「Good Job! Center KASHIBA」から考えるトイレの試み

好きな環境を選ぶことのできる寛容さ

森下静香(Good Job! Center KASHIBA センター長)× 大西麻貴+百田有希(建築家)

『新建築』2018年4月号 掲載

──「Good Job! Center KASHIBA」の設計コンセプトを教えてください。

大西:

森下さんがもともとおられた奈良市の西の京にある「たんぽぽの家 アートセンターHANA」にはアトリエがいくつかあるのですが、そのアトリエがとても気持ちよいのです。光がたくさん入る明るい空間で、真ん中の大きなテーブルで絵を描いていたり、個人のブースや端っこのスペースなどお気に入りの場所を自分用にカスタマイズして絵を描いている人もいる。オフィスで同じ方向に机を並べて仕事をしている環境より、ずっと自然で気持ちがよいなと思いました。「森」という表現が正しいかは分かりませんが、均質でなくさまざまな環境があり、それぞれで自分の作業に集中できるけれど、同時に繋がっているような状況が実現できたら面白いなと思っていました。
実際にいろんな福祉施設を見学した際にも、籠ることができる場所をわざとつくっている施設が多く、どうやって分けることと繋げることを両立させるかが、ひとつの大きなテーマなのかなと感じました。

「Good Job! Center KASHIBA」2階平面「Good Job! Center KASHIBA」2階平面 [クリックで拡大]

百田:

見学させていただいたどの福祉施設も雰囲気がそれぞれでまったく異なっていることに驚きました。メンバーさんがアーティストのように絵を描くアトリエのような施設もあれば、地域のおばちゃんが古い家に改造を重ねて面白い状況になっている施設もあったり、自然豊かな環境に大きな工房を設け蕎麦やパンつくっている施設があったり。それぞれの福祉施設を運営されている人の考え方とその施設の空間が直結しているのがとても印象的でした。

「Good Job! Center KASHIBA」1階平面「Good Job! Center KASHIBA」1階平面
スタディを重ねた末、北側にトイレやキッチンなどをまとめ、南側に大きなスペースをとった。 [クリックで拡大]
トイレを全体の中央に設けたプランの模型スタディの途中段階で、トイレを全体の中央に設けたプランの模型。
トイレ前が踊り場となっていて、そこを通り2階へ向かう。
提供:大西麻貴+百田有希 / o+h

唯一ひとりになれる空間としてのトイレの設え

──福祉施設におけるトイレには、器具や設え、空間全体における位置付けなどさまざまな配慮が必要になると思います。実際の福祉施設を運営されていてトイレに関して課題となっている点などはありますか?

森下:

「たんぽぽの家 アートセンターHANA」は、重度の身体障がいのある人がとても多い施設なので、スタッフがサポートしてトイレに行く人がたくさんいます。そこでの課題として、高齢化と共に筋力が弱まったり、逆に緊張が強くなったりして、もともと重かった障がいがさらに重くなっていった時、スタッフひとりでサポートできていたものが、ふたりでサポートする必要が出てきたり、時間がかかるということがどうしても出てきてしまいます。そうするとトイレの数が足りなくて、お昼休みの間ずっとトイレの順番を待っているような状況が生まれてしまうのです。また、施設では口腔ケアも大切ですが、それをトイレの中で行うのか、別の洗面台のような場所を設けた方がよいのか、まだ探りながら実施しているような状況です。

──「Good Job! Center KASHIBA」のトイレの設計に関して、工夫した部分や難しかったところがあれば教えてください。

大西:

トイレは絶対に唯一閉じないといけないものであり、そのブラックボックスのようなものを空間のどこに置こうかということが、設計スタディの中心になりました。たとえば、トイレを真ん中に配置すると回遊式のプランになるし、トイレを端に配置すると大きく自由な空間ができるし、トイレをいくつかに分散させると、分散したブラックボックスの回りをとりまく空間になる。このように、実はトイレをどこに置くかということが、オープンな空間をつくろうとする時の考え方のひとつになってくるなと感じていました。

百田:

トイレを真ん中に設けた案で、トイレのある場所が踊り場となり、そこを通り上階へ上がっていくプランとした時もありました。その時、普段外部の人が入らない流通機能を1階に設けることを考えていて、中央のトイレの踊り場を上がると、後ろに流通機能が少し見えながら、上階のアトリエやカフェへ行くような、視覚的に繋がることで裏をつくらない関係もあるかなと考えていました。最終的には、トイレは奥の方へまとめて大きな空間を取れるようにし、立体的なワンルームの中で、倉庫は上階に上げて視覚的に繋がり、カフェやアトリエなど平面的に活動で繋がる必要がある機能は1階へ設けました。

大西:

現状のトイレ前の空間がどうしても廊下っぽくなってしまっているのが少し気になっていて、竣工後にもトイレの位置に関しては、他のかたちもあり得たのではないかとふたりでケンカになったりもしました(笑)。

森下:

実際使っていると、トイレが奥まった場所にあって他の空間と違っていることはそこまで気になりません。むしろ、トイレに入るタイミングなどは、あまりあからさまにしたくない気持ちもありますから、真ん中にあるよりは少し落ち着いた場所にある方がよいと思います。また、スタッフにとっては、トイレへ入っている時間は一瞬ですが、実はその短い時間がひとりになって気分転換できる時間だったり、トイレ前の廊下でスタッフ同士ですれ違って会話を交わして情報交換をしたりできるので、 私は実はそんなに悪くないと思っています。
また、スタッフだけでなく障がいのある人自身も、トイレに入るのが好きな人が多いのです。中で歌を唄ってなかなか出てこない人がいたり(笑)、自分だけのスペースですから、居心地がよいのだと思います。それが表や人の目につきやすい場所にあると、あまりリフレッシュできないような気がして、必ずしも奥にある必要はないですが、トイレの入口に壁1枚あるだけでも違うような気がしています。

1階エントランスホールからアトリエ1(左)とオフィス(右)を見る1階エントランスホールからアトリエ1(左)とオフィス(右)を見る。2階には作業スペースが見える。一部壁をシルバー塗装とし、反射光を室内へ採り入れている。

このコラムの関連キーワード

公開日:2018年10月31日