ウェルビーイングとパブリックトイレに関する座談会
職場のトイレの快適性が人々を幸福感へと導く
上田雅夫(横浜市立大学教授)×西井正造(横浜市立大学助教)×石原雄太(LIXIL)×幸田織音(LIXIL)

座談会のメンバー。左から石原氏、上田氏、西井氏、幸田氏
LIXILでは約2年前より、パブリックトイレにおけるウェルビーイングをテーマとしたトイレ空間のあり方について検討を進めてきました。一方、横浜市立大学でも、幸福と健康の双方を向上させる因子「イネーブリングファクター」に関する研究を長年実施されており、愛知県蒲郡市が推進する「イネーブリングシティ基本計画」に共同研究者として参画されています。 この背景のもと、蒲郡市役所のトイレ改修プロジェクトでの協働を機に、LIXIL・横浜市立大学共同研究へと発展。「ウェルビーイングと職場のトイレ環境の関係」に関する調査を実施し、職場のトイレの満足度が働く人の「生活全体の満足度(Subjective Well-being)」に与える影響を分析した結果、職場のトイレの快適性が仕事の満足度、ひいてはウェルビーイングにつながることが明らかになりました。今回の座談会では、その調査結果と考察を振り返りました。
心身の健康を整える トイレの“デュアル・スッキリ”価値
石原氏:
今回は、職場に通勤している20歳以上の男女1,957人を対象に調査を行いました。ウェルビーイング経営のもと、多くの企業が職場環境の改善に取り組んでいますが、これまで見過ごされがちだったトイレが、心身に大きな影響を及ぼしていることが分かりました。まず、気分転換の程度を「スッキリ」(朝の洗顔のリフレッシュ感を1スッキリとする単位)という独自の指標で分析。その結果、トイレは体をリセットし、心をリラックスさせる「デュアル・スッキリ」の価値があることが判明しました。身体的なリセット効果では入浴とほぼ同等のスコアを示し、日常のリズムを取り戻す「回復のスイッチ」としての役割が明らかになりました。また、精神的なリラックス効果においても、睡眠に次ぐ高いスコアで、トイレが日常生活の中で心のゆとりをもたらす活動であることが示されました。

図1
調査データ:ウェルビーイングと職場のトイレ環境の関係に関する調査2025 LIXIL、横浜市立大学
調査対象:職場に通勤している20歳以上の方、有効回答数:1,957人(男性956人、女性1,001人)
トイレにおけるウェルビーイングの条件
石原氏:
「職場のトイレが働く人のウェルビーイングを左右する」という点において、調査では、トイレの満足度が高い人ほど仕事の満足度も高く、生活全体にもポジティブな影響が広がることが分かりました。快適なトイレをつくるためには、清潔さ、広さ、明るさ、温度といった基本的な要素が重要です。施工事例として、2023年に改修したLIXILの物流センターを紹介します。以前は古いトイレでしたが、現在は非常に清潔感のある空間になっています。清潔さ、広さ、明るさ、温度。どれも特別なものではありませんが、快適なトイレにはこうしたさまざまな要素が関わっています。ちょっとした快適への配慮が、働く人の気持ちを整え、毎日のウェルビーイングを支えると言えます。


LIXIL知多物流センターの改修前後のトイレ
西井氏:
改修前後の写真を比較してみると、暗かった空間が、とても明るくなっています。照明の影響は大きいのですね。
石原氏:
今回の調査では、男女で満足する条件が異なることも分かりました。女性は「清潔さ」を最大要素とし、次いで「空間のゆとり」、さらに手荷物置き場やコート掛け、室温の快適さといった細やかな配慮である 「思いやり」を重視しています。一方で、男性は「機能性と視覚的な快適さ」がポイントです。「嫌なにおいがしない」が1位で、次いで空間のゆとり、洗面台の広さ、照明の明るさなどが挙げられました。男性にとってのトイレは、身だしなみを整えて気持ちを切り替える場所という感覚が強く、清潔でスマートに使える環境が求められています。
トイレ改善が仕事に与える影響については、約3割の人が「良い影響がある」と回答しています。特に女性ほど、トイレ環境を自分のコンディションを整える要素として捉え、改善の影響を強く実感する傾向があります。また、設備の実装だけでなく、清掃や維持管理といった日々のサービスも、働く人の意欲や集中力を支える大切な要素となっています。
今回の調査を総括すると、トイレは短時間で「身体的リセット」と「精神的リラックス」を同時に完了できる「デュアル・スッキリ空間」としての価値がある可能性が示されました。今後はジェンダーに配慮したきめ細やかな改善が、仕事の満足度向上という形で企業価値に還元されていくでしょう。



図2
調査データ:ウェルビーイングと職場のトイレ環境の関係に関する調査2025 LIXIL、横浜市立大学
調査対象:職場に通勤している20歳以上の方、有効回答数:1,957人(男性956人、女性1,001人)
日常のスッキリを定量化することで見えてくる効果
石原氏:
では、調査結果を振り返って、分析方法について、上田氏先生に解説お願いしたいと思います。まず「スッキリ度」におけるリセット効果とリラックス効果についてご説明いただけますか?
公立大学法人横浜市立大学
データサイエンス学部 教授
上田 雅夫氏
上田氏:
今回の調査では、似た項目を一つにまとめる『主成分分析』を用いています。例えばテストで国語と英語の点数を合わせて文系能力、数学と物理と化学で理系能力という形で、いくつかの設問を少数の項目にまとめる方法です。入浴、トイレ、昼寝などの「スッキリ度」を共通の変数にまとめることで理解しやすくしました。その結果、 「入浴とトイレ」と、「睡眠とトイレ」という2つの項目が出て、それぞれリセット効果とリラックス効果と名前をつけています。(図1)
石原氏:
その主成分軸でのスコア、つまり係数を出している。
上田氏:
グループ内での存在感のような位置づけです。今回の分析では、友人との飲み会などはリラックスよりも“楽しさ”と捉えられるため、睡眠などとは相反する負の関係(マイナスの数値)として現れました。
石原氏:
友人との飲み会は楽しいけれど、リラックスやリセットにはならない、ということですね。面白いです。続いて、トイレの満足度が生活全体の満足度に影響するという分析についてはいかがでしょうか。
上田氏:
男女それぞれの特徴を出すために 『変量効果モデル』を実施しました。分析の結果、トイレの満足度が仕事の満足度に影響を与え、最終的に生活全体の満足度に繋がっていることが統計的に有意となりました。
石原氏:
トイレから仕事、生活へと、影響の方向性がしっかり出ているのが今回の特徴ですね。(図3)
上田氏:
仕事が生活に影響を与えることは一般的によく言われますが、今回の分析で、トイレの満足度がその原因の一つだとわかりました。
石原氏:
トイレの設備やサービスが仕事に与える影響度についてはいかがでしょうか。
上田氏:
似た回答をグループ分けする 『クラスター分析』を用いた結果、満足度の高いグループ、中程度のグループ、影響を感じにくいグループの3つに分かれました。傾向を見ると、設備よりもサービスの影響が大きいと回答する人や、男女での差も見えてきました。(図2)
石原氏:
影響を感じる人にとっては、どの要素も肯定的に捉えられているのですね。 「主成分分析」「変量効果モデル分析」「クラスター分析」と、今回初めて聞く分析方法でした。このような手法を用いることで、パーセンテージだけでは見えないグルーピングができるのは非常に新鮮です。
西井氏:
統計的に意味のある差を示せるのは非常に重要ですね。

図3
効果測定モデル図
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公開日:2026年03月10日

