「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」

マイヤ仙北店(岩手県)における、認知症の方に配慮した男女共用トイレの実現

広がりつつあるスローショッピング

医療法人館 こんの神経内科・脳神経外科クリニック院長 紺野敏昭氏(談)

医療法人館 こんの神経内科・脳神経外科クリニック院長
紺野敏昭氏(談)

●認知症の方々が直面するトイレでの困りごと
認知症の症状は、ものの形やそれが持つ意味について、これまで蓄積してきた知識や技能が徐々に崩れていくというものです。トイレでいえば、洗浄ボタン、シャワートイレのボタン、緊急時の非常呼出しボタンが判別できないということが生じてくる。また、歳をとると肩の可動域が狭くなるので、タンクに洗浄レバーが付いている場合などは、レバーまで手が届かない。特に脳卒中などで片側に麻痺があると、座ったままでは操作リモコンにもレバーにも手が届かないということが出てきます。認知症がもっと進行すると、便器の座り方すらわからなくなる。便フタが閉じていると便器という認識ができず、ただの白い丸椅子にしか見えないので便フタの上に座ってしまうこともある。また、便座を探しておろおろしている間にもらしてしまうことも。ですから、スタッフやご家族には、便フタははずしておくよう指導しています。
当院ではトイレの操作リモコンを昨年新しいものに替えましたが、使いやすく進歩している一方で、ボタンが小さくメガネを外さないと読めないなど不便です。誤って隣のボタンに触れてしまってビックリすることもありました。おそらく高齢者や認知症の方はもっと不便を感じているはずなので、さらに大きく見やすい操作リモコンがあるといいですね。
排尿がうまくできずに失禁してしまうと、本人の自尊心を著しく傷つけてしまい自信をなくしてしまう。そのうえに家族に怒られたりするので、よけいに落ち込んでしまいます。排泄行動は一日でも長く自立していて欲しいと願っています。そのためにも、トイレ空間内はどのような状態の人でも使いやすい方がいいですね。
新設したマイヤ仙北店のトイレも、使いやすくて気持ちが良ければ、使う人は増えていくと思います。パブリックトイレの望ましい形は、きれいで臭いがきつくない、ある程度の広さがあって入りやすい、トイレの案内表示がわかりやすいということ。トイレ操作リモコンの見やすさと使いやすさも大切です。また、洗面カウンターの周りが水浸しだと、高齢者は滑って転ぶことを心配しますから、その点にも配慮が必要です。

●スローショッピングを発案した理由
2019年7月マイヤ滝沢店でスタートした「スローショッピング」は私のアイデアです。数多くの認知症の家族を見てると、症状が軽いうちは一人で買い物に行ったり、ご家族が付き添われたりしていますが、少し症状が進んでくると自信がなくなってくる。一番多いのは、レジで戸惑っていると後ろから「遅いな、この人」「早くやってよ」などとささやかれる。あるいはレジの人にちょっと嫌な顔をされる。また、スーパーはあまりにも品数が多く、どこに何があるかわからない。お店の人に聞こうと思っても、皆さん忙しそうに立ち振る舞っているので声をかけにくい。こういうことが重なると、ショッピングに行くことをためらってしまいます。
一方ご家族も、お金を払わずに食べてしまったらどうしよう、万引きと間違われるのではないか、と心配で買い物に行かせなくなる。理解のあるご家族の場合でも、主導権はご家族が持っていて、患者さんはただ傍についているだけ。品選びも会計もご家族がやる。
ショッピングにあまり行かなくなったという方に話を聞くと、やはり皆さんショッピングに行きたい。自分の意志で商品を選んでみたい、もう一度財布を持って払ってみたい、という気持ちはあるのですが、ご家族に遠慮してなかなか言えないのです。
認知症というのは少しずつできなくなることが増えていくので、私たちはついそのことに注目して、支援や縛りをしています。日本人は特にそうです。実はまだできることまでも抑え込んで過剰に支援する。これは本人の自尊心を傷つけるだけでなく、意欲までも低下させてしまい、認知症の進行を早めてしまうのです。
長年そうした状況を見てきたので、認知症の方にショッピングの主導権を取り戻して、本人の残された能力を自覚してもらいたい。マイヤの社長さんに私の考えをご説明したら「面白いのでやってみましょう!」と即答いただきました。それが「スローショッピング」の始まりで、日本で初めてでした。

●スローショッピングの効果
「スローショッピング」を実践したことで、ほとんどの認知症の方が前向きに変化しました。例えば、買い物に来られるご夫婦で、品物を選ぶのはいつも奥様、会計をするのも奥様でしたが、ある時認知症の旦那様に「今日は一人で買い物しませんか」と持ち掛けたところ、やってみたいという。奥様から財布を預かりショッピングをしていただいたら、ものすごく喜ばれたんですね。5年ぶりに財布を取り戻したということで、がぜん意欲が出で、日常生活でも前向きな変化があったそうです。
3年間やってみて、認知症の方はショッピングの楽しみが半分、いつも一緒になる我々や他のご家族に会いたのが半分、ということがわかってきました。当初、私はそこまで交流の場が大事になると思っていませんでしたが、会話の時間がかけがえのないつながりの場になっていたのです。
イートインスペースの「くつろぎサロン」では、他のお客様も同席できるように、認知症の方含めたご家族の方々が占有することがないようにしました。そのほうが、他のお客様たちへの啓発にもつながります。「何やっているの?」と聞かれたらお話しするようにしています。
今年の春に、共同通信社に取材していただいたことで、14都道府県の地方紙に記事が掲載され、「スローショッピング」が広がりつつあります。今後も店舗の協力を得ながら、市民のボランティアが主体になって運営していくのが理想だと思っています。
また、これからの医者は、病院やクリニックに来た患者さんを診ればいいという時代ではなく、認知症になっても住みやすい社会づくりのために、医師自らがアウトリーチして、他の職種の方たちと一緒になってやっていく時代なのだと思います。

認知症の方の社会参加をテーマに調査活動

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 社会政策コンサルティング部 医療・福祉政策チーム 齊堂美由季氏(談)

みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社 
社会政策コンサルティング部 医療・福祉政策チーム
齊堂美由季氏(談)

●「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」発足の経緯
私共は、数年前から認知症の方の社会参加をテーマに調査をしていますが、中でも“買い物”はその方の生活の質を担う“要”だということ、自分で品物を選ぶということはその人の尊厳にかかわるということを、認知症の方と話をしていて実感していました。
調査をしている中で、スーパーマーケット「マイヤ」で実施されているスローショッピングの取り組みを知り、お声がけして、事業に発展していったというのがプロジェクト発足の経緯です。
「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」の名称で、経済産業省の補助金を受けてプロジェクトがスタートしたのが2020年。実施主体はスーパーマイヤで、私たちが事務局を担いました。認知症の方に向けた民間によるサービス開発が目的で、3カ年の期間で補助金が付きます。
認知症の方に対しては、予防や治療などさまざまなアプローチの仕方がありますが、このプロジェクトでは、認知症になっても本人が望むような生活をその地域で継続していけるような共生社会実現のために開発された民間サービスの効果・検証を行うもので、サービスに参加した方々の生活の質が向上する、ご家族の方々の生活が少しでも改善されるなど、QOL(Quality of Life:生活の質)の変化について客観的な数字で示すことができればと思っています。2023年3月には効果・検証を形にする予定です。
コロナ禍で人を集めることが難しかったのですが、認知症の方、麻痺のある方にトイレ空間の模型や新しい鍵のサンプルを見ていただき、ご意見を伺うことができました。ここで一番使いやすいとされた鍵の仕組みを、マイヤ仙北店のトイレにも活かしています。
また、こんの神経内科・脳神経外科クリニックのトイレを使って、トイレ使用時の困りごとを認知症の方にヒアリングすることができました。
実施主体のスーパーマイヤにとってスローショッピングもトイレのバリアフリー化も売り上げに直結するものではないにもかかわらずご理解いただき、覚悟を持って参画してくださったことに感謝申し上げます。今後は、スーパーマイヤの取組みを通じて得た知見を、全国の小売店、スーパーに広げることを支援していきたいと思います。

マイヤ仙北店 データ

所在地 岩手県盛岡市西仙北一丁目38番30号
施工事業主 株式会社マイヤ
設計 有限会社 設計事務所 ゴンドラ
監修 日本工業大学 建築学部 建築学科 教授 野口祐子
施工 セコムエンジニアリング株式会社
用途 商業施設
竣工 2022年4月
LIXIL使用商品 パブリック向けクイックタンク式壁掛大便器:C-P111P・DQ-PB150P-PTC
シャワートイレPAシリーズ:CW-PA11FLQE-NECK
背もたれ:KFC-276T1U
はね上げ式手すり:KF-471EH60J
はめ込みだ円形洗面器:L-2094CL
加温自動水栓:EAAM-200EV1
オートソープ:KS-921MCDA

■LIXILビジネス情報施工事例サイト
【マイヤ仙北店 イートインスペース】
https://www.biz-lixil.com/case/all/B210152/

■関連ニュース/プレスリリース2022年5月11日
インクルーシブなパブリックトイレを目指して】“認知症バリアフリー”を目指す男女共用トイレを実現
https://newsroom.lixil.com/ja/20220511

■LIXILパブリックトイレラボ
【利用者視点で考える/認知症の人】
https://www.lixil.co.jp/ud/publictoiletlab/user/dementia/

■キラリナ京王吉祥寺
https://www.biz-lixil.com/case/all/B160972/
https://www.biz-lixil.com/case/pdf/dep_se_1404.pdf

■大村競艇場
https://www.biz-lixil.com/case/all/B180021/
https://www.biz-lixil.com/case/pdf/jir_hoka_se_1502.pdf

取材・文/フォンテルノ 撮影/エスエス企画(人物撮影:フォンテルノ)

このコラムの関連キーワード

公開日:2022年10月20日