建築的ミックス・ルーツ

隈翔平+エルサ・エスコベド(建築家、KUMA&ELSA)

非中心性

気がつけば、私たちは建築的なミックス・ルーツをもっていた。隈翔平は、日本で西洋建築を専門とする歴史家のもとで建築を学び、バルセロナ帰りの建築家が主宰する東京のアトリエに勤務した後、ミラノでドイツ人の教授のもとで建築学を修めた。また、スペイン人とフランス人の両親をもつエルサ・エスコベドは、パリとロンドンで都市計画の勉強と実務を、ローザンヌではベルギー人の建築家とともに建築を学んだ。振り返ると、期せずして、ある特定の文化や場所に根付いた正統や純血からは、かけ離れた道を歩んでいた。このような、地理的、文化的、専門的に複数のルーツをもつ私たちふたりは、2018年にパリで独立し、活動を始めた。
日本とヨーロッパで活動する私たちは、地方都市とは別のかたちでの「非中心性」、つまり「ミックス・ルーツをもつ建築家の実践」について書くことにした。このテキストの目的は、複数の「非中心性」に基づいて活動することが、建築家にとって何を意味するのかを探ることにある。

Paris, Elsa Escobedo, 2016

複数のホームランド

日本とヨーロッパを行き来する生活。それは、まるで建築的な母国がどこかわからなくなるような、微かに浮遊した気分にさせてくれた。母国で広く認識されていた建築の捉え方は、他国の文脈では見過ごされ、消えてしまう瞬間もあった。自分のなかの「ナシ」を、新たに「アリ」に変えられた外の世界と建築には、未知の喜び、歓迎すべき矛盾、コンテンポラリー、つまり自由が存在していた。ある特定の国における建築的パラダイムへのこだわりが薄れることは、拠り所を失うというより、「複数であるがゆえ」の幅広い文化的基盤を与えた。また、それは創造の自由に対して、絶えず開かれている柔軟な姿勢を求めた。知るほどに建築がいっそうわからなくなる感覚からは、迷いよりも清々しさが見えた。
「この国『だけ』の建築ではない」。日本でも、ヨーロッパでも、私たちのつくった建築を見た人々から、ときどきこの言葉を投げかけられた。「ここでもない、あそこでもない」建築でも、「半分ずつ」の建築でもなく、「こちらでもあり、あちらでもある」建築として、自らの作品を認識している。私たちには建築的なホームランドは確かにある。しかもひとつではなく、複数。その現実をきちんと示し、建築に体現されることを望んでいる。

Bilbao, Elsa Escobedo, 2017

立場をとる

この地理的かつ専門的な多様性は、フランス語でよく使われる言葉「サ・デポン(場合による)」に集約できるかもしれない。ありふれた言い回しだが、「すべてが同じ価値をもつ」というニュアンスではなく、それぞれの状況が、その状況に即した読み取りを求めている、という意味として私たちは認識している。
フランスの学校では、あらかじめ明確な正解がない選択問題がテストに出るという。つまり、あるトピックにおいて、複数のありえる意見のどの立場をとるか、個人的態度の表明が幼い頃から問われている。この教育的な背景により、私たちは、正論や良質なニュートラルではなく、個人的で明確な立場を取ることを、表現の重きとしている。その立場は、他者との対話、リサーチ、協働、合理性に基づいて成り立っている。それは当然、個人的な解釈、詩性、感情のうえにあるものだが、恣意的な「ひらめき」とは区別している。
また、このスタンスは、各プロジェクト固有の条件に対してだけでなく、ジェンダーや地球環境といった今の世代が直面する課題に対しても同様である。例えば、地震大国の日本で構造を考えることが、安全上の必須でありながらも、創造的意思を多分に込めることができるように、シリアスなトピックと向き合い、ある立場をとった結果の産物は、あくまで「喜び」であることを信じている。

Tokyo, Elsa Escobedo, 2025

往復書簡:他者性と向き合う

小説において、思想と距離をつくるために、語りやフィクションが用いられてきた。歴史上、たくさんの作家が検閲を回避したり、主張の直接的な衝撃を和らげるために、この媒介を利用した。しかし、ここでは逆に、より大きな「接近」を生むために、ナラティブの形式を選ぶことにした。そこから、固まった結論や理論を示すのではなく、私たちのミックス・ルーツが含む「非中心性」から、現在進行中でかたちづくられている最中にある思考の糸を、引き延ばし続けることを期待している。
異文化のパートナーと働くことは、豊かさと同時に不安定さを伴う。それは、異なる感性と思考の境界における、極めて親密なスケールでの交渉を意味する。単に、建築的な伝統を国を跨いで横断することではなく、異質が出会うことで生み出されるものを経験すること。そこで、他者の文化は私たちに何をもたらすのか。そして他者は、建築家としての私たちに、何をもたらすのか。
例えば、ギュスターヴ・フローベールの見事な手紙のように、私たちが敬愛する作家たちの書簡を読むことで、彼らが自身の専門分野を構想する道筋と、その人格に触れることができる。それは、作品の理解に不可欠ではないが、その読解をより深く、豊かにしてくれる。建築において、あらゆるディテールが建築全体の意図を伝える手段となりうる。同様に、ここではテクストの形式そのものを含め、利用可能なあらゆる手段を動員して、まだ不確かで揺らぎのなかにある私たちの立場を伝えようとしている。

from 隈 to エルサ

2018年の冬に協働を始めて、7年が過ぎました。自分たちが今つくっているものも、過去につくったものも、正直独立前に予想していなかった類の建築なので、良い意味で、よくわからないところに来た、という実感があります。自分を古くから知るまわりの人たちからも「こういう建築をつくると思わなかった」とよく言われるので、あなたとヨーロッパの国々からの影響は明らかなようです。

振り返ると、自分のなかに「脱線」が起こり始めたのは、ミラノからパリに移ってからだと思います。パリで目にした、執着のないクリエイション。例えば、意図したアマチュア的な表現や、説明から解き放たれた意思決定など。その不可思議な文化が、イタリアで質実剛健な感性に染まった自分をほぐしてくれました。言葉の影響も少なからずあることは発見で、言語に見え隠れするフランス人の一筋縄ではいかない気質が、異国人の自分の心理にも影響したようです。わからないことや、わかりやすさの背後にあるものを、魅力として捉え、「理解=満足」ではなくなっていきました。建築の構成を、ピュアに混じりけなしで表現することを気恥ずかしく感じ、矛盾を歓迎して要素の仲間に入れ始めたのは、この頃からだと思います。

他者と協働することの醍醐味は、相手から未知なる刺激を受けて、自分がどう反応するか、その表出にあると思います。考えてみると、あなたからの影響は、主にグローバル・イシュー、都市への関心、自分で定義することの大切さだと思います。

驚くほどにフェミニストの視点が芽生え、あらゆる場面で、無意識にある性別ごとの振る舞いや規範を気にするようになりました。あなたがよく言う「社会性のない建築は存在しない」という意味も、徐々に理解できてきました。個人邸のアイランド・キッチンですら、ジェンダーが背負う社会的役割の産物に思えるときもあります。振り返れば、EPFLでのあなたの論文も「生命が誕生する場所」として分娩に関する建築の研究であり、あなたはいつもこの種のトピックと向き合ってきました。最近の私たちの作品は、ほとんどがそのような現代的課題をアイデアの中心に含んでいるので、文化圏の異なる関係者の理解を得ることに苦労しました。それは、これからもきっとそうでしょう。

都市の仕組みを幾何学的な起点として、そこから建築の構成を見つける学びは、ミラノで鍛えられました。ただ、あなたは形より、それと同時に発生するヴォイド、つまりその中で生まれる社会的な関係性にいつも目を向けています。元々は都市計画が専門で、ロンドンで公共広場やサイクルレーンの実務に関わっていたことが影響しているのでしょうか。個人邸であっても、都市的視点から見つめてみることは、建築の意味が閉じることなく、小さな敷地を通じてダイナミックに他者と関係づけられることを、実践を通してようやく体感できてきました。

あなたのまわりの友人たちが、世の中で信じられている格式や決まりに疑問をもち、それを楽しげにすっ飛ばして前進していく場面をよく目にします。婚姻、葬儀、住まいの意味、労働の目的。生きるうえで大切なことであればあるほど、自分で定義するべきだと感じました。より多くの人が「存在の肯定」を感じられる新たな仕組みに触れると、たとえ自分が当事者ではなくても、自由に向かって開かれる感覚があります。ヨーロッパでの生活で、このような感覚を知り、それが時間をかけてゆっくりと自分のなかに刻まれたことは、本当に貴重だったと思います。

London, Elsa Escobedo, 2017

from エルサ to 隈

ビルバオ生まれの女性が、どうしたら大阪・関西万博でトイレを設計することになるのか。自分の人生で、どのチェックボックスを押し忘れたから、こんな不思議な場所にたどり着いたのかと思うことがあります。都市計画に熱心だった私が、あなたと一緒に建築家になっているなんて。白状します。ときどき私は雪に覆われた山にでも逃亡したくなったりします。でも同時に、日本人で建築家でもあるあなたと働くことが、私にもたらしてくれるものについて、あまり言葉にしてこなかった気もします。
私はジョルジュ・ペレックの愛読者で、リストが好き。だから、ここでいくつか挙げてみます。

1. 世界を見るクリエイティブな目
大げさに聞こえるかもしれませんが、あなたにとって「小さなプロジェクト」というものは存在しない。テキストも、料理も、音楽も、建築も、ペンや歯ブラシのデザインでさえ、すべてが創造的な態度の結果になり得る。ときどき、疲れることもあったりします。フランスのイラストレーターであるジャン=ジャック・センペが言うように「何ひとつ単純ではない」から。でも同時に、ささいな日常のなかにさえ、計り知れない喜びがあります。私があなたに反論するのが大好きなのはご存じでしょうが、この点に関しては降参です。

2. 「アイデア」というもの
私は応用美術・工芸の学校出身で、プロジェクトでは「意図」や「立場」を決めなさいと教わってきました。その後の都市計画では、「イシュー」や「テリトリー」という言葉を使っていた。ところが突然、隈はあらゆる場面で「アイデア」について話し出す。このテーマについては厳格だなと思いつつ、再び反論するのを控えて、正直あなたが意味することがよくわからないままに、アイデアを探していました。
その後、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)で建築を学び、「アイデア」とはつまり「コンセプト」や「目的」に近く、プロジェクトを展開するための“ルール”を生む思考単位なんだと理解した。そのルールの中に、ズレや例外や変化をも組み込める。ある教授は「ルールは自由を保証する。明確なら、あえて破ることも選べるからだ」と言っていたのを今でも覚えている。
正確に言うと、エンリック・ミラージェスの作品を「アイデア」というレンズを通して見るとき、その言葉が示唆する一義的な意味を、私はいまだにすんなりとは受け入れられません。でも、プロジェクトの背骨やコンパスを探すことには、私は深く共感しているし、そこでは私たちは一致しています。

3. 強い意志とクリアなヴィジョン
あなたは若い頃から独立したい、ヨーロッパに行きたい、と決めていた。仕事では、プロジェクトに対して独自の視点を見つけ、それをはっきり言葉にできる。これほど強い個性をもつ人と共に生きることは、刺激的であると同時に複雑でもあります。最近、ヨーロッパの女性ビジネスリーダーたちと共有している意見として、国境を越えて、これは幼少期のジェンダー教育、つまり「男の子は自分の立場を主張するよう促されやすい」ことの影響もあるのではないかと思う。それは、2022年のフランスにおける建築事務所のパートナーのうち女性が3割にすぎないこと(★1)、また日本で女性が管理職に占める割合がわずか1割程度であったこと(★2)とも、無関係ではないでしょう。
本題に戻ると、そのおかげで私は、自分の考え、価値観、願望を明確にし、「強さ」とは何かを自分なりに再定義することができました。31歳でEPFLに戻ったことで、建築にまつわる強く形成的で喜びに満ちた経験をし、価値観を共有できる仲間と出会い、フェミニズムやリユースといった魅力的なテーマをより深く掘り下げることができました。

4. のぞき穴から見る日本
フランスとスペインにルーツをもつ女性として、あなたを通して万博に関わった若い日本の建築家たちに近づくことができたことは、とても特別な経験だと思う。外国人が、彼らと定期的に会い、プロジェクトの成長を見守り、友情を築く機会は、きっと珍しい。
あなたのおかげで、若い頃に地中美術館を訪れたことも幸運だった。当時、Tadao Andoさんに夢中だった時期に、「感覚的な空間」という言葉の意味を身体で理解できました。そして、東京の路地、少し薄暗くて雑多な通路、提灯、それは都市計画を学んできた人間にとって、まるで覚めたまま見る夢のような体験です。そして最後に、こうした経験を経て、あなたの視点を通して見ることで、ヨーロッパをいっそう深く味わえることもまた特権だと感じるようになった。隣り合う国々や文化、多様な民族が近くに存在するということ、たとえ完全ではなくとも、その近さがもたらす豊かさを。

Lausanne, Elsa Escobedo, 2022

問いのなか

他文化から「影響」を受けることと、「ミックス・ルーツ」と呼ぶ実践に属することは、結局は程度の差に過ぎないのかもしれない。しかし同時に、質的な違いがあるようにも思える。影響とは多くの場合、比較的安定した文化的基盤に外部の要素が付け加わるかたちで作用する。そこには、AがBに影響を与えるという方向性がある。対して、ミックス・ルーツは、複数の参照軸が絡み合うところから始まる。起源は判別できず、プロジェクトそのものがポトフのような混交状態のなかで形成されていく。影響が借用や引用の領域にとどまり得るのに対し、ミックス・ルーツは建築を生み出す条件そのものを内側から変える。建築の実践において、この変化は、他の文化や国籍をもつ個人の出会いから生まれることもあれば、移動の経験や別の文脈での学び、出自とは異なる知的伝統の受容からも生じる。つまりミックス・ルーツは、継承された条件であると同時に、選択された構築でもあり得る。
この問いは、しばしば語られてきたフランス型とアングロサクソン型の統合モデルの対比とも重なる。前者は普遍性と単一性への収斂を理想とし、後者は枠組みのなかで複数性の共存を組織してきた。しかし、両者はいずれも、地理的・文化的・社会的な中心から構想された点で共通している。そこでは、差異は吸収されるか、管理される対象として扱われてきた。ナショナリズムが再び勢いを増し、異邦人の問題が政治的争点となりつつあるなかで、非中心的な位置、つまり権力の中枢から地理的に離れた場所、あるいは社会的少数の立場から制作するとは、いかなる意味をもつのだろうか。建築的に言い換えるなら、プロジェクトは何を目指すのか。差異を安定したかたちのなかに解消することか。共存を可読的に整理することか。それとも、差異の間の緊張を保ち続け、空間そのものを変えていくことか。私たちは、まだその問いのなかにいる。

★1──Conseil national de l’Ordre des architectes. 2024. Archigraphie 2024-2026 : Observatoire de la profession d’architecte. Paris : CNOA.
★2──McCurry, Justin. 2024. “Japan Has Just 13 Female CEOs among Top 1,600 Companies, Survey Shows.” The Guardian, September 18, 2024.
https://www.theguardian.com/world/2024/sep/18/japan-female-ceo-reports-survey?utm_source=chatgpt.com.

隈 翔平(くま・しょうへい)

1983年福岡県生まれ。2007~14年マウントフジアーキテクツスタジオ勤務。2017年ミラノ工科大学大学院修了。2018年よりKUMA & ELSA共同主宰(フランス、日本)。2024~25年IED Kunsthal(スペイン)非常勤講師。現在、九州大学非常勤講師。

エルサ・エスコベド(Elsa Escobedo)

1990年スペイン・ビルバオ生まれ。2016年ソルボンヌ大学大学院修了(フランス)。イギリスのWhat if: projects勤務を経て、2018年よりKUMA & ELSA共同主宰(フランス、日本)。2023年スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)修士課程修了。2024~25年IED Kunsthal(スペイン)非常勤講師。

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公開日:2026年03月10日