「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」レポート1
日々の営みのなかに立ち上がる湯梨浜町の生態系
寺内玲+松岡大雅(studio TRUE)
「経済」とは本来、暮らしを成り立たせるための仕組みであり、営みであるはずだ。本連載「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」では、利潤の最大化を目的としない、もうひとつの経済圏=「微圏経済」の姿を探っていく。人・物・出来事・お金の新しい関係性や循環を生み出す、小さく自律的な経済システム、そのメカニズムを考える手がかりを得るために、編集パートナーを務める私たちstudio TRUEの寺内・松岡は鳥取県東伯郡湯梨浜町を訪れた。

バスから降りた際に見える風景。温泉跡地の空地と湖が見える。
湯梨浜町は、鳥取県の中央部に位置するまちで、2004年に旧羽合町・泊村・東郷町が合併して誕生した(今回私たちが訪れたのは、かつての東郷町エリアである)。人口は2020年時点で16,055人。日本海に面し、まちの中央には周囲約12kmの汽水湖・東郷湖がある。まちの中心部にある松崎駅を降りると、目の前に湖が広がり、その周りに住居エリアが点在している。かつては県内で2番目に大きい温泉地である東郷温泉が賑わいを見せていた。取材の前日には、湖を囲んで「水郷祭」という夏祭りが開催され、地域の店や住民で賑わっていたらしい。
本屋「汽水空港」の店主であり、湯梨浜町の町議会議員でもあるモリテツヤさん、そしてゲストハウス「たみ」のオーナーであり、うかぶLLC共同代表でもある蛇谷りえさんへのインタビューを中心に、湖のほとりにある廃校活用のミニシアター「jig
theater」での映画鑑賞などへの取材を通じて、湯梨浜町の「微圏経済のつくり方・もち方・描き方」を探った。湯梨浜町には「微圏経済」として私たちが想像していたものとはまったく異なる風景が広がっていた。

JR松崎駅を出た先にはかつてあった東郷温泉へのゲートが。
生きるために必要なことこそが経済
鳥取空港からバスで約40分、松崎駅で下車した私たちは、静かなまちを歩きながら、湖を望む場所に佇む本屋「汽水空港」へと向かった。
店内は細長く奥へと続き、建築、社会学、哲学、現代美術など多岐にわたるジャンルの本が並んでいる。一段高くなったレジカウンターは、小さなカフェスペースを兼ねている。奥では店主のモリさんが、お客さんと穏やかに言葉を交わしていた。駅前の静かな雰囲気とは対照的に、店内には若者や子育て世代の家族の姿があった。

汽水空港店内は多様なジャンルの本がモリさん自作の本棚に並んでいる。
関東で農業研修を受けていたモリさんが、湯梨浜町に移住したのは2012年。きっかけは、その少し前に同じまちに拠点を構えていた蛇谷さんの存在だったという。最初はゲストハウス「たみ」に居住し、生活を始めた。
「本屋をやるために必要だったのは、まず“食べていける”ことだったんです」。そう語るモリさんは、「生きるために必要なこと」こそが経済の基礎だと考えている。本の売上に依存せずとも暮らせるよう、自給的な食の基盤を築こうと自分の手で畑を始めた。
また、モリさんは2015年まで地元の左官職人に弟子入りし、左官のアルバイトをして生活のバランスを取ってきていた。そのなかで、建築現場でのアルバイトや執筆の仕事、店の売上が伸びてきたことや、まち自体が変化していったこと、加えて図書館との連携(★1)などの新しい展開があり、生活が安定してきた。手探りにやってきたことが展開していく。汽水空港の建物も、長屋の空きスペースをパッチワークのようにつなぎ合わせ、奥へ奥へと拡張されている。モリさんの思索と実践が、自身で左官を施した建築空間にもそのまま現れているようだ。
資本主義のなかで本屋という商売を、この場所でどう成り立たせていくのか。2015年に汽水空港をオープンさせてから10年。モリさんは自らの身体を通じて、その問いに応えようと日々を過ごしてきた。本屋は、モリさんにとって「資本主義社会における課題と向き合うための手段」である。「だから本屋をやめたら、その問いそのものからも離れてしまう」と語る。

正面間口は狭いが奥行きは長い。モリさんが自分で拡張したとのこと。
取材後、汽水空港の店内で、モリさんが所属していた左官職人の下で現在働いている若者に出会った。彼は左官の仕事をやっていくうちに、立体作品の制作を始めたという。彼が関東から湯梨浜町に引っ越して来た理由は、汽水空港のような文化がまちの中にあったことがきっかけだったと言っていた。そしてそんな文化に触れながら自身も何かをつくり始めている。
「この社会で気持ちよく生きていくにはどうしたらいいか」。そんな問いを本という媒介を通して考え続けるモリさんは、生活への小さな介入から自らの経済圏を少しずつ広げている。
畝のようなまちの生態系
汽水空港から徒歩10分ほど、湖を見下ろす丘に位置するのが「jig
theater」だ。かつて小学校だった建物の一室を活用したミニシアターで、物流に使うパレットの上にマットレスが敷かれた座席(デザイン:奥泉理佐子)が並ぶ。県内外から人々が訪れるこの場所では、柴田修兵さんと三宅優子さんが選んだ映画が毎月上映されている。
訪れた観客の多くは、映画の前後に汽水空港に立ち寄ったり、たみに宿泊したりと、まちの中を巡る流れを生み出している。汽水空港では、jig
theaterで上映された映画に関連する書籍を特集したコーナーを設けることもあり、理念や活動を共鳴させながら、売上や集客にも好影響を与えているという。

jig theaterは丘の上から湖を見下ろす位置に佇んでいる。

運営のおふたりとシアター内部の様子。写真提供:jig theater
jig
theaterは「湖のほとりから戸惑いを案内する小さな映画館」をコンセプトに運営されている。また、汽水空港は「世界に幅と揺らぎ在れ。」をキャッチコピーにしている。明確にわかりやすいエンターテインメントを提供するのではなく、揺れ動いていく世界への可能性を感じているというスタンスが通底している。
モリさんはこの関係性を、畑の「畝(うね)」にたとえる。足りない養分をただ補うのではなく、既にある畝を壊さず、伸びた草を刈って土に敷き、じっくりと土壌を育てていくように、店や人の存在がまちに自然と根を張り、次のプレイヤーが加わりやすくなる。そんなふうに、湯梨浜町の生態系は育まれている。
jig
theaterではアメリカの映画監督であるショーン・ベイカーの初期傑作選として、4本の映画が上映されていた。わたしたちはたみで目を覚まし、朝一番の回の『スターレット』(2012年)という映画を観た。偶然に出会ったふたりの不思議な関係が、揺れ動く周囲の環境、状況のなかで強固になっていくというストーリーだった。マットレスの座席に寝転がりながらセレクトされた映画を鑑賞したことで、jig
theaterが湯梨浜町に根を張り、ミニシアターを運営し、それが県内外の人にとって重要な文化の拠点になっていることが身をもって理解できた。
たみにはjig theaterで映画を観るために東京からやって来たという人がいた。映画を観た後に汽水空港にも寄ったらしい。
たみ、汽水空港、jig theaterという畝のように生まれた三者の生態系は、多様な人にとっての堆肥にもなっている。
独立・自律を受け入れる寛容さ
「生態系ができている」と聞くと、地域の人々が同じ方向に向かって協力しているような、統一された雰囲気を想像してしまう。だが、モリさんも蛇谷さんも口を揃えて言う。
「みんなで一丸となっているわけじゃないんです」

たみの入口は商店街の中に突然現れる。普段はカフェスペースにもなっている。
蛇谷さんは芸術に関わる仕事をしているなかで、ゲストハウス運営に興味をもち、2010年に瀬戸内芸術祭が行われた時期に「かじこ」という3ヵ月限定のゲストハウスを岡山県で運営した。かじこは「宿でイベントを開催すれば宿泊料が割引される」や「みんなで使える食器がある」などといった非常にパブリックなゲストハウスだった。その反動から誰かと一緒にご飯を食べることが難しくなり、今度は逆に観光地ではない湯梨浜町に、「写真撮影禁止」などのプライベートを重要視するたみをオープンすることにした。
蛇谷さんが湯梨浜町にゲストハウスを構えようと思ったきっかけは、地元の商工会女性部のおばちゃんたちとの出会いだった。地域の商店街で長年商売を営む女性たちが立ち上げたこのグループは、独居老人の見守りや婚活イベント、季節行事の運営など、まちの根っこを支える活動を自発的に行っていた。
蛇谷さんは、そんな彼女たちから灯籠流しなどの季節行事を引き継いでいる。しかし、おばちゃんたちが伝えてくれたのは行事のやり方だけではない。「私たちと同じようにしなくていいよ」という柔らかな姿勢だった。コミュニケーションのコツやイベントのノウハウは惜しみなく教えてくれたうえで、「あなたたちのやり方でやればいい」と背中を押してくれたという。こうした“尊重と任せる姿勢”が、他者の独立性や自律性を認める土壌を形成していた。蛇谷さんが湯梨浜町を「おもしろい」と感じた理由もそこにある。
「もしかしたら、複数の自治体が合併したという町が成り立った経緯も関係しているのかもしれない」と蛇谷さんは語る。自治体としての町のあり方が変わってしまった経緯を経て、自律的・独立的な活動、住民が民主的に物事を動かしていく力が静かに根づいていた。そしてそれがまち自体を変化させていくためのエネルギーに向かうのではなく、個人のやりたいことを後押しするための寛容さになっていることは興味深い。
「地方でありながら都会的なゆるやかさが漂っている」。誰かのやり方をそのまま引き継ぐのではなく、自分のやりたいことを自分のやり方で始めることができる。そんな空気と、それを支えてくれる人たちの存在が、このまちの自由をかたちづくっている。
なりわいから広がる視点
モリさんは、2025年の町議会選挙で初当選を果たした。
「地元の人も移住してきた人も、これから生まれてくる子たちも含めて全員でまちがつくられるといいなという気持ちが、自分に子どもができて芽生えてきた」。
子どもが生まれたこと、そして仲の良い友人たちにも子どもが生まれたことをきっかけに、「次の世代にも、いろんな生き方があることを伝えたい」「互いに助け合える関係をつくりたい」という思いが芽生えたという。特に山や水辺といった自然環境を、どう次の世代に手渡せるかを真剣に考えるようになった。
特に選挙活動のなかで、地元の9割ほどが今年10年目になる汽水空港を知らなかったことに気づいてから、「みんな互いのことを知らなすぎるから、まちの内部にも関わっていきたい」と考えるようになった。モリさんは「自分の人生、自分の商売を超えた先のことがいい感じだといいなという気持ちが強まってきた」と語る。
蛇谷さんもまた、10年以上このまちで暮らし続けてきたなかで、空き家問題や商売の後継者不足、里山の変化といった数々の課題と直面してきた。だからこそ、「今、拾い上げていかないと、もう間に合わなくなる」と感じている。人が戻ってくるまちにするにはどうすればいいかを考えているらしい。

たみからjig theaterに向かう途中に見える湖の風景。
ふたりとも最初は、自分のなりわいである本屋、宿を持続させることから始まり、そこから自然と地域の課題や他者の営みに目が向くようになっていった。しかし、目指しているのは企業を招致して雇用を生んでいくようなまちづくりではなく、自分たちのなりわいから広がっていく課題への向き合い方だ。
大きな地図を描いてからまちを変えるために動くのではなく、暮らしのなかで立ち現れる問いを起点に、関係性が広がっていく。それは非常に自然な流れであり、自律的で土着的なまちのつくり方とも言える。
生活から生まれる微圏経済
取材の日、私たちが松崎駅に降り立った後に周りを散策しても、駅の周辺には喫茶店と酒屋がひとつずつあるだけで他はシャッター街だった。暑いのもあるが、出歩いている人は誰もおらず、がらんとした商店街の道を抜けた。唯一湖に目を引かれたが、湖の周辺の飲食店はどこも開いておらず、ほとりにあるローソンで取材までの時間を潰した。
モリさんへのインタビューを終えた後、たみにチェックインし、蛇谷さんから話を聞かせてもらった。夜になり、夕飯を食べようと駅前を歩いたが、開いている飲食店は見当たらなかった。前日が「水郷祭」だったため、まちに数軒ある飲食店はどこも臨時休業中だったのだ。
「もうローソンのお弁当しかないか……」と諦めかけていた21時過ぎ、一軒のスナックのネオンがぽっと灯った。吸い寄せられるように店に入り、28年続くそのスナックのママがつくる家庭的な料理とお酒に、私たちはようやくありつくことができた。

昔は商店街が賑わっていたが、現在はほとんどが閉業してしまっている。

唯一開店していた「菜の花」というスナックの突き出しのきゅうり。
この体験はとても印象的だった。湯梨浜町を訪れる前、私たちはもっと飲食店が立ち並ぶ、地方都市的な賑わいを想像していた。それこそ、汽水空港という全国の独立系書店が好きな人なら知っているような店があるまちだからこそ、そこに便乗するような資本が入っていてもおかしくないと思っていた。東京では、そのようなひとつの文化拠点に乗るかたちで新たな資本が次々と参入していくまち、ブランディングも少なくないからだ。
だが、実際に見たのは、文化を生み出す店が独立して存在し、まちそのものの風景には影響しないということだった。蛇谷さんは汽水空港やたみができてからも、まちのお店はどんどん減少していると言っていた。
しかしそれこそが、湯梨浜町に息づく微圏経済のあり方なのだろう。汽水空港やたみが続けてきた取り組みはまちの表層には表れない「暮らしそのもの」がつくり出す関係性と循環だった。
汽水空港には子どもの絵本から専門書、写真集など、多岐にわたる本が置かれている。まれに、汽水空港に並ぶ本が「難しい」「マニアックすぎる」と言われることもあるという。だが彼はこう語る。
「本当に自分の生活を細かく見ていけば、誰もが今の経済の仕組みのなかで生きていて、一歩間違えば深みにハマるような問題と常に隣り合わせにある。だからこれは、硬くても、マニアックでも、全員に関係のある本なんです。自分の店に並べているのは、人類みんなに関係のある本なんですよ」。
生活を起点に経済を考え、日々の営みのなかでそれを実践する。その積み重ねから、いつの間にか自然発生的に「経済圏」が生まれていた。湯梨浜町には、そんな不思議な、小さく自律的な経済システムが確かにあった。
注
★1──最近、汽水空港は鳥取県立図書館や近隣の公立図書館の卸しを担当するようになった。公共図書館は一般的には専門業者に発注を依頼することが多いらしいのだが、鳥取県立図書館は1990年の会館当初から原則として県内の書店から購入をしており「鳥取方式」と呼ばれ全国で評価されている。
撮影(特記なし):studio TRUE
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
studio TRUE
寺内玲と松岡大雅によって2023年に設立。 デザインを通して共同体と循環をつくることを掲げ、建築・都市のリサーチデザインや自費出版、サーキュラーデザインやキュレーションなど多岐にわたる活動を展開。
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公開日:2025年08月26日

