住宅をエレメントから考える

〈キッチン〉再考──料理家と考えるこれからのキッチンのあり方(後編)

樋口直哉(料理家/作家)×浅子佳英(建築家)×榊原充大(建築家/リサーチャー)×西澤徹夫(建築家) 作図:木下真彩(グラフィックデザイナー)

『新建築住宅特集』2019年12月号 掲載

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創造と歓びのためのキッチン

浅子佳英

「これからのキッチン」を巡る8つのシナリオ

「都市化」、「個人化」、「ITの普及」という今後も続くであろう社会全体の大きな変化に伴いキッチンの未来がどうなるのか。提案の前に、前・中編のリサーチを踏まえ、まず私たちは8つのシナリオを仮定した。

1:中食のさらなる増加

調理された食品を店舗で購入して持ち帰る、もしくは配達されたものを家庭内で食べる中食の割合が増加。客側は店舗に行く必要がないため時間短縮になり、店舗側は客席を持たないことで合理化が図れると共に、安価で高品質なものを提供できるようになる。

2:生鮮食品のリアルタイム宅配サービス

amazonによる「Prime Now」のような即日配送サービスが加速。後述する温・冷蔵機能を持った宅配ボックスの普及により配達ロスをなくし、より現実的な方法で即日配送サービスに生鮮食品が追加される。

3:冷蔵庫の小型化、携帯化

中食の増加と生鮮食品の宅配サービスの普及により、各家庭の冷蔵庫は小型化。他方で個人化により食事は家庭単位ではなく、個人単位に移行し、個室もしくは個人用の小型、携帯型の冷蔵庫や魔法瓶が普及する。

4:温度と調理時間をコントロールできる調理器具

センサーの発達により、食材自体の温度をコントロールできる調理器具が登場。細かな温度調整は不要になり、コンロの前に立っている必要もなくなり、アマチュアでもプロと同様の調理ができるようになる。

5:レシピのオープンソース化とAIによる提案

各家庭や地域に受け継がれていたレシピはオンライン上に移行。ただ、大量のレシピの中から選ぶこと、毎日の献立を考えること自体がタスクとなり、食事履歴や季節や気温、体調を考慮したメニューを提案するAIが登場する。

6:ベジタリアン、ビーガンの増加

地球の温暖化、健康思考の高まりにより、ベジタリアン、ビーガンが増加。宗教上の理由で肉を食べられない人も存在するため、グローバル化と共に日本でもその流れが加速する。

7:都市農園の増加

シェアカーや電気自動車の普及、排気ガスの規制もさらに強化され、都市の空気がクリーンになっていく。これに伴い、都市部でも小規模農園や貸し農園が増加。住宅においても家庭菜園が新たな余暇として見直される。

8:オフィスキッチンの増加

都市化による通勤ラッシュの緩和のために柔軟な働き方が推奨され、通信技術の発達と共に在宅勤務が進む。流動化するワーカー同士のコミュニケーション誘発装置としてオフィスキッチンが増加。職住の境界は溶解していく。

キッチンを暮らしの中心に位置付ける

上記に加え、私たちがリサーチして気がついたのは、現在のキッチンが「天板にシンクとコンロが落とし込まれ、上部に換気扇が付く」という、ほぼ1種類のパターンだけでできているという事実である。ミニキッチンから豪華なシステムキッチンに至るまでその構図は変わらない。せいぜい大きくなったり、素材が高価になるだけである。その理由はさまざまにあるだろうが、最も大きな点は、キッチン及び住宅産業が生産、流通、販売に至るまで、そのシステムが成熟しているところにあるように思う。そして、それがリサーチの中でも再三指摘してきた「主婦が家庭で料理する」という社会システムと結び付き、身動きができなくなっている。

そこで私たちが提案することにしたのは、新たなカタチの提案でも、極端な使い方を強いる提案でも、空想的だが実現不可能に思われる提案でもなく、現実的だが現実には存在しない、当たり前にありそうでなかったキッチンの提案である。まず、奉仕する人と奉仕される人という区別をなくし、複数人が平等かつ自由に協働できるキッチンを目指した。さらに、キッチンという場所そのものが、サービスする場所という構図から脱却することを目指した。最終的に提案したのは、「テーブル・キッチン」と「コミュニケーション・キッチン」というふたつのキッチンである。どちらも、調理し食事する場所だが、働く場所としても捉えることで、従来のダイニングキッチンという枠組みを超えて、キッチンを暮らし全体の中に位置付けている。さらにその暮らしの中心としてキッチンを位置付けているところが特徴だ。

プロダクト提案

新しいキッチンの提案に付随して、いくつかの新しいプロダクトを提案する。まだ技術的な実現可能性が未知なものも含まれているが、既存技術の発展系として想定し得るものとした。

①温・冷蔵宅配ボックス
①温・冷蔵宅配ボックス
宅急便や、Uber Eatsなどを受け取り、適切な温度で保存するための温蔵・冷蔵機能を持った宅配ボックス。温蔵庫は65〜85度を保ち殺菌効果もある。小さな住宅であれば、このボックスが現状の冷蔵庫に取って替わる。
②フリーアクセス・テーブル
②フリーアクセス・テーブル
コンセントに接続することなく、給電・充電が可能なワイヤレス(非接触)給電器を天板全体に展開したテーブル。テーブルのどこにいても電源を気にすることなく作業することができる。
③コースター型電気調理器
③コースター型電気調理器
フリーアクセス・テーブルの上で使用する小型のIH調理器。2口から4口まである現状のコンロを分解し、テーブルの上でその都度バラバラで使用することができる。
④卓上電子レンジ
④卓上電子レンジ
フリーアクセス・テーブルの上で使用する卓上の電子レンジ。プレートの上に食材や食品を乗せ、カバーを被せるだけで使用できる。コンパクトで感覚的な調理器具。

現在の私たちの日々の暮らしは、従来のように機能で切り分けることがナンセンスだと思われる程に、あらゆる行動がズルズルと終わりなく続いていく。IT、特にスマートフォンとSNSの普及はその終わりのなさを加速させた。スマートフォンさえあれば、いつでもどこにいても仕事はできるし、SNS上では誰もが自由に発言することができる。さまざまな問題があることを承知で、あえてこの変化をポジティブかつ大きな枠組みの中で捉えれば、中央集権システムから自立分散型のシステムへの移行だといえるだろう。

『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2001年)の中でクレイトン・クリステンセンが述べているように、しばしば破壊的イノベーションは、既存のマーケティングや技術から離れた場所で起こる。今回の提案において、システムキッチンのようなパッケージ化されたものではなく、コースター型電気調理器のような小さなプロダクト(⑤室内菜園、⑥可動式食洗機)に注目したのは、まさにそのような理由からである。特に、キッチンは給排水やガスへの接続など、インフラと直接繋がっていることも単独での変化を困難にしている。メインフレーム型のコンピュータがパーソナルコンピュータに取って代わられたように、しばしば、安価でプアな技術が大きなシステムに取って代わる。もしかすると、現在のキッチンに取って代わるのはキャンプ用品のようなものかもしれない。

機能を超えた喜びのある場所として

最後に、個人化という大きな社会の流れがある中でも、協働するキッチンにこだわったのは、キッチンや料理を誰かを喜ばせるための機会として捉えたからである。それは自分自身でも構わない。たとえひとりの食事でも、そこに歓びを見い出すのか、それとも栄養だけを補給すればよいと捉えるのかでは、外見は似通っていてもその中身はまったく違う。私たちは議論を重ねていく中で、どうしてもキッチンを機能を超えた場所として捉えたくなった。それはきっと、ITの発展やSNSの普及による負の部分、人びとが自ら相互監視社会へと邁進し、ますます不寛容で利己的にふるまうことが、最良の生き方だと思わされる世界の中で、誰もが毎日使用するキッチンには、何かを新たに創造し、人に歓びを与えるある種の快楽を得られる場所になる可能性があると思われたからである。

⑤室内菜園⑤室内菜園
室内で栽培が可能な、果物やハーブを育てる菜園。温湿度と紫外線をコントロールすることで1年中栽培することができる。流しの下をコンポストのスペースとし、廃棄物を堆肥から食物へと循環させる。
⑥可動式食洗機
⑥可動式食洗機
食器を格納した後、掃除ロボットのように自動でブースに戻って給電、給排水に接続し、食器を洗う自走式食器洗い機。各人はテーブルに座ったまま食器を放り込むだけでいい。
LIXIL BOOKLET『台所見聞録──人と暮らしの万華鏡』

LIXIL BOOKLET『台所見聞録──人と暮らしの万華鏡』

LIXIL出版

判型 A4判変型(210×205mm)
ページ数 72ページ
定価 1,800円+税
発行日 2019年3月
ISBN 978-4-86480-525-4
https://www.livingculture.lixil/publish/post-205/

都市、建築、デザイン、生活文化をテーマにした書籍を刊行しているLIXIL出版から、LIXILギャラリーで開催された「台所見聞録──人と暮らしの万華鏡」展に合わせたブックレットが発売された。
住宅になくてはならない台所。食に関わる全般を担う場所であるため、掘り下げてみると地域性、暮らし、文化などが色濃く反映していることがわかる。本書では、世界の伝統的な台所を調査した建築家の宮崎玲子氏と、日本の台所の変遷を分析した神奈川大学工学部建築学科特別助教の須崎文代氏のふたりを執筆者に迎えて、人びとが求めてきた台所とはどのような空間なのかを詳細に紐解いている。
宮崎氏は半世紀にわたり50カ国以上の台所を調査して、北緯40度を境に火と水の使い方が異なることを見つけ出した。具体的な台所の使い方や暮らしについては平面図やスケッチ、さらに調査後に作成された1/10スケースの模型で紹介している。
須崎氏は明治から昭和初期の家事教科書を読み解き、変化の激しい日本の台所の変遷を分析した。また現代のシステムキッチンに通じる合理的な台所を実現した「フランクフルト・キッチン」をはじめ、著名な建築家がどのような台所をつくり出したのかも紹介している。

宮崎玲子氏制作の1/10模型。ネパール・カトマンズ地方にある日干しレンガ積みの住宅。台所は最上階にある。
ドイツ・フランケン地方の住宅。料理と暖を取るために鉄製のクッキングストーブが家の中心に置かれている。
村井弦斎著の『食道楽』(1903年)の「春」の巻に描かれた大隈重信邸の台所。英国より取り寄せたとされるガス式オーブンが描かれている。
吉村千鶴著の『実地応用家事教科書 上巻』(東京開成館、1923年)に掲載された、理想的モデルとして描かれた洋風の台所。

LIXIL出版

東京都中央区京橋3-6-18
tel. 03-5250-6571 fax. 03-5250-6549
https://www.livingculture.lixil/publish/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2019年12月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-201912/

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公開日:2021年02月24日

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