「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」

マイヤ仙北店(岩手県)における、認知症の方に配慮した男女共用トイレの実現

パブリックトイレの変遷とこれからのトイレを考える

──パブリックトイレ改善の変遷とこれからについて、小林氏よりお聞かせください

小林氏:約35年前の1987年、松屋とLIXIL(当時INAX)が提携してトイレの全面改装をしたプロジェクトがありました。銀座を歩く女性たちにトイレの美しさで立ち寄ってもらおうというものです(設計/早川邦彦氏)。その頃、私の出身地・宮崎の知り合いから、新しい事業のヒントになるようなものが見たいとリクエストされて、1986年赤坂アークヒルズの37階にオープンした、世界の便器や洗面台、バスタブを展示するショールーム「XSITE(エクサイト)」に行ったことがありました。この頃、新しいムーブメントとしてトイレが注目されていたのですね。そういう意味で、LIXILがパブリックトイレを改善する流れをつくったのではないかと思います。
それまで4K(汚い、くさい、暗い、怖い)といわれたパブリックトイレでしたが、今はどこの商業施設に行ってもきれいですし、JR、私鉄、飛行場などの交通機関のトイレもかなりきれいになりました。一方、病院や学校などいまだに4Kのところもあり、まちの公衆トイレも含め、細心の注意を払って設計しても汚くなるなど、施設によって格差があるのが現状です。
ではこれからのトイレには何が求められるか。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開催をきっかけに多様化が求められてきました。以前からも“みんなのためのトイレ”といわれてきましたが、その“みんな”がもっと明確になってきたのだと思います。2021年4月に改正されたバリアフリー法では、より実践しやすくするための具体策が示されました。車椅子使用者や認知症の方だけではなく、広い空間のトイレが必要とされ、それをどう配置するか。多様化に呼応した多様なブースをどう作るかなどまだまだ過渡期で、取り組む課題がたくさんあります。

キラリナ京王吉祥寺の2、5階女性用トイレ
キラリナ京王吉祥寺の2、5階女性用トイレ

キラリナ京王吉祥寺の2、5階女性用トイレ。5階のトイレは、ロートアイアン作家のオリジナルのファサードや鏡周りの装飾、鳥かごを模したパウダーコーナーなど、利用者を楽しませる工夫が満載。フィッティングブースも備えており、楽しいだけでなく実用性も兼ねたくつろげるトイレ空間になっている(設計:設計事務所ゴンドラ)

長崎県大村競艇場のトイレ
長崎県大村競艇場のトイレ。トイレは清潔感があり、ゆったりとしたユニバーサルデザインで、パウダーコーナーも設置されている。洗面室(左・中)と小便器(右)(設計:設計事務所ゴンドラ)

──最後に、今後のパブリックトイレに求められること、またメーカーへの要望などをお聞かせください

野口氏:トイレに関するアンケートで、トイレの操作ボタンがメーカーごとに違っていて種類も多くわかりにくいというご意見がたくさんありました。デザイナーはスマートなもの、常に新しいものをつくろうとされますが、できればわかりやすい大きさで、ある一定の統一をしていただきたいと思いました。

小林氏:要望としては、やはり操作ボタンのわかりやすさですね。LIXILの商品の中でも一番大きなボタンを拝見しましたが、もっと大きいものがあってもいいと思いました。非常呼出しボタンと洗浄ボタンをどう区別させるかなど課題もありますが、大きくてかっこよいものをぜひメーカーでつくっていただきたいですね。
同時に私たちの課題としては小さいおむつ専用ゴミ箱を考えることです。3年後には65歳以上の5人に1人が認知症ということですから、急がないといけません。認知症の方に配慮したトイレには必要とされる設備がたくさんあり、凸凹して掃除が大変です。もっとすっきりさせることはできないか。またすぐに換気して臭いが残らないようなトイレがあるといいですね。

村上氏:トイレの多様化が進み、利用者がトイレを選ぶ時代になりました。設計者も器具を選べるように、もっと豊富にあるといいですね。

辻野氏:今年の4月15日に新設トイレを含むイートインスペース「マイヤテラス」がリフレッシュオープンしましたが、これまでコロナが理由でスローショッピングが実現できていませんでした。ようやく7月21日からスローショッピングが開始されるので、利用者の声やご意見をいただけると思っています。
先日、パートナーを務めるボランティアさんや地域包括支援センターの方、市役所の方にお集りいただきイートインスペース「マイヤテラス」で打ち合わせを行い、その際に新設トイレを皆さんにご紹介したのですが、最も感動されたのはおむつ専用ゴミ箱でした。介助経験のある方ばかりでしたので、おむつ専用ゴミ箱の必要性を痛感されているのだと思います。
また、皆さんがおっしゃっていたようにトイレの操作ボタンは大切なポイントだと思います。スーパーマーケットのトイレを利用される方は、高齢者、認知症の方以外に小さなお子さんもいます。お子さんにとってもボタンは大きくわかりやすい方がいいですね。
トイレメーカーが提案する認知症の方に配慮したトイレのパッケージなどがあれば、私たちも選択しやすいと思いました。

溝部朗子(LIXIL LWTJ営業本部 設備PJ営業部 スペースプランニングG)
溝部朗子(LIXIL LWTJ営業本部 設備PJ営業部 スペースプランニングG)

溝部:皆様本日はお忙しいなかお集りくださいまして、ありがとうございました。
LIXILはこれまでも、誰もが利用できる、インクルーシブなトイレ空間を目指して、視覚障がいの方や、発達障がいのあるお子さんなど、さまざまな配慮が必要な方それぞれに焦点を当てて、調査や困りごとに寄り添うトイレ空間の提案をして参りました。
2020年には、野口先生に監修いただき、認知症の方に焦点を当てたパブリックトイレ空間のご提案をしてきたご縁で、LIXILも今回のプロジェクトに参画することになりました。
本日お越しいただいた皆様はじめ、多くの有識者の方々と、ワーキングで何度も議論を重ね、この度のマイヤ仙北店男女共用トイレの実現となりました。貴重な機会をいただき、大変ありがたく思っております。
今後は、皆様と一緒にマイヤ仙北店のトイレをご利用されているユーザーの方への実態調査で、使われ方を検証していきたいと思います。
多機能トイレの利用集中問題もあり、異性の介助者や異性の親子、性的マイノリティの方など、男女共用のトイレを必要とされている方々のニーズも顕在化してきています。そのような背景から新たなトイレ空間として、少し広めの男女共用トイレの提案が広まりはじめ、今回のトイレも異性の介助者とも一緒にトイレに入り利用できるように配慮されています。
弊社として一番大切に考えていることは、「社会参加」のひとつに「外出すること」があって、その外出先の大事なインフラのひとつが「トイレ」であるということです。トイレ環境が外出時のバリアとならないように、今後もメーカーとして、できることを取り組んで参りたいと思います。
本日、先生方からいただいたご要望につきましては、業界全体で取り組まなければいけないことも多いのですが、まずは社内で共有し、次へつながるように努力を重ねていきたいと思っております。

左よりLIXIL溝部、野口氏、小林氏、村上氏、モニター内は辻野氏
左よりLIXIL溝部、野口氏、小林氏、村上氏、モニター内は辻野氏

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公開日:2022年10月20日