大雅:
東京国立博物館の展覧会チラシは、あえてかっこ良くし過ぎないという匙加減がポイントと聞いたことがあります。グラフィックデザインや建築を学ぶと、つい作品性を高めていくことを考えてしまいますが、多くの人を動員するようなコミュニケーションにとってはあまり役に立たないこともあります。
連勇太朗:
デザインによって入ってくる人を限定してしまうという問題ですね。私たち@カマタが運営している東京・大田区の「KOCA」(設計:@カマタ+馬淵建設一級建築士事務所、竣工:2019年)も、たまに地域の方から「おしゃれな雰囲気で入りにくかった」という声を聞くことがあります。私たちが考える「よいデザイン」というのが実は非常に限定的な価値観をもとにしているのかもしれません。
金田ゆりあ:
野外音楽フェス「GAMPEKI」は、ブッキングのセンスが飛び抜けたフェスなので地域の人たちはあまり足を運ばないようです。ただ、会場近くの喫茶店「キャット・ハンド」がハブになって地元の方々に情報を伝える役割を担っていました。日常的な喫茶店などのお店が接点になる可能性はあると思います。
松岡大雅:
汽水空港のモリさんは「硬くても、マニアックでも、全員に関係のある本なんです。自分の店に並べているのは、人類みんなに関係のある本なんですよ」と言っていたのを思い出します。単純に地元のニーズに寄り添っているわけではありません。京北の「ROOTS」や「2m26」も、地域の中では異質な存在ですが、だからこそまちに新しい風景と人の流れをつくっていると思います。
寺内玲:
2m26のふたりは、日本語があまり流暢ではないのですが、逆にそれによってうまく地元と付き合っているようでした。「微圏経済」は、一見丁寧なコミュニケーションが重要だという話になりそうですが、実はそうとは限らないのがおもしろいところだと思います。
連勇太朗:
東浩紀さんが言う「誤配」を思い起こします。デザインや建築の力は誤配を実際に起こすことができるところにあるのかもしれません。今まで地域の中になかった場所をつくることで、地域の中で興味をもって出入りするような人が現れ、その人が他の人たちも連れてきたりするといったことがあるように。
かっこいいか、普通か、そのどちらかが良い・悪いという話ではないですね。地域内の人との関係を考えたり、ケアということを考えると、そうした予期せぬ出会いが生まれる場所があることが重要だと思います。そのためのよいデザインとは何なのでしょうね。
乾久美子さんたちの「小さな風景からの学び」は、匿名的な空間や場所の良さを探求しています(★5)。物がきれいに並んでいるとか、同じ物がたくさんあるとか、分類と名付けを行っていました。先ほど「ごく普通の空間」と言われていましたが、実はもっと広く深く観察するとで、微圏経済につながる空間やデザインのあり方が見つけられるのかもしれません。
想像力の源泉としてのストック
菊池聡太朗:
山形の吉田勝信さんの広い納屋を活用した工場は、機械や道具のレイアウトがとてもきれいで、かといって整理され過ぎているわけでもないのが心地良く、実験的なものづくりやゲストの訪問を許容する雰囲気をもった空間でした。
松岡大雅:
2m26の建築は、屋根と収納のデザインが肝だと思います。ディテールには伝統構法を採用し、材料には地域の木材を使用しているので、京北のオーソドックスな建築とも言えます。それでありながら、屋根の形状が端正でありながら独特なのが印象的です。そしてその屋根の下にある収納が次にデザインされています。例えば作業場には木工のための工具が入る大きな収納があり、馬小屋の横には馬具や牧草が入る納屋があります。収納とは、まさにそこで起こることを想像してデザインされるものです。
連勇太朗:
改めて収納について考えてみるのはおもしろいかもしれないですね。例えば、都内の住宅では、収納は日用品や衣服をどう収めるかという話になりがちです。また、スペースが限られているので使わないもの、つまり今価値が認められないものを保管しておくことは実際的に難しいです。一方、微圏経済のための空間を考える際に、「置いておく」「保管しておく」ことができる場所があるというのは非常に重要なことなのかもしれません。今の自分には必要のないものだけど、未来の自分や、自分ではない他の誰かにとって価値になるようなものを「とりあえず」置いておくことができるか。こうして考えてみると、狭いワンルームマンションの一室で微圏経済を実践するのは難しいということがわかってきます。
金田ゆりあ:
ものを置いて使うという話を聞いて思い出したのは、日本語の庭の語源は「土間(にま)」からという説です。道具があって、様々な作業やメンテナンスを行える場所。アメリカであればガレージのように、日々メンテナンスをして作業する場を指しているのですね。
連勇太朗:
スティーブ・ジョブズはガレージで起業したと言われますが、まさにお金はなかったけれど空間的な余剰があったから、イノベーションが起きたわけですね。
松岡大雅:
徳島県・神山町の巧みな工作をするおじいさんたち「FAB-G」は、例えば塩ビ管と角材と竹をなんとなくまとめて立てかけていたり、「緩い分類/保留」をしていると指摘されています(★6)。道具だけでなく材料に関しても、準備の仕方を考えることはできそうです。このような準備のための空間が、想像力、ブリコラージュの源泉であり、微圏経済をデザインするうえで重要な役割を担っていると感じました。
連勇太朗:
ロン・ワッカリーの『ポストヒューマニズムデザイン──私たちはデザインしているのか?』(明石書店 、2025年)という本が最近邦訳されましたが、そのなかで「協議体」というコンセプトが出てきます(★7)。ワッカリーは、何かをデザインしようと思った段階で、関係するアクターや事物を招集するのでは遅い、と言っています。まさに請負の仕事は基本的にそうなっていますね。スタート時点が明確にあるという……。そうではなく、日々の暮らしや産業との関わり、人間アクター、非人間アクターとの日々の関係性が大事で、単独のデザイナーではなく、それらの集合としての協議体をつくることが大事だと。おそらく、建築やデザインの評価を決めるのにもデザイナーの協議体が関係してくると思います。
取材先の地域には既に素晴らしいデザイナーの協議体があり、これからも独自の経済や空間が生まれてくる可能性があると希望を感じました。
連さんの自邸にて。
注
★1──連勇太朗「微圏経済という試み──ぐるぐる資本論序説」
https://www.biz-lixil.com/column/housing_architecture/gr2_conclusion_001/
★2──東畑開人『居るのはつらいよ──ケアとセラピーについての覚書』医学書院、2019年、p.319
★3──レベッカ・ソルニット『災害ユートピア──なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』亜紀書房 、2010年
★4──大澤真幸+連勇太朗「相乗的なコミュニティへ──変容しつつある資本主義のなかで」
https://www.biz-lixil.com/column/housing_architecture/gr2_dialogue_004/
★5──乾久美子、東京藝術大学乾久美子研究室『小さな風景からの学び』TOTO出版、2014年
★6──石川初『思考としてのランドスケープ 地上学への誘い:歩くこと、見つけること、育てること』LIXIL出版、2018年、pp.034-039
★7──ロン・ワッカリー『ポストヒューマニズムデザイン──私たちはデザインしているのか?』明石書店 、2025年、p.265
文責・撮影:富井雄太郎(millegraph)
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
[2026年1月7日、連さんの自邸にて]
studio TRUE
寺内玲と松岡大雅によって2023年に設立。 デザインを通して共同体と循環をつくることを掲げ、建築・都市のリサーチデザインや自費出版、サーキュラーデザインやキュレーションなど多岐にわたる活動を展開。
建築ダウナーズ
東北大学大学院都市・建築学専攻の同期、菊池聡太朗、千葉大、吉川尚哉によるデザインチーム。展示空間の什器や家具の設計・制作のほか、近年は林業と建築のつながりに関するリサーチを行う。在学中より展示デザインなどに携わり、大学院を修了した2019年に結成。
金田ゆりあ
1994年鹿児島生まれ。2018年慶應義塾大学総合政策学部卒業。2024年より株式会社リ・パブリックに所属しながら、フリーのデザインリサーチャーとしても活動。
連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)
1987年生まれ。建築家、博士(学術)。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。
主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版社、2017年)。
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公開日:2026年01月27日

