特別鼎談

これから「建築」を語るために──ポスト大阪・関西万博から建築の批評を考える

市川紘司(建築史・建築論)+谷繁玲央(建築生産・建築構法)+木原天彦(近現代美術史・近現代建築史) 司会:連勇太朗(建築家)

大阪・関西万博における建築ジャーナリズム

連勇太朗(司会):

今日は「ポスト大阪・関西万博から建築の批評を考える」というタイトルで、市川紘司さん、谷繁玲央さん、木原天彦さんを招いて、建築の批評について考えたいと思います。必ずしも結論めいたものが出るわけではないと思いますが、それもひっくるめての現在地を示すのが目的です。よろしくお願いします。

左から谷繁玲央さん、市川紘司さん、木原天彦さん、連勇太朗さん。

ちなみにタイトルに「万博」というワードが入っていますが、先の万博そのものの評価や、良し悪しを決めようという場ではありません。むしろ、万博をめぐって、建築の言説や批評がどういう状態にあったのか、そのこと自体を振り返る場にしたいと思っています。建築の批評誌やメディアの力が衰退してきている昨今、批評の現在地がどこにあるのかを振り返る場を意識的に記録として残しておくことが重要ではないかと思います。

鼎談に先立ち、これまで万博に関してどのような議論があったのかをChatGPTに整理してもらいました。漏れはあるかもしれませんがご了承ください。谷繁さんと木原さんはZINE『万博を解体する』(studio TRUE、2025年)に、市川さんは総合雑誌『世界』2025年10月号(岩波書店)にそれぞれ万博にまつわる論考を寄稿されています。まずはそれら論考の内容を簡単に紹介いただくところから始めたいと思います。

万博をめぐる議論一覧(作成:連勇太朗)

谷繁玲央:

よろしくお願いします。『万博を解体する』に「建築家と政治的アパシー」という文章を寄せました。論点は建築家があまりにも政治の話から撤退しすぎなのではないか、というものです。会場デザインプロデューサーの藤本壮介さんが「多様でありながら、ひとつ」というどのようにも取りうる言葉を用い、あれほど大規模な「大屋根リング」を実現しました。建築の実現と政治的なものを漂白していくことがパラレルになっています。隈研吾さんは愛知万博(2005年)へ参画し、自らの案が実現しないという失敗を経験するのですが、この時は政治的なタームも織り交ぜながら批判的なテキストを残しています。一方で、それから20年経った今回の万博では茅葺きを使った「EARTH MART(小山薫堂館)」や各国パビリオンを担当しながら、ステートメントからは政治的な主張が失われてしまった。建築家はこうしてプロジェクトを実現する代わりに、社会のなかでの位置付けを失いつつあるのではないか、という問題意識があります。

木原天彦:

政治の漂白の結果、日常生活の延長で建築が語られているような実情に懐疑的な気持ちがあります。『万博を解体する』に書いた「体制への道−川添登と象徴天皇制」では、川添登という評論家について書きました。彼が問い続けたことは、プライべートな日常性と国家や文明という大きなスケールの共同体との緊張関係だったと考えています。これからの建築を語る言葉が日常性をどう越えて、その先に共同体を再構築していけるのかは考えたいテーマです。

市川紘司:

『世界』に寄稿したテキスト「万博は実験である」では、藤本壮介さんのコンセプトを「エモいメッセージ」と批判的に書きました。『Casa BRUTUS』2025年6月号(マガジンハウス)のインタビューでもそうなのですが、藤本さんは、パレスチナなどには言及しつつ、ロシアとウクライナについては触れません。みなさんご存知の通り、ロシアは万博に参加していないからです。ロシアは「ひとつの世界」に含まれないのか。現実のシリアスな状況を隠す甘いヴェールのように建築家のコンセプトが機能してしまうことには強く違和感があります。

若手建築家20組によるプロジェクト群についても似たような違和感はありました。資源循環など、持続可能な社会への貢献をコンセプトに掲げるプロジェクトが多く、その点は同世代として共感するのですが、一方で万博というプロジェクトそのものは、端的に言えば一回きりのスクラップアンドビルドに過ぎません。それを隠すための小さな実験的プロジェクトとして機能してしまっているように見えたのです。それを文中では「アリバイ」と表現しました。元々は「免罪符」というより強い言葉で書いていたのですが。

谷繁玲央:

私の論考では「免罪符」と書きました。市川さんや連さんは万博に参加された若手建築家と同世代で、これまで一緒に建築について考えてきた人たちに対して、強い言葉は使いにくいのかもしれません。一方、自分は若干の世代差により許されるかなという気持ちがありました。つくり手と書き手の距離がこの批評の言葉選びに現れているのかもしれません。

谷繁玲央さん。

市川紘司:

私が『世界』の万博レビューを書いたのは確か2025年夏頃です。今回読み返すことで思い出しましたが、当時は万博建築そのものというよりも、それを取り上げる建築界の論調に対してとても苛立っていました。『新建築』など万博建築をきちんと批評する建築メディアや建築評論がほとんどありませんでした。「見るべき万博建築トップ◯◯」など、観光案内的なテキストや特集ばかりで、開幕前までの万博に対する批判的なムードをすっかり忘却しているように感じました。建築評論家の五十嵐太郎さんは精力的に書かれていましたが、正直言って、やはりライトな紹介記事ばかりの印象でした。少なくとも自分はそのようには振る舞いたくない、という気持ちで、建築史・建築論を専門とする立場から体重の乗った文章を書くことを心がけました。

連勇太朗:

そのような状況下で、ZINEという形式で『万博を解体する』も出版されているわけですね。大手建築メディア以外の状況はどうだったのでしょうか。

市川紘司:

先ほどの連さんのリストでは取り上げられていませんでしたが、動画と展覧会は重要だと思います。いずれも大手の建築分野で大手の紙媒体が衰退している現在、相対的に活発な「建築メディア」です。ゲンロンでは浅子佳英さんと藤村龍至さんによるトークイベント「万博建築を語り尽くす! 2025年の巨大建築論」(2025年5月7日、司会:國安孝具)がありました。ここから派生して書籍『未完の万博』(ゲンロン、2025年)も刊行されています。また藤本壮介さんと藤村龍至さんが中心となって行われたシンポジウム「大阪・関西万博から建築の役割を考える」(第1回:2025年3月24日、第2回:2025年4月29日)もありました。シリーズ化して書籍をつくる計画だと言われていたのですが、その後動きがないのが残念ですね。以上ふたつの動画はとても厚みのある議論で、私自身大いに勉強させてもらいました。展覧会としては、TOTOギャラリー間の「新しい建築の当事者たち」(会期:2025年7月24日−10月19日)がありました。あと、美術批評では、横浜美術館学芸員(当時)の南島興さんがTOKYO ART BEATに書かれた記事「『大阪・関西万博』レビュー」も、速報的に書かれたものとして重要だったと思います。

このように、昨年の万博にかんしては、少なくとも散発的には建築批評は存在していた。けれども、専門的な吟味が建築ジャーナリズムにおいて行われていたかと言えば、それは全然そうではなかったと言わざるを得ないと思います。『新建築』も、年末(2025年12月号)にようやく特集号を出しましたが、次号では「月評」欄が異例の不掲載になったり、うまく機能していない状況は続いています。

市川紘司さん。

万博建築をめぐる論争──2025年何が起こっていたか?

連勇太朗:

木原さんは美術の領域から見て、このような建築の批評を取り巻く状況をどう受け止められていますか?

木原天彦:

私は美術館で学芸員をしているので、美術系の批評を読む機会が多いのですが、建築と美術の批評には違いを感じることがあります。先ほど「免罪符」と「アリバイ」についての話がありましたが、建築系の評論はつくり手と書き手が渾然一体になって展開されているため、「迂回」のような機能がセンシティブに働いていると思います。一方美術の場合、美術家と美術評論家は別です。外野から見ていると、建築批評のそのような状況がある種の政治的な言説を生み出していると感じます。ここで政治的というのは、うまく立ち回って正面衝突を避けながら、状況を変えていくような戦略のことです。

今回の万博の話ではないのですが、私が中心に研究している川添登は、建築評論一本で身を立てた珍しい人物です。そして彼の言説も、建築単体の評価を超えて、多分に政治的な含みを持つものであると感じます。彼はマルクス主義者であり、1953年から57年まで『新建築』の編集長を務めた人物でもあります。戦後の社会主義運動を引き継いだような評論活動をしていたのですが、1970年の大阪万博にはむしろ積極的に参加するようになっています。川添のなかでは社会主義的な下からの階級闘争と、万博のような国家イベントは矛盾するものではなかった。つまり彼は社会主義的なユートピアの実現を大阪万博に託していたのではないか、ということを論考の中で触れています。

『万博を解体する』には歴史に関するテキストが2本収録されています。私のテキストは70年の大阪万博に参加した立場を論じています。一方で、戦後の建築・デザイン・美術を研究している鯉沼晴悠さんは「象徴としての万博―建築家’70 行動委員会が見たもの」というテキストを執筆され、万博に反対した「反博運動」について取り上げています。どちらも、70年万博における建築家の政治的立ち回りを分析したものですね。

連勇太朗:

現代を相対化するために、過去の議論をレビューしていくというのは大事な行為ですね。他の視点ではいかがでしょうか?

谷繁玲央:

1970年には安保闘争や反戦運動があるなかで、マルクス主義者の川添登のような人物が中核的なポジションにいました。愛知万博では、隈研吾さん、竹山聖さん、團紀彦さんといった当時の若い建築家たちがかなり前衛的な初期案をつくるわけですが、市民運動に負けて会場が変更になりました。2025年の大阪・関西万博の賛否には、維新政治に対する賛成・反対という、建築とは関係がないレイヤーでの政治的な対立が根底にはあります。いずれの場合も基本的には建築家は体制側のなかでなおかつアバンギャルドを担うという両面性を求められてきたという構図があります。

そのうえで今回の万博で起こった新しいこととしては、「2億円トイレ」の設計者である米澤隆さんが、SNS上でアンチ維新の会のような政治的意思を持った人たちからの批判に晒され続けるということがあります。米澤さんもそうですし、藤本壮介さんもまた、そういった状況に対してファンダムをつくって対抗したと思います。愛知万博までは体制側対市民運動というわかりやすい構図だったのに対して、2025年のファンダム化した世界を自分もファンをつけて立ち向かうというある意味で初めての建築家の姿だったように思います。米澤さんたちの姿勢には敬意を抱く一方で、ファンダムにはファンダムでしか対抗できないとすれば、建築の価値判断が私的・趣味的な良し悪しに閉じこもる危険があると思います。

市川紘司:

おもしろい論点だと思います。米澤さんの場合も藤本さんの場合もそうなのですが、建築家自身は理路整然と話して対抗している側面がある一方で、私がなんとなく気になっているのは、アンチの発生に対してはファンがつくことで、あるいは高額とされた建設費用に対してはその費用の正当性を訴えることで「鎮火」していることです。感情に対しては感情で、お金の議論に対してはお金の議論で、つまり同じテーブルで対抗が生まれている。おそらく批評というものの強さは、ある議論に対して別の価値基準を提示することで別の議論の可能性に道を開くことなのだと思うのですが、そういうことがすごく起こりにくくなっているように思います。これは言い換えれば、世論(ポピュラーセンチメント)に対して公論(パブリックオピニオン)を組み立てることの難しさでしょう。

木原天彦:

その意味では、市川さんの「万博は実験である」の結びに書いていた提案はどういうことだったのでしょうか?

市川紘司:

触れているように東浩紀『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』(講談社、2011年)や磯崎新「海市」などを参照して、SNSでポピュラーセンチメントを集約してモニュメントをつくることこそが、2025年時点での万博建築の実験としては一番魅力的だなと思い、悩みながらもそう書きました(単なる「批判」で終わりたくなかったからです)。これは東日本大震災後の日本建築の流れを踏まえた発想でした。ちなみに最終パラグラフでも書いたように、それは「破綻」するだろうし、「破綻」してよいのだ、というのが私の考えです。その失敗の「傷跡」こそがこの時代のこの国の建築と社会の誇るべきシンボルになればいいじゃないか(1970年万博で大屋根をぶち抜いた太陽の塔のように)、と思っていました。

木原天彦さん。

建築の批評の種類とそのあり方

連勇太朗:

ここまでは建築ないしは万博の政治性について話してきたように思います。一方で、建築作品単体について語ったりすることもできると思いますし、そもそも万博の体験がどうだったのかというレベルの議論もあると思います。技術的なイノベーションなども多かった印象ですが、皆さんはどのように感じていますか?

木原天彦:

メーカーの広報誌や業界誌にはまとまった記事がありますね。

谷繁玲央:

そうですね。業界専門誌で語られていることはおもしろいと思いますが、個人的には今回はあまり関心を惹きませんでした。

万博の展示はプアだと思うものばかりで、どのパビリオンへ行ってもアプリでインタラクションをつくろうとしていて、似たような印象を抱きました。そういう意味では、新しい技術によって建築家の職能が変わっていき、そこに何らかの未来像があるというリアリティが自分にはもてませんでした。

市川紘司:

万博自体はとても楽しめました。個人的にものすごく興味の湧いた建築家にも出会えました。ただ、そもそもの土台レベルで違和感がある以上、私自身は積極的に個別の作品や経験にフォーカスして語ることが難しいです。やはり気になっているのは建築がこの社会のなかでどのように存在するのかという点で、その観点から万博を見ざるを得ない。「大屋根リング」に関するクレジット問題などは、面倒くさい議論ですが、建築家という職能がこの社会でどのように位置づけられるべきなのかを考えるためには重要なサンプルで、今からでももっと検証されてよいと思っています。

谷繁玲央:

『万博を解体する』には建築に関係なく、コモンズ館のもつ植民地主義の問題などを扱った中村睦美さんの論考「われらの内なる円環から脱する」も入っています。

木原天彦:

医療やケアをテーマにした福井彩香さんの「『いのち輝く』とはどういうことか?―健康とケアの現場から考える、社会へのまなざし」も入っていますね。

谷繁玲央:

私は、万博の是非や万博の詳細がどうだったかというのはあまり意味がないと思っています。建築家の評価というのは、トップダウン的に決まった国家的なイベントにどう反応し、どのような実践をするかというところにあります。磯崎新も黒川紀章も丹下健三も、そうした反応のなかで建築家としての位置付けが決まってきました。だから、個別の技術とかパビリオンの展示がどうかというのは、正直あまり意味がないことなのかなと思います。

ちなみに私は市川さんの世論の集約でできたモニュメントがいいとは思っていなくて、インターネットとかSNSによって世の中がどんどん悪くなっていく感覚しかありません。だからこそ、ゆっくり考えるための方法とか、言葉をしばらく置いておくための方法とか、そういったものの方に興味があります。

木原天彦:

万博について語るというのは最初から挫折しているとも言えます。維新の会の政策やカジノ開発のなかに含まれている政治手段であるという前提を一旦忘却しないと、具体的な技術やデザインについて語れないという難しさや悲しさがあります。逆に、こうした最初の問題をスルーしたうえで、個別のパビリオンの形や技術的な革新が未来を変えるのだという強固なロジックを、批評的にもう一度立ち上げ直すための議論も足りなかったのではないかと思っています。ほとんどは、「このおもしろい形態を実現するために、こんな技術が考案されました」というような非常に視野の狭い議論だったような印象です。けれども最初の問題をスルーすることはやはり難しいので、万博の批評というのは難産だったと思います。

連勇太朗:

そうですね。実務をやっている側の人間からすると、万博の建築には様々な技術的挑戦があり、学ぶべきことがたくさんあります。でもここにいる登壇者のみなさんは、その前段にある政治的な問題や、建築の立場の問題などを抜きにして、個別の建築を語るのはできないというスタンスじゃないですか。これは今回の万博を語るうえでの難しさだと思います。

市川紘司:

付け加えれば、端的に課題があるのは建築メディアのボリュームですよね。特集を組むような建築雑誌がいくつかあり、いろんな論者がそこに寄稿している、という状況さえあれば、個別具体の批評から政治や経済の視点からの批評まで、さまざまな語りが自然に棲み分けながら生まれるでしょう。70年の大阪万博を理想化する気はありませんが、少なくとも建築メディアに関しては、そのような多様な議論をつくろうとする雰囲気は今読んでも感じられます。

連勇太朗さん。

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公開日:2026年03月10日